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 深い闇。ぎしぎしと私を押しつぶそうと水がその重さを叩きつけてくる。悲鳴を上げる体に鞭を打ちながら更に深いところへと潜る。深く潜れば潜るほど水は押しつぶそうと私を拒絶する。HPバーはじわじわと私の命を削る。

 私は回復丸薬を口に放り込む。水が口に入り込むが気にしない。口の中から塩っ辛い海水を吐き出しつつ、丸いそれをかみ砕くと思わず顔をしかめるほどの苦みが口に広がる。その代り、HPバーはじわじわと回復を始める。この丸薬のリジェネレート効果は10分は続く。サウロさんにもらった丸薬はまだまだインベントリに入っている。

 どんなに体力的にきついところがあるとしてもスキルやアイテムを活用すれば活動区域はいくらでも広がる。素直な感想を言わせてもらえばこんなところまで作りこむ必要があったのかと言いたくはなる。元々、世界シミュレータの側面を持ったゲーム開発だからシステムよりも作りこむ必要があったのかもしれないけど。

 インベントリから淡く光る深度計を取り出す。これはセントーレアさんに渡されたもので、今自分のいる深度が判ります。深度が判ることは重要です。一部のモンスターは特定に地域という条件だけでなく特定の深度を活動範囲としていますから、そういったモンスターとエンカウントするためには自分のいる深度を把握している必要があります。ある程度慣れたらこんなものは無くても感覚で判るそうですが今の私には無理ですね。

 目的の深度まで降りたことを確認した私は「暗視」と「遠視」を併用しながら辺りを見渡します。

 (居ない……?)

 今日、セントーレアさんに頼まれたのはあるモンスターの生態調査。

 四つの目を持ち、深いところでのみ生息している『シコウメン』と呼ばれる精霊種のモンスターだそうです。彼女曰く見たらわかる見た目をしているらしく精霊種とよばれるカテゴリーのモンスターのようです。四つ目があってちょっとびっくりするかもね、と笑っていました。

 ただ、注意するべきこととして、精霊種の様な半物質生命体は精神(アストラル)体と物質(マテリアル)体を両方保持していることから今の私にはダメージを与える手段がないそうですので、敵対だけは避けたほうが良いと言われました。せめて「無詠唱」で水中でも魔法が使えれば…。出発前に聞いたセントーレアさんの話を思い出します。


 「精霊種ってのはね、精霊が受肉したものなのよ。力をつけたね。倒すというか無力化するには片方からのアプローチだけじゃ駄目なの。体は破壊しても再生するし、魔術的に攻撃を加えても物質的に強固に結びついているから力を保持し続ける。やるならどちらもまとめて攻撃を加えて存在に揺さぶりを加えていかなくちゃいけないのよ。肉を削いで幽体化させるならともかく、倒すとなると魔力とか闘気とかを使わないとダメ。今のネア君じゃ到底無理ね」

 肉体を破壊し続けてもいつかは倒せるけど、と言うセントーレアさんの言葉を鑑みるならば私が精霊種に戦いを挑むのは無謀であることがわかります。…いつかは戦うことになるのでしょうけど。

 

 現在深度百メートル程度。この前のオッテウスを狩りに行った時より少し浅いでしょうか。それでも十分真っ暗ですけど。

 (ここの海域にいると聞いたのですが)

 先ほどから周囲を見渡しても生物が一匹も見当たりません。元々、深海では生物が生息しにくい環境ですからエンカウント率が低くても問題はないのですが、こういった調査とかの場合だと面倒です。

 しばらくの間、その深度を維持しつつ辺りを泳ぎ回る。見つからない。じりじりとHPが減っていく。水圧によるダメージが蓄積していく。リジェネレート効果が続く限りはダメージと回復で相殺できていたが、効果が切れてしまえば体力は減っていく。

 インベントリからもう一つの丸薬を取り出してかみ砕く。まだ、見つからない。尾と足を駆使して高速で水中を駆ける。「暗視」も「遠視」もフル稼働の状態で辺りを見渡しながら泳ぐ。時折、息継ぎのために水上へと上がらなくてはいけないのが酷くもどかしく感じる。「潜水」レベルが30を超えている今。一度に潜っていられる時間は10分程度ならば造作もなく潜れた。

 ざぶりと水を撥ね上げながら海面へと顔を出す。途端に身体が空気を求めて暴れ出す。

 「はっ、はっ。ち、ちょっと、きつい、か、な。いき、が、しん、ど、い」

 慌てて深呼吸を繰り返す。肺が収縮を繰り返し、新鮮な空気が身体を駆け巡る。纏わりつくような息苦しさが若干緩和される。

 「……ふぅ。なかなか見つからないものです」

 インベントリに収納してある丸薬の数を見ながら息を整える。丸薬はそういくつも残っているわけではなく、できる限り温存したい。……出し惜しみして死ぬ気もないけれど。

 「【タイドレイメント】」

 長ったらしい呪文詠唱(キャストタイム)から「水魔法」のアーツ【タイドレイメント】を発動させる。すると、水が纏わりつくように体の周りを覆う。アーツが発動し終わるとともにHPの回復速度が目に見えるほどに早くなった。これがこのアーツの効果。

