第十試合 3.斜陽の教室
下の階とは打って変わって、三階は静謐ですらあった。
譲二はできるだけカメラの死角になるようにしながら、廊下を歩いていく。己の足音以外は何の物音もしなかった。
雲の隙間に覗く日はだいぶ傾き、窓枠を通して、床や壁に淡いオレンジ色のスクエア迷彩を投射していた。廊下にまではそれらが届かず、わずかに薄暗く感じる。
おそらく相手はこちらの接近を感じとっている。そう確信したら、心臓が自分のものじゃないみたいに動悸が収まらなくなってくる。
なじみのある教室の表示板が目に入り、歩く速度を鈍らせる。譲二は直感で終点はここだと悟った。
反対側の引き戸が開けっぱなしになっているのを視界の端に捉えつつ、教卓側となる戸に手をかける。
これを開いたら、何かが決定的に終わる。最悪の予想が実体化するのだ。人生が劇的に変わってしまい、これまでの生活にもう戻れないだろう。
譲二はふいに恐ろしくなって一瞬、躊躇する。が、結局、戸を開けて室内に足を踏み入れた。
西日に照らされて、埃がひらひらと宙を舞っている。日陰になっている黒板がその深緑を色濃くしていた。
「なぁ。何でこんなところにいるんだよ……」
彼は教室の中央にある木机の上に片膝を立てて座っていた。顔を少し傾けて、横目で闖入者を見てくる。ぞっとするほどの鋭利な視線だった。
「敦……」
沖山敦。
F班の要。幸進のルームメイト。……そして、譲二達の大切なダチ。
その敦が尊大な態度で机の上に座り、手に持ったハンドガンの引き金に指を引っかけておもちゃのようにくるくると回している。その信じられない光景に、目眩がしそうになる。
「……僕を知っているんだね」
譲二は違和感を覚える。目の前にいるのは姿形が敦だとしても、中身は別人なのではないかという異質さがあった。
「二階のあれは、……おまえがやったのか?」
「そうだよ」
敦はすぐにそう答えてくる。しかも、ちょっと誇らしげに。
否定してほしかったという願望は叶わず、譲二は胸中で嘆く。ああ……、やめろ。これ以上、残酷な現実を見せないでくれ。
(おまえ一人で実戦経験もある兵士十数人を壊滅させただって? 誇張したり盛ったりするのは、試合直前の煽り映像の中だけにしてくれ……)
「なぜなんだ、敦」
「……なぜ?」
敦はゆっくりと顔を上げた。呆れと侮蔑の入り混じった視線が突き刺さってくる。
譲二はたまらず呻く。違う、俺の知っているあいつはこんな表情をしない、と。
「ここは、あいつらは僕達にそれだけのことをしたんだ。審判が下されたんだよ」
少年の内に秘めた怒りが放たれる。
初めて見る彼の激情。世界に絶望し、ならば復讐をしてやるという炎が渦巻いていた。その嚇怒の焔はとどまることなく、この島を焼き尽くすだろう。
打ちのめされてたじろぎながらも、譲二は言葉を絞り出す。彼の審判は自分にも向けられていると考えながら。
「この島での生活や訓練はそんなにつらかったのか? それとも……いじめのことを言っているのか。いずれにしても、俺がリーダーとして力不足で」
敦は遮るように、違うという意味でかぶりを振った。
そして、衝撃的な事実を告げてくる。
「リングス基地は、特殊格闘兵科の実態は、僕達に超人改造を施して、〈ボンバイエ・モード〉と呼ばれる強化兵を造り出すことを目的とした軍事研究実験施設だ」




