15
怪物大移動が始まってからまだ二日目。現実の世界でいうならまだ一日目だが、ゲーム内の時間ではそれぐらいの時間が立っている。襲撃が起こるのはこの期間内のうち全部で四回。現実世界でならお昼の時間に一回目。夜に二回目の襲撃があり、ゲーム内環境で昼夜の戦闘を行う。次の日も同じような時間帯で発生するらしいが、最後の襲撃は二回目の襲撃と同じ時間帯ではなく、火が落ち切る前、空が明るいうちに発生するらしい。夜中にイベントが起こられても困ると言えばそうなるのだが……。こういう時、現実とゲーム内で時間の流れが違うとこういったイベントに参加しにくいのが問題だな、と思う。
一回目の襲撃で襲い掛かってくるモンスター達の波をいくつか経るとあっという間に辺りは真っ暗になった。俺は、それなりに休憩と称してログアウトを繰り返していたからログイン限界時間がまだ訪れていない。他のパーティーメンバー達もそうだ。
「おおい、コウショウ。なにぼさっとしてんだ。ドロップアイテムの山分けが済んだからこっち来いよ」
特に何をやるでもなく地面に座り込んでいると、パーティーメンバーから声をかけられた。想像していたよりもしっとりとしていた地面の感触をもう少し尻で感じていたかったが、それを惜しみつつ立ち上がる。
「やっとか。さすがにあの量は多かったな」
討伐モンスター数100体。先の襲撃で倒したモンスターの数であり、自分を含めたパーティメンバー6人で山分けした素材の数でもあった。
「売れば金になるのは分るけど、こんなにはいらないと思うのは俺だけじゃないと思う」
コウショウはインベントリに加わったモンスターの死骸の山を見ていた。モンスターの死骸はストックとして扱えない仕様がインベントリの圧迫を招いている原因であった。素材としてストックできるようにするには「解体」スキルが必要になる。だが、「解体」スキルはモンスターの死骸に現れるガイドラインに従って死骸をばらばらにする必要があることから、仲間内の間で取得している者はいなかった。
「だな。インベントリが圧迫されるのは避けたいもんだよ」
そうやってコウショウの隣でひらひらと手を振るのは一対の角を頭に生やした竜人であった。彼の名はリク。防御に秀でた職業である「騎士」についていて、モンスターとの戦闘においては重要な役割を担っているパーティーの要でもある。
彼らの佇む野原はすっかり日が落ちており、消費アイテムの篝火が周囲に配置されていなければ隣に立つパーティーメンバーの顔さえ見えない状態であった。そろそろ始まるであろう夜の襲撃に備えるべく、コウショウ以下プレイヤー達は武器を片手に仲間たちと雑談を繰り広げていた。
「山分けしてから言うのもなんだけどよ。これ、捨ててもいいか? どうせ、この後もっといい素材手に入るんだしよ」
と、コウショウがぼやけば、
「おいおいそりゃねえって。「交易所」スキル使って金額査定までしたんだからよ」
と、すかさず他のメンバーから野次が飛ぶ。
「というか、襲撃まで時間あったんだからよ。売ってから山分けしたらよかったじゃないか」
「そうだな。リクの言うとおりだな」
「そもそもこいつがトイレに行きたいって言い出すから」
「おいおい!? そりゃ関係ないだろ。それにかなりきつかったんだからな!? ゲームしてるくせにあそこがむずむずしてきやがんだよ。ゲーム内だからトイレにいけないのによ!!」
「お~い。汚い話をするな~。ひっこめ~!!」
「ひっこめ~」
「適当だな!! 返しが!!」
リクが投げやりに返すと悲痛な叫びが響いた。どっと笑い声が起きる。もちろん、コウショウも笑いながら野次を飛ばしている。ひとしきりの間、笑いの渦がパーティメンバー達を包んだ。
「そういや。夜に出てくるモンスターって何が居たっけ?」
ふと思い立って横で携帯椅子(こんなものまでアイテムとして使用できるのにはびっくりした)に座っているリクに問いかける。
「ん~? そういや夜は真っ暗だって基本的にモンスターと闘ったことはなかったっけな。みんなはなんか知ってないか?」
リクが目の前で座りこんでいるほかのパーティーメンバー達に問いかけた。彼らは地面に胡坐をかきながらトランプをしていた。そして、その中の一人がリクの質問を聞くや否やトランプを投げ捨てる様に地面に叩き付けた。
