第十試合 5.訓練兵
「そうして生産された僕達はK1やプライド軍の各前線で最も過酷なところに配置されて、UFC軍の魔改造兵と戦わされる」
譲二は何も言えなくなっていた。リングス基地の内実が、そんな醜悪なものだったとは。
「“毒を以って毒を制す”。散々聞かされてきた魔改造兵とまったく同じ存在の生体兵器なんだよ、僕達は」
本当は薄々、模擬戦での戦闘と、大輝との離別で何かがおかしいと気づいていた。だって、色々なことがありすぎたから。
だが、確信を持てなかった。否、認めたくなかったのだ。
大輝だけじゃなく、健吾も幸進もみんな、IGウィルスを注射されているということか。園田美紗教官らの熟意はまやかしだったのか。そんなことが頭の中をぐるぐる回り、譲二は立っているのもままならなくなる。
一方で、腑に落ちることもあった。
大輝のあの変調はボンバイエ・モードの副作用だ。ピアス跡女の異常な身体能力も、超人改造によるものだった。森本叶恵先生の懇願は単に、貴重な強化兵を守ってほしいというだけのことだったのだ。
でも……と譲二はなおもすがる。だからといって、全てを部外秘にするのは無理があるんじゃないか、と。
家族は子の戦死の真相を知りたがるものなのではないだろうか。生きて帰ってきたとしても、後遺症に不審を抱く親はいるはずだ。
あまりにも非日常で、非現実的すぎる。そう考えるのは逃避だろうか。
譲二の揺れる心を読んできたかのように、敦が更に残酷な真実を伝えてくる。
「リングスに集められた訓練兵は皆、孤児だよ」
なんだって? 声にこそならなかったが、譲二はそう聞き返していた。
「捨て子、育児放棄、離婚、経済的困窮、収容、死別……。理由があって身寄りや保護者のいない未成年者を意図的に選び、スカウトしているんだ」
確かに、譲二は孤児院の出身だ。まだ小さかった頃に毋が病死し、父は借金とアルコール依存症のため、施設へ引き取られたのだと暖昧に覚えている。
大輝も、孤児院に来るまでは、伯父と暮らしていたと聞いている。つまり、親はいないのだということになる。
「ゆえに、秘密裏に進められる。事が終わったら処分するのも簡単。帰る家がないから。あずかり知らない他人の行く末に誰も関心は持たない」
幸進も母と弟が離緑し、父は自害している。以前、彼が語ってくれた身の上話で知ったことだ。
健吾はどうだったか。あの快活さから不幸な身上は想像しにくく、譲二は何もないと思っていたのだが、まさかと考える。
理央は? あのときの会話、「誰も悲しんでくれないのはイヤだな、と思ってさ」という言葉。譲二はそれに引っかかりを感じていた。両親がいるじゃないか、と。
彼女があんな言い方をしたわけがようやく符合してくる。もしかして、理央も。
「貧しい家や施設の出が多いと思わなかった?亅
リングスの訓練兵はみんな、帰る所がなく守ってくれる親もいない、社会から断絶された子だと敦は言外に込める。
譲二は一瞬、世界の裂け目に落ちていく訓練兵達の光景を想像した。しかも、その裂け目はどんどん大きく、深くなっていっている。
(だとしても……だとしても。敦、おまえは違う)
絶望に喘いでしまいたくなる欲求をどうにか抑えつけて、眼前の敦を見下ろす。そうだとも、彼だけは孤児なんかじゃない。ちゃんと父親も、母親もいる。
「おまえには帰る家があるはずだ。待っている家族がいるはずなんだ。いや、そもそも、今は一時帰省しているって幸進から聞いてる。だから、ここにいるわけがない。だから……こんなことをしてたらだめだ」
今しがたのリングス訓練兵にまつわる事実がそうなのだとしても、敦とは無関係の、別世界の話でしかない。彼が巻き込まれる謂れはないはずだった。
心のどこかで無駄だという声を聞きながらも、譲二は足を一歩踏み出す。
「……お父さんとお母さんは兄さんに執心で、僕の方は愛されてないんだよ」
敦は自虐的な暗い笑みを浮かべた。慄然とするほどの、闇。
「兄さんは、将来は官僚になるようなとても難しい大学に通っているんだ。でも私立だからお金や担保が必要で、僕がここに差し出された」
兄に対する尊敬の念と、それでも納得しがたい感情と、諦観が混ざってか、短い間だが敦の瞳が焦点を結ばなくなり、どこを眺めているのかわからなくなる。
(――ああ。俺は、敦のこの眼差しを知っている)
いつか見た表情。いつも見た表情……。
「以来、僕は一度もこの島を出たことはない。一度たりとも」
譲二は、大輝が別れ際に伝えようとしてきた言葉を思い出していた。『敦の机の中を見るんだ』
そのとおりに、寮に戻ってから机の引き出しを開けてみた。そこにあったのは、大量の手紙だった。
敦はよく家族宛てに手紙を書いていたのだが、そのどれも、おそらく全部が、配達を頼まず引き出しにしまわれていたのだ。
引き出しを開けて見たとき、譲二はどういうことなのかさっぱりわからなかった。が、今となっては、自分らがとんでもない勘違いをしていたことにやっと気づく。
夏休み前の敦は週末だけ来て、それ以外は家に帰っている、というのは誰が言い出したのか。幸進だとしても、誰から聞いたんだということになる。教官からか、事務官から?
