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キミがいて夢になる  作者: スパイシーライフ


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狂いだす歯車

 北野にとってプロ生活3度目の春季キャンプはやはり2軍スタートだったが、今回彼は早々に1軍のキャンプに呼ばれた。

 これで2年連続の1軍キャンプ参加だが問題はここからだ。咋年は結局最後まで残ることが出来ずオープン戦が始まる前には2軍に戻されている。これでは意味が無いのだ。

 

 当面のライバルと目される日下部と江上も北野と同様1軍のキャンプに参加している。北野自身は間違いなく成長しているのだが、だからといってそれがすぐに結果に結びつくわけではない。一段階成長すれば一段階難しい相手が現れる。それはまるで攻略の難しいロールプレイングゲームの様だ。


「隣り、失礼します」

 

 その日北野が投球練習に行くと、隣りのマウンドで投げているのがルーキーの日下部だった。北野はまだ彼のピッチングを自分の眼で見たことはない。北野は日下部に一言声をかけてから肩慣らしのキャッチボールを始めた。

 

(ちょうどいいや。日下部さんのピッチングを隣りで見させてもらおうじゃん)

 

 日下部は北野が来た後すぐにキャッチボールを終え本格的なピッチングへと移行していった。5球10球と投げ込まれる日下部のボールを、肩慣らししながら横目でチラチラと見ている北野。

 

(良い球投げんな、ちくしょう)

 

 まだ全力投球ではないのに、日下部の投げるボールには明らかに力があった。ノビもあるしスピードも当然まだまだ速くなるに決まってる。自分と比べてどうだろう。負けるつもりはもちろんないけれど、じゃあ勝てるかと言われたらそんな自信も持てない。

 

(江上さんは間違いなく日下部さんよりさらに上だもんな。ヤバイぞ。このままじゃ勝てないかもしれない。もっともっとレベルアップしなきゃ、このままじゃいつきさんとの約束が守れなくなっちまう)

 

 北野は徐々に歯車を狂わしつつあった。

 本来他人と比較して自分を追い込んでしまうのは悪手だ。人は人、自分は自分という気持ちを保ち続けないと焦りを生みかねない。

 

 焦りはやがて足枷となり精神を蝕みピッチングを狂わせる。


 しかし本人は自分が焦っていることに気づかない。やがてこんなはずでは……という思いが生まれ、抜け出そうと足掻き、そしてさらに転落していく。

 北野は今、その危険な崖っぷちを知らず知らずのうちに歩き始めてしまっていた。

 



『今年こそはやるよ。いつきさんのためにも今年こそ絶対に1軍で結果を出してみせるから。いつきさん、実家で見ててくれるはずだから。だから石に齧りついてでも1軍に残ってみせるよ。日下部さんにも江上さんにも絶対に負けないから』

 

 北野は1軍キャンプに合流したその日、春香にそうラインを送った。それは一見決意表明ともいえる内容だが、受け取った春香は一抹の不安を抱いていた。

 

(1軍メンバーに選ばれたのは嬉しいけど、北野さんホントに大丈夫かな……なんだか気持ちがイレ込み過ぎてる気がして心配だな)

 

 春香がラインを読んでそう思ったのは半ば直感だったが、伏線とも呼ぶべきものはあった。最初は真鍋が引退してから初めて番組の収録に行ったあの時だ。

 あの時の北野は何だか少し違う人のように感じた。そっけなく感じもしたし、怖いくらい思いつめているようにも思えた。そんな感情を彼に抱いたのはその時が初めてだった。

 

 その後彼女が合宿所を訪れて話した時にも、何度も交わしたラインでも、北野は何度も『いつきさんのためにも』『結果を出したい』『絶対に』というフレーズを繰り返していた。日下部と江上には負けたくないという心情も繰り返し吐露していた。

 

 それが良いことなのか悪いことなのか春香にはわからない。わからないけれど、意識し過ぎじゃないかな? 大丈夫なのかな? と心配になったのだ。言葉に言霊があるように、文章にも宿る魂のようなものがあるのだろう。春香は敏感にそれを感じ取っていた。

 

(杞憂ならいいけど……)

 

 彼女はそう思うしかなかったが、やはり不安は拭えなかった。

 



 (おかしいぞ? どうしてだ?)