「おい!? 何やってんだ!? お前負けそうだからってそれは無しだろ!!」
「ふふん。質問されたんだからこんなゲームをしている暇はないよね」
言い争うパーティーメンバーをぼんやりと見ていたコウショウはチェスや将棋も存在しているのはすごいが、努力の方向性が間違っていると思った。
「やりながら答えりゃいいじゃねぇか!?」
「おいおい。それじゃ、ボクの負けが決まっちゃうじゃないか。せっかく質問にかこつけて勝負をなかったことにしようとしたのにそんなことしたら意味ないでしょう。後でもう一度勝負しようじゃないか」
もう少しで自分の勝利が決まりそうだったところで勝負をうやむやにされた為か、いきり立つ奴もいれば、それを煽る奴もいる。ひとたびログアウトすれば会う事などない程度の関係であったが、コウショウにとってこの喧騒は心地のいいものであった。
「夜に出てくるモンスターって何が居たっけ? ていうか俺たち夜に狩りしたことねぇよな。暗くなったらスキル上げはPVPシステム使ってたしな」
「みんなが「暗視」持ってるわけじゃないからね。仕方ないね」
「そうそう、松明なんかもってったらあっという間に囲まれてあぼん、だしな。夜にモンスター倒すなら「暗視」安定」
「でもそれって森林フィールドの話じゃなかったっけ? 平原フィールドだったらそれなりに安全って聞いたけどな」
「てか、夜に出てくるモンスターなんてwikiで見ればいいじゃんか」
コウショウを含めたパーティーメンバー全員が夜の狩りを経験していないこともあってかあっさりとネットの情報に頼ることを決断した。コウショウはコンソールパネルを呼び出し、外部ネットからセカンドオピニオンのwikiを開いた。リクも開かれたパネルを覗き込む。
「ふむ。肉食ミミズクに、カマキリイタチ、ホーンソーサー、くらやみヒバリにバイパー? なんか色々いるな」
wikiにのせられている雑多な情報群を見ているとそんな感想が浮かんだ。まわりのパーティメンバー達も熱心に自らが開いたコンソールを食い入るように見つめていた。
「そりゃね。まだ、セカンドオピニオンが発売されてから全容が明らかになったわけじゃないしね」
こちらの画面を覗き込むように顔を突き出していたリクが困ったような顔で苦笑する。
元々、有志が作っている情報サイトだし、そういったことを望むのはいけないことだがゲーマーとしてはもっと早く何があるのか知りたいと思ってしまうのは業なんだろうか。
「まぁ、VRMMOっていうプレイヤースキルありきのゲームだと難易度調整が難しいよな。普通のゲームならクリアまでいっちゃってることもあるし、MMOみたく目標があればいいんだけどな。そこんとこ運営は明かすつもりが無いみたいだし」
「ああ」
そうおざなりに返すコウショウの脳裏には今頃珍妙なプレイをしているであろう友人の姿が浮かんでいた。
(あいつはなんか川下りしたらうまくいったって言ってたがこのゲームってどこまでリアルにできてんだ?)
量子コンピュータによる馬鹿げた演算処理能力が生み出す電子の世界がどこまで現実の世界に近いのか、違いを見つけてみようとゲームの世界を駆け巡るたび彼の胸の中に燃え立つような火が灯るのを感じていた。
ふと見ればリクを除いたパーティメンバー達は「当たって砕けろ」とばかりにトランプに興じ始めていた。先ほどまで真剣にモンスター達の情報を見ていたのが嘘のように気が抜けていた。再び喧騒が彼らを包み始めた。
「おお、コウ坊や。ここにいたんかい」
二度目の怪物大移動が始まるまでの暇つぶしとして始めた大富豪が思ったよりも白熱したため、ついコウショウも我を忘れかけていたところに自らを呼ぶ声が届いた。
「ん? セツ婆じゃん。さっきぶりだね」
そこに立っていたのは小柄ながらかくしゃくとした老齢の女性が立っていた。彼女の名はセツ婆。ウッドフォーク特有の木目の浮き出た顔はにこにこと笑みを湛えている。この人は俺の近所に住んでいて、小さいころによくお世話になった縁がある。もういい年のはずなのに知り合いと一緒に背角オピニオンを始めたと聞いた時は流石に驚いた。
「うんにゃ。次も頼むでな」
「ははは、ほどほどにしてよ。ゲームといってもセツ婆達が大立ち回りするのを見てるとひやひやしてくるしさ」
「そこまで耄碌しとらんわいさ。今のひよっこのように痛い痛いなんてかすり傷ごときで喚かんわい」
