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アトライア;VRMMOにおける水棲生物の生態観察記  作者: 桔梗谷 
第一の節 トカゲ落ちる
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 泳ぐ。冷たい水の中を。

 水面近くは日の光が当たって少しぬるく感じますがそれでもひんやりとして気持ちがいいです。ただ、えんえんと代わり映えのしない色が視界をちらついて流石にうんざりしてきますけれどそれを気にしてばかりはいられません。少し日が傾いてきて水面が赤く染まり始めているのは風情があると言えばいいのでしょうか。テンカあたりならそう言うのでしょう。昨日居た場所では木の葉が光を遮ってこう綺麗に染まりはしなかったでしょう。昨日一日はある意味いっぱいいっぱいの精神状態だったのであまり周囲に構う余裕はありませんでしたからあまり記憶には残っていませんけどね。

 更に下流へ進むにつれて川幅が広くなり、川底もどんどん深くなっていく遂には私の足もつかなくなりました。典型的日本人である私の身長はそれほど大きいわけではないので別段この川が深いというわけではありませんが、足がつかなくなったのは大問題です。私は「潜水」スキルをフルに使いつつ水中に潜り続けています。まわりの様子を窺う為に時折水面から顔をのぞかせても周囲はあまり変わり映えのしない景色ばかりです。スキルレベルが低いせいか息が長く続きません。頻繁に水面に顔を上げて息継ぎをしなくてはいけません。運動量が上がったせいなのか物凄い勢いで体力が持って行かれるのを感じます。スタミナが切れてしまうと体が本当に動かなくなってしまう為、体感でしかわからないパラメータですがスタミナ値にも気を付けて泳がなければなりません。流石に下流なのでぶつかってしまうような岩はそうそう無いですが、常に泳がなくてはならないのはスタミナをかなり消耗するようです。水深が深くなると魚の行動範囲が増してしまい捕まえるのにも苦労しますね。体力を回復するために魚を捕まえて。捕まえるためにさらに体力を使うといった悪循環に陥りかけています。

 水中で目を見開くと視界に散らばる小さなゴミのような何かの向こうに15cmぐらいの魚が悠々と泳いでいるのが見えます。視界に入っているのは一匹のみ。水中での視界が悪い為あまり遠くまで見通せないのが悔やまれます。「遠視」スキルのおかげが普通よりも視界が広いような気がしますが、この見通しの悪さではあまり意味がない気がしますね。どうせ遠いところにいる魚には追いつけないようですし。「索敵」スキルはモンスターに反応するスキルですので魚には反応しないのが痛いです。一応スキルを発動させてみると岸辺の奥、ロマの森の木々の向こうに何かの反応が掠るためおちおち川から上がることもできません。水から上がった瞬間襲われるとか冗談じゃないですね。ここまで来たら海まで行きたいです。

 

 息継ぎのために水面へ顔を上げる。ふぅ、と一息つくように深呼吸する。ゲームだから水が呼吸器に入ってむせることもない。そのまま、息が整うまで顔を上げていると不意に頭上に影が差した。「索敵」の反応範囲ギリギリで私と重なるような位置に二つの反応があった。弾かれる様に上を見やるとそこには一メートル弱程度の大きさの鳥が羽を広げていた。ネアは「遠視」スキルを発動させて詳しくその影を見ようとする。それは風をとらえる大きな風切り羽を持ち、強靭な爪を持つ猛禽類に似た鳥であった。見覚えは全くない。初めて見る鳥であった。ただ、嘴からかすかに覗くのこぎりのような歯がそれがただの鳥ではないことを示していた。恐らく「索敵」に反応があったということはモンスターの一種なのだろう。そう思いながら「鑑定」を行う。「鑑定」スキルはそれが十分にはっきりと認識できるならば距離に限らず発動する。はるか上空に位置するその怪鳥にも問題なくスキルは発揮された。


 『ティミッドイーグル』

 モード:ウェイト

 コンディション:ノーマル

 

 ウェイト?おそらく待機状態であることを意味しているのでしょう。何を待って待機しているのかは分りませんが此方に気付いているのでしょうか?

