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キミがいて夢になる  作者: スパイシーライフ


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33/88

かける想い

「春香さんがそんなふうに考えてたなんて意外ですね」

 

 北野はそう素直な本音をこぼした。

 

「え? そうですか?」

「うん。なんか春香さんってドジだけど、性格的には完璧超人って感じだからさ。愚痴とか不満とかとは無縁な人だと思ってましたよ。正直最初は少し近寄り難いと思ってたぐらいですから」

「えー、なんですかそれ? 私だって不満に思うこともあるし、愚痴だってこぼしますよぉ」

 

 春香は頬を膨らまし、少し怒ったような口調でそう言った。

 

「ごめん、ごめん」

 

 北野は素直に謝った。

 

 「子供の頃から歌が好きだったんですか?」

 

 その問いに春香はハイッと答えた。

 

「でも実はそれには理由があるんです」

「理由? 歌が好きになった理由ですか?」

 

 春香は小さく頷く。

 

「私、実は小さい頃は身体が弱くって、幼稚園に入る前くらいの時に入院したことがあるんです。今は全然その影響とかなくってピンピンしてるんですけど」

「ふーん、それも意外ですね。春香さん、見るからに健康そうだもんなぁ。それで?」

「ええ、それで入院してたんですけど、その病院って完全看護って言うんですか? 病院で総てやってくれるから、親も面会時間過ぎたら帰らなくちゃいけなかったんです」

「小さい頃にそれは寂しいですね」

「はい。それでお父さんもお母さんも帰っちゃうから寂しくって、一人になるとずっとおうちに帰りたいって泣いていたんですけど、そんな私をいつも歌を歌ってあやしてくれる看護師のお姉さんがいたんです。毎日毎日、私が泣き止むまでずっと傍にいて歌を歌ってくれて、夜も寝るまで子守唄を歌ってくれて……」

「優しい看護師さんだったんですね」

「はい。そのうち私も一緒に歌うようになって、それがすっごく楽しくって、だんだんそのお姉さんと歌うのが大好きになっていって……退院する時には帰りたくないって言って困らせちゃって」

 

 2人は顔を見合わせて笑った。

 

「それからカラオケ大会とかに出て人前で歌うようになったんです。優勝したこともあるんですよ。でも自分では覚えていないんですけど、両親の話だと赤ちゃんの頃のお気に入りのオモチャがマイクだったらしくって、一日中手放さなかったみたいだから、もともと歌が好きだったのかもしれませんね」

「へぇー、そりゃ筋金入りってヤツですね。何が魅力だったんでしょうね」

「上手く言えないですけど、最初は看護師さんの歌を聴いてるとすごく気持ちが落ち着いたんですよ。なんだか安心するっていうか落ち着くっていうか、それで寂しさがまぎれていたのは覚えてるんです」


 春香は目を輝かせながら、楽しそうに話を続ける。

 

「お姉さんと一緒に歌うようになってからは歌うこと自体が楽しかったし、人前で歌うようになってからはステージに立ってる時のドキドキする感じとか、歌い終わった後にお客さんがワッて湧いてくれる感じとか、スポットライトを浴びる快感とか、そういうのがみんな楽しくて仕方なくって、だからそれをお仕事にできたらいいなって思ったんです。それに私が看護師のお姉さんの歌で励まされたみたいに、私の歌で誰かを励ませたら素敵だなって」

「それは確かに素敵ですねぇ」

 

 春香の話を聞いていて、自分にも同じような頃があったな、と北野は自分の過去を思い出した。子供の頃はとにかくマウンドで投げることが楽しくて楽しくて仕方がなかった。試合の前日はワクワクして気持ちが昂ってしまって寝つけないこともたびたびあった。投げてさえいればそれでよかった。それだけでよかった。きっとそれと同じなのだろう。

 

「それで、中学生になったくらいから、歌手になってもっとたくさんの人の前でステージに立って歌いたいって本気で思うようになって、でもその頃はまだ両親が芸能事務所に入ることを許してくれなくって……」

