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アトライア;VRMMOにおける水棲生物の生態観察記  作者: 桔梗谷 
第一の節 トカゲ落ちる
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 「あいつらが消えたのはこれが理由か……」

 私はティミッドイーグル達が離れた理由が「索敵」の範囲内に入ってくるのを感じとり苦いものがこみあげてくるのを感じた。それはティミッドイーグルと同じく空を飛んでいた。「遠視」スキルを発揮させれば「索敵」に頼ることなく簡単に見つけることが出来たが、それから逃げるすべは思いつかなかった。


 『ケツァルコアトルス』

 モード:アクティブ

 コンディション:ノーマル

 

 蛇の神の名を冠せられた翼竜がこちらへとその巨体をそれへと滑らせていた。

 「さすがにあれと遣り合うのは無理、ですね。逃げるのも、無理かな」

 長く巨大な嘴。薄い膜が張られた翼はティミッドイーグルの夕に倍を超える大きさがある。さらにティミッドイーグル達はウェイトの状態であり、こちらへは様子見を決め込んでいたが、こちらは最初からアクティブ状態。その動きは迷いなくこちらへと飛んできている。その鋭い双眸の狙いがネアなのは明確であった。

 そもそもティミッドイーグルですら振り切れなかった時点でネアがあれと対抗するのは無理がある。

 「あ~これが俗にいう負けイベントってやつですかね? どちらかというとムリゲーと言ったほうが良いのかな」

 そんな軽口を叩いてみるも今の状況では気休めにもならない。それほどまでに生物としての格が違った。恐らく、現段階での最前線組が束になってかかってもケツァルコアトルス一体に返り討ちに合うのではないか。巨大な翼を広げた翼竜からはそんな気配が伝わってきた。

 「どうしましょう。海が目前のところでやられるなんて考えたくもないですけど…」

 川を下り始めてから二日目。海はもう目と鼻の先の場所までたどり着いていただけにこのような場所から死に戻るなんて御免であった。

 「潜って海までいけたら見逃してくれますかね?」

 見逃してくれる可能性としてはかなり薄かったがそれに賭けるしかないとネアは考えた。ケツァルコアトルスはその巨体故にこのような河川ではその動きは阻害され、水の中での行動が満足に取れる生物ではないと見えた。水の中で自由に動ける鳥などはもう少し小さい個体が多い。水の抵抗を受けるからだ。ただし、ここはゲームの世界。何か特殊能力を持っている可能性は大である。海のほうからやってきたということは海の近くを活動拠点にしているのかもしれない。その場合は水中にいるだけでは安心できないが彼にできることはそもそも少ない。

 回避しようとしても追いつかれることは必死。ネアに出来ることは精一杯の抵抗、可能な限りあがく事だけである。成功するかどうかはともかくネアは潜って出来うる限り翼竜をやり過ごすことに決めた。

 「遠視」と「索敵」を併用しながらなるべくギリギリまでケツァルコアトルスを引き付ける。相手からもうすでに見つかっている以上、必要なのは可能な限り相手の目をくらましながら距離を取ること。 

 森へと逃げ込むのは下策である。すでにうっそうと生い茂っていた筈の森は少しずつ密度が下がっている。空を飛ぶ者には丸見えである。それに加えて森に棲んでいるモンスターたちとの戦闘も行わなくてはならないのだ。地上と空に気を配りつつ大立ち回りするなどほぼ不可能である。それならば翼竜を一体相手にするほうがほんの少しマシだと思われる。どちらにしろ生存できそうな道のりは遠いが。

 あと少しで川を下り終えれる。水深が深いところまで出ればネアへ届くものは少なくなる。狙うは交差。ケツァルコアトルスの真下を潜行する。

 脳内で方針を固めたネアは息を大きく吸うとケツァルコアトルスからなるべく見えない様に体を水底まで沈めて水を勢いよく蹴り出した。

 

 視界が悪い。泥や微生物、それによく分からない物が浮遊しているせいで前がよく見えないですね。上流とは全然透明度が違います。水深もそこそこ深く、もし私が立ったとしてもこれでは頭まで水に浸かってしまうでしょう。今はその深さがありがたいですが。