 【タイドレイメント】は「水魔法」のレベルが30になった時に習得できる鎧装系の魔法です。纏えば防御の上昇はもちろん、水魔法の鎧装系ならばリジェネレート効果がつく優れもの。ただ、残念なことに金属鎧などの防具と致命的に相性が悪いらしいのでこの魔法を使うのは布とか革鎧とかを使う人位でしょうけど。

 すこし時間を置くだけでHPが全快した。丸薬の効果はとっくに切れてしまっているが、【タイドレイメント】の効果はまだ続いている。アーツが発動しているうちにシコウメンを探しに潜るのが良いだろう。

 私は大きく息を吸い込んでから、深い海の底を目指して再び潜った。



 それはまるでイルカのできそこないの様な見た目をしていた。黒っぽいゴム質の体表。地面に対して平行な尾ひれ。ぱっくりと開く口腔。そして、特徴的な四つの目。抜群にインパクトを与えるその二対の目は茫洋と明かりを放っている。淡く光る二対の目のせいでどちらが背中でどちらが腹なのか分らない見た目は一度見たら忘れられないだろう印象を持っている。

 (セントーレアさんが言っていた特徴そのままですね。これは……聞くよりも見たほうが分ると言っていた意味が分かりました)


 『シコウメン』

 モード:パッシブ

 コンディション:ノーマル

 タイプ:デミエレメンタル


 確認のために「鑑定」を発動させる。これまでにレベルが上がっていたため、見ることが出来る情報が増えていた。……これがシコウメンで間違いないみたいです。

 シコウメンはその奇妙な身体をじっとその場に留め、身動き一つ取ろうとしなかった。私も「遠視」に頼ってそれなりに距離を取っているため、こちらを感知していないのか、もしくは脅威と見られていないのだろう。これまでに何度か深海で見たことのあるモンスターのほとんどは近寄らなければシコウメンのようにじっと身を潜めているものが多かった。

 しばらくの間、じっと眺めていてもシコウメンは身じろぎひとつすらしません。見ているこちらとしては退屈になります。さっぱり動く気配が見られないシコウメンを尻目にインベントリからセントーレアさんにもらったアイテムを取り出します。

 

 流れる銀の卵(特殊アイテム)

 効果:ゴーレム、ホムンクルスの召喚


 これはセントーレアさんがシコウメンの観察に便利だから、とつけてくれた錬金生物を呼び出すアイテムです。取り出したアイテムを即座に起動させ、ゴーレムを呼び出します。

 淡い光が銀に光る卵を覆う。光が消え去った後に大きな一つ目を持つ魚のような生物がそこにいた。

 (起動完了。無事に出て来てくれました)

 この生物はセントーレアさんが作った生態調査用のゴーレムです。指定した生物を遠巻きに観察し続け、その映像を蓄えることが出来る生物だそうです。わずかながら、知性を持ち状況に沿った行動をしてくれるために重宝しているそうです。

 (頼みますよ)

 そう願いながらゴーレムをシコウメンに対して送り出した。ゆるゆると尾を振りながらシコウメンに近づいていくゴーレムを尻目にネアは息継ぎのために海面へと向かった。


 「さて、調査はゴーレムにまかせてしまいましたし、回収まで時間があります。どうやって時間をつぶしましょう」

 ゴーレムは終始潜りつづけることが出来ない私の代わりにシコウメンの観察を行ってくれる。私は、シコウメンの傍までゴーレムを持っていくだけで実質仕事は終わりなのだ。

 「……狩りでもしますか」

 日はまだ高い。これから、日が落ち切るまでに研究所に戻れるようなタイミングでゴーレムを回収すればいいだけなので結構な待ち時間が余っている。狩りをしてスキルのレベルアップを図る時間はたっぷりあった。

 インベントリから銛を取り出す。海に顔を付ければ小さく群れを作っているような小魚たちが目に入る。浅いところでならばこのくらいの魚はすぐに見つかる。だが、少し小さすぎる。狩りの相手にするにはすばしっこすぎるし、何より狩りをしているという気にはならなかった。どこか手頃な獲物はいないものか、顔を海に沈めながら辺りを見渡しているとひときわ大きな影が小魚たちの群れに近づいているのが見えた。


 『イニオプテリクス』 

 モード:アクティブ

 コンディション:ノーマル

 タイプ:マレピスキス 

 

 それは2m程度の大きさのサメのようなモンスターでした。ただ、体の側面についている羽のようなひれが目立つサメです。……さっきのシコウメンと負けず劣らずの見た目をしていますね。

