第六試合 2.管制室
園田美紗は管制室の、模擬戦エリアの各地に設置されたカメラの映像が流れている大型ディスプレイを眺めていた。液晶の向こうでは、リングス訓練兵と滞在中の正規兵選抜が位置について、開始の号令を待っている。
F班の問題児どもが性懲りもなく再び粗相をしなければよいのだが、と美紗は憂慮していた。
しかしあれはあれで気骨のある子達だ、もっと信じてやらなければと思い直す。食堂での乱闘に関与した外国籍の兵士は今回の選抜から外されているし、再び諍いを起こすようなことはないはずだ。
と、ペタペタあるいはずりずりという、この場にそぐわないスリッパの音が聞こえてくる。美紗が首だけを向けると、軍医の森本叶恵が白衣に両手を突っ込みながら歩いてくるのが見えた。
叶恵は美紗の隣に立ち、スクリーンとディスプレイを見上げる。
白衣のポケットからタバコの箱を取り出すが、美紗の視線に気づいて、「っと、分煙」とすぐにポケットへ戻した。
「何の用で来た」
「あら、随分な言い草ね」
歳は近くとも先輩士官なのだから礼を失するべきではないと思いつつも、相性の悪さから美紗は口調を改められない。彼女の気安さについ甘えてしまっているところがあるのも否めなかった。
「養護教諭みたいなことをしている立場上、カウンセリングをしている訓練生達の様子が気になって見に来たに決まってるじゃないの。早期編入が近い子だっているんだし」
早期編入が近い。その言葉に、美紗はぐっと肩の筋肉に力が入るのがわかった。
「……誰が早期修了の候補に上がっている」
「えっと……」
叶恵は頬に手を当てて考え、覚えてる順に一人ずつ、班とフルネームを挙げてくる。美紗の知っている訓練兵も何人か選ばれていた。
「まだこの時期なのに、そんなにいるのか」
リングス基地での訓練期間は通常、約三~四ヶ月に渡る。比して、四期生の訓練の進捗はまだ一ヶ月半を過ぎたばかりだ。
体ができていないし、技も未熟。反復練習がもっと必要だった。何より、予定日の前倒しはメンタルに影響する。
先日はA班リーダーの滝上翼とD班の仁村智哉の編入が決まった。
翼はバランスの良いオールラウンダーで、どのような試合展開にも対応できる完成度の高さが評価されている。総合力では四期生随一だ。
智哉は、キックやボクシングなど得意な武器と形を持っているのが強みで、打撃方面は翼を凌いでいるといってよかった。
二人とも各実技の教官から期待されていた訓練生で、新人にしてはだが実力的にも申し分なく、美紗も早期修了には納得している。しかし……。
「……これまでの修了生の戦績や生存率はどうなっている」
そう尋ねると叶恵は口をつぐんで、難しい顔をしてしまう。
「私のところにまでそういった情報は共有されてこないけど……蘭子」
前方に座っていたオペレーターの女性にささやくように、顔を寄せる叶恵。蘭子と呼ばれたオペレーターは微動だにしない。
「聞こえてたんでしょ。私も気になっていることだから、知っていれば教えてくれる? 事務官ならそういうデータも見る機会があるんじゃないの」
女性事務官が溜め息をついて、インカムを外した。不機嫌そうな切れ長の瞳が叶恵を見据える。
「……こんなところで下の名前で呼ばないで」
「はいはい。ごめんなさいね」
何だこの空気の悪さは、と美紗が思っていると、
「園田さんですね。事務の絹内蘭子です。今日は模擬戦の通信を担当しています」
絹内蘭子が会釈してくる。軍人らしかぬ気品さがあった。
「機密事項なので口外することはできませんが……不明者を含め、修了生の前線での損耗数が小さくないのは確かです」
リングスの対魔改造兵訓練を施しても、大半があえなく戦死しているということか。これを悪魔の計画と言わずして何と言う。
上層部や現場がやれんのかプロジェクトの前倒しを求めてくるのは、最後まで訓練させたところで大局に差はないと考えているからなのではないのか。美紗は閉じている口の中で歯噛みする。
「叶恵。ちょっと」と声をひそめる蘭子。
「なぁに? 美紗のちっぱいのこと? 胸筋じゃなくてちゃんと脂肪だったわよ。更衣室で後ろからがばっと揉んでみたから」
「おいきさま何を言っている!?」
「『ひゃあんっ!』と可愛らしい反応をしてくれたわ。あと、スポブラのパッドはちょっと厚め」
「やめてぇ!」
美紗は更衣室のロッカーの隣がこいつだということを思い出した。恥ずかしさのあまり、語尾が女らしくなってしまう。
「……C班の女子なんだけど、重篤だそうよ」
聞かなかったことにしてくれるらしい蘭子が平坦な口調でそう言った。
美紗は「……重篤」と呻くが、対照的に叶恵はほとんど反応しない。軍医でもある彼女には既知の事実なのだろう。
いや、そうではない。叶恵や蘭子はプロジェクト発足時からのスタッフだと聞いている。つまり、このようなやりとりは今に始まったことではないのだ。
先日、美紗は叶恵にこの計画の是非を問うたことがある。そのときの彼女の答えはこうだった。『私はねぇ、あんたなんかよりもずっと長くこの島にいるのよ。どうにもならないってことや、あの子達が不憫だってこともとっくの昔にわかってんのよぉ!』
あのときのたった一度だけ感情を剥き出しにしてきた以外は、狸然とした態度をとり続けている彼女に、美紗は人知れず溜め息をつく。
「まさか……この模擬戦でも何かが起こるのではないだろうな」
「……縁起でもないことを口にしないでちょうだい」
叶恵がふてくされたように返してき、二人は揃って再びディスプレイを見上げる。訓練兵と敵役の正規兵らが動き始めていた。
蘭子が「開始です」とマイクを通じて、別室で観戦しているであろうダリア中尉や佐官に告げる。
ただでは終わりそうにない、リングス特殊格闘兵対外国籍の格闘兵選抜の模擬戦が、始まった。