「まあ、ご両親からすれば中学生が芸能界なんて心配でしょうから」

「それでも諦めたくなくって、歌手になりたいって何度も何度も両親に訴えて、ようやく高校に入ったら事務所に入ってもいいって許してもらって、それで高校入学してすぐに今の事務所に入ったんです」

 

 話を聞いていてその行動力に北野は驚いた。こと歌に関する限りでは思いのほか能動的になるのだな、これは相当な情熱だなと感心したのだ。自分の夢のために何度何度も親を根気強く説得するなんてことは強い意思と情熱がなければなかなか出来ることではない。

 

「私も小春ちゃんも雪乃ちゃんも事務所にはアイドルとして入ったんですけど、私は別にアイドルに興味があるわけじゃないんです。たまたまオーディションの広告を見てアイドルだったら歌を歌えるなって思って応募しただけで、アイドルじゃなくっても歌のお仕事が出来ればそれでよかったんです」

「あくまで主目的は歌なわけだね」

 

 春香はまたコクリと小さく頷いた。

 

「でも後から知ったんですけどウチの事務所って、歌の活動にはあまり強くないらしくって……事務所にも得意分野が有るなんて知らなかったからしょうがないんですけど、もしかしたらそれもあって歌のお仕事が無いのかなって思ったり、でもやっぱり自分の力がまだまだ足りないからだとも思うし、でも早くいっぱい歌えるようになりたいし、でもそんなことを考えてるヒマがあるならいっぱいレッスンしなくちゃって思うし、ようやくお仕事が忙しくなってきたばかりなのにアレがしたいコレはイヤだなんてワガママみたいだし……」

 

 キリがないほど春香の口からは次々と自身の思いが吐露されていった。これだけで春香の悩みがいかに深く大きいものなのか北野には察することができた。


(春香さん、誰にも話すことができなくて、一人でずっと悩んでいたんだろうな)


 なにか彼女を励ます術はないだろうか。

 

「悩まない者に成長は無い」

 

 北野はグラウンドを見つめながらポツリとそう呟いた。

 

「えっ? 何か言いましたか?」

「いや、俺の高校の時の監督さんから聞いた話なんですけどね。悩んで悩んで、そうやって人間は成長していくんだって。悩みが多いってのは現状に満足しないで、より高いところを目指そうとしてる証拠なんだって。悩まない者に成長は無い、ってのが口癖だったんです」

「悩まない者に成長は無い……」

「監督が言うには、悩むのにもタイミングがあって、自分が成長していく上で大切な問題が起きた時に人は悩むんだって。だからそれは決して無駄にはならないんだぞって」

「タイミング……ですか……」

「多分春香さんもそうなんじゃないですかね。今はそういう、悩んで試行錯誤する時期なんじゃないのかな。とにかく今は走り続けることが大事な気が、俺はするんですけどね」

「そうかな……本当に夢はかなうでしょうか……」

「かないますよ、きっと。と言うか、かなうと信じてなきゃ、やってらんないでしょ」

 

 北野はそう言って笑った。狙い通り春香もほんの少しだが笑顔を見せた。

 

「春香さん、俺に言ったじゃないですか。もっともっと上に一緒に行こうって。不安も焦りもあるだろうけど、後になって考えればきっと笑い話になってますよ。あの時はどうしてあんなことで悩んでいたんだろうって、そう思える日がきっと来ますって」

「不思議ですね。北野さんが言うと、なんだかそうなのかなって思えてきました」

「そりゃあよかった。少しは気が晴れました?」

「はい。ごめんなさい、なんだかグチを聞いてもらったみたいになっちゃって」

 

 北野に話を聞いてもらってよかった、と春香は思った。自分でも不思議なくらい、北野が相手だと何でも素直に話せる。

 

(出会った時からそうだった気がする。どうしてだろう)


 理由はわからない。わからないが、北野になら何でも話せそうな気がする。喜びも悲しみも怒りも、そして不安も、北野になら全て話せそうな気がする……。

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