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キミがいて夢になる  作者: スパイシーライフ


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101/111

執念の勝る方

 チャンスを掴んだシーサーペンツだったが、3番の上条は残念ながら内野ゴロに打ち取られた。

 しかしその間にランナーは3塁へと進塁している。2アウト3塁で4番バッターの小松が打席に立つならば、まだピンチを乗り切ったとは言い難い。


(ここで小松さんとか、まったく気を抜くヒマもないな)

 

 シーサーペンツのエースが向井ならば主砲は小松だ。長らく打線の顔である4番バッターを務める彼に対するファンの信頼感は、向井に対するそれと何ら遜色はない。

 

 ファンからすれば、ここはこの試合最初で最後のビッグチャンスかもしれないという想いが強く、そんな場面で小松が打席に立つのだから期待で盛り上がらないわけがない。

 向井の登板以降観客のボルテージは上がりっぱなしで、静まる気配など微塵も感じさせなかった。


 

(まさかこんなに苦しめられることになるとはなぁ)

 

 小松はネクストバッターズサークル内で2度3度と素振りをしながらマウンドを見た。

 北野が良いピッチャーであることはもちろんわかっていたが、だからといってここまで自分たちが押さえ込まれるほどのピッチャーだとは思っていなかった。

 この試合、ここまで小松は2打席2三振。情けない結果だと内心恥じている。

 

(4番がこれじゃあ勝てっこない。求められている仕事が何ひとつ出来てないんだからな)

 

 ここはどんな形でもいい、とにかくランナーを返して1点をもぎ取る。それが自分の仕事だ、と小松は自分に強く言い聞かせた。

 

(いや、最悪自分が返せなくてもいい。四球でも死球でもいいからこのまま後ろに繋いでもいい。とにかく自分でこの回を終わらせるのだけは絶対にダメだ)

 

 小松はゆっくり深く息を吸い、そして吐いた。落ち着け、落ち着けと心の中で念じながら。

 

(このチャンスを逃したら負けだぞ)

 

 あえてそう自分にプレッシャーをかけながら、彼は1歩1歩バッターボックスへと向かった。その姿を見ながら、北野もまたマウンド上で大きく深く深呼吸をした。

 


「この場面で小松さん。どう抑えたもんかな」

 

 ここまで抑え込んでいるとはいえ、相手は球界でもトップクラスの強打者だ。細心の注意を払わなければ抑えられない。プロ初勝利をあげるためにもここで打たれるわけにはいかない。


「球は走ってる。まだバテてはいない。大丈夫。俺は出来る」


 北野もまた自身に暗示をかけるかのように、同じ言葉を何度も何度も呟いた。そしてまた春香の歌を口ずさむのだ。




(ダメだ。どうしても捉えきれない)

 

 バッターボックスを1度外してバットのグリップに滑り止めのスプレーを吹き付けながら、小松は頭を悩ましていた。

 チェンジアップを意識すればするほどバッテリーの術中にはまっている気がする。

 

(カウントは2ボール2ストライク。ここまでの攻め方から次で三振を獲りに来るのは間違いないだろう)

 

 問題は何で決めに来るか、だ。この若いバッテリーは、ここまでストレートとチェンジアップとを打者に応じて使い分けながら決め球としている。自分にはどちらで来るだろうか。

 

(他の球種ならば何とかファールに逃げられる。だがあのチェンジアップは無理だ。ストレートを待っててアレが来られたらどうしようもない)

 

 主審に促され、小松は再度バッターボックスへと立った。しかし足元を入念にならしながらも、彼はまだ狙いを絞りきれずにいた。

 

(まったく、厄介なピッチャーになりやがって)

 

 腹立たしいと思う反面、この対戦を楽しんでいる自分もいる。小松のその表情は、心なしか頬が緩んでいた。

 

(よし! 狙いはストレート一本。それ以外が来たら何が何でもファールにしてやる!)

 

 4番のプライドにかけて、もし他の球が来たら何としても喰らいついて粘ってやる。とにかく最悪でも次の打者に繋ぐのだ。


小松はそう腹を括った。

 

(若造に簡単にやられてたまるかよ。こっちだって伊達に長年4番を打ってないんだ)

 

 迷いの無くなった小松は、もはや先ほどまでの彼ではなかった。

 そこには鋭い眼光でマウンドの強敵を見据える、リーグ屈指の強打者がいた。そして、そんな彼をキャッチャーの神谷はジッと凝視していた。

 



 主審の「プレイ!」の声を合図に試合が再開される。北野はおもむろにマウンド上から神谷の出すサインを覗き込んだ。

 

 サイン交換はスンナリと終わり、北野がセットポジションに構える。

 シーサーペンツベンチは小松のバットに望みを託したのか、三塁にいるランナーのリードは控えめだった。

 いくら三原監督とはいえこの場面でスクイズを仕掛けてくるわけはないのだが、それでも三原ならばという一抹の不安を消し去れない北野と神谷にとっては好都合の状況だ。


 奇策を弄してこないとわかっていれば、バッターとの勝負に集中できる。


(どのみちヒット打たれりゃ失点なんだ)


