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とりあえずある分投下します。

毎日じゃないのは私の姑息な時間稼ぎだと考えてください。

 本が積みあがった机の体面に私とセントーリアさんが座っている。彼女の膝にはすぅすぅと寝息を立てながらフリージアちゃんが寝こけている。私は少し緊張した面持ちで、対してセントーリアさんはニコニコとした表情のまま向かい合っている。

 「ネア君は魔法スキルを持っているんですよね。確か、水の魔法のスキルを」

 「はい、Lvは26ですね」

 「となると使えるのは…【ウォーターボム】と【ウォーターピアシング】、【バブルスクタム】かしら。となると……」

 腕を抱え、何事かを考え始めるセントーレアさん。今はセントーレアさんの授業の時間です。

 エルフの長大な寿命を利用して様々な研究に手を出したセントーレアさんはものすごい物知りである。その知識は魔法の使い方から古代遺跡の遺物に至るまで多岐にわたっている。研究所での手伝いをすると彼女らと約束をしたが、私自身は下位種のリザードマンであり、上位種であるハイリザードマンのサウロさんやハイエルフのセントーレアさんに比べるとその戦闘力は比べるべくでもない。ただ、研究の手伝いと言っても現在その業務の大部分は海洋生物の捕獲や遺跡の調査を目的としていた。しかし、捕獲対象である海洋生物は前に私が倒したアーマーイールが霞んで見えるほど凶悪な種類も多いそうだ。遺跡調査についても同様のことが言え、遺跡と名がついているがその実はダンジョンであり、モンスターの巣窟になっていることが殆どだそうだ。そんなところへ私が挑んでも瞬きする間に死に戻りをするだけだということで彼女らから戦闘の仕方や小技などの知識を伝授してもらえることとなったのだ。

 何日かに一度、サウロさんがフィールドワークと称しての食材探しに出かけている間研究所でセントーレアさんと付きっ切りでの授業を受けているのです。……ゲームでいうところのお助けキャラみたいですけどね。

 「まだ下位スキルということは領域系の呪文は覚えていないのよね……。とりあえず、無詠唱が出来るようにしましょうか!」

 「……え!?」

 あっさりと言い放たれた言葉に絶句する私。唖然とした顔を見ながらセントーレアさんはニコニコと笑っています。無詠唱ってスキルに存在しないから上位スキルって言われているはずなんですけど。

 「え? スキルなんかなくても無詠唱発動はできるのよ」

 こともなげに言い放たれた事実に再び目が点になります。いやいや、スキルが無いとできないんじゃ…。

 「まぁ、確かに詠唱短縮はスキルが無いと厳しいけれど、無詠唱ならスキルが無くてもできるわよ。ただの技術だから。無詠唱発動をしているうちにスキルも生えるしね。ほら、私だって詠唱なんかしていないわよ。サウロだって詠唱無しでも魔法が使えるはずよ。私が教えたし。それに「記録員」の「導書作成」を使えば詠唱なんていらないし。スキルっていうのは一種の特殊能力なのよ。あなたたち放浪者の人たちは詠唱が魔法発動に必要だと考えているみたいだけど、別に条件さえ満たせば魔法が発動するなのよ。ちょっとしたコツが必要だけどね」

 次々と明かされる衝撃の事実に目からうろこが落ちそうになる。そうなのですか、と呆けることしかできない。魔法使い系ジョブの欠点は詠唱をすることによる必然的なタイムラグの発生だったのだけれどこの技術でその問題点が一気に解消されることが決まってしまった。詠唱破棄の存在とは一体なんだったのでしょう。軽く手を上げることで質問の意を示します。

 「それでは「詠唱破棄」のスキルの意味がないのではないです?」

 セントーレアさんは私の質問を聞いて「良い質問です」と微笑む。

 「ええ、無詠唱を完全に使いこなすことが出来れば「詠唱破棄」のスキルの存在意義はまったくと言っていいほどないわ」

 おお、それでは世の中の詠唱破棄を取った魔法使いガチ勢さんたちが悲しみの涙にくれるのですが……。そんな私の思考を否定するかのように彼女はですが、と言葉を続けた。

 「だけどね、詠唱破棄にも利点はあるの。そもそもの無詠唱の理屈に起因することなんだけど、詠唱破棄を習得する最大のメリットは無詠唱の習得難易度の大幅な低減にあるのよ。これがあるかないかでかなりの難易度の上下が起こるでしょうね。まぁ、無詠唱の技術自体かなりの個人の資質に起因しますからなんともいえないけどね」