 視界が悪くとも「索敵」を使えば一定範囲内に近づくMOBの動きが大体わかります。水の中からだとなんとなく影のようには見えるのですが距離を取られるとサッパリわかりません。「索敵」が大活躍です。

 なけなしの体力を振り絞って全速力で川を下ります。できることならケツァルコアトルスなんて明らかに危険なものとは関わり合いたくありません。可能な限り逃げる努力はします。……逃げられる気はあまりしませんけど。

 ごぽごぽと音が聞こえます。水の中では音でさえもよく聞こえません。特に水の外から聞こえてくる音に対しては…。一心不乱に駆けているせいか。上の様子が全く分かりません。「索敵」の範囲内に入る前に潜ってしまいましたからね。時間的にはそろそろ探知可能圏内でしょうけど。

 「索敵」の探知範囲内に一つの赤点が反応した、と思った瞬間。

 川が割れ、私は吹き飛ばされた。

 「ぐぁっ!?」

 砂利の上に激しく叩き付けられて肺から空気が飛び出す。一時的に息が出来なくなり体の力がごっそりと抜ける。地面でのた打ち回る私に暴風が叩き付けられる。何を、と思った私の目にはこちらへと雄叫びをあげる翼竜の姿があります。耳をつんざくような金切声とともにその身に纏った風を叩きつけてくる。

 ケツァルコアトルスの起こす風が直接的な暴力となって襲い掛かります。木々は倒れ、草花が散る。暴力は圧力となって私を地面に縫い留め、身動きが取れなくなる。HPがじりじりと減っていくがその速度は緩慢でなぶり殺しにされている気分です。

 遊んでいるつもりか! そう叫ぼうとした声も荒れ狂う暴風で口が開かずに立ち消える。目をつむり動けないままにひたすら体を丸めて縮こまっていると不意に風が緩む。かろうじて首が動かせるようになり、首を上げると目の前に長い嘴がぬっと現れた。

 私が動けない間にそばまで近づいてきたようです。ぎょっとする私を尻目にケツァルコアトルスはその大きな翼を広げました。翼を広げた瞬間、私を押さえつけるような突風が吹き、私は耐えきれずに地面に這いつくばる。べたっと地面にへばり付いている私の背中に何かが食い込む感触がします。爪でしょうか? そう思った瞬間、ふわりと体が重力を失う感覚がした。

 飛んでいる? 

 どうやら、私はどこかへ運ばれるようです。ケツァルコアトルスは翼をはためかせながら飛び上がりました。足に掴んでいる私と一緒に。あれよあれよという間に地面が遠ざかり、森の全容が眺められる高さまで上って行きました。私は大きさに比べ意外と華奢な爪に掴まれてぷらーんとぶら下がっています。背中が少し痛いですが、それだけですね。さっきまで自分が潜っていた川が小さく見えます。この高さからだと落ちたら確実に死にますね。

 あっという間に川と森の風景から、海と砂の風景に切り替わります。このまま、私はどこへ運ばれるのでしょう。モンスターに攫われるなんてどういう事でしょうか。HPもほとんど減っていないですし、これは本格的に誘拐されているのではないですかね。……念願の海が遠ざかっていきます。海の上にいるのに目的地が遠いです。

 ケツァルコアトルスはネアを掴んだまま海上を飛び続けている。しっかりと掴まれたその鉤爪からは体をゆすっても手足を動かして暴れてみてもピクリとも揺るがずその華奢な外見とは裏腹に強靭な膂力を見せつける。

 仕方なくネアはぷらーんと手足を脱力させたまま大人しく運ばれていった。



 灰色の狼が地を滑るように走る。剣を持った獣人族の少女が前に飛び出し、剣を構える。黒衣の少女が手に持った短刀を投擲するも狼はあっさりとそれを避け、立ちふさがった剣を持つ少女を体当たりで弾き飛ばす。弾き飛ばされた少女はそのまま木に激突した。

 「みいこちゃん!?」

 弾き飛ばされた少女は声に反応するようにピクリと体が動いたので問題はないのでしょうが、一時戦線離脱といったところ。気絶しているのかぐったりと動かないです。とっさに駆け寄りそうになるのを必死に押しとどめます。しかし、このタイミングで一人欠けるとなると厳しいものがあります。