 北野は三塁ランナーを無視することにした。勝負の相手は小松ただ1人。他に気を取られていて抑えられる相手ではない。今の自分が全力でぶつかってようやくなんとか抑えられるほどのバッターなのだから、ランナーを気にしている場合ではない。



 ストレートのみに狙いを絞り、必ず打つと執念を燃やす小松。そんな彼をずっと観察していたキャッチャーの神谷。北野の腕がムチのようにしなり、ボールが放たれる。


 だが投じられたのは小松が狙っていたストレートではなく、パラシュートチェンジだった。神谷の観察の賜物だ。


 完全にタイミングを外された小松を嘲笑うかのように、ボールは揺れながら落ちてゆく。バッティングフォームはすでにバラバラだ。


 小松はそれでも何とかバットで捉えた。だがタイミングを外された影響はいかんともしがたく、打球は3塁線ギリギリに転がる緩いゴロとなってしまった。


「くそっ!」


 小松は全力で1塁へ走ったが、普通ならば3塁手がゴロを捕って送球して楽々アウトのタイミングだ。


だが、そうはならなかった。


「あっ!!」


 球場にいたほぼ総ての人間が同時にそう叫んだ。


 小松の打った打球はなぜかフェアゾーンを転々と転がり、塁審の叫ぶ「フェア!!」の声が球場内を歓声とともに響き渡った。

 

 3塁手がボールを押さえようとしたその時、ボールは無情にも3塁ベースに触れ、ポーンと真横へと転がる方向を変えたのだった。 


 捕る直前での出来事に、さすがに3塁手も対処しきれなかった。ランナーはホームへと生還し、小松も1塁を駆け抜けていた。

 スコアボードにはエラーを示すEではなく、ヒットを示すHのランプが点灯する。

 この瞬間、北野のノーヒットノーランもストップした。



「ウソだろ」


 北野は思わずそう呟いた。完全に打ち取った打球だったのに。 


 一塁に目をやると小松が塁上で何度も小さくガッツポーズをしていた。

 小松ほどのスラッガーがこんなことでガッツポーズなど普通はするわけがない。いくらヒットとはいえ決して納得のいくバッティングではないはずなのだから。


(ああ、そうか)


 完全に打ち取ったと思ったけれど、実はそうじゃなかったんだ。小松の最後まで諦めない心に、喰らいつく姿勢に、その気迫に実は負けていたんだ。

 平凡な内野ゴロなんかじゃない。もしかしたら変な回転がついていて、その結果がこれなのかもしれない。


(あれは小松さんの魂がこもった打球だったんだ。そうでなければあんなに喜ぶはずがない)


 その魂がこの結果を呼び込んだ。自分は気迫の差で負けたんだ。北野はようやくそれに気づいた。


(ふう……)


 北野は帽子をかぶり直しながら夜空を見上げた。

 やはり長年1軍で活躍している人たちはモノが違う。まだまだ教えられることは数え切れないほどある。


(簡単には勝たせてくれないなぁ。まあそんな楽に勝てると思ってたわけじゃないけど)


 自分の力不足を痛感したが、それでもこれを乗り越えない限り勝利を手にすることは出来ない。ここで踏ん張らないといけない。負けたら春香との約束が果たせない。自分の誓いも果たせない。


(もう何が何でも1点もやらねーぞ)


 ノーヒットノーランも途絶えたが、もともと狙いは勝利のみ。気を取り直し、気合を入れ直した北野はなんとか後続を打ち取り、最少失点でこの回を終わらせることに成功した。 




 スコアボードについに0以外の数字が表示された。


 ベンチに戻った北野はタオルを手にすると、汗を拭ってからそのままタオルを頭からかぶり、椅子に座り込みグラウンドを見つめた。


 スコアボードに目をやるとシーサーペンツ側に1点の表示がされている。それを見ているうちに、段々と新たな感情が彼の中に生まれてきた。


(このままウチが点を取れなかったら、この試合終わっちまうんだなぁ……)


 それは勝ちたいとか負けたくないというモノではなく、もっと投げたいという今までにない気持ちだった。こんなに試合で投げている時が楽しいと感じたことは記憶にない。


(まだ終わりたくない。10回でも20回でも投げていたい)


 本当に心からそう思っていた。向井はエース同士の投げ合いを好むと聞いたことがあるけれど、それはもしかしたら今の自分と同じように投げるのが楽しくて仕方がなくなるからじゃないだろうか。そんな気もした。


(なんとか点を取ってくれ。頼みます……)


 指名打者制なので、この試合で北野が打席に立つことは無い。

 それはイコール自分が打って点を取り返すことができないということになる。北野には味方が打って得点することを祈ることしかできない。


 その気持ちに応え、なんとか北野に初勝利をと意気込むアルビオンベンチだった。

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