 ティミッドイーグルはこちらに明確な動作を現さずゆっくりと円を描くように旋回している。

 モンスターとはいえ全てが全ていきなりこちらに襲いかかってくるわけではないそうです。近づくだけで逃げるようなモンスターなどもいるそうですから十把一絡げに仕掛ければいいというものでもないそうです。通常はパッシブ状態で近づいても何もしないモンスターがちょっと危害を加えただけでものすごく怒ったりすることもありますから、そのモンスターの行動タイプを知ることはとても重要です。「鑑定」スキルのレベルが上がったからかコンディションについての項目が追加されています。これは状態異常になっているかの判別が出来るようになっています。知らぬ間に状態異常になってたりすることが防げるので便利ですね。レベルが上がればわかる項目もさらに増えますがこればっかりは時間を懸けてレベルをあげていくしかありませんね。「弱点看破」などのスキルと合わせればそれだけで情報がかなり得られますからね。

 それにしても頭の上をくるくる回っているだけで特に何かしてくるわけでは無いのですかね? 何事も起こらなければ御の字ですけれど…。

 

 「遠視」スキルを用いて二羽のティミッドイーグルを静かに観察しているとそのうちの一羽と視線があった、ような気がした。こちらを見ている? そんな疑問を感じ、水に体を任せながら上を向いていると今度ははっきりとティミッドイーグルと目線があった。その瞬間、背筋がぞわりとした。モンスターが何を考えているかなど分らない。ましてや初めて見るモンスターのことなどまったくだ。

 ネアは悪寒をそのままに頭上を旋回しているそれらを一瞥するとひゅっと息を吸い込んでその勢いのまま、少し濁って見通しのきかない水の中へ「潜水」スキルを発揮させながら潜った。尻尾を操りながら「水泳」スキルを存分に発揮させる。そのまま、今の自分にできる最高の速度でその場から移動する。

 ネアからしてみれば空を飛ぶモンスターと一戦交えるなんてことは御免であった。水中から襲ってくるか、陸から襲ってくるならば逃げるか返り討ちにするかでまだやりようがあったが空からの敵に対抗するすべはネアは持ち合わせていなかった。ネアにできることはとにかく逃げること幸い彼らから襲ってくる前に行動がとれたのは僥倖であった。

 全速力で泳いでスタミナが切れる。へとへとになってしまい、とても潜ったままではいられなくなったネアはゆっくりと顔を持ち上げ息を吐かせるべく上を向いた。そしてそのまま驚きに目を見張った。



 「クソッ!! まだついてきますか。しつこいですね。好い加減うんざりするのですがね」

 水を掻き分け流れに逆らわないように四肢を動かして速度を稼ぐネア。

 後ろを見ることもせずに川を下る。

 鏡面のように水面へと映し出される影からそれがまだ自分のことを諦めてはいないことを感じ取った。

 先ほどからネアを追っているのは羽を広げたティミッドイーグルであった。ティミッドイーグルは水に潜行していたはずのネアを正確に捉えて追ってきたのだ。明らかに狙われていると感じたネアはその追跡から逃れるべく全速力で逃げ、それをティミッドイーグル達が追いかけている状況であった。しかし、状況としては明らかにネアに不利であった。

 岩の陰に隠れたり水の中に潜って追跡をやり過ごそうとしてもティミッドイーグル達はネアを逃すことなくその頭上にピタリとついて来る。空からの追跡に比べて追われる身であるネアのスタミナは早々に底を尽き精神的に肉体的にもじりじりと追い詰められていく。そもそも普通の人間は何かから追いかけられるといった状況には慣れていない。少し変わった性格を有しているが、どちらかというと一般人の括りであるネアもその例外ではなくティミッドイーグルとの追いかけっこは少しずつながらも確実にストレスを溜めていくことになった。


 「はぁはぁ」

 岩に寄りかかりながら荒い息を吐く。かれこれ30分以上の逃走劇は終わることなく続きネアのほうが先に根を上げる結果となった。

 全速力で泳いでために消耗した体力を回復させるべくインベントリから携帯糧食を取り出し口へと運ぶ。追いかけられていると言ってもひたすら頭の上につかれているだけでHPは全く減ってはいないがスタミナが限界らしく体がとても重かった。頭上には先ほどと変わらず怪鳥が舞っておりそれを見たネアはらしくもなく舌打ちをした。

 「まったく状態は相変わらずのウェイトのままですか。襲いもしないでただ頭の上にいられるのもなんだかバカにされている気がします。とりあえずは様子見を決め込んでいるみたいですが、何かあったら襲ってくるのでしょうかね。いやはや腹が立ちますね」

 上を見上げながらぼやくネア。30分も追いかけられ続けたためにもうどうにでもなれと言った気持ちが芽生えかけていた。ぼんやりと空を眺めながら頭上を舞うティミッドイーグルを見やる。何もしてこないティミッドイーグルたちに気を払うのもばからしくなってきたネアはそいつらのことを路傍の石か何かと考えることにした。