 イニオプテリクスは鋭くとがった牙が並ぶ口を広げ、小魚の群れへと突っ込んでいる。群れへと突撃をするたびにその口には小さな小魚たちが咥えられ、千切られ、イニオプテリクスの周りには肉片が散らばっている。

 かなり汚い食べ方に眉を顰めそうになります。が、この大きさの肉食魚がここにいるのは都合がいいです。ここは一つ私の暇つぶしに付き合ってもらいましょうか。

 素早く呪文を唱え【タイドレイメント】を発動させる。そのまま、体をばねのようにたわめ弾丸のように水を蹴り出し加速。勢いそのままにイニオプテリクスへと銛を突きだし突進する。それに気付いたのか、イニオプテリクスは先ほどまでもてあそぶように食んでいた魚を吐き捨てこちらにその大きな口を開くようにこちらに振り向いた。思わず、ネアはにやりと笑う。楽しめそうだ、と。思っていたよりも、ネアはストレスが溜まっていたようであった。



 「ただ今戻りました……」

 「お帰りなさい」

 「おかえり~」

 日が落ちてすっかり暗くなってしまった頃に研究所へと戻った私をセントーレアさんとフリージアちゃんが出迎えてくれた。何かが香ばしく焼けるような、とてもいい匂いがする。十中八九サウロさんだろう。奥の厨房で夕食を作っているのだ。

 「これ、お借りしたゴーレムです。あと、ついでにこんなものも手に入れました」

 インベントリからゴーレムとイニオプテリクスの死骸を取り出してセントーレアさんに渡した。2mを軽く超えるサメの体をよっと掛け声とともに持ち上げた。

 「あ、これイニオプテリクスじゃない。どうしたの? こんな珍しいもの」

 思わずといった風に目を丸くしているセントーレアさん。……珍しいのですか。いや、珍しい生物だとは思いますけど

 「シコウメンを見つけた時に一緒に見つけたんですよ。それで狩ってきたというわけです」

 「へぇ、でも、大変だったでしょ。こいつは一度逃げ出すとなかなか捕まらないから」

 「ええ……」

 思わずその時のことを思い出してげんなりとする。

 「まさか、飛ぶとは……」

 「ええ、飛ぶのよ」

 あの羽のようなひれは実は飾りではなく本物だったようである程度ダメージを与えたと思いきやいきなり海面から飛び上がって空を滑空し始めた時はどうしようかと思いました。とっさに銛を投げつけてしまい、それが運よく当たったからいいものの、まず逃げられてもおかしくはない状況でした。

 「飛ぶせいもあってか逃げ足が速くて、捕まえるのが大変なのよね。会いたくて会えるようなモンスターじゃないのもあって余計珍しいっていわれてるのよ。幸運だったわね」

 セントーレアさんがゴーレムを両手でもてあそびながら微笑んだ。

 シコウメンを見つけたついでだったんですけど、という言葉は野暮にすぎると喉の奥にしまい込む。元々、出会う予定ではなかったモンスターなのだ。捕まえる幸運にあずかれたことに感謝するほうが良いだろう。

 「あら、シコウメン見つかったのね。すぐには無理って思ってたんだけど、やっぱり時期が近づいてきているのね」

 セントーレアさんの放った言葉に少しひっかかるようなものを感じた。

 「時期とは?」

 「時期っていうのは精霊の季節よ。精霊の力が活性化する時期があるの。それが精霊の季節」

 「精霊の季節ですか……」

 「精霊さんは綺麗なの」

 むふーと鼻息が荒いフリージアちゃん。精霊を見たことがある様子です。

 「そう、綺麗よ。すごく。でもね、だからこそ狂うのよ」

 セントーレアさんはまるで何のことはないように言い放つ。

 「精霊の季節は精霊が活性化する時期よ。でも、それは良いことだけじゃない。力を取り込んだ精霊が必ずしも正常であるとは言えないわ。精霊のしていることが私たちにとって有益であるかは別。力を求めて暴走することもある。でもそれは間違ったことじゃないわ。当たり前よね、人じゃないもの」

 精霊に常識なんて求めないほうが良いわよ、そう言葉をこぼすセントーレアさんの顔はどこか達観しているようで、身近に精霊を感じてきたエルフ種だからこその重みが感じられた。

 見る間に雰囲気が重くなったリビングに湯気を湛えた料理をサウロさんが持ってきた。

 「いやねしんみりとしちゃって。そんなことより、食事にしましょう。私もうおなかペコペコなのよ」

 「わふー。お肉なの!!」

 ぱんぱんと手を打ち鳴らし重たい空気を払う。テーブルに置かれた料理にフリージアちゃんは目を輝かせた。

 「そうですね」

 ネアも先ほどまでのことなどなかったかのように笑顔を浮かべ、目の前の皿へと料理をよそい始めた。

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