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第四試合 1.食堂

 羽稲島はねしまに出入りする人員は多種多様だ。日用品等の運送メーカーに加えて、電気設備や貯水槽の点検業者、更にはゴミ回収作業者までもが、輸送船に乗せられて島へ仕事をしにやってくる。


 それらの中でも特に士官や訓練兵に歓迎されているのは、食堂で毎日三食を作ってくれている栄養管理士だろう。


 日頃は口さがない訓練兵も、怒鳴ってばかりの教官も、食べている間はトラッシュトークをせずに済む。食事はリングス基地の品性低下の歯止めに一役買っているといっても過言ではなかった。調理師達はそんなことを知る由もないのだが。


 とにかく、松浦譲二まつうらじょうじ達にとっても、三食の食事は数少ない娯楽の一つだった。


「譲二、譲二」


 白飯を頬張っていた譲二は、宮前健吾みやまえけんごに呼ばれて顔を動かす。


「何だ、健吾」


「んぐっ……ほら、見てみ」


 口の中の物を嚥下えんかし、健吾は顎で譲二の後ろを指し示した。譲二は振り向く。食堂の一角を、見知らぬ男女数十人が占有していた。


 年齢的には、譲二達リングス基地の訓練兵とさほど変わらなそうだ。やや大人びて見えるのは、新兵訓練を修了した証として正規兵の迷彩服を着ているためか、それとも民族の違いからなのか。


 そいつらの外見は白人から黒人まで様々、先住民系と思われる者もいた。外国語での会話が耳に入り、おそらくはK1軍やプライド軍の新外国人なのだろうと譲二は予測できた。


「駐留合衆国軍の新兵か」


「連合軍からの派兵も混ざってるみてーだな。思うんだけどさ、あいつらが来てからなんつうか、場の空気が悪くなってる気がしねー?」


 健吾はスープをかっ込みながら言う。


 譲二も同感だった。彼らの振る舞いには、日鶴ひづる人の訓練兵をどこか見下している感が見え隠れしていた。排他的な感情もあるのかもしれない。


「さっさと任務地に行けばいーのに、どうしてこんなところにいるんだろ」


「園田教官の話を聞いてなかったのか。一週間ほど合同訓練をすることになったって言ってただろ」


 市原大輝いちはらだいきはしをつかんだままの手を動かしながら、健吾に答える。案の定、忘れている健吾は首をかしげた。


「そうだっけかー。何で?」


「外のやつらと一緒に練習したり、手合わせしたりするのって刺激になるだろ。自由主義の合衆国はボクシングの本場だし、西洋各国でもキックボクシングとかが盛んだ。教官達のとはまた違った技術体系を学べるはずさ。外国人の強さを経験できるってのもプラスになるしな」


 真剣な表情でそう話す東条幸進とうじょうゆきのぶ。前日のレスリング実技でも、ヘレン・ヒーリングという女性曹長が教官役を買ってくれて、かなりスパルタな内容になっていたのを譲二は思い出す。


「そっかー。本場の格闘術を教えてもらえたり、直に見たりできるチャンスってことなんだな。……燃えてきた」


 健吾は武者震いし、おもむろにおかずの鶏ささみ肉に箸を突き刺してがぶりついた。


「そうとくれば、しっかり飯を食ってこの後の訓練に備えなくちゃな!」


 と、背後で品のない笑い声が上がる。譲二は何事かと首を回した。


 外国人兵士の数人が、沖山敦おきやまあつしを指差しながら何やらしゃべっていた。一人が口元を覆い、もう一人はにやにやしながら挑発するように譲二達を見ていた。


 譲二はまだ外国語のリスニングが不得手なのだが、敦のことをけなされているのだということは直感的にわかった。「冗談だろ、あんな女々(めめ)しそうなガキも志願兵なのかよ? 作業着がまったく似合ってねえぜ」といったところだろうか。


