13
初めに見えたのは黒い点だった。だんだんと近づいてくる黒点は次第に幅を広げ、最後には地平を埋める様な波へと変わっていった。
「多いっすねぇ」
みいこちゃんのあっけに取られたような言葉が耳に届く。タワーディフェンスにしては多すぎねぇか、と誰かが呟く声が響く。
足元から登る地鳴りとともに現れたのは大量のウルフの群れであった。百や二百といった数ではきかないほどの大群が押し寄せてくる。
「フォーメーション!! 急いで」
サクさんが門前の集団に合流したため、りっちゃんさんが代わりに号令を取りました。いつになく真剣な表情を見るのは久しぶりに感じます。
私はインベントリから鉄鎧を呼び出し、パーティーの正面に位置を取らせます。見るととみいこちゃんやあやめちゃんもそれぞれの得物を取り出し始めています。
「私達はテンカちゃんの人形を盾にしながら集団の半ば付近で漏れたモンスター達を退治しましょう。前に出るには今の私達じゃ少し厳しいわ」
りっちゃんさんが大まかな方針を告げる。私たちはそれに同意するように首肯しました。鉄鎧が壁になれるとはいえ前に出て戦えるほど私たちはタフではないですから無理に動く必要はないでしょう。
がしゃりと鉄と鉄が打ち鳴らす金属音が響きながら、鉄鎧が前に進む。その後ろにピタリとつくように私達のパーティーが追従する。
鉄鎧を先頭にみいこちゃんが右に立ち、あやめちゃんが左を警戒。私が中央につき、りっちゃんさんがその後ろに立っています。普段ならば、サクさんがりっちゃんさんと同じポジションにつきますが、今は別行動をとっているのでこの四人で戦い抜かなくてはいけません。
手に持った指揮棒を強く握りしめる。
初めてのイベント。その一日目が始まろうとしていた。
「【ファントムコート】!!」
「幻惑魔法」で習得できるアーツである【ファントムコート】を発動させる。黒い靄の様な魔力で構成された外套が私の服を覆うように出現する。つい最近「幻惑魔法」がLv30になり習得できた【ファントムコート】は大した能力値補正が得られないとされている反面、他者から見える自分の姿が二重にぶれて見え、焦点が合わせにくくなる効果を持つ。
「雷魔法」や「風魔法」でも同じように身に纏う形をとるアーツはありますが、この【ファントムコート】は比較的効果時間が長いので習得してからは比較的多用しています。
「【白天衣】」
私の後ろについているりっちゃんさんも【ファントムコート】と同じアーマー系である「白魔法」のアーツ【白天衣】を唱えました。こちらは真っ白に光り輝く布で身体を覆っていて、まるで絵に描かれた天女のようにも思えます。黒い靄を纏った私とは正反対の姿です。
「【アーマー】……」
あやめちゃんが発動させたのは機人の持つスキル「バイオニックアーマー」のアーツである【アーマー】ですね。とんとレベルを上げていなかったそうですが、最近になって使用する余裕が出てきたのか積極的に使っていました。身体の一部が武装に変わるスキルですから慣れが必要な部分がとても大きいそうです。
「皆いいっすよね。デバフ出来るアーツ持ってて」
一人だけ戦闘系アーツしか持っていないみいこちゃんがしょげています。
「あら? でも、みいこちゃんも「気息」持ってるでしょ」
「いやあれはスキルじゃないですか。私が欲しいのは先輩の使ってるようなアーツなんすけどね……」
「そうだっけ?」
何か妙に気の抜ける会話をしているうちにウルフの第一陣と集団の前線が接触し始めたようです。たちまち波紋が広がる様に争いの喧騒が伝わってきた。
「……来る」
「隊列を維持しつつこのまま前進」
鋭い指示が飛ぶ。先ほどまで笑っていた顔を引き締めて前を向く。たとえ格下のウルフといっても数が数だし、油断は禁物である。
すでに場はそれぞれのグループに分かれながら、小さな群れを作っているモンスターを相手に戦い始めていた。
ばらばらに散っていたプレイヤー達が戦闘を開始し始めたことで彼らが集まって戦っているとともに空間に隙間が生まれた。そこを抜ける様にモンスター達が数頭こちらへと向かってきた。
「ウルフ!! 数は5!!」
人と人の隙間を縫うように駆けるウルフたちの進路を邪魔するように鉄鎧を動かす。すると、ウルフたちは急に現れた鉄鎧の前で立ち止まった。
低く唸り声を上げながら威嚇をしてくるモンスター達。周囲の喧騒がモンスターの興奮を引き立てているのか、彼らはいきなり襲いかかってきた。
「【エアハンマー】!!」
