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 「つ、疲れた……」

 どさりとオヴィラプトルが倒れ伏したのと同時に私も座り込んでしまいました。恐らくスタミナ値が短い時間の間で減少しすぎたためでしょう。一種の状態異常のようなものです。この現象と似たようなものとしてMPの使い過ぎに関しても同様の仕様がありました。使いすぎるとふらっと倒れそうになります。恐らく、武技アーツの連続使用やMP量にまかせた大魔法の連続使用に対する一種の対策というところでしょうか。全てがそうとは言いませんが、飽和攻撃だけで相手を完封することも可能となりますから、バランス調整の一環としては必要な措置でしょうね。

 とは言いましても、HPやMPのように目に見える形で管理できているわけではなく、なんとなくこんな感じだろうといった感覚的なものが大きい部分ですから、つい意識から飛んでしまいます。海中では一度にたくさんのモンスターと闘うことが少なかったためか、余計に忘れがちになってしまいます。ここは要注意点でしょう。

 頭の中で反省会をしながら、スタミナの回復を待つ。べったりと座り込んでいると身体から徐々に疲労が抜けていく。少しの間、ぼーっとしていると身体は重く感じるが立ち上がって動き回るぐらいはできるほどに疲労が取れた。

 「もうそろそろ移動し始めたほうが良いかな」

 立ち上って海辺へと戻ることにする。集団で狩りをするモンスターはたとえ格下でも相手はしたくない。ぽちぽちとボタンを押せば敵を倒せるゲームならば相手がどのくらい敵がいても何とかなる場合が多いが、こういった実際にキャラを操作して戦うゲームだと相手が複数体いるだけで難易度が跳ね上がる。どちらかと言えばライトゲーマーに属しているネアとしてはなるべく楽な相手を選んでいきたかった。

 ただし、そこで周りを見回したネアは気付く。

 「しまったな。逃げるのに集中しすぎてここが何処か判らなくなってますね。どうしよう……」

 彼は迷子になってしまっていたのだ。

 

 「いや、ほんとここはどこでしょう? これ以上ここにいるとまたあれに襲われそうなんですけどね……。早いとこ戻らないと」

 そう呟きながら目の前の視界をふさぐ蔦を切り払う。顔色には表れてはいなかったが、彼の声の調子からは若干の焦りの色が窺えた。かれこれ、二十分ほどは歩き続けているはずである。ネアは「気配遮断」や「索敵」を併用しつつモンスター達と遭遇しない様に行動しているためにHP的には問題が無い状態であったが、いつモンスターと遭遇するか、もしかしたら死に戻りを経験するかもしれないといった状況から精神的な疲労は少なからず蓄積し始めていた。

 

 それからまた二十分ほど経ったが、ネアは相変わらず森の中をさまよっていた。

 「ううむ。適当に逃げたせいで方向が……せめて、何か方角が分るものが……」

 ぶつぶつと呟きながら頭を捻るネア。オヴィラプトルから逃げる時にジグザグに逃げたことは想像以上に尾を引いており、いまだに自分がどこにいるのかネア自身ですら分らない有様であった。本人の記憶の片隅には大きな山が島の中央に向かって見えていた、というおぼろげな記憶があった。が、しかし鬱蒼と生い茂る木々によって空を見上げても見えるのは青々とした緑だけであった。

 「これは一旦、木の上にでも上る必要がありますかね」

 迷い始めてから相当に時間が経過している。一人で行動しているということはその分、モンスター達から捕捉される原因が少ないということもいえる。それを考慮してもネアはモンスター達を良く避けられているほうなのだろう。だが、そのような幸運がいつまでも続くことは無い。堂々巡りに陥る前に何か流れを変える手を打つ必要があった。

 

 「うわぁ、だいぶ内陸に入っていたのか。これはいつまで経っても海辺には着かないですね。山は? あちらということは海があっちと。あと、一、二戦ぐらいは覚悟したほうが良いかもしれませんね」

 幾つもの高木が立ち並ぶ森の中、一際高くそびえたつ木の枝の一つにネアはいた。川下りをしたときに鍛えた要領ですいすいと木の幹を登ったのだ。とはいえ、比較的木登りに慣れているほうのネアですら、今登っている木の高さには思わず顔が引きつりざるを得なかったが。

 その甲斐あってか、ネアが登った木からは島の全容がある程度見渡せる程の高さがありこれからどこの方角に向けて移動すればいいのかが手に取る様にわかった。これならもっと早く実行しておけば良かった、と彼は思ったが、それと同時にこれ程にまで高い木に登らなくてはいけないのかとうんざりもしていたのだった。


