どうにもできない
教えられた通り、北野はウェイトトレーニングルームで独り汗を流していた。
春香が来たことにも気づかないほど一心不乱に汗を流していて、とても声をかけられる雰囲気と表情ではなかった。春香はその場に立ったまま、ただ黙って北野を見つめていた。
始めてからどれほどの時間が過ぎたのか、北野はトレーニングを中断し一息ついた。かたわらのタオルを手に取り額の汗を拭っていたその時、ふと誰かの視線を感じた。
なにげなく周囲を見渡してみると、入り口のところに春香が立っているのに気がついた。
「あれ? 春香さん、いつからそこに?」
「さっきからずっといたんですけど、北野さん練習に集中していたみたいだったから、邪魔しちゃ悪いかなって思って」
「ゴメン、全然気がつかなかった。悪かったね」
春香は、何か話さなければ、と思ったが、話そうとすればするほど何をどう話せばいいのか分らなくなってしまい、黙ったままになってしまった。
真鍋のことを聞いてみようかとも思ったが、自分からは切り出しにくい話題であり聞きづらい話題であったので躊躇われる。
春香の心中を知ってか知らずか、しばらくの沈黙の後で北野の方から話を切り出した。
「俺ね、いつきさんにはプロ入りした時からずっと世話になりっぱなしなんです。しょっちゅう外でメシ奢ってもらったりしたし、前にも言ったけどホント兄貴みたいに思ってるんですよ」
春香は黙って小さく頷いた。2人がどれほど仲が良いか、北野が真鍋のことをどう思っているか、それは春香もよく知っている。
「突然こんなことになっちゃって、正直言って頭が混乱しちゃってるんですよ。いつきさんのケガの具合では復帰は無理だろうってことも、頭ではわかってるんです。わかってるんですけど……やっぱり認めたくなくて」
「でも、まだ真鍋さんが引退するって決まったわけじゃないんでしょう?」
そう言われて今度は北野が小さく頷いた。
「でもいつきさん、あれ以来その話には触れないんですよ。今までみたいにバカ騒ぎもしなくなっちゃったし、なんか別人みたいになっちゃって、それがなんだかいたたまれなくって辛くって、どうしたらいいかわかんなくて……」
あれほどいつも陽気で明るかった真鍋がそんな状態では、確かに心配になるだろう。もちろん引退を余儀なくされるようなケガをしたのだから、それほどまでに落ち込むのも無理はない。
どう接すればいいのかわからないのだと北野は言った。それを聞いて、ヘタなことを言ってこれ以上真鍋を傷つけるのが怖いんだな、と春香は理解した。
慰めの言葉はきっと逆効果になる。
かと言ってこのまま放っておくのはしのびない。どうにかしたい、何か力になりたい、そう北野は思っているのだろう。もちろんそれは春香も同じだ。
「12月に契約更改があるから、その時にはハッキリするんだろうけど……それまで今の状況が続くのかって考えると、なんだか気が重くて仕方がなくて」
北野の表情はとても暗く、浮かないという表現がピッタリだった。
食堂にいた選手たちは厳しい言葉を述べていたが、それをそのまま北野に言えるわけもない。プロアスリートである以上ケガは仕方のないことなんだなどと言えるはずがない。
春香もまた、何をどう話せばいいのかわからなくなっていた。北野にかける言葉をすっかり失ってしまっていた。




