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キミがいて夢になる  作者: スパイシーライフ


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39/84

苦渋の決断

 真鍋が契約更改から戻ってきたのは門限近くになってからだった。彼は昨日許可を得て外泊をしていたため合宿所には戻らなかった。

 真鍋が帰ってきたのに気づいた北野は、迷いながらも結局部屋まで訪ねた。やはり直接本人の口から話を聞きたかったからだ。

 

 しかし部屋の中は重苦しい空気が充満し、長い長い沈黙が続いた。

 

「……今日、契約更改で球団事務所に行ったよ」

 

 沈黙を破ってようやく真鍋が口を開いた。

 

「治ることを信じて手術してみろって、来年リハビリしてみろって改めて勧められたよ。1年でも2年でも面倒みてやるって」

「本当ですか? よかったじゃないですか。それじゃあ来年も現役ですね」

 

 北野の表情は輝いた。球団が真鍋に手術を勧めたことも、長い目で回復を見守ると言っていることも話には聞いていたが、正直半信半疑でもあった。

 だが契約更改の場で正式にその話をされたということは、球団は本気だということだ。ならばもちろん真鍋も現役続行を選ぶだろう。選ばないわけがない。

 

 だが、真鍋の口からは意外な言葉が返ってきた。

 

「いや、ありがたい話だけど断った」

「えっ?」

 

 真鍋は球団からの温情を潔しとせず断ったと言う。それはすなわち今年限りでの引退を決意したということだ。

 

「どうしてですか? チャンスを与えてくれるって言うなら貰っとけばいいじゃないですか。その間に治るかもしれないのに、そしたら復帰だってできるかもしれないじゃないですか。なのにどうして?」

 

 北野の疑問はもっともだ。選手なら誰だって少しでも長く現役生活を続けたい。自分の意思に反して現役に別れを告げざるを得ない選手が大半の中で、真鍋はチャンスを与えると言ってもらえている。

 それなのにそれを棒に振る理由が北野には思いつかない。

 

「治すために手術をすれば最低でも来季は棒に振るし、1年で回復する保証は何も無いんだ。おまけに今までのレベルまですら回復しそうにないんだぜ? 今のレベル以上になれなきゃ1軍は無理だってのに……タダ飯喰らって球団に迷惑かけながらいつ回復するか分らないリハビリを続けて、それでも今以下のレベルにしかなりそうにないなんて……俺には出来ないよ。そこまで迷惑はかけられない」


 真鍋は北野にそう言った。それが自分の固辞理由だと。

 

「でもフロントがそれでもいいから手術してみろって言ってくれてるわけでしょ? だったら好意に甘えときゃいいじゃないですか。それともいつきさんは、もう現役を続ける気が無くなっちゃったんですか?」

「そんなわけないだろっ!!」

 

 突然語気荒く、まるで怒鳴りつけるように真鍋はそう言った。こんな激高したかのような真鍋を初めて見た北野は、面食らうと同時に自分が真鍋の地雷を踏んでしまったことを自覚した。

 

「現役を続けたくないわけねえだろうがよ!! オマエとの約束だってあるし、選手は誰だって少しでも長く現役を続けたいに決まってるじゃねえか。辞め時を自分で決められるのはスター選手って呼ばれるようなヤツだけだ。ほとんどの選手は自分の希望とは裏腹に球団からクビ宣告されて辞めていくんだから」

 

 真鍋の言うことは正にその通りだった。

 

 ほとんどの選手はまだ現役を続けたいと望みながらも戦力外通告を受け、ある者はそのまま引退を選び、ある者は他球団から声がかかるのを待ち続ける。

 だが戦力外通告を受けるレベルの選手にオファーが殺到するわけもなく、他球団からの声かけを待つ選手のほとんどが現実の厳しさを思いしらされて結局辞めていく。

 

 どんな形ででも現役を続けられるのは本当に極々一部。つまり戦力外通告を受けた時点で事実上現役生活は終わりを告げたも同然なのだ。

 だからこそ北野には理解出来なかった。戦力外通告どころか治るまで頑張ってみろと言われているのなら、現役に拘るならばその言葉に甘えてもいいんじゃないかと思う。

 だが、どうやら真鍋と北野の考え方には大きな隔たりがあるようだった。

 

「せめて完全に治るってんならな。それだったら俺も頑張れるよ。必死に復帰に向けて頑張れもするさ。でもそうじゃない。そうじゃないんだ。俺には出来ないよ」

「でも、でもいつきさん。可能性はゼロじゃないんでしょ? 医者の言うことが総てじゃないでしょ? もしかしたら完全に治るかもしれないじゃないスか」

 

 北野は必死に食い下がった。無駄な抵抗だと内心ではわかっていたが、それでも真鍋に翻意して欲しくて食い下がった。

 球団はOKを出しているのだから、要は真鍋の気持ち次第なのだ。真鍋が考えを変えれば済む話なのだ。

 だが真鍋は北野の言葉に決して首を縦に振らなかった。

 

「ありがとうな、北野。オマエの気持ちは嬉しいよ。でもな、実は俺、去年辺りからもう限界かもなって内心思ってたんだよ。この先何年やってももう1軍には上がれないんじゃないかってな。もしかしたら今年のオフにはクビかもな、とも考えていたんだ。今だから言えるけどさ」

「いつきさん……」

 

 初めて聞く真鍋の本心に、北野は言葉を失った。

 共に1軍を目指そうと頑張っている反面で自分の限界も悟りつつあったと聞かされ、もしかしたら自分は真鍋に負担を強いていたのではないかと思った。自分との約束が逆に真鍋を追い詰めていたのかもしれないと。

 

「それにな、たとえ育成枠だとしても、俺が残れば席が1つ埋まってしまうんだ。それは有望な新人の席を1つ奪ってしまうってことだ。そりゃ怪我も何もなければ新人に譲ったりなんかしないさ。けどタダ飯食らって新人のチャンスを奪って居座わりながら回復の希望のないリハビリを続けるなんて、やっぱりとてもじゃないけど俺にはできないよ」

 

 真鍋はさらに言葉を続けた。

 

「故障した時から覚悟はしていたんだ。ああ、もうこれで終わりだなって。大した怪我じゃないにしても、もう今年限りだろうなって。まあ怪我が無くても今年限りかなって思ってたんだけど、もしそうなったら、そん時は他球団に移籍してでも現役を続けようとも思ってたんだ。でも、それもケガしちゃったんじゃもう無理だからな。ここまでだよ」

 

 もしも真鍋が入団したての若い選手ならば、将来性を考えて手術を受けさせ1年や2年のリハビリ期間は猶予として与えてくれるのも当然といえば当然だろうが、真鍋の年齢と今現在の立ち位置を考えれば即クビが妥当かもしれない。

 だがシーサーペンツという球団は真鍋の手術費用を負担した上にリハビリ期間を与えてくれると申し出てくれた。選手にとっては有り難いし優しい球団だと北野も思う。

 しかしそれでも真鍋は引退を選択した。それが彼の最終決断だった。もう北野がどうこう言えるものではなく、これ以上は真鍋の決断に対してむしろ失礼に当たる。


 そう気づいた北野は、不承不承ながらもう説得を諦めるしかなかった。

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