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第五試合 2.外国人選手

「ドミニク・フライ選手。そろそろ、花道の前でスタンバイをお願いします」


 ドアを開けて係の人が顔を覗かせ、試合順が近づいているらしい選手の呼び出しをする。名前からして外国人のようだ。


 譲二は首を回す。室内の一角に、該当しそうな異国の風貌の数人を発見した。


「ドミニク。呼ばれたぞ、試合だ。……ドミニク?」


 チーフセコンドと思しき人物が、しきりに選手の肩を揺すっている。合衆国言語だった。


「……う……あ、あ……。せ、……戦闘……か……?」


「ああ、そうだ。……なあ、本当に大丈夫か?」


「あ……ああ……。問題、ない……。いつでも……し、出撃、できるぞ……」


 係員やチーフセコンドからドミニクと呼ばれていた外国人選手が、ゆっくりとパイプ椅子から立ち上がった。セコンドを含め、周囲の人はそれを不安そうに見守っている。


 ドアの方へ歩いていこうとする足どりが覚束おぼつかない。もしかして減量に失敗でもしたのだろうかと、部外者にもかかわらず譲二も心配になってくる。


 ちなみに、譲二と楢尾俊広の試合はライトヘビー級の体重契約で締結されていた。譲二の適正階級はフェザー級で、ナチュラルウエイトでもライト級のリミットをオーバーする程度なので、楢尾とは約二十キログラムの体重差があったことになる。


 なぜそんなミスマッチを志願したのかというと、チートレベルの悪鬼や化け物が集う火雲ひぐも列島での戦闘を想定しているからだった。邦彦も言っていたように、あそこでは少なくともライトヘビー級以上の筋力がないと通用しない。


「行こう……。たった一つの……誇りを胸に……俺達は、戦うんだ……」


 ドミニク・フライが歩きながら呟いている。己を発奮させ、士気を高めるためのフレーズか何かだろうか。


「そ、それが……プライド軍の……理念、なのだから……」


(えっ!?)


 譲二は、思わず声を上げてしまいそうになるのをすんでのところで押しとどめた。


 今、確かにこの男は「プライド軍」と口にしていた。どういうことだ、と譲二はその横顔を凝視する。


 ドミニク・フライは譲二の視線に気づくことなく、セコンドらと共に控室を出ていく。その足つきは、徐々にだが、正気を取り戻しているように見えた。


「お、おい……。あの外国人……」


 動揺を押し隠して、譲二は振り返る。空太が「ああ、ドミニク・フライか」と反応してきた。


「知ってるのか?」


「この界隈じゃ有名人だぜ。アマチュアの大会に外国人ってのもめずらしいし」


 空太は手を開いて、今しがたドミニク・フライが出ていったドアを指し示す。譲二はもう一度そちらを見やるが、当然、外人の一団はもういない。


「もう壊れかけているんじゃないか、ってんだろ。俺も同感だ。ろれつも怪しいし、重度のパンチドランカーだな」


「……出場をやめさせるべきじゃないのか? もしリング禍なんてのが起きてしまったら」


 リング禍というのは、ボクシングやプロレスなどリングで行われる格闘技において、試合中に受けたダメージが原因で起こる不幸な死亡事故を指す用語だ。そのような最悪の事態には至らなかったものの深刻な障害を負ってしまった場合にも、同様に適用される。


 元々はボクシング業界の言葉らしいが、プロレスではマット禍などとも言われている。いずれにしても、事前のメディカルチェックなどで健康状態が懸念された選手は、出場を許可しないなどの防止措置が必要となってくる。


「まあ、あの様子を見てたら誰だってそう思うよな。だが、あいつのここでの戦績は無傷の全勝なんだよ。リングに上がると人が変わったように、ドランカーっぷりが鳴りをひそめちまう」


 譲二は驚いていた。が、同時に、心のどこかで納得する。


 そうでもなければ、あの立ち居振る舞いはドクターストップがかかってもおかしくない危なっかしさだ。それを、彼は結果で黙らせているというわけか。


「あのドミニク・フライというやつは……ここの戦いであんなになってしまったと?」


 このアマチュア格闘技団体の試合ではヘッドギアの着用が義務づけられている。オープンフィンガーグローブも厚手のものだ。


 ヘッドギアを被っている方が脳震盪のうしんとうを引き起こしやすいという一説もあるにせよ、安全を重視してレフェリーのストップタイミングも比較的早くなっているため、あそこまでになるとは到底考えられないのだが。


「違う。そうではない」


 譲二の疑問に答えたのは、空太ではなく、美濃部だった。わずかに言い淀むように、腕を組む美濃部。


「ドミニク・フライは……駐留合衆国軍の退役軍人なんだ」


「……退役、軍人……?」


「火雲列島の陸軍との混成団に配属されて、そこで再起不能級の大怪我を負ったと聞いている」


 傷痍しょうい軍人のようなものだ、と美濃部が付け加える。しかし、譲二はそれどころではなかった。


 駐留合衆国軍の、火雲列島からの帰還兵って……つまりK1軍やプライド軍の歩兵ってことじゃないのか。しかも、こんなところで格闘技を続けているということは、元格闘兵の可能性が高い。


 こんなところで予期しなかった軍関係者との出会い。譲二はどこか因縁めいたものを感じていた。


「興味が出てきたのでドミニク・フライの試合を見てきます!」


 譲二はバンテージをほどくのももどかしく、そのままジャージの上を羽織って、部屋を飛び出した。アマチュアの大会のため、中継テレビなんてものは控室に置かれてないのだ。


 通路から会場に入り、スタッフの邪魔にならないようにと、壁際からリングの上を見つめる。天井部に設置された照明機器からの光が、ドミニク・フライの鋼のような肉体を照らしていた。




 フィニッシュはドミニク・フライのKO勝ち。控室での痴態が嘘のように、リング上での彼は比類なき戦士だった。


 まさかと考えていたが、試合を見ておいてよかったと譲二は思う。あの膂力りょりょくは、強化兵のそれだ。


(こんなところで……〈ボンバイエ・モード〉を目にするとは、思わなかったな……)


 壊れかけのためかところどころ放出に波があって、レベルの程は判別できない。が、火雲列島に配属されていたという経歴から、元々はレベル4だと思ってかかるべきだろう。


 だとすると、なぜ廃棄処分されず市井しせいに野放しにされているのか、という疑問が頭をかすめるものの。今、そんなことはどうでもよかった。


(……ドミニク・フライ……。駐留合衆国軍の強化兵士で……最前線からの、帰還兵……)


 譲二は悟っていた。勾玉原まがたまはらのこの地で停滞を余儀なくされている理由を。


 おそらく、彼と戦って勝たなければ先に進めないのだ。プライド軍の亡霊を打ち倒せる力をつけて初めて、火雲列島へ足を踏み入れる資格を得ることができる。


 穂尾ほおのプライド軍小隊の職務を投げ打って逃げてきた罪の清算を、ここでしなければならない――

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