 しばらくそのままぼんやりしているとスタミナが回復してきたので休憩もそこそこにネアは水の中へと体を沈めていった。




 日が落ちているわけでもないのに明るかった筈の街道は暗く感じた。VRMMOという架空現実であるはずなのに獣臭い獣臭がする。

 目の前には唸り声を上げる大きな狼がいます。その周りには一回り小さな狼達が5匹ほどこちらを威嚇しています。中央にいる大きな狼の体は灰色に鈍く輝いていて他の狼達とは明らかに違って見えますね。ほかの狼は茶色っぽい体色ですし。ともかくこのいかにもリーダーのような風格の持ち主こそがボスの「オルドウルフ・コマンダー」でしょう。

 街道を道なりに歩いているとなんといいますか獣臭い感じがしてきたと思えばこいつが木立から群れで現れました。

 「構え!!」

 サクさんの掛け声とともに一斉に武器を構え私も藁人形をインベントリからショートカットコマンドで呼び出します。前衛としてみいこちゃんとあやめちゃんが後衛としてサクさんとりっちゃんさんが、それに挟まれる形で私が立っています。

 武器を構えた私達を警戒するように牙を剥くボス。お供のウルフたちがゆっくりと私たちを囲むような動きを見せます。

 「囲まれるな!!」

 一喝とともに構えたトランペットを口に当てると勇ましい音が流れ出します。「演奏家」のバフ系アーツである【行進曲】です。あやめちゃんが「投擲」スキルを乗せたナイフをウルフの一体に投げつけ、みいこちゃんが別のウルフへ走り寄りながら大上段に構えた剣を振り下ろしました。

 キャンッと悲鳴を上げるウルフを一瞥しつつ藁人形へと『停止』の指示をだし、壁にします。牙をがちがちと鳴らしながら襲い掛かるウルフへ人形の陰に隠れながら【エアシュート】を唱え、飛び掛かってきたウルフを吹き飛ばします。木に激突したままグッタリとしたそれに目を向けることなく次の呪文詠唱を開始し始めます。

 みいこちゃんがスキル『挑発』を使いながら敵を引き付け、あやめちゃんが短刀と投げナイフで相手を牽制。サクさんがバフをかけ続け、りっちゃんさんが時折「治癒」のアーツで回復させます。

 10分とかからずウルフたちは全滅しましたが、本命であるリーダーはこちらをじっと見ているだけでした。

 最後の一匹をみいこちゃんが刺し殺したとき、ボスがにたりと笑うかのように口を歪めた、ように見えました。私たちが何か思う暇もなく「オルドウルフ・コマンダー」は雑魚とは比べ物にならない速度でこちらに飛び掛かってきました。

 まだ、戦いは始まってすらいなかったのです。



 それなりに泳いできた気がしますね。相変わらず頭の上にはティミッドイーグルが陣取っていますけれどもう気にしません。襲われたらその時です。そもそも空中の敵に有効な武器なんて持っていませんからね、私。

 「遠視」を使えば、ずっと見えていた森が途切れているのが遠くのほうにあるのが分りました。どうやら、二日にわたったこの長い道のりも終わりが見えてきたという事でしょうか。海が待っていますね。

 そろそろ、テンカ達もボスと闘っている頃合いでしょうか。「オルドウルフ・コマンダー」はチュートリアルボスらしくそれなりの強さしか持っていないようですが、なかなかにいやらしいルーチンを持っているとコウショウが言っていました。集団戦に慣れていないときついぞって。

 まぁ、彼女たちのパーティーはバランスが悪いわけではないと思いますしたぶん大丈夫でしょう。ダメならレベルアップさせればいいだけですしね。

 海が近づいてきたのか潮の香りらしき匂いがしてきます。もう少し海へ近づけば汽水域に入るでしょうから少し水がしょっぱくなるでしょうね。いろいろと楽しみです。

 

 ネアが川下りを終わらせるべく泳ぎのピッチを上げたところそれまで彼の頭上を飛び回っていた反応が二つどこかへと離れていくのが分った。それまでしつこく自分を追い続けてきた狩人が今になって自分のことを諦める理由がよく分からなかったが、活動範囲外に出たからではないかと軽く考えた。

 しかし、その予想は当たりでもあり、また外れでもあったことをすぐ思い知ることになるのであった。

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