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キミがいて夢になる  作者: スパイシーライフ


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34/85

ベテランの矜持


 8月もまもなく終わろうという頃のある日、春先に初めての1軍キャンプで北野に色々教えてくれたベテラン野手の川田が2軍落ちしてきた。


(川田さんほどのベテランでも2軍落ちするのかよ……厳しいなぁ)


 川田はレギュラーというほどではないが、貴重なユーティリティプレーヤーとして長年シーサーペンツに貢献してきた選手だ。その貢献度はチームにとって決して低くない、むしろ高い選手と言っていい。

 だが近年は打撃面で陰りが見られ、今年は低打率にあえいでいて、出番は守備面を買われてのものばかりとなっていた。


「今ウチはAクラス争いしてるからな」


 「川田さんほどのベテランでも2軍落ちするんですね」と北野が何の気なしに言うと、真鍋がそう答えた。


「Aクラス争いをしてるのと関係あるんですか?」


 腑に落ちない北野がそう尋ねると、真鍋は「当たり前だろ」と答えた。


「そもそもがな、ベテランになればなるほど置かれてる状況は厳しくなるんだよ。わかるか?」


 北野は少し考えてから「もしかして、年棒的な話ですか?」と答えた。真鍋は無言で頷く。

 

「1軍のベテランってことは、当然年棒は高くなってるよな。そりゃそうだ、長年チームに貢献してるんだから当然そうなるわ。でもな。同じくらいの働きをする若手選手が台頭してきたとしたら、どうだ?」


 それはレギュラー選手が若手選手に取って代わられるパターンのひとつだ。こういったケースは、多くの場合レギュラー選手の不調や衰えやケガがキッカケとなる。

 そこで若手選手が大活躍しようものなら一丁上がりだ。年棒の安い若手選手がレギュラー選手以上の活躍をして見せたら、交代しないわけがない。

 

「球団経営はシビアだからな。そもそも見込みがないと見切りをつけられたら、若くたってクビになるのがプロの世界だろ?」


 それは確かにその通りだと北野も思う。彼自身がつい最近までその恐怖に怯えていた立場なのだから実感も湧く。


「で、まあ、さっきのAクラス争いの話に戻るけどさ、正直言って川田さんは今年打つ方が全然ダメじゃん?」

「そりゃまあ、数字は正直ですもんね」

「で、だ。今の川田さんと同じ働きが出来て、もっと打てるだろう若手が2軍に居たら、オマエならどうする?」

「それは……やっぱりその若手を使いますよね」

「そうだろ? 同じ働きが出来てもっと打てるんだったら、それはつまり戦力アップなわけだ。Aクラス争いをしているなら戦力アップは大歓迎だろ? 三原監督は、そう判断したってことだよ」


 北野が黙って聞いているからか、真鍋はさらに話を続けた。


「ベテランになればなるほど、今現在のポジションを守り抜くのが大変になってくんだ。自分より給料の安い若手が、それこそ血眼になって自分と入れ替わることを狙ってる。球団経営としては貢献度が同じなら年棒が安い選手の方がありがたい。それをはねのけるには、その若いライバル以上の貢献をする以外にない。自分が1軍に必要な戦力であることを示し続けるしかない。年齢を重ねていけば当然衰えていく面もあるけど、それでも他の道なんか無いんだ。どれだけ長年貢献してきたからって、引退するまでチームに残れる保証なんて何も無いんだ」


 正直言って北野は、真鍋が言うようなことを気にしたことがなかった。ベテランになった時の心配より、彼にとっては支配下選手となることが今までの最優先事項だったので、そんなことを考えたこともなかったし考える必要もなかったのだ。

 しかし、あらためて説明されると真鍋の言うことは理にかなっていると思える。


(そっか……毎年若手は成長していくし新人選手は入ってくるんだから、それをはねのけるためにはベテランだって常にレベルアップしてかなきゃならないのか……)


 追う者と追われる者を決定づけるのは、結局実力以外にない。


(年々衰えていこうが、それを補って余りある別の何かで年々レベルアップしてかなきゃならないのか……そんなこと、俺だったらできるのかな……)