飛び掛かってくるモンスター達に向かって空塊を上から叩き付ければあっさりと地面に這いつくばった。そんなあからさまな隙を見逃すことなくみいこちゃんとあやめちゃんが獲物を突き立て瞬く間にモンスター2体が死骸へと変える。鉄鎧もまた緩慢とした動きで大剣を振り下ろした。【エアハンマー】は威力が低いが、相手の動きを阻害する効果についてはかなりのものが見込めるアーツである。緩慢な動きしかできない鉄鎧でも問題なく攻撃を当てることが出来る時間を作り出すには十分だった。
一瞬の間に5体もいたウルフのうち3体が倒され、残りは2体となった。元々、群れで連携を取りながら獲物を狩るのが主流のウルフでは数の有利をなくした時点で詰みとなったも同然である。残り2体のウルフが物言わぬ骸となるのにもさほど時間を懸からなかった。
「次!! 6体!!」
二度、三度とモンスターの群れを狩っているが数が減らない。断続的に森の方角からモンスターが湧いてきているのか、実際に起こったら生態系が狂うほどの数を倒しているはずなのにその数は最初よりも減ってはいるが零にはなっていない。
鉄鎧に指示を与え、ウルフたちの動きを遮りながら後ろから魔法を叩き込んでいく。
ぐしゃりぐしゃりと四足の獣たちが透明なポリゴンの塊に変わっていくさまがそこかしこで起こっている。
一頭のウルフが愚直に突撃してくるそのすれ違いざまにみいこちゃんが首をはねる。
あやめちゃんの手がぶれる。放たれた投げナイフが首に刺さったウルフはそのままよろよろと力なく歩く。次の瞬間、その首と胴体が離れた。
塊のように集まっていれば白い矢の雨が降り注ぎ、穴だらけの死体が生まれた。
鉄鎧がぶおんとその巨剣をふるうと轟音とともにモンスターが吹き飛んだ。
そこらかしこで似たような光景が繰り広げられている。そんな事が起こるなんてありえないのに背筋が凍る感触がした。だが、その次の瞬間には飛び掛かってきたウルフに気を取られて訪れた感情は消え去ってしまった。
モンスターが多いと言っても所詮雑魚モンスター。このゲームを始めたばかりの初心者が身体の使い方に慣れずに苦戦する程度であり、このゲームに慣れたころにはスキルを使って問答無用で叩き潰すことが出来るようになる。
例えば、
ウルフが一体飛び掛かってくる。私の操っている鉄鎧やみいこちゃんたちの壁を抜けてくることのできた幸運な一体が中衛に座している私のところまで来ることが出来た。飛び掛かってくる一体の動きを私は躱すことが出来ない。当たり前です。私は体育がそれほど得意ではないのですから。
ひ弱な妖精族に向けられた牙は一直線にそれを貫かんと襲い掛かる。身じろぎもしない身体へとその一撃が突き刺さる。
次の瞬間、勝利を確信したウルフは地面へと叩きつけられた。モンスターがとらえたと思っていたのは【ファントムコート】によって生み出された虚像であった。間合いを狂わされたモンスターはまんまと偽物に引っかかりその隙にアーツを打ち込まれたのだ。
テンカは顔の正面にかかった髪を振り払う。先ほどまで対峙していたモンスターのほうは見ない。【エアハンマー】が突き刺さった時にHPバーが砕け散るのが見えたのだ。
正面を見据える瞳に怯えの色はなく、その顔にはただ淡々とした平坦な感情が映っていた。
(慣れてきたのでしょうか?)
結構な数のモンスター達――殆どがウルフでしたが――を倒しているとどうやって倒すのか、といったことが最適化されてきたのか一度に何匹とやってきても問題なく対処できるようになってきました。
それと引き換えにこちらに襲い掛かってくるモンスター達の数も減り、まわりを見渡す余裕が出てきました。
「もうそろそろ終わりかしら」
そんなつぶやきが耳に届く。そちらを振り返ると私と同じように辺りを見渡していたのか、りっちゃんさんが顎に手を当てる様にポーズをとっていました。
「そうみたいですね」
りっちゃんさんの顔がこちらを向く。
「殆どウルフだったから苦戦はしなかったわね」
「そうですね」
くすりと笑うりっちゃんさん。辺りは相変わらず騒がしかったがその喧噪も余裕がうかがえるものばかりであった。所詮数が多かったとしても初めに戦うようなモンスターに苦戦するいわれはなかったのです。
「終わり……ですかね」
やがて、剣や魔法が放つ戦闘音などの喧騒も消えていき、遂にはプレイヤー達が倒したモンスター達の死骸が撒き散らすポリゴンの結晶が空へと登って行くばかりとなった。その光景は幻想的にも見えたがこの世界がゲームであることを強く意識させるものでもあった。