 一息に話し終えた彼女は一区切りついた風に軽く手を叩いた。

 「まぁ、それよりも無詠唱です。ネア君は魔法発動における方法論としていくつどのくらい詳しいですか?」

 「ええと、それは魔法の発動方法の違いを上げればいいのでしょうか?」

 そうです、と鷹揚に首肯するセントーレアさん。どうしたものでしょう、殆ど知らないのですが…。

 「あまり、知らないのですが…例えば、魔法スキル、私の「水魔法」なら詠唱ですけど知り合いの占星術師が「占星術」の発動方法は呪文詠唱と星座を一度視界に収める必要があると言っていましたね」

 おかげで首が痛いとの言。効果はほかの魔法に比べても強力なのが多いそうですけどね。

 「そうですね。ほかにも詠唱のほかに供物を必要とする「呪術」などがあるわね。結局は詠唱が必要なものが多いんだけど。なかには詠唱が必要ない魔法もあるの。例えば、私の職業である記録員とかね」

 記録員、初見お断りスキルと呼ばれる屈指の迷職業です。私はこの人が記録員の職業についていると聞いて本当にびっくりしました。研究者という事を考えると納得の職業なのにゲーム的に考えると訳が分からなくなります。記録員とはスキル「導書作成」を利用したモンスターについて詳細な情報がまとめられた魔物図鑑や自分の現在位置がわかる魔法の地図といったアイテムの作成が出来る職業のようです。いわゆる作家さんみたいな職業でした。魔法の無詠唱って言われても…どう考えても生産職なんですが。

 「記録員ってそもそも戦闘が出来るんですか?」

 「できるわよ。そもそもあなた、ドワーフの鍛冶師だって殴り合いが出来るし、錬金術師だって薬品を投げつける位のことはできるわ。それと同じ。要はやり方なのよ」

 そういうものか、と納得します。そもそも、画面の向こうのゲームでなら決められた事象しか起こせなくてもこのリアルさを追求しているセカンドオピニオンというゲームではそういった制限は取っ払われていると考えるべきなのです。とはいえ、本来NPCである研究所の面々ですら実際のPCと大差ない受け答えができるのですから、どうにもゲームの中という感じがしません。慣れてきたらまた変わるのですかね?

 「魔法発動の無詠唱化はできる魔法とできない魔法の二種類があるわ。区分は単純。代償を必要とするか、しないかよ」

 「それだけなんですか?」

 「そうよ」

 セントーレアさんはふふふといった表情で言い切る。

 「無詠唱できる魔法にカテゴライズされているものは詠唱以外でももう一つ魔法発動方法があるわ」

 彼女は言葉を区切る様にくいっと指を宙に躍らせる。

 「魔法発動と言ってもそんなに難しく考えることはないわ。魔法発動における意識の変容は自己と世界に対する認識の摺合せが元だからね。まぁ、理屈についてはさておいて。方法としては言葉による詠唱でなく図形としてのアプローチ、すなわち魔方陣よ!!」

 朗らかに響く抗議の声とは裏腹に忙しく動く指先は何もない空中に複雑な図形が組み合わさったオブジェを描き出している。見ても何が何だかさっぱりわからないが、これがセントーレアさんの言う魔方陣なのでしょう。凄まじい速度で図形の集合体を編み上げていくセントーレアさんの指先が不意に止まる。

 「これは「導書作成」のアーツ【エアメッセージ】よ。どこにでも文字が書けるのってそれはともかく。まぁ、これもいってしまえば簡単ね。魔方陣を書き上げて魔法名を呟けばいいの。体の一部が触れ合っているなら基本的には成功するから」