 ボスの取り巻き達を倒すことで「オルドウルフ・コマンダー」との戦闘に入った私達でしたが、想定していました以上に厳しい戦いを強いられました。見た目以上に硬い毛皮と力強い疾駆に翻弄されてなかなか決定打を与えられずじりじりと拮抗した戦いを続けていました。

 ジグザグにこちらの視線を揺さぶるように動くため、なかなか魔法の照準が定まりません。動きの遅い藁人形では攻撃が当たるわけもなく悉く空ぶるので仕方なく盾として置いていますが、元が初期の人形ですからどこまで耐えられるか。

 倒れ伏しているみいこちゃんに向けてりっちゃんさんが【治癒】を詠唱し始めます。りっちゃんさんは今のところ攻撃アーツを持っていないので完全な後方支援役。同じく「演奏家」のサクさんも攻撃アーツを使えません。いえ、アーツが無いわけではないのですがそれを使用するためには今かけているバフ【行進曲】のHP増強の効果を諦めなくてはいけません。「演奏家」で使用できるアーツは一度に一つという使用が足を引っ張ってしまっています。

 みいこちゃんをあっけなく弾き飛ばした「オルドウルフ・コマンダー」は先ほどの勢いとは一転低く唸り声を上げながらじりじりとこちらへと近づいてきます。一人を一時的に戦闘不能にした、と判断したのでしょうか。私はボスの動きを牽制すべく【ショック】の詠唱を始める。比較的速度のあるこの魔法なら相手がすばやくても命中しやすいですし、感電による麻痺効果も狙えますから。

 「ガルルルゥ!!」

 呪文詠唱に気付いたのか、こちらの気勢を削ぐかのごとく裂帛の咆哮を放ちながらボスが一直線にこちらへ飛び掛かってきます。…魔法使いの私を先に潰すつもりですね。

 「……止める」

 あやめちゃんが短刀を構えたままボスの進路を遮る様に走りよりスキル「短剣術」のアーツである【ダブルスラッシュ】を発動。二つの刃が敵を切り裂こうと宙を走る。

 「きゃあ!?」

 確かにアーツは当たったがダメージを顧みないボスの突撃によってそのまま吹き飛ばされて…私のほうへと飛んできます!? いや、藁人形を盾にしていますから大丈夫です。

 「きゃああああ!?」

 飛ばされてくる後輩を避けることもできずに一緒に地面に倒れ伏す。少女の体躯は小さかったものの藁人形は到底それを受け止めることが出来るような性能を有しておらず、ぶつかられるがままにその後ろにいたテンカごと地面に叩き付けられた。

 「テンカ!?」

 思わず、演奏の手が止まり叫ぶサク。地面に倒れ一時的に動けなくなったテンカ達に向かって「オルドウルフ・コマンダー」が牙を剥きながら飛び掛かる。その光景を呆然と見ていたテンカは思わず目をつぶるが。

 「だめ~!!」

 そんな気の抜ける叫び声とともにボスに何かが激突した。きゃいんと悲鳴を上げて何かがごろごろと転がる音がする。ちらりと薄く眼を開くと、きゃいんきゃいんと悲鳴を上げながらごろごろと地面を転がる「オルドウルフ・コマンダー」とローブを土で汚すりっちゃんさんの姿があった。

 「りっちゃんさん?」

 「良いから魔法撃って~早く~!!」

 私の悲鳴を間延びした声で遮りながらボスへとしがみつくりっちゃんさん。腕を腹に回して完全に抑えにかかっています。サクさんも楽器を構えなおしてアーツ【夜想曲】を発動させるべく楽曲を演奏し始めています。あやめちゃんを抱きかかえたままの私も魔法を放つべく呪文を唱えます。

 魔法の効果を強める音色が響き渡り私の魔法の威力が強まっていくのを感じ取れます。ボスはりっちゃんさんを振りほどこうとじたばたと暴れていますがりっちゃんさんが振りほどかれそうな気配は全くありません。…どういう力なのでしょう? そんな私の疑問は浮かぶのもつかの間、【ショック】の詠唱が終わると同時に掲げた指揮棒の先から紫電がほとばしり、ボスとりっちゃんさんを打ち据えます。