 「ふん、ふんふん♪」

 ざくざくと何かを踏みしめる音とともに鼻歌が響く。ネアはそれから向かうべき方向が分ってから約十分程度ほど歩いていた。その最中、鼻歌を歌っていたのは当てもなくさまよう必要が無くなったため、ある種のストレス状態から解放された為でもあった。

 「ふん、ふん、ふふん♪」

 この時のネアは浮かれていたともいえる。ここはモンスターの巣窟でもある無人島。そんなところで鼻歌なんてものをのんきに歌っていたことをネアはあとで後悔することになる。

 

 毒々しいまでの緑色の身体目がけて銛を突き立てようとするも横から差し込まれる蔦によって阻まれた。避ける勢いを利用して後ろへと下がる。

 「あらら、しくじったかな。これは逃げたほうが良さそうかも」

 ネアの目の前には彼の身長の倍ほどの大きさを誇る植物型のモンスターが立ちはだかっていた。三つ首にも見える大きな花弁が三つ、ゆらゆらとこちらを品定めするように揺らめいている。


 『ベルベットフラワー』

 モード:パッシブ

 コンディション:ノーマル

 タイプ:モンスター

 属性:地、木


 「索敵」を使用しながら、森の中を歩いていたネアは時折反応を示すモンスター達の中から危険度が低そうなものを見繕いながら倒している最中に出会いました。私の「索敵」に反応を示さないほどの高い隠密系スキルを持っているのでしょう。目の前に現れるまで、まったく気配を感じませんでした。

 唐突に加えられた花弁の突撃を何とか躱したのは良いものの私を囲うように半円状に並んだ蔦はその場からの離脱を困難にさせていました。

 「弱点は見えるから……何とかなるか、な?」

 「弱点看破」の証はその巨体の中心。赤い丸が緑色の胴体の真ん中に現れている。其処を突くことが出来れば一撃とはいかなくても大打撃を与えることが出来るだろう。モンスターの胴に浮かぶ赤い点に向けて視線を見据えながら【タイドレイメント】を発動させる。その途端に身体を水の鎧が覆い尽くす。

 「とはいえ、そう簡単に決めさせてはくれないでしょう、ね!!」

 くっと身体を曲げて溜めを作り、弾けるように前へと押し出す。一直線に進んでくるネアに向かってモンスターの蔦が鞭のように唸りを上げて振るわれる。四方八方から振るわれるそれを僅かに身体を逸らすことによって回避する。行ってしまえば、人混みの中で隙間を見つけながらそこへと身体を滑り込ませるようなもの。度重なる緊張で一種の興奮状態になっていたネアは身体が削られることも気にしないまま、僅かに傷を負う程度で鞭の攻撃ををかいくぐることを達成する。

 一度、モンスターの攻撃から抜けてしまえば銛を突き立てることはそれほど難しくなかった。その大きな図体に浮かぶ赤い色に向かって鋭い穂先を突き刺した。

 ベルベットフラワーは痛みを感じたのか三つの花弁を震わせた。音無き声が聞こえてくる。見た目は植物でも痛覚はあるのか、とぼんやりと思う。

 急所を突かれたベルベットフラワーの怒りにまかせた反撃から身を守るべく、後ろへと飛び退った。銛は軽く引いてみたが、ビクともしなかったためにモンスターの胴体に突き刺さったままだ。無手のままこのモンスターと対峙する度胸はネアには無かった。

 「これは初披露かな」

 操作パネルを呼び出し、映し出されたインベントリ画面を素早く操作する。暴走しているベルベットフラワーの攻撃は狙いが碌につけられておらず、パネルを操作するぐらいの余裕はあった。激昂にかられ見境なくそこいらじゅうに叩き付けられる触手を避けながら、ネアはアイテムを取り出す。

 「さて、これはどこまで通用するのやら」

 光とともにネアが呼び出したアイテムは、一つの(かい)であった。そう、あの宮本武蔵でも有名な櫂である。ネアはサウロからいわゆるエーク術と呼ばれる櫂を用いた武術について軽く手ほどきを受けていたのだ。見ると、櫂は「エーク術」としてスキルに登録されている立派な武器であった。