 その訳は外れていなかったようだといえる。幸進が立腹の目つきでやおら席を立ったからだ。


 向かいに座っていた敦が「ど、どうしたの?」と驚いていた。外国人兵の嘲笑が自分に向けられてのものだとは気づいていない。よかった、敦は知らなくていいと譲二は思った。


「俺っちも助太刀するぜ」


 続けて健吾も、テーブルに片手をついて立った(こいつは語学がてんでダメだったと思うのだが、察してくれたらしい)。


 外国人兵の方も何人かが腰を上げている。食堂の一角は一触即発の様相を帯びていた。


「おまえら待て。どういうつもりだ」


 譲二は幸進と健吾を制止する。


「何だよー、譲二。今更、喧嘩はご法度だとか軍規じみたことを言うんじゃないだろーな」と不服な健吾。


「いや。幸進、確認だ。俺らは教官のブラックリストに載っている。これ以上、厄介事を起こしたらまずい、と言ったのはおまえじゃなかったか?」


「だとしても、仲間をこけにされて黙っているような奴なんざ、兵卒になる資格もねえってんだよ!」


 幸進のその返答に、譲二は「よし」と頷く。それでこそ男ってものだ。


「先の侮蔑ぶべつは俺らF班に対する侮辱も同然だ。そして、おまえらは覚えちゃあいないかもしれないが、F班のリーダーは俺だ。だから俺がぶちのめす!」


 椅子をどかして立ち上がり、譲二は左右の拳を打ちつけた。


「まあ待てよ、譲二。向こうの人数、多そうだぞ」


 今度は大輝が譲二達を止める。目を向けると、確かに十人超の外国籍兵が立っていた。


「それが何だってんだよ」と幸進。


「だから、こっちも数に頼ろうってことさ。おい、ヤツら、『日鶴人の格闘兵に真っ当な戦力を期待するのは酷ってものさ。俺達がいなけりゃUFC軍とまともに戦えない劣等民族どもなんだからな。ここの訓練兵はその底辺の集まりなんだろうよ』とほざいているんだが、言わせっぱなしでいいのか?」


 大輝も立ち上がって、周りに聞こえるようにと、わざと大きな声で言った。すると、食堂のいたる所から椅子の倒れる音が響いてくる。


 見渡すと、F班以外の十人近い同期生がいきり立っていた。各実技の成績優秀者からアウトローまでが、血気盛んに目をぎらつかせている。


「適当に盛ったけど、いいだろ。みんな、訓練に次ぐ訓練でフラストレーションが溜まってて、発散できる場が欲しかったみたいだしな」


 大輝がいたずらめいた微笑を浮かべてきた。譲二は「ナイスだ、大輝」と言って、前に出る。


 と、背後から「じ、譲二。大輝」という敦の不安げな声。振り返り、大丈夫だというふうに、にやりと笑んでみせる。


「ちょっくら挨拶してくるだけだ。心配するな」


 向き直ると、加勢を表明してくれた同僚らの視線が集まってくる。場の火付け役として何か言って仕切った方がよさそうだ、と考えた譲二は咳払いする。


「俺た……」


「俺達にだって、ここで過酷な訓練に耐えてきたという自負も、一格闘兵としてのプライドもある!」


「んっ? え?」


 A班のリーダー、四期生の筆頭エースと名高い、滝上翼たきがみつばさがいつの間にか譲二の前に出てきて、かっこいいことを言っていた。


 微笑んだ囗の中で白い歯がキラリと光っていて眩しく、譲二は後光かと見間違えて、思わず手で光線を遮りそうになる。


「そうだろう? 奴らの雑言を許すな!」


「ちょ……ま……、俺の台詞……」


 イケメンで爽やか、優等生で各教官からの評価も高い彼の演説は流麗かつ決まっていた。役者が違っていた。


 遠巻きにして見ていた女子の何人かが再度、恋に落ちたことだろう。女子数が少ないんだからやめてほしいと譲二は思った。


「行くぞっ、俺に続け!」


 翼の掛け声を合図に、乱闘が始まった。

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