第一試合 5.応接室
園田美紗が呼ばれて立っている応接室では、ダリアがチェアーに座って足を組み、パソコンのディスプレイに見入っていた。
ダリア・ヘンダーソン中尉。リングス基地における新兵訓練の顧問的な立ち位置に収まっている、駐留合衆国軍からの出向士官だ。
所用で一ヶ月ほど不在にしていたとのことで、先週この島に着任してきた美紗としては初顔合わせになる。
前髪を緩く束ねてボリューム感を持たせながら後ろに流しているポンパドールヘアーに、彫刻像のような顔のライン。それなりにされている化粧や申し訳程度の口紅とも合わさって、三十路近いという年齢よりもいくつか若く見えていた。
中尉の視線が注がれているディスプレイでは、格闘訓練兵の実技の一つである柔道の様子が映っている。
乱取りで、一人の男子訓練兵が腹筋と背筋で体を回転させて間一髪、柔道の実技教官である吉出秀人中尉の肩固めから脱出していた。吉出は片羽絞めに切り替えようとするが、訓練兵は体を起こして首をすばやく抜き、それも許さない。
流れるように見事な反応だ、と美紗は思った。比較的大柄といって差し支えない相手の抑え込みや固め技をかわし続けるのは容易ではない。
ダリアがマウスを操作して、別のムービーを開く。
迷彩模様の服とヘルメットを身に着けた訓練生達が木々の茂っている斜面を這って登っているところだった。先週に山間で行われた、訓練兵同士による模擬戦の録画映像だった。
と、膝立ちになっていた一人の訓練生の胸辺りが放射状に茶色く染まった。続けて、中腰になっていた何人かの訓練生も、泥水を投げつけられたかのように同様の現象が起こった。
ペイント弾だった。模擬戦では、本物の銃や実弾の代わりに、ペイント入りゴム弾とその発射用銃を使うことになっている。ゴムの素材はとても軟らかく、被弾しても衝撃や痛みはほとんどない。
胴体や四肢にペイントが付着した兵はその場でアウト。ヘルメット内蔵マイクや屋外スピーカーの指示に従ってエリアから離脱する。
映像が別カメラのものに切り替わった。木の陰に伏せて狙撃銃を肩に固定していた訓練兵が映し出される。
狙撃役はヘルメットを少しずらして顔を上げる。先ほどの柔道実技の映像に出てたのと同じ男子訓練兵だった。
どうやら、先の斜面を登っていた訓練生達を仕留めたのはこの狙撃兵のようだ、とわかる。
「MMA以外の成績もまずまず。やっぱり、この子は筋がいいわね」
画面を指差すダリア。
確かに、美紗が指導を担当している空手でも、彼にはセンスがあった。ストライカー寄りのタイプで、目がいいのか打撃の命中精度や回避性能に優れている。
「はい、私も思います。ですが……」
ただ、ダイジェスト映像だから良いところがよく見えるのであって、総合的に見ればまだ粗があった。
「確かに要領は良いのですが、彼は多少、気分屋の傾向があります。性格的にもつかみどころが難しく、確実性や安定性という面ではどうかと」
相手の出方を待つ癖が抜けないし、不意の攻撃にあっさり尻もちをついたりもする。練習試合でもそんなに勝ち星が先行していたわけではない。集中力が切れるのか、取りこぼすことも少なくなかったと美紗は覚えている。
「うん、そんな感じだわ」
映像を先の練習試合のものに戻して、ダリアは首肯する。
そういえばと美紗は思い出していた。目の前の中尉もプライド軍の格闘兵なのだと。釈迦に説法とはこのこと。
戦前はオリンピックへの出場歴もあったレスリング・エリートで、だからこそアドバイザーとしてこのリングスに招聘されている。時々、座学や実技での指南もするらしく、訓練兵にとって、実戦経験者による指導はこの上なく貴重なものとなっているだろう。
そんな、合衆国の有望だった選手が日鶴軍側につくことになるとは、数奇なものだと美紗は密かに思う。
「そもそも、四期生はまだ、訓練期間の三分の一ほどをクリアしたところです。半人前にもなっていません」
実戦での敗北、イコール死だ。取り返しはきかない。
その前に、訓練生達を鍛え上げなければいけない。生き残る術を詰め込む必要があった。
「この度の本土からの要求は理解に苦しみます。今連れていっても、足手まといになるか犬死にするだけなのに」
「園田美紗少尉」
「はっ」
「あなたも軍人なら上への反論は慎みなさい」
ぴしゃりとした声に、美紗は直立不動の姿勢になる。室内の温度が幾分、下がったような感覚。
「MMAでも、試合を組まれた片方の選手が怪我やドタキャンをしてしまって、あと数週間しかないのに自分のところに代理出場のオファーが来ることもある。そのとき、あなたは準備期間が短いからと断るの? 次から声がかからなくなるかもしれないわよ」
「……はい」
「とにかく数が欲しいそうだから、ある程度ものになればいいわ」
ダリアはデスク上の書類を手に取ってめくる。研究員が提供してきたと思われる、四期生のデータのようだ。
「……この子達はやれんのかプロジェクトのシトロンよ、熟してもらわなければならない。大切に扱うわ」
シトロン、果実……。そう聞いて美紗はなぜか、不吉なほど赤い実が連想された。熟れていくと、外表がざくろのようにぱっくりと割れ、汁が滴り落ちる果実。
「園田少尉。リングスへようこそ。色々あると思うけど、慣れていってちょうだい」
皮相的に微笑んでそう言ってきた上官を、美紗は暗澹たる思いで見返していた。胸の内を罪悪の感情が支配していた。