 

 北野がそう思ったのは春季キャンプで初めて紅白戦に登板した時のことだった。

 

(どうしたんだ? こんなはずじゃないのに……なんでこんなに打たれるんだ? ブルペンじゃ普通に投げられたのに……)

 

 その試合で北野は散々な、恥ずかしくて思い出すのもイヤになるくらいの結果だった。

 ボールに思うように力がこもらない。

 一昨年初めて1軍キャンプに参加した時にもここまでは打たれなかったのに、その時よりも確実にレベルアップしているはずなのにメッタ打ちを喰らってしまった。

 

 打たれるのはいい。原因を追究して修正して次回抑えればそれでいいのだから。エースと呼ばれる者ですら時にマウンド上で炎上することはある。人間のすることだから毎回完璧にというのは難しい。

 

 では北野が打たれた原因は何なのか? これが本人にはよくわからない。そしてそれこそが問題だった。

 調子が悪いわけではない。いや、むしろ調子は良いと自分では感じている。なのに自分が思ったようなボールを投げられない。頭でイメージしていることがまるで出来なかった。今まで出来ていたことが出来なかった。一体なぜなのか。

 

「どうした北野? いくらなんでも打たれ過ぎだぞ。まさかどこか痛めたわけじゃないだろうな?」

 

 あまりにも不甲斐ない内容を残しうなだれてマウンドを降りてきた北野に、故障を心配した佐藤1軍投手コーチがそう声をかけた。

 

「いえ、どこも痛めてはいないんですけど……すみません。まるで自分のピッチングが出来ませんでした」

 

 北野はそう力なく答えるのが精一杯だった。

 

「そうか。ならいいが……とりあえず反省会は後でミッチリやるとして、早くアイシングしてこい」

 

 佐藤コーチに促されて北野はベンチ裏へと下がり、アイシングを受けに行くより先に洗面所へ寄った。冷水で何度も何度も顔を洗い、濡れたままの顔で正面の鏡を見つめた。

 

「ちくしょう。こんなピッチングしてたらすぐに2軍落ちしちまうだろうが。次だ。次は必ず結果を出してやる」

 

 自分自身の不甲斐なさに腹を立てながら、北野はすぐに気持ちを切り替え次の登板へと意欲を燃やした。こんなことでは真鍋いつきと交わした約束を果たせない。彼の頭の中にはそれしかなかった。


 その日の夜、宿舎で北野は佐藤コーチとマンツーマンの反省会を行った。

 あれだけ打たれれば当然なのだが、佐藤からは手厳しい言葉が飛んできた。期待の裏返しと思ってもやはり叱責されるのは心地良いものではない。

 

「まあオマエも大変なのはわかるよ。真鍋があんなことになって、アイツのためにも今年こそはと思っているんだろう? オマエらは兄弟みたいだってみんな言ってるし」

 

 今日のピッチングに関しての話をしている中、佐藤は急に話題を変えて北野の隠された想いをズバリと言い当てた。北野は黙ったまま答えなかった。

 

「そんなところに大学ナンバーワンピッチャーの日下部と、大阪で長年実績を積み重ねてきた江上が先発候補として加入してきたんだ。そりゃあ危機感持つよな。なにしろオマエはリリーフがからっきしダメで先発で生きていくしかないんだから」

 

 本心をズバズバと言い当てられた北野は、ええまあ、と曖昧に答えるだけだった。

 

「だけどな、北野。他のピッチャーを意識して自分が調子を狂わせたら意味がないだろう。オマエはオマエのピッチングをすればいい。それで結果を残してきたから今ここにいるんじゃないのか? それこそがオマエ自身がちゃんと成長して力をつけている何よりの証拠だろう」

「それはそうなんですけど……」

「まあいいさ。人間だからな、時にはヘマをすることだってある。大事なのはその経験を次に生かし成長の糧にすることだ。今日のことは今日のこととして受け止めて、次はこの雪辱を果たせばいいさ」


 佐藤コーチにそう言われて、北野は気持ちを切り替えなければダメだと思ったのだが、今日打ち込まれた理由が全くわからないことへの漠然とした不安を消し去ることはできなかった、

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