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第八試合 8.談合

 医務室の前で壁によりかかっていた智也は、廊下を歩いてくる足音に、体を起こして腕組みを解く。


 角を曲がって譲二達が姿を現した。渚と雅紀の肩を借りてどうにか歩いているという案配だ。


「やったな。……しかし、思っていたよりボロボロじゃないか。それで勝ってきたとは信じられないぞ」


 智也はねぎらおうと声をかけたものの、予想以上の大ダメージぶりに軽く引いてしまう。


 控室にしつらえられていた中継テレビの映像で結果は知っていたが、こうして本人を迎えてみると、本当に勝利したのかにわかには信じがたかった。ド根性の賜物たまものだ。


「決勝、いけるのか」


 これはワンデイトーナメント。今しがたの試合はまだ一回戦及び準決勝で、それに勝ち抜けたとしても、次に決勝戦が控えているのだ。


 同じ日に連戦となる場合、できうるならば、一試合目はなるたけダメージを負わずに省エネルギーで勝つのが理想ではある。とても、それができる相手ではなかっただろうが。


「それだけどよ……、あとでちょっと打ち合わせをしないか……? 最初は強く当たって、後は流れで。的な」


 譲二のその持ちかけに、智也は苦笑した。大相撲の八百長問題で有名になったメール文のパロディじゃないか。


「考えておこう。演習だし、エキシビションが本来のあるべき姿といえばそうだ」


 エキシビション、いうなれば公開模範試合。キックボクシングなどの格闘技界では、通常より大きいオンスのグローブやレガースを着けてのスパーリング形式となることが多い。基本的には勝敗が付かず、公式記録ともならないものだ。


 まさに、披露演習でのMMA実演にふさわしい。譲二とヴァレリアの試合は始終、そんな生易しい展開にはならなかったけれど。


 そして、来たる自分とマリナ・ルアとの決戦も、同様に真剣勝負となるだろう、と智也は理解していた。彼女らは激しく日鶴人を下に見ている。


おもんばかってくれて助かるよ……。じゃあ、思いっきり消耗し合いながら勝ち上がってきてくれ……」


 譲二はそう言い置いて、医務室に入る。「健闘を祈るよ」と渚。


 医務室の中には沼井鏡花が待ち構えていたようだ。彼女が譲二に投げかけたと思われる話し声が聞こえてくる。


「わかってないなあ。智也はそんなタマかねぇ」


 智也はその場を離れる。盗み聞きは趣味ではない。


 鏡花と智也は同じ新兵訓練場の出身だ。期も被っている。その頃とそれ以前の記憶がやけに曖昧ではあるのだが……


 だからといって知り合いだったわけではないけれども、そういった縁もあって、ここ正道館大学でも少し話すことがある。同郷の兵士が互いを身近に感じるのと似たようなものだ。


 鏡花は智也の気質をある程度、知っている。ゆえに、譲二にあいつは談合には乗ってこないよ、と忠告をしているのだ。


「ていうか、雅紀。あれ何なの? ただ叫んでるだけで、『暴れろ!』とかコーチングになってないじゃない! 『Bプランもあるぞ! Cもあるぞ! Dも……』って何!? そんな存在しない作戦を言って逆に譲二を混乱させてどうするの!? バカ雅紀!」


 廊下にまで鏡花のダメ出しが聞こえてきて、智也は小さく吹き出す。決勝戦ではセコンドの交代がありそうだ。何だかんだ、彼女も譲二に幾ばくかの仲間意識は持っている。


 しかし、不思議な男だ。松浦譲二。


 智也は廊下を歩きながら考える。彼がヴァレリアに劇的勝利した先の試合を思い返していた。


(ああいう種類の強さもあるんだな……)


 そういった方面への強さは正直にいって、智也の管轄外ではある。だが、闘ってみたいという欲求がないわけではなかった。むしろその逆で、燃える。


 凄まじい勝利への希求には尊敬の念を抱いたし、不撓ふとう不屈の精神にも脱帽している。反則も少なからず見られたが、譲二は彼なりに日鶴人の矜持と誇りを示してくれた。


 次の決勝戦は手の内を明かした後の試合となるわけだが、今度はどんな手段を駆使するつもりなのか興味が尽きない。


 智也には特殊格闘兵の少年少女達が一種の捨て駒なのだという自覚があった。おそらく、そんなに先は長くない、とも。


 次の斥候せっこう任務や防衛戦のときに戦死するかもわからない、明日をも知れない命。そのような境遇にあって仁村智也がよく考えるのは、あと何戦、どんな相手とやれるだろうかということだった。


 衰えを隠せない格闘家が引退までに残された試合数が多くないことを意識し始めて、満足する対戦相手を要望するようになる心境と近いかもしれない。


 達観しているのではない。我が身にはどうにもならない流れの中で、できうる限り納得できる悔いのない終活をしようとしているにすぎない。


 その相手候補の中に今しがた譲二も入った。智也は胸中で認める。


 今日は獰猛どうもうな女子兵との二連戦だとばかり思っていたが……いずれにせよ相手に不足なし。


(だが俺は負けない。蹴散らす。何人たりとも邪魔はさせない)


 もやがかかったみたいに思い出せないが、兵士になるまでの自分がろくでもない少年だったのは間違いない。


 大人や世界への反発をツッパリと非行という形でしか発散できず、それが格闘技に高じてとうとうここまで来てしまった。これ以上はどこへも行けない袋小路。


 それ自体は別にかまわない。浅はかな己にふさわしい末路だと智也は思う。


 だが、最後まで走り抜けると決めた。メーターが振り切れるほどの速度で高速道路を疾走するバイクのように。


 いつか遮音壁や中央分離帯に激突して大破しようとも。


 軍医の末石留依先生は診察の中で言っていた。それは反転した一種の自殺願望だと。なるほど、言い得て妙だ。


 だとしても、使い捨ての身分にいったい何の問題があるというのか。かの譲二だって、さして変わらない類の渇望を抱えているだろうということは感覚的にわかる。


 ゆえにだから、近しい者同士、彼とは必ず相まみえることになると智也は確信していた。

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