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キミがいて夢になる  作者: スパイシーライフ


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44/85

光を失った原石

 佐藤2軍投手コーチは、渋い表情でベンチからマウンド上のピッチャーを凝視していた。


 北野だった。


 前回の紅白戦でメッタ打ちされた北野は、本人の意欲とは裏腹に2度目の登板でもパッとしない内容だった。

 前回に比べればマシという程度で、打たれた打球がたまたまいいところに飛んでアウトになっただけという、なんとも乏しい内容でしかなかった。これでは実力で抑えたとは口が裂けても言えない。評価など全くできない。

 

 一方マウンド上の北野は、血の気の引いた表情をしていた。

 今回も前回と同じだった。頭ではイメージしているのに投げられない。投げられないはずはないのに投げることが出来ない。何もかもが上手くいかない。

 

 自分では今まで通りに投げているはずなのに、なぜ? どうして? 今までピッチャーをやってきてこんな経験は1度もなかった。


(俺、どうしちまったんだ……)

 

 自分はいったいどうなってしまったのか。どうして急にこんなことになってしまったのか。ほんのちょっと前までは何ひとつ問題などなく、新シーズンに向けて闘志を燃やしていたのに。

 

(こんなことじゃ1軍なんて到底無理だ。いつきさんと約束したのに。いつきさんのためにも結果を出さなきゃいけないのに……)

 

 焦れば焦るほど事態は悪化していく。


 元々北野は特別コントロールの良い方ではなかったが、やがてとうとうストライクが満足に入らないようになってきた。

 2者連続フォアボールを出したところで、ついに彼は降板を告げられた。

 

 半ばパニック状態の北野に対して、佐藤コーチは冷静に状況を見ていた。

 

(どういうことだ。北野のヤツ、今日も腕が全然振れてないじゃないか)

 

 前回の登板で打ちこまれたその夜、彼は北野に自分が思ったことを伝えた。腕がまるで振れていなかったぞ、と。その場では北野も理解した様子を見せていた。

 ピッチャーの腕の振りは身体の正しいバランスによって行われる。下半身と上半身の動きが連動して腕を振り抜くことで球速のアップヤノビにつながる。これが上手くできないとパフォーマンスの低下どころかケガの原因にもなりかねない。

 

 だが今日も北野はそれが上手くできなかった。いや、正確にはブルペンでは、練習ではちゃんと腕が振れている。それがいざ実戦のマウンドに立つと急にできなくなるのだ。

 

(技術どうこうとは思えない。フォームを変えたりしたわけでもないのに、技術的な問題でこんなに急激に悪くなるわけがない。だいいちブルペンでは何の問題もないんだ)

 

 となると精神面しかない。


 これはやっかいなことになったな、と佐藤は思った。技術的な問題ならコーチとして修正することも出来るが、精神的な問題となると、本人以外にはどうしようもない部分があるからだ。

 他人から指摘されて簡単に修正出来るほど人の心というものは簡単ではない。ましてや監督もコーチも心理カウンセラーではない。そんな勉強はしていない。

 

 真鍋の引退か、あるいは日下部や江上といったライバルの加入か、それとも他のことなのか。おそらく原因はそのあたりだろう。佐藤は難しい仕事になる予感がした。

 

 

 3度目の登板でも同じようなピッチングをし、すっかり精彩を欠いてしまった北野は、オープン戦を待つまでもなく早々に2軍落ちとなった。

 

「この結果じゃ仕方ないよな……クソ!」

 

 2軍に落とされたのは結果を残せなかったのだから仕方がない。しかし北野は2軍落ちしたショック以前に大きな不安を感じていた。自分はいったいどうなってしまったのかと。自分の身体が自分のものではないような奇妙な感覚。こんなことは初めての経験なので、いったいどうしたらいいのか皆目見当がつかないのだ。

 



 シーズンが開幕しても、北野の調子は全く上がる気配を見せなかった。出れば打たれるの状況は1年前からは想像もつかない。

 パラシュートチェンジを武器に若さあふれるピッチングスタイルでグイグイと頭角を現し、フレッシュオールスターで観客を虜にする快投を見せた男の姿は、今はもうどこにも無かった。


 その日、乙倉と春香は番組の収録のために練習場を訪れていた。2人揃っての収録を終えて春香が選手何人かの単独インタビューを行う時間となり、することのない乙倉はスタッフに「ちょっとブルペンを見てくる」と告げてブルペンへ足を向けた。

 乙倉はいつものことだが収録の合間に若手選手たちの様子をチェックする。その合間にコーチや監督と取材を兼ねて会話をするわけだ。それは番組のためなのだが、もちろんそれだけが理由ではない。

 番組自体が2軍の若手選手にも積極的に注目する趣旨があることも確かに関係はしているけれど、やはり引退した先輩として元所属チームの行く末が気になるのだ。

 シーサーペンツの若手に対して乙倉はおおむね満足していた。個人的に期待している選手が何人かいるが、そのほとんどは順調に力をつけているように見えたし、それ以外の選手も日に日に成長しているように見えた。

 

(うんうん。この調子なら更なるチームの底上げが出来そうだ。三原監督も広岡2軍監督も内心さぞかしご満悦だろうな)

 

 若手の成長無くしてチームの成長は無いし、成長しないチームが優勝など出来るわけがない。今のこの状況は本気で優勝を狙っているのならば実に喜ばしいはずだ。

 だがもちろん良いことばかりではなく、残念ながら伸び悩んでいる者もいる。その最たる者が北野翔だ。

 

(ブルペンと試合であれほど変わっちまうとはなぁ。ちょっと考えられない。試合ったって紅白戦なのに、それであれほど変わっちまったんじゃ公式戦になんか使えるわけがないよなぁ)

 

 乙倉は先日見た北野のピッチングを思い出しながら、彼がなぜこうなってしまったかに思いを巡らした。

 北野翔というピッチャーは2軍首脳陣から大いに期待されている1人だが、それは乙倉も同じ思いだった。北野のピッチングには魅力がある。何よりあの三振を取れるチェンジアップは人を惹きつける力を持つ。

 

(ノビのあるストレートに大きく縦に割れるスローカーブ、それにあのチェンジアップだ。それに加えてスライダーもある。調子さえ取り戻せれば間違いなく1軍に1番近いピッチャーの1人のハズなんだが……)

 

 課題だったスタミナが大幅に改善されたことは昨年で証明された。今年はもしかしたら開幕1軍もあるんじゃないかと乙倉は思っていたのだが、今の本人の様子を見ると、そんな期待を抱かせたかつての面影は全くと言っていいほど無かった。

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