よくよく思い出してみると、“帰省”はいつも突然だった。時々、不自然さすらあった。
「僕も君達と似たような境遇なんだよ」
敦は見事な手捌きで、二丁の銃をハンドリングしながら真上に投げて受け止める曲芸を繰り返す。瞳に幾ばくの狂気を孕みつつ。
譲二はその所作を見てあっと思い至る。敦のイメージギャップになっている射撃の腕前は、ボンバイエ・モードによるものだ。
前に「そういったゲームがあって、よくやってたから」と敦は言っていた。あれは家のテレビやコンピュータのゲームという意味ではなく、研究所内にシミュレーターみたいなのがあって、それで射撃のテストをさせられていたことの比喩なのかもしれない。
窓側から伸びてくる残照が色濃くなっていく。見やると、雲の切れ目から夕陽がわずかに顔を覗かせていた。
敦も不思議な紫色に染まっている雲群を眺めている。またもや心ここにあらずのような横顔に、譲二は胸を掻き毟られそうになって、いてもたってもいられなくなった。
「敦、逃げるぞ」
タイムリミットが迫っていた。第二部隊の再突入までに残されている時間はそう多くない。
次はもっと人数を増やし、さっきよりも容赦ない制圧をしてくるだろうということは予測できる。そうなる前にこの袋小路から脱しなければ、と譲二は考えを巡らせる。
敦は目を瞬かせて、言っていることが理解できないというふうに首を傾げる。
「逃げるってどこに?」
「どこへでもだ。ここにいたら殺されるかもしれないんだ」
どこへにも行けないということは譲二にもわかっている。さっき自分で袋小路と評したのだから。
ここは隣接する陸地のない孤島で、渡航手段も管理されていて脱出は不可能。その上、所長らこそが実は黒幕で、帰る家はなく守ってくれる家族ももういない。
それでも。それでもだ。友の窮地に、何もできないからって、何もしないのは男じゃない。
「なあ、敦……。家族がいなくたって、俺や幸進がついている。大輝と健吾もいる。俺らはチームだ」
それは、ある意味、血よりも濃い絆。互いの背に命を預けている戦友同士の結びつきは固く、重い。
「だって――、俺らは友達だろ?」
戦友の友情はときとして、肉親の縁にも勝る。生まれてくるときは母に抱かれるが、死にゆくときは友の手を握る。それが兵士だ。
「とにかく……」と顔を上げた譲二は、はっとする。
敦がジャグリングの遊びに興じるのをやめて手を下ろし、まっすぐな視線をこちらに向けていた。目に焦点が戻っている。
床に反射して明度を届けてきている夕光が彼の手の甲や頬に彩りを与え、わずかだが、懐かしい雰囲気を取り戻させていた。
「……不思議だな。君と話していると心が落ち着いてくる。君と僕がトモダチだったというのは本当みたいだ」
過去形。また奇妙な齟齬があった。
「多分、“僕”は君のことが好きだったんだろうね」
譲二は敦の言った「僕」が、彼自身ではなく、もういない誰かを指しているようなニュアンスで聞こえた気がした。
(……おまえ。もしかして、記憶障害が……)
IGウィルスは心臓から脳に負担をかけるため、精神疾患の副作用がある。さっき、敦が自分で説明していたことだ。
あのときの大輝は人の顔を認識できなかった。敦も譲二のことがわからない、もしくは忘れてしまっている。
いや、と譲二は頭の中から追い出す。確認するのは後でよかった。今はそれよりも。
「さあ、早く」と手招きをする。
「ダメだ。僕にはやらなきゃいけないことがある」
しかし、返ってきたのは拒否だった。予想だにしなかった反応に、譲二はつい声を大きくしてしまう。
「こんなときにやらなければならないことって、何だよ」
「外の奴らに自分のしてきたことを償なわせてやるんだ。過ちを見せつけてやるんだ。何度でも何度でも返り討ちにして負傷者の山と血河を作ってやる」
敦は銃の先で窓の外を指し示す。過激といえる物言いとは裏腹に、冷徹な口調。
子供じみたことを言わないでくれ、と譲二は歯噛みする。いかにボンバイエ・モードが凄かろうと、そんな勝算のない戦いはさせられない。
「……敦。リーダーの指示には従え」
ちょっと卑怯かもしれなかったその命令にも、「こうなってはもう、従う義務もないんじゃないかなぁ」と敦はにべもない。




