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日曜日。ログインしたときにモンスターがそばにいると困るので昨日は木の上に登ってログアウトした。一種のセーフティエリアを作り出すアイテムもあるが、かなり高額であるためにネアは購入を断念し木の上でログアウトすることにし仮のセーフティエリアとした。木に登るモンスターも居ないでもないが地を駆けるモンスターのほうが多いのは事実。絶対に遭遇しないという保証はないが、ログイン時にそうしたモンスターと鉢合わせする可能性はそう高くない為高低差の大きい森などのフィールドではよく用いられている小技のひとつであった。
目を開くと同時にぐらりと体が崩れて枝から落ちそうになる。慌てて木の枝に腕を回してバランスをとるが、枝に体をへばり付かせた若干みっともない格好になってしまう。木の上から落ちたとしても対したダメージを受けることは無いとわかっていても冷や汗がたらりと背筋を伝う。これなら普通にログアウトしたほうが安全だったんじゃないかとネアは後悔しそうになるが目を開けたらモンスターと鉢合わせするような事態は御免であったためにそういった恐怖からは目をつぶることにした。
昨日と同じ時間にログインしたので太陽が頭上に位置取っています。柔らかな陽光が気持ちいいけれど先ほどの事態のせいで冷や汗が止まらないですね。高所恐怖症ではないけれどさっきのは怖かった。ログインしたと思ったらぐらりと地面に落ちかけたのですからしょうがないと言いたいですね。これでも毎年木登りを田舎に帰るたびにしてきたので慣れていたはずなのですが…そういえば木の上で眠ったことはありませんね。これは初体験。あまり覚えたくない体験でした。このゲームだったら高いところから落ちるなんて日常茶飯の可能性がありますが。
川流れを敢行してからログイン制限時間いっぱいまで流されてきました。そのおかげか森をただ突っ切るより何倍も速く移動できています。この調子なら今日中にも汽水域に到達が出来るのではないですかね。ただ、この方法の欠点は流れていると岩やら石にぶつかって物凄い勢いで体力が減っていくことですね。おかげで結構な数のポーションが消えました。まぁ、それも上流中流までの話。今ならそこそこ下流まで来たので川幅も広くなっています。実際の河川と比べたら狭いかもしれませんが、日本の河川ならよくあること。ヨーロッパがモデルのくせして川は日本準拠かと言われないでもないですがあまり大きくなると今度はモンスターが湧くでしょうしこちらとしても戦闘を回避してダメージを最小限に抑えられるので助かります。岩にぶつかり過ぎて二、三回死にかけたのは内緒です。
緩やかな水流を体で切って泳ぐ。なるべく、水の流れに逆らわない様にしつつ水中できょろきょろとあちこちに視線をとばしながら障害物を回避していく。スタミナが切れない様に小型の魚を見つけたらそのまま齧り付きばりぼりと骨を砕きながら咀嚼する。水中で口を開くと水が水を飲みこんでしまいそうになるが少しコツを掴めば咥える位なら問題はなくなった。口に咥えたまま水面へと顔を出せば水を飲むこともなく魚を食べることが出来た。初めのうちは口に咥えると尾びれをばたつかせる魚をかみ砕くことに少し戸惑いもしたが五、六匹ほど胃に収めたあたりから特に何も感じなくなっていった。脂身が少なくサッパリとした味は田舎で食べた川魚と似たような味がして結構おいしい。それに現実の魚と違い寄生虫の心配をしなくてもいいのはとても助かる。普通の川魚では寄生虫の心配をする必要があるために一度火を通す必要があるけれど流石にゲームで寄生虫といったものまで再現はしなかったようだ。こちらとしては生食が可能になるし、いいことづくめだ。
川流れを始めてから一日と少しが経っている。それなりに下流に近づいたおかげか川の流れは比較的緩やかになっているためにこれまでのように岩へ激突する事故は発生しなくなっている。それと同時に流されるだけではなくなり「水泳」スキルがこれまで以上に発揮できるようになった。泥か何かが舞って少し水中での視界は悪かったがそれでも問題はないレベルであった。そうやってゆらゆら流されていると視界の隅にメッセージがぽつりと浮かんだ。
『これまでの経験により経験スキルとして「自己回復」が取得可能となりました。取得する場合にはマイルドスクロールが必要となります』
どうやら、新しいスキルが取得可能となって居る様だ。経験スキルは行動によって取得可能になるスキルのことを言う。経験スキルとして得られるスキル群はスキルスクロールとしても売られているスキルが多いが、一つの店で売られているスキルスクロールの種類は限られており、それを補う形で設定されている。とは言ってもマイルドスクロールというとても高価なアイテムを用いないとそのスキルは使用可能にならないこともあって個人的には微妙な感じもする。
スキル「自己回復」はもともとキャラクターが持っている自己治癒能力を高めるスキルだ。このスキルが発揮されているとスタミナを消費し続けながら自己治癒の効果を上昇させる。これ自体は戦闘にそこまで使えるスキルではないが戦闘と戦闘にの合間に使用する分にはとても使い勝手がよく取得できるのならば持っておいても損はないスