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 「狩りに行く」

 サウロさんが唐突に放ったその一言とともにすでに日課となりつつあった魔方陣の書き取りは終了となりました。やったね!!

 サウロさんとの狩りは大抵大物狙いになります。彼の教え方は基本的に実地で覚える。ある程度基本を押さえて残りは実戦で。モンスターを相手にするときの立ち回り方などを教えてくれます。これまででニ、三回は一緒に狩りへ行きましたが、いずれも大物。私一人では間違いなく瞬殺されるレベルのモンスターを狩りに行くことになります。なので、サウロさんと狩りに行くと大抵死に掛けます。前に狩った『ルイードシザー』などは本当にひどい目に合いました。

 ルイードシザーはエビのような外見にとてつもなく大きなハサミを持ったモンスターでした。がちがちと鋏を打ち鳴らすたびに辺りに衝撃波が荒れ狂うとんでもない奴でしたね。私なんて衝撃波から逃げ惑う事しかできませんでした。だって、硬すぎてダメージ通らないですし。結局サウロさんが殆ど一人で狩ってしまっていました。サウロさん強すぎです。

 ある意味狂気の沙汰ではないと言えるサウロさんとの狩りですが、今の私にはまさに渡りに船と言ってもいいでしょう。なんといっても日課と言いつつも苦行としか言えない書き取り作業から解放されるのですから。想像してください。目の前に積み上げられる白い紙の塔を。大丈夫、まだまだあるからとごっそりと渡されるペンの束を。挙句に複雑な図形が重なった魔方陣を綺麗に書き写さなくてはいけないのです。一枚一枚と同じ絵図らが並ぶたびに私の心から大切な何かが零れ落ちていく感触がしました。これが一日二百枚。多いのか少ないのか判りませんが終わりに近づくにつれて私の記憶があいまいになっていることを考えると決していいものではないのでしょう。日本人はレべリングみたいな作業が好きだと聞いていましたが、これはあんまりでは? と嘆いたのは笑い話にできるでしょうかね?


 「ええと、何を狩りに行くんでしょうか?」

 前回みたいなのは御免なので出来れば穏便なのが良いなと言う気持ちをかめてみます。ただの気休めになりそうですけど。

 「『オッテウス』だ」

 「……え!?」

 思わず聞き返す。

 「何故?」

 「セントーレアが一度見ておくといいと」

 セントーレアさんからの要求だとあっさりと言い切るサウロさん。その表情はいつも通り真剣みをはらんだもので冗談を言っている様子はありません。

 ああ、それですか……。

 その名前を聞いた途端その瞬間私の意識は確かに飛んだでしょう。であればどんなに良かったか。

 『オッテウス』

 これはこのあたり近海では上位に位置する、というか最強クラスのモンスターの一体です。見た目は7、8m程度の大きさの魚に鳥の嘴を凶悪にしたようなものがついていると考えてください。前回の『ルイードシザー』を例えるなら先鋒クラス。こいつは間違いなく大将クラスです。あの時、私を襲ったケツァルコアトルスを襲ったプリオプレシャスに比べるとその格はいくらか落ちるそうですが、その硬い鱗はなにものを弾き、その強靭な嘴はあの硬いルイードシザーの外殻をものともせずにかみ砕くそうです。魚型のモンスターは総じてすばしっこいのですが、これもその例に漏れず巨体の割に素早い、と厄介な特徴が満載。単なる体当たりですら、私なんかが当たったら消し飛びそうです。そんなモンスターを狩るからついて来いと、サウロさんはそう言っています。これ、私が足手まといになる未来しか見えませんが……。サウロさんが殆どやるんでしょうね。いわゆるパワーレべリングと言う奴なのですかね。

 私の持っている銛よりも数段大きなものを取り出しているサウロさんを見ているとそんなことが脳裏に浮かびました。このゲーム、スキルのレべリングはあれど能力のレべリングといったものは厳密には存在しませんから雰囲気だけでも感じろという事なのでしょう。

 気を取り直して自分の得物をインベントリから取り出す。ついで机に向かい続けていたせいで凝り固まっていた体もほぐす。海の中では三次元的な動きこそが生命をつなぐ手段となりうるため、柔軟運動はきっちりとやっておかないといけないのです。ひとしきり、柔軟が終わったところを見計らうようにサウロさんが研究所の扉へ向かう。私もそれに続く。

 「なるべく避けろ」

 その一言に私は、

 「ははは……」と力ない笑みを返すことしかできなかった。大丈夫かな私……。


 

 水は無色透明だけれども完全に光を通すわけじゃない。少しずつ少しずつ暖かさを求める様に光を奪い取っていく。深くなればなるほど水は貪欲にすべてを飲み込もうとする。だから、ここにいる者たちは奪われないように必死に生きている。だから、彼らは強いのだ。

 サウロさんの後をついて海の潜ること30分。私たちはオッテウスの生息している海域に向けて泳いでいた。オッテウスは研究所近海に生息していると言ってもそもそもの行動範囲が地上の生物と全く違う。近いといってもそれなりに距離があった。とは言ってもここまで時間がかかったのは(といっても私が現実で泳ぐよりかははるかに速かっただろうけど)私が遅かったからだ。というか、サウロさんが速いのだ。さすが上位種というのかスペックが違う。

 途中途中で休憩もかねて寄り道のように狩りをしていたらこれぐらいになったのです。むしろ早すぎるぐらいですね。

 

 そうこうしているうちにオッテウスのいる海域の近くまで来ました。お昼を少し過ぎたぐらいの時刻に出発したからなのか、太陽は少し傾いています。と言ってもきらきらと海面に反射する日差しは絶えませんが。

 「ここから潜る。アイテムの使用に制限がかかるから注意しろ」

 そう言い残すとサウロさんはざぶりと水を割って真下に向かって潜り始めます。私もそれに続きます。水中では使用できるアイテムに制限がかかりますから、いざというときに回復が出来ません。普通に考えたら、水中でポーションが飲めるかという問題ですからね。固形物のアイテムしか使えないんですよね。オッテウスの攻撃次第では一撃で死ぬ可能性がありますからアイテムに頼る気はありませんけど。

 ゆっくりと周囲から光が消えていく。ところどころ白い何かが水中を待っているのがわかる。一人ではあまり来たくないと思わせる黒真珠の海水が辺りを包む。幻想的というよりも孤独を誘う風景。目の前を先導するサウロさんの存在が私がここにいることを教えてくれる。

 オッテウスが生息しているのはそれなりに深度があるところだ。巨体を持っているオッテウスだが、だからこそなのか人目に付かないようなところを好む。硬い鱗は水圧に負けない様に。巨大な嘴はどんなものでも餌にするために。セントーレアさんが言うならば魂の位階が違うというところなのでしょうけれど、そこいらのモンスターとは文字通り格が違います。

 

 深さが増していくほどぎしぎしと体に圧力がかかるのを感じる。途方もない水圧が体にかかっているからだ。ゲーム内では潜水病のような病は存在しないが、水圧でダメージは受ける。現に私のHPを見るとじわじわと減っているのが分る。

 (もう少しで目標の深度まで着く)

 サウロさんのハンドサインで目標の地点に近づきつつあることがわかる。

 手に持った銛を掴む手に力が入る。水の中なのに手汗を搔いている気がする。怖いとは思わないが、不穏な雰囲気を肌に感じる。

 暗い水の奥にうっすらと影が見える。身じろぎ一つしない巨大な魚の影。標的の『オッテウス』だ。

 (大きい)

 それはとても大きかった。7、8mの大きさと聞いていたけれど実際に見たその威容は何倍にも見えた。黒がかった体表の鱗は闇にまぎれ、「暗視」スキルを働かせていなければまず見えなかっただろう。目蓋のない瞳はらんらんと光と獲物を求めて輝いていることだけがただ不気味に映った。

 (このまま上から行く。お前は巻き込まれない様にしていろ)

 サウロさんからの指示。言われなくても私が対峙するには早すぎます。真直ぐに獲物へと加速するサウロさんを見送りながら、私は減速する。「遠視」も使いながら彼らから一定の距離を取る。一挙手一投足を見逃さない様に見据えながら。




 オッテウスに頭上から急速に接近するサウロさん。水の抵抗をものともせず加速し弾丸のように巨大なモンスターへと突撃する。大銛を両手で構え水を切り裂き、オッテウスを貫かんと襲い掛かる。

 影が動く。身じろぎ一つしなかったオッテウスは頭をわずかにあげ、彼に襲い掛かる牙を認めた。瞬間オッテウスの尾びれが動く。尾が獰猛なエンジンの唸りを上げ、爆発的な加速を生み襲い掛かる牙から逃れんとその身を動かす。遠目から見ても分るような水の奔流が迸り、オッテウスはサウロさんの大銛の一撃を躱した。

 サウロさんは何のことはなかったように器用に身を翻しオッテウスの背後を取る。大銛は依然として狩るべき獲物を見定め、逃しはしないと指し示すように穂先はオッテウスから離れない。サウロさんの持つ銛は水中でも使える様に「刻印」が施され、素材も水の中で抵抗なく使用できる能力を付与できるものを使った漁師垂涎の逸品である。ギラリと光る穂先はオッテウスの目にも負けない。

 オッテウスの後ろを取った彼はそのままの勢いに銛を突き刺さんと加速するが、オッテウスもサウロさんを振り払わんと加速する。

 無茶苦茶だ。闘いを見失わない様に必死に後を追いかけつつ私はそう思った。

 オッテウスのあの巨体であの速度はなんだ、と。まるでトラックなんてものじゃない。戦車か何かだろう。それにやすやす追いつけるサウロさんの方もどうかしているように見える。その表情には余裕が窺え、まだ余力を残してるのが分るからだ。

 不意にオッテウスが転身する。真正面からサウルさんに襲い掛かる魂胆だろう。オッテウスの巨体とスピードが合わされば大抵の者は触れるだけで消し飛ぶ。存在が暴力のようなものだった。

 オッテウスの暴力的な加速を伴った突進がサウロさんに迫るが、彼は涼しい表情を崩さず勢いに沿うように突進をかわす。がち、と何かがかみ合う音がした。サウロさんの片手にはいつの間にか分厚い狩猟刀が握られていた。すれ違うときに斬りつけたのだろう。しかし、オッテウスは苦にもせず勢いが弱まった様子はなかった。

 呆れるほどの硬さだった。

 サウロさんは気にせずその場に留まる様に動きを止め、双眸でオッテウスを見据えた。突進を待っているのか。追いかけっこは止めだとばかりにオッテウスはその巨体でちっぽけな獲物を押しつぶさんと襲い掛かってくる。それをひらりと彼は避ける。すれ違いざまに手に持った狩猟刀で切りかかるも踏みとどまれない水中ではあまり有効性が無い。

 襲い掛かる。避ける。襲い掛かる。避ける。この繰り返しが幾度となく続いた。オッテウスの攻撃はそのどれもが必殺の威力を誇っていたが、すばしこいサウロさんは飄々とそれらを避ける。一方のサウロさんの攻撃はオッテウスの硬い鱗を貫くことが出来ない。大銛で突こうにもすれ違いざまでは銛頭は突き刺さらない。お互い有効打が無いまま時間が過ぎていく。

 焦れたのだろう。オッテウスはこれで終いだとばかりに口を大きく開け、サウロさんを食い千切らんと襲い掛かった。

 きらりと目が光ったような気がした。

 その時を待っていたかのようにサウロさんの体に力が込められていくのが分った。大銛の銛頭に何かオーラのようなものが灯る。アーツだろう。狩猟刀を放り投げ、手に持った大銛を掲げる様に持ちばねのようにたわめた体から……銛を放った。

 音はしなかった。

 しかし、圧力は感じた。

 吸い込まれる様にオッテウスの口に飛び込んだ大銛はその喉笛を食い破り、その奥にある臓物を掻き混ぜ、破壊した。

 オッテウスの突進は銛が突き刺さるとあさっての方向へと流れ出した。内臓をぐちゃぐちゃにされる激痛に耐える様にじたばたと暴れる様に動いていたがやがてその動きはおとなしくなり…動かなくなった。

 完全に動かなくなったオッテウスの傍まで近寄ったサウロさんはこちらを向いて、

 (仕留めた。運ぶから来い)

 とだけ指示を出した。

 

 あんな大物を仕留めておきながら淡泊ですねとも思いますが、サウロさんはそういう性格でした。それにしてもまだ心臓がバクバク言っているような気がします。あれがモンスターとの戦闘。いつみてもほれぼれします。あれでもまだ手加減しているようで、私が銛をメインの武器として考えているから、という理由で銛を使用した狩りが多いのです。本来ならああいった硬い敵には銛ではなく棒や素手の鎧通しでさっくり終わらせるのが定石らしいです。素手であれを倒すとか想像もできませんけどね。ウルフでしっちゃかめっちゃかしていた私とは雲泥の差です。いつか私もあれくらい狩れるようになるのだと思うとわくわくします。

 ハラハラするようなドキドキしたような時間は終わりました。あとはこの成果を研究所に持って帰るだけです。

 急いでオッテウスの死骸に駆け寄り、海に浮かべる様に浮上させていきます。死んでしまうと海に浮くんですよ。

 「帰るぞ」

 「はい」

 その一言が頼もしい。私もテンカに頼られる兄でいたいものです。



 「……これ、内臓とかが全部ぐちゃぐちゃなんだけど。前にも言わなかったかな。傷だらけだと研究に使えないって。外見は良くても中身がこれじゃ意味が無いし……。どうしてくれる」

 「………………すまん」

 「もう一回とってきて」

 「………………」

 意気揚々と戻った研究所には鬼がいました。すいませんサウロさん。


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