 ブルースプラッシュ、と知らない魔法の名前を口にした。魔方陣が一瞬光を放ち、水の塊を生み出して消えた。ふよふよと浮く水塊を示す。

 「これは「水魔法」で使えるブルースプラッシュという魔法よ。触ると破裂するから触らない様に」

 彼女は笑顔を浮かべてネアに釘を刺した。弱く設定したとはいえ上位種の魔法は下位種のものをはるかに上回る。セントーレアはここで惨事を引き起こすつもりはなかった。

 「これで魔方陣から魔法が発動できるのが分ったわよね」

 こくこくと頷く私の姿を見てセントーレアさんは満足そうに表情を緩めます。そのまま手をさっと振ると水の塊は消え去る。

 「詠唱によっての魔法発動と魔方陣による魔法発動の二種類がある。ここまでは知っている人は多いわね。それなりに有名だし。無詠唱発動はその先にある技術よ。やり方だけを教えるなら簡単よ。頭の中で詠唱文と魔方陣を描けばいいの」

 「それだけ…なんですか?」

 「ええ、それだけよ」

 何ともあっさりとした方法だと思う。これなら誰か発見していそうな気がするけれど…。ネットでも無詠唱についての話は全くと言ってもいいほど上がっていないことを考えると何かあるのではと勘ぐってしまう。

 「まぁ、簡単には言うけれど魔方陣の細部を脳裏で描きながら詠唱文を添えるなんて芸当はかなり慣れがいるわ。それこそ長年の熟練が必要と言われるほどにね。この技術は脳裏にどれだけ精巧に思い描けるかにかかっているのよ」

 「はぁ……」

 どうにも気の抜けたような返事が漏れる。難しいとは言っても実感も湧かないですし、文字通り熟練の技術が必要なのでしょうか?

 「普通はエルフとかが使う技術だしね。なんとなくでしかわかっていないと習得に途方もない時間がかかるのよ。成果も目に見えにくいせいで練習しても途中で諦めちゃう人も多いしね」

 まぁ、詠唱短縮スキルを持っていたら、その分思い描く分量が少なくて済むのよ。それでも面倒だけどね、とセントーレアさんの言ですが、どうやら、無詠唱技術に関しては秘匿技術というよりは難易度の問題で広まりにくいものらしい。ただ、放浪者はその特性上習熟しやすい可能性があるそうで、もしかしたら私にも少しぐらい才能があるかも…あったら嬉しいなとは思います。

 「さぁ、そこまで理解したならこれからは実践よ! 今使える魔法が全て無詠唱で出来る様に訓練するわ!! 大丈夫。無詠唱はイメージ力、一種の空間認識能力が試されるわけだけれどそんなもの無くても詠唱できるようにしてあげるから!! まずはこの魔方陣の書き取りをしましょう!! 勿論全部目隠しした状態で完璧に書けるようにしなくてはいけないからね!!」

 「え、……ええ!?」

 一瞬抗議の声を上げそうになるが、ギラギラと輝くセントーレアさんの若干狂気じみた笑顔の前に喉の奥でひゅぐっと変な音にすり替わった。輝きすぎる笑顔から猛烈に嫌な予感がします。いや、少し厳しすぎませんか? もうちょっといや少しでいいので手加減を……。

 「ええ、大丈夫よ。サウロも手伝ってくれるだろうし、彼から修行も受けているんでしょ? 大丈夫、どうせならモンスターと言わず魔獣もソロで倒せるようにするわよ!! おまけで階梯(かいてい)も上げる勢いで行きましょう。多分勝手に上がると思うけど、下位種よりも上位種のほうが魂の容量(キャパシティ)が大きいのよ。どうせ当分いるんでしょ、大丈夫大丈夫!! 自分が強くなれるためだと思えばいいのよ!!」

 そう言いながら、彼女のインベントリから大量の紙が取り出されていく状況を見て口が半笑いに固まる。ゲームの中だから腱鞘炎なんてなりませんけどもこれは精神的にクルものが……。

 「大丈夫!! 手取り足取り教えてあげるから!!」

 セントーレアさんのギラついた瞳が迫る。

 ふみゅう、と目を擦るフリージアちゃんだけが私の癒しでした。ああ、エイメン。


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