第一試合 6.中庭
「んー、っと……」
譲二は背を反らして伸びをした。さっきまで受講していたボクシング実技の締めに課された三分×三ラウンドのシャドーボクシングがきつかったため、腕が上がらない。
西日に照らされた中庭を横切って寮へ帰ろうとしていると、「おっす、譲二」と背中をぽんと叩かれる。
振り返ると、片桐理央がいた。その後ろには積木若菜も見える。
リングス基地には女子の訓練兵もいる。人数比率でいうと男女で八:二ぐらいだろうか。
まだそこまで多くないが、キックボクシングや総合格闘技を本格的にやりたいという女子が増えているらしい。将来、もしかしたら女性部門の階級や興行ができてくるのかもしれない。時代は変わっていくものだ。
「にっひひひ、見たよー。グラウンドであんた達が担当教官と『今からおまえ達を殴るが、殴った方の手や心も痛いのだということを忘れるな! いくぞォ』という熱いやりとりをしてたのを」
「かなり違う! 何を見てたんだ!」
理央がそんなことを言ってきて、譲二は思わずつっこんでしまう。若菜が口元に手を持っていって困ったように苦笑した。
「で、最後に『あの夕日に向かって走るぞ、ついてこい!』『は、はいっ!』と感動的に締めたんでしょ?」
「何だそりゃ!? 昼前だったから、太陽に向かって走りようがねえよ!」
「あれ? じゃこっちか。殴られた後、教官が顔を上げて『……お天道様が目に沁みやがるぜ』『き、教官……』『わかってる、何も言うな! おまえらが私の大事な訓練生だということに変わりはない!』と抱き合ったんだ。うわ、暑苦しい」
「いいかげんにしろ! 胸焼けしてきたっつうの」
「もう、理央。やめてあげなよ」と若菜。「譲二くん。園田教官の指導はどう?」と話を変えてくれる。
「段々ポニーテールが茹でダコに見えてくるようになった」
「あんた達がサボったりと怒らせるようなことをするからでしょ。懲りないね~」
ボーイッシュさをあまり感じさせないショートカットヘアの理央が少し屈み、挑発的に見上げてきた。
「うるせ。規律というのは、仲間が窮地のときは破ってもいいことになってんだよ。俺らは友情に殉じたんだ」
「あっ。若菜の植えた朝顔、花が開いているよー」
「本当だ。嬉しい」
校舎の壁際に花壇やプランターがあり、そこから伸びた朝顔のつるが園芸用の支柱やグリーンカーテン用のネットに巻きついている。蕾がいくつか開いていて、彼女達は紫色と白の瑞々しいグラデーションに見入っていた。
「かっこいいかもしれないこと言ったんだから聞けや!」
と、譲二は声を張り上げる。昔にテレビでやっていた、年末の総合格闘技の祭典で出場選手を紹介するときに総括本部長が「出てこいや!」と叫ぶみたいに、語尾に関西弁が付いてしまった。
理央は白々しくも「ごめんごめん。もう一度言ってくれる?」などと両手を手刀の形にしてくる(恥ずかしくて言えるか)。
「じゃあね。明日も園田教官に絞られないように、少しは自重しなよ」
「おう」
「ばいばい」
若菜も手を振ってくる。おさげの髪が揺れていた。
(ったく、トリッキーな相手との試合みたいなどっと疲れさせるかけ合いをさせやがって。今しがたの会話とおふざけの中に伏線でもあったら驚きだ)
譲二は、女子寮の方向へと歩いていく理央と若菜の背中を見やった。
活発な理央と、おとなしくて控えめな若菜。性格のまったく異なる二人だが、同じ班ということもあって、あのとおりいつも一緒に行動している。
いつからどうして仲が良くなったのか譲二は知らない。あまり気が合うようには見えなかったのだが、補完的な意味で案外相性がいいのだろう。
女同士の友情は、男のように単純明快とはいかないのかもしれないな。譲二はそう自分を納得させる。