 「スキルセットしてないんですけどねぇ。仕方ないですかね」

 失敗したといった風を装いながら、ネアは櫂に右手を前へ左手を後ろに添えながら半身を右へと傾ける。

 「参る」

 足元の土が跳ね上げながら前方のモンスターへと飛び出した。先ほどと同じく愚直な攻めだが、弱点部位を突きながら短期決戦に持ち込むネアの戦い方には不思議と合っていた。

 空気が裂ける音がする。唸りを上げてネアに向かうのはベルベットフラワーの持つ緑色の触手だ。先ほどとは違い、前方からも道をふさぐように毒々しい原色の壁が迫ってくる。

 「ふっ!!」

 裂帛の気合いとともに頭上から叩きつけられた水かきの部分が加速とともに立ちはだかる蔦を叩き斬った。スキルアシストのない一撃は完璧なものではなかったがそれでも触手を半ばまで断ち切ることに成功した。

 「【ウォーターボム】!!」

 残った触手に向けて水球を打ち込む。水で出来た爆弾が着弾するとともに衝撃波を放ちながらそれを吹き飛ばす。

 「ふっ!!」

 【ウォーターボム】の衝撃が身体に叩き付けられるが、【タイドレイメント】で高められた防御値の上では対したダメージを受けない。じわりと響くかすかな痛みを意識に留めることなくネアは疾駆する。

 対するベルベットフラワーもただ手をこまねいているわけではない。

 ネアに一撃与えんと再度蔦の一撃を四方八方から繰り出していく。だが、当たらない。あらゆる方向から襲い掛かるベルベットフラワーの攻撃をするりとわずかな隙間を見つけてはそこに身体を滑り込ませることでネアは躱し続けていた。

 どくどくと血が脈打っている。熱く身体が燃えているようだった。今日一日、ふらりと特に理由が無いままに始めた小島の探索であったが、それはネアの精神を確実にすり減らしていたと同時に彼の精神を鋭く研ぎ澄ませてもいた。

 頭上斜め上から振り下ろされる一撃に対し、体を捻る様にして回避する。足は止めずに、前へ前へ。横合いから薙ぎ払う一撃には櫂を添えて振り払う。水かきを刃のように振り回しながら襲いくる触手を叩き落していく。スキルが無いとかはもうどうでも良くなっていた。頭の中は空っぽでただ感じ取れる何かから瞬間的に判断を下し、ベルベットフラワーに接近する。

 不意に背筋に寒気が走ったネアはその場で大きく弧を描きながら地面を櫂で切り払う。地面に沿うように近づいてきていた蔦の不意打ちを避け、ネアはさらに疾駆する。

 緑色のつぼみの様な胴体がみるまに近づいてくる。敵だ、敵なのだ。現実ではないはずの世界が真っ赤に染まる。真正面から接近するネアに対して頭上から打ち下ろされた一撃を軽々と避け、突き刺さったままの銛の石突に対して、地面とは垂直にたてた櫂を叩き付けた。

 押し出される空気の抵抗はすぐさま、肉を穿つ抵抗へと切り替わる。叩き付けた櫂は狙いたがわず、中途半端に刺さった釘を打ち込むように銛をその身体へと深く押し込んだ。びくんと大きく震えたベルベットフラワーが暴れ出す。

 とっさに避けきれなかったモンスターの一撃がネアを弾き飛ばす。ネアはそのままごろごろと地面を転がり、やがて勢いを失いうつぶせに倒れ伏した。

 「くそっ!! 最後の最後で死ぬかと思いました」

 そう吐き捨てながら、立ち上がったネアの目の前にはどさりと倒れ伏すベルベットフラワーの死骸が横たわっていた。

 「流石に弱点部位に深く叩き込んだら死にますよね」

 そう呟くとベルベットフラワーの身体に突き刺さった銛を引き抜く。

 「これは……なんでしょう?」

 どろどろとした体液とともに引き抜いた銛の先にはきらきらとした何かが引っ掛かっている。よく見るとそれは雪のように白い直径2センチほどの石であった。それが銛の返しに引っ掛ける形になっている。

 

 感応石(素材アイテム)

 タイプ:魔力結晶

 重さ:1

 レア度:5

 品質:6

 属性:無色


 なんでしょうこれは? そう疑問に思いつつも深く考える余裕が無い為、無造作な仕草でインベントリに放り込む。あとでセントーレアさんに尋ねればいいかと思考を放棄した。

 「疲れた……」

 もう体がクタクタです。恐らく私のスタミナ値は底値を割っていることでしょう。大げさな表現ですが、明らかに自分の限界を飛び越えたような感覚があります。

 「ちょっと休憩」

 あと少し、休憩してから動き出しましょう。そう考えた私はそのまま地面へと座り込むのでした。

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