 ツンと鼻につく刺激臭が辺りに漂う。ゲームの世界とはいえ、ある程度なら匂いも再現されているが、それは何もいい匂いというものだけではない。ほんの少しの気持ち悪さを催す臭いが鼻を刺激するのを感じたテンカはわずかに表情を歪めた。

 「せめて状態異常でもかかればいいのですが…」

 テンカの呟きに反応するようにあやめちゃんが立ち上がり武器を構えます。視界の奥からはふらふらとみいこちゃんが立ち上がる姿が見えます。

 「いた~い!?」

 張りつめた空気が抜けそうな、何とも能天気な声が響きました。【ショック】が当たり、動きが鈍くなっていたボスを押さえていたりっちゃんさんが上体を起こした。きらきらと光が乱反射する髪がふぁさりと広がった。

 「思っていたよりも痛かったわ~。やっぱり魔法攻撃は結構効くわね~」

 のんきなことを言いながら再びボスを抑え込むりっちゃんさん。けろりとした物言いを聞くと思わず脱力しそうになってしまいます。ええ、いくら威力最低ランク魔法の【ショック】とはいっても魔法の直撃に巻き込まれているのですから、普通ですよ? みたいな態度を取られてしまうと自信が無くなってしまいそうです。

 「りっちゃんさん。…やってしまった手前で申しあげにくいのですが、大丈夫ですか?」

 「平気よ~。晶族ってとってもカタイから~」

 思わず、大丈夫か確認しましたが、のんびりとした声が帰ってきます。それはカタイで済むのでしょうか? 晶族っていわゆるチート種族なのでは……?

 これに比べると私の妖精族とかは影が霞んでしまいそうです。と言いますか、これで魔法適性の高い種族となると妖精族の存在意義が空を飛べることだけになってしまいそうです。

 そんなアイデンティティの危機に震えているとりっちゃんさんが抱き着いている物体がのそりと動き始めました。ぎろりと光る眼差しが私たちを射抜きます。

 「いけない!! 今のうちにやれ!!」

 サクさんが大声で指示します。さっきまでの緩い空気が吹き飛び、あやめちゃんとみいこちゃんが武器を振り上げながら「オルドウルフ・コマンダー」に飛び掛かり左右から切っ先を首に突き刺した。

 「――――!?」

 悲痛な叫び声が辺りに響き渡り、ボスの体が激しく跳ね回りました。

 「ぐっ!?」

 二人は逃すものかという気概で一層強く刃を捻り込みます。りっちゃんさんが腕だけではなく足も使ってすがりつくようにボスに抱き着きます。高らかに響く音楽が力を湧き立たせます。そう、ここで逃してしまっては決着をつけるのは難しいでしょう。私も倒れ伏した藁人形にボスを抑え込むように指示を下しました。のろのろと動く藁人形が倒れ掛かる様にボスを押さえつけます。

 しばらくその状態が続けると次第にピンと張りつめた体から次第に力が抜けて最後にはぐったりと動かなくなりました。

 『ボスモンスター「オルドウルフ・コマンダー」の討伐を確認しました』

 ポンとボスの討伐を証明する画面が目の前に浮かびだしました。その味気ない文字を見るとボスを倒せたという実感が湧いてきます。ぼんやりと周りを見渡すと動かなくなったボスの死体に抱き着いた三人とだらりと楽器をぶら下げたサクさんの顔が目に入ります。ボスを倒せたことが呑み込めてきたのか、みんなの表情が次第に喜色満面となっていきます。

 「倒したようね……」

 ぽつりとこぼれた言葉にみんなで頷く。

 「倒せたッすよ~!!」

 こぶしを振り上げるように叫んだ声を皮切りにみんなでやったやった、とぴょんぴょん飛び跳ねながら抱き合います。そう、倒せたのです。困難を一つ。

 サクさんなんかは眦に涙のようなものが浮かんでいます。りっちゃんさんもうふふ、と笑いながらも笑みを湛えています。あやめちゃんとみいこちゃんは入れときますね、とインベントリにボスの死骸を入れていましたがその顔には怒らしげなものが浮かんでいます。私だってそうです。みんなと何かをやるのは楽しい。それが親しい人たちならばずっと。ああ、兄さん。あなたは今何をしているのでしょう。私テンカは一つ困難を乗り越えました。兄さんに報告するのが楽しみです。


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