そういってコロコロと笑う。セツ婆は知り合いと一緒に「モリゾーのお里」といった名前のギルドを作っているのだ。緑のマスコットキャラの名にふさわしくその全員がウッドフォークという種族である。ゲームを始めるのはいいが、ずらずらと並んだ種族名を見てもどうにもピンと来なかったらしく全員で同じ種族にして職業を各々が好みで決めたらしい。
「そうは言っても痛いんだから仕方ないだろ。婆ちゃんたちの時代みたいに泥まみれになったことなんてないんだから」
「まだまだ粘り強さが足らんの」
そういってニコニコと言っているが、その言葉の意味するところはかなり厳しい内容である。セツ婆達はゲーム設定の一つである痛覚設定を一切カットしていない。この痛覚設定はゲームで受けたダメージを痛みとしてフィードバックするかしないかを決める大切な設定で、大抵の人はこの設定を切っている。
その理由はただ一つ。痛いからだ。ゲームをしている以上ダメージを食らわないということはできない。それはつまり、痛みから逃れられないことでもある。現代のもやしっ子たちは怪我をすること自体少ないのもあってか痛みに弱かった。そのためほとんどの人たちはこの機能を切っている。俺やネアなんかは痛み軽減程度の設定にしてるけど。これがかすり傷でも結構痛いんだ。でも驚くことにセツ婆達はこの設定をカットすることなくプレイしているらしい。結構派手の吹っ飛んだりしているのも見たんだけどな。驚くほどにパワフルな老人たちだ、と思わされる。
「まぁ、それは置いといて。モリゾーのお里さん達もこちらに来てくれるという事です?」
リクが口を挟んだ。昼の襲撃の時には結局別々で行動していたため、そこが気になったのだろう。
「ふむぅ、そのほうが面白そうじゃしのう。遊びは人が多い方が楽しいのよな」
そういってにっかりと笑う。どうやら共闘してもらえる様だ。俺たちとしてもそれは助かる。この人達は年を感じさせない動きで暴れまわるため味方としていてくれるとかなり心強い人たちなのだ。
「そうじゃ、うちらも話しつけてくるし、ちょっとまた後でな」
そういってセツ婆はひょこひょこと自分達のパーティーのいる場所へと戻っていった。
「あの人たちのガッツは見習いたいものがあるね」
リクがぼそりと呟く。
「ははは……」
こちらとしては苦笑いで返すほかなかった。
かんかん、と何かをぶつけ合う軽快な音が響く。篝火の周りでは人だかりが出来ている。煌々と揺らめく灯りの前では大きな爪の手甲をもつ獣人の青年と木刀を振るう緑色の肌をしたウッドフォークの老人が大立ち回りを繰り広げていた。やじ馬たちはやんややんやとイベント発生が起こる前の静寂を打ち破る様に騒ぎ立てていた。
袈裟懸けに振るわれた木刀を後ろに跳んで回避する。すると、目の前にいる老人の身体が滑るように近づいてくる。後ろへ下がるのではなく横へ避けるべきだったと後悔する間もなく、逆袈裟懸けに移行した木刀がわが身を打ち据えようと唸りを上げた。
「ちょ、っま」
思わず声が漏れる。吸い込まれる様に近づいてくる木刀を避けるため、真横へと転がる様に回避を行う。体捌きも何もないキャラクター能力にまかせた強引な動きであった。当然、体の制御などできるわけもなくごろごろと無様に転げるが、結果として老人から距離を取ることに成功する。
「くっそ。いくらなんでもてつじい強すぎだろ」
目の前で再び正中線を狙うように木刀を構えた老人に向けてコウショウは毒づいた。
「ふむ。アーツは縛っているのだけどなぁ。辛いか?」
「辛いわっ!! こっちはてつじいみたいに剣道とかやってねえんだ!!」
「むぅ、それは運動不足だな。あと、わしがやっているのは剣道ではなく居合だ」
こともなげにそう言い放ったのはセツ婆と同じパーティーに所属しているせつじいだ。モリゾーのお里の面々に外れることなくこの老人もウッドフォーク種である。職業「侍」を取得しており、パーティの中で高い攻撃力を持っているそうだ。パーティを支えている前衛に特化された力がコウショウへと振るわれる。
暇を持て余した面々が余興としてPVPを提案したことから始まったせつじいとコウショウの対戦だった。それに怪物大移動のことを考えてスキルの使用は控えようと誰かが言い出したのがコウショウにとっての悪夢の始まりであった。