 それはきっと血がにじむような努力を強いられるだろう。それぐらいは北野にだって容易に想像できることだ。


(向井さんも、そうやってエースの座を維持してきたんだろうな。向井さんだったら何て言うんだろう)


 北野はあらためて自チームのエースに対して畏怖の念を抱いた。毎年毎年そんなプレッシャーに抗い続けてきた男の話を聞いてみたい。それはきっと春季キャンプで釣りをした時のように、自分にとってタメになる話ばかりだろう。それこそ金を払ってでも聞きたいぐらいだ。


 そこで北野は、ふとあることに気がついた。


(……待てよ? でも、それっていつきさんにも当てはまる話だよな?)


 真鍋はいつだってそんな素振りを見せない。自分には重圧なんて無縁だという顔をして、いつだって飄々としている。

 今まではそれを真鍋の性格的なものだと単純に考えていたが、果たして本当にそうなのだろうか。あるいはワザとそう見せているのだろうか。

 


 当の川田はといえば、意外なほどに悲壮感を感じさせなかった。


「落ち込んだりしてないんですか?」


 北野の素朴な問いに、川田は苦笑いで答えた。


「落ち込んでないように見えるか?」

「はい」

「んなわけねえだろ。2軍落ちして落ち込まないようだったら、それはもう引退した方がいいぜ」


 最初苦笑いだった川田の表情は、すぐに引き締まったものへと変わっていた。


「2軍落ちを言われた時は、そりゃガッカリしたさ。落ち込みもしたよ。けどな、俺はまだ引退するつもりはないんだよ。だったらどうすりゃいい? やるしかないだろ。落ち込んでるヒマなんかあるかよ」


 その明確な答えには、まだ負けるわけにはいかないという強い意志が込められていると北野には感じられた。年齢など言い訳にならないのだと、このベテランは語る。


「いい機会だから教えてやる。この世界の負けはな、自分が決めるんだ。他の誰でもない。球団でもない。自分自身が認めない限り負けじゃないんだよ」

「えっ! なんですか、それ。なんかそれ、ジャイアンみたいな……」


 北野には川田の言っていることの意味が理解できなかった。それは自分さえ認めなければ、死ぬまで負けることはないと言っているように聞こえる。


「まあ、あれだ、負けって言うとなんか引っかかるかもしれないけど、要は引き際ってことさ」

「引き際って……引退ってことですよね」

「そうだ。その引退を誰が判断するかってことだよ。オマエはどう思う?」


 そんなことを言われても、北野に答えられるわけがない。これから1軍のマウンドにと夢を

 馳せている人間が、引退する判断がどうこうとか考えるているわけがない。


「すいません。想像したこともないんで、答えようがないです」

「まあ、そうだろうな。それが当たり前だ。ところで北野。オマエが今、チームに貢献できそうにないからクビだって言われたら、素直に従うか?」


 そう問われて北野が「それは……そんなことないです!」と答えると、川田は笑いながら「つまり、そういうことだよ」と言った。


「引退するから負けってわけじゃないと思うけど、もしそうだとしたら、それを決めるのはやっぱり自分なんだよ。だから納得いかなきゃ移籍したっていいし、トライアウトに参加したっていい。とことん食い下がって、それでダメだった時に初めて負け……なんじゃねえか?」

  

 川田はそれからも様々な話をしてくれた。年齢が上とか下とか、キャリアが長いとか短いとか、そんなものこの世界では全く関係がない。あるのは実力が優っているか劣っているかだけなのだと彼は言い切る。


(すげえな、向井さんといい川田さんといい……)


 こういった手ごわいベテランたちにも打ち勝たなければ自分の未来も開けない。北野はあらためて1軍への道のりの遠さに思いを馳せ、ため息が出そうになった。

 


 自らの言葉通り、川田は日々練習に明け暮れた。若手と同等あるいはそれ以上に、毎日ユニフォームをドロだらけにしながら自らを鍛えぬいていた。

 

 その背中は「もう一度1軍に戻るんだ」という強い意志をハッキリと示しているように北野には見えた。


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