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第六試合 3.模擬戦

 小高い丘に伏せた大輝は両肘を立て、小銃の腹に二脚を付けて地面に固定していた。銃身には遠距離用スコープがセットされている。銃床のグリップ部分を握り、後部を肩に当てて照準を覗いて確認をした。


「よし」


 背後に親指を立てる。譲二が頷き、ヘルメット付属のマイクを口の近くに持って、別班と一緒に防衛線を形成しているであろう敦達に連絡をとった。


「こっちは狙撃ポイントに着いて、準備オーケーだ。敵兵の押し上げ具合はどうだ」


 大輝もチューナーを合わせて、通信を傍受する。と、単発的な銃撃音がスピーカーに反響してきた。続いて、敦の声が聞こえてくる。


『まだ姿は見えないけど、先制狙撃されて何人か退場しちゃったみたい』


「マジかよ。敦は土嚢などの遮蔽物にしっかり伏せとけ。退場したやつらのところの守りは手薄になってないか?」


『ちょっと間延びしているかも』


「敵兵が視認できるくらいに接近してきたら再度連絡を頼む。俺も下りてそっちに加わる」


『了解』


「大輝、聞いたな。敵にも狙撃兵がいる。優先して叩くぞ」


 譲二はそう言い、双眼鏡を取り出して狙撃兵を索敵する。


 そんな譲二を見て、大輝は叶恵先生との会話を思い出していた。『松浦譲二くんと、本土でも同じ隊になれたらいいわねぇ。彼とは私生活でも親しいみたいだし』


 ああそうだよ、こいつとは小さい頃からのつきあいさ、と胸中で答える。大輝が住んでいた団地の近所に、譲二の暮らす孤児院があったのだ。


 最初から気が合っていたわけではなかった。譲二はいつも孤児院の子と公園の遊具に登って遊んでいたガキ大将で、大輝の方はアナーキーな奴らと一緒に園内の舗装路をスケボーで滑っているような少年だったから。


 数年前に大輝もその孤児院に入ることになって、それまでは顔見知り程度だった譲二とつるむようになる。とあることをきっかけにして。


「クソッ。見つからないな」


 譲二の悪態に、大輝も狙撃銃のスコープで索敵を始める。


 地肌を舐めるように、左から右へゆっくりと視点を移動させた。時折、草葉や枝が風で揺れ、敵兵が動いたのかと思って照準を合わせてしまう。


 と、何かが陽の光に反射してきらめくのが見えた。草木に混じって、黒っぽい金属筒のような物がちらっと見え、すぐに伏せられる。大輝にはそれが狙撃銃だとわかった。


 しかし、確認できたのはその小銃の先端のみで、それを担いでいるであろう狙撃役は未だ見えず。用心深い野郎だ、と舌打ちする。


「譲二。狙撃手の位置がわかった。だが、隠れていて射線を確保できない」


「よくやった。角度を変えれば狙えるか俺が探す。場所はどこだ?」


 大輝が大まかな方角と目印を伝えると、譲二は「オーケイ」と返してきて、双眼鏡から目を離さずにじりじりと移動していく。


 再びスコープを覗いた大輝は、さっきの奴が頭を出してこないかと狙いを定めていた。


 集中し、視界が狭まっていく。外界の音が遠くなり、認識できるのは引き金にかけた指と自分の心臓の鼓動だけとなる。研ぎ澄まされる感覚。


 射撃訓練ではこの瞬間が好きだった。このときは、過去を、何もかも忘れていられるから。


 伯父おじの額に銃を突きつける光景がフラッシュバックしてこようとするのを、大輝はどうにかやり過ごす。生きていくためには仕方がなかったんだ、と。


 と、照準円に切り取られている森の輪郭がぐにゃあ、と揺らめいた。まるで魚眼レンズ越しに覗いたように。


 大輝は思わずスコープから顔を離した。光がやたらと眩しく、目を瞑ってしまう。


(何だ? いったいどうしたってんだ?)


 小さく頭を振った。まぶたの裏で、眼球が光度に慣れてきたのを感じ、おそるおそる目を開けると。


「な……」


 大輝は驚愕する。数キロメートル先の葉のさざめきが優に見通せるようになっていたからだ。裸眼で。


 慌てて、自分の左手を見やった。ピントが瞬時に切り替わり、それも淀みなく捉える。


「何だ、これは!?」


 震える手のひらと手の甲を交互に見つめた。嫌な汗が頬を伝って流れる。


 はっとして、大輝は見上げる。林の奥までがもうはっきりと見えていた。それだけではない。草木を透かすかのように、潜んでいる外国人兵士数人も浮かび上がってきた。


 異常、だった。眼が熱を帯びているのがわかった。


 大輝は左手を押さえ、痙攣けいれんしてきた体をかき抱く。吐き気が込み上げてきた。


「っ!?」


 そこかしこの茂みから何者かが幽鬼の如く立ち上がった。一人や二人ではない。皆、口や胸、頭からも血を流している。


 大輝は全員に見覚えがあった。ヤクザだった伯父が違法な取り立てをしていた人達……! 命乞いをしていたその後どうなったか知らない人ばかりだった。


 そいつらは狂笑の形に口を歪めながら、大輝の方へ歩いてくる。


「や……やめろ……く、来るな……」


 後ずさろうとしたが、すぐに、後ろから肩をつかまれる感触がした。恐慌におちいりながら大輝は振り向く。


 めいめいに起き上がってきたどの男よりも罪悪を感じさせる相貌と、目が合った。


「あ……あんたは、譲二の……」


 驚愕と恐怖で心臓がわしづかみにされ、血の気が引く。


 大輝は伯父に死体の遺棄を手伝わされたことが何度かあった。その中の一人が……のちに孤児院で譲二が見せてくれた両親の写真、そこに写っていた男にひどく似ていたのを覚えている。


 白眼で見下ろす男の口角が奇妙につり上げられる。口内は血のように赤黒かった。


「ひ……っ……」


 大輝の視界がおぼろげに赤く染まっていく。


 日常は崩壊し、地獄の門が開かれる。この瞬間に己は境界線を越えてしまったんだ、という恐怖。ついに、リングスが牙を剥いたのだ。


「じ、譲……」


 思わず相方の名を呼んだ大輝を、極大の頭痛が襲った。


「う、あ、ああああああああああぁぁぁぁぁ」

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