武道をかなりの腕で習得しているせつじいに対して現代っ子であり運動するよりもゲームをすることが好きなコウショウではアーツの恩恵が得られない時点で勝ちの目が見えなかった。
(無理無理無理無理。攻撃できる隙ないもんこの爺さん。避けるので手一杯だって)
「おらー腰ひけてんぞー」
「へいへいピッチャービビってる!!」
外野が騒ぎ立てる。
「うっせ!! お前ら黙れ!!」
そう怒鳴り返すコウショウはせつじいから目を離さない。少しでも目を離してしまえば次の瞬間には脳天に木刀が叩き付けられる未来が見えたからだ。
(というか居合の技なんて使ってすらこないんだが)
「ふん、こんのならわしから行くぞ」
そういって上段の構えを取るてつじい。袴に隠れた足が地面を擦る音が聞こえる。
じりじりと間合いを測る二人。周囲の喧騒が徐々に聞こえなくなってくる。気が張り詰める。
「ふんっ」
地面を蹴飛ばし、てつじいの大きいとは言えない身体が飛び掛かってくる。強烈な踏み込みからの叩き付け。上から振り下ろすだけの木刀に対してコウショウは反射的に片腕を上げバグナグで防御しようとする。
「甘いっ!!」
掲げたバグナグの横をすり抜ける様に通り過ぎた木刀がそのままの勢いから斜め下からの切り上げに変わった。
「んな。無茶苦茶な!?」
切り上げにかかる僅かなタイムラグを捉え、何とかコウショウはバグナグを片方差し込むことに成功した。鈍い音とともに腕が跳ね上げられる。その勢いを殺すことなくたたらを踏むように後ろへ下がる。意趣返しとばかりに突き出された爪は引き戻された木刀によって受けられた。捻る様に木刀が動き、バグナグごとコウショウの腕が振り回される。巧みに動く木刀によってコウショウは両手を広げる形になって身体ががら空きとなってしまう。「もらった!!」
逆袈裟懸けに振られたそれを体勢が崩れに崩れたコウショウは受けることも避けることもできなかった。ピタリと身体の前で木刀の切っ先が止まる。
「勝負ありじゃの」
セツ婆が勝負の終わりを告げるとコウショウはがくりと頭を垂れた。
「なんだよ。コウショウ負けてやんの」
「ありゃ無理だわ」
コウショウは口々に騒ぐ外野の声を聞き流す。短い立ち合いであるはずなのにかなりの疲労が感じられた。対しててつじいのほうは汗一つかいていない。ゲームのパラメータに照らし合わせればそれなりに疲労を感じていてもおかしくはないはずなのにそれを感じさせないところがこの老人たちのアグレッシブさを物語っているとコウショウは感じた。
「負けたなぁ」
リクが隣に座った。
「いや、糸口すら見えなかった。どうすんのよあれ」
「レベルを上げて物理で殴る」
「レベルを上げてもスキル無しだったら負けそう」
「言えてる」
そういって二人は苦笑いした。これまでのゲームと違って現実での経験がものをいう面のあるVRMMOではただ、ゲームに詳しければ強いということもいえないのが発売から期間の経った現状での見解であった。
「ふむ、踏み込みが足りん」
隣に立ったてつじいがぼそりと呟いた。アドバイスのつもりだろう。
「思い切りが足りん。防御ではなく回避を選択すればもう少しマシに動けただろう」
「そういきなり言われても難しいのやけどなぁ」
そういってうむうむと一人頷くてつじいを呆れたようにセツ婆が見ている。てつじいはマイペースな性格をしている。それほど深い付き合いをしていないコウショウでもわかるのだ。セツ婆は慣れているのだろう。苦笑いをするに留まっていた。
そうやって疲労を回復させるために時間に身を任せているとざわざわと周りが五月蠅くなってきた。さらにはどこか妙な緊張感が感じられる。
「どうやら、来たらしいの」
セツ婆が呟く。
「イベント開始って事か?」
「ふむ、そのようだ。大量のモンスター達が近づいている。恐らく昼のものよりも進行速度が早い」
その言葉とともにまわりの空気が変わる。コウショウは立ち上がった。
それまで馬鹿話をしていた奴らが一斉に武器を片手にピタリと黙り込んだ。難易度の上がったイベントに闘志を燃やしている。コウショウも周囲と同じように武器を持ちながら自分の身体の調子を確認した。
少し疲労がある程度か。なら、問題はねぇな。
そう判断したコウショウは口の端を釣り上げる。獣人特有の鋭い牙が顔をのぞかせる。
「狩りの時間の始まりだな」
夜の狩りは静かに、そして大々的に始まった。




