第十一試合 1.隔離室
「答えろ。なぜ中に入った?」
「おまえは最初、外にいたはずだ。数人がおまえを見かけている。時間割を確認してみても、直前の教練場所は別棟とあった」
「なら、すぐに避難しなかったのはどういうわけなんだ?」
「おまえが次の時間割の教室とは違う所へ歩いていくのが廊下の設置カメラに映っていたし、階段を上がっていくのを見たという隊員の証言もあるんだぞ」
「あの教室で彼と何を話した? 何をしていたんだ?」
何度も繰り返される詰問と、同じような返答をするか黙っている松浦譲二。
ダリア・ヘンダーソンはパイプ椅子にもたれて腕を組みながら、それらを無感動に見つめていた。
現在の時刻は明け方近くだ。尉官や下士官の半数以上は、前日のあれから救護作業や収束対応、後処理に追われてほとんど一睡もしていない。
それはダリアの目の前の訓練生も同様だった。もっとも、彼の無気力さは、疲労や睡眠不足だけが原因ではないだろうが。
「その怪我は仲間割れをしたんじゃないのか?」
彼は昨夜、騒乱が終結した校舎の三階に並ぶ一つの教室で床に倒れていたのを発見され、応急処置の後すぐにここ隔離室へ連れてこられている。体力的に限界が来ていてもおかしくない。
また、問題となった強化兵が平時に振り分けられていた班のリーダーであり、個人的なつながりが確認されている。
ゆえに、彼は立てこもりの共犯を疑われ尋問されているのだ。精神的にもきついだろう、とダリアは思う。
昨日の被害の度合いはまさに惨劇としかいいようがなかった。
負傷者数は約八十人に上った。途中から対チート兵のスペシャリストに場を任せたにもかかわらず、だ。
この短期間で、信じがたいことだが、被験者はレベル3に手をかけていた。
関係者の間では、レベル3は大体、百人力に相当するという認識が持たれている。廊下というバトルステージが突入部隊側には不利に働いてしまったのと、被弾した者の運搬ロスもあったために、制圧するまでに要した人数がそれに近づいてしまったというところだ。
遮蔽物の少ない廊下では、挟み撃ちをしようにも、向こう側に陣どった味方との同士討ちの危険がある。教室には準備室へのドアもあったりして包囲が難しく、一斉攻撃に向かない。
地形を巧みに利用した被験者の立ち回りに部隊が後手を踏んでいる間に、銃や弾薬を拾われながらいいようにやられてしまった。
前代未聞の事件で、やれんのかプロジェクト始まって以来の不祥事だ。基地最高責任者の所長と共に、ダリアは引責を覚悟している。
防衛省への説明や報道機関からの隠蔽にも、この地でのプロジェクト存続がかかっているだろう。
まったく頭の痛いことだらけだ、とダリアは嘆息する。戦場が懐かしかった。
「……もういい。帰らせてかまわないわ」
詰問をやめさせたダリアは、譲二と一瞬だが目が合う。リングスに対する不信と敵意で目がぎらついていた。
彼はこの島の深淵を覗いてしまった。知らないままでいられればよかったものを……。
席を立って退室しようと通り過ぎる譲二を、ダリアは「ねえ」と戯れに呼び止める。
「どうしてあなただけは撃たれなかったのかしら? あなたが見逃されたのはなぜなんだと思う?」
ダリアは合衆国言語で言ってみたのだが、どうやら伝わったようだった。譲二の背中や肩の筋肉がぎり、と盛り上がった。
何かをこらえるように、感情が溢れてくるのを抑えるようにして、言葉が吐き出される。
「……そんなこと、俺に聞かれたってわかるもんか」
いいや、あなたは理解しているはず。そうでしょう? とダリアは胸の中でひとりごちる。
友情によって見過ごされた――見かけはそうかもしれないが、本質的には違う。
建物内に突入した隊員の中で、彼だけが被験者を止める力を持たなかった。唯一人、脅威になりえなかったのだ。
手加減されたのだ。手心を加えられたのだ。こけにされたのだ。
彼はその失点をずっと背負っていかなければならない。取り返しはつかない。
なら、どうする? 自明だ。強くなるしかない。男ならば。
譲二が出ていき、立哨していた士官がドアを閉める。
ダリアは溜め息をつき、記録係の手を止めてから言った。
「すぐに前線へ連れていきなさい。最果ての、穂尾辺りにでも放り込むのよ」
「発症がまだとのことですが、よろしいので?」
「ええ。急いで」
「はっ」
電話をかけている電子音を聞きつつ、ダリアは葉巻を一本取り出して口にくわえた。のだが、またポケットにはライターがない。
「クソッ」
彼女らしくもなく漏れた自嘲がどれに対してのものなのか、本人以外には知り得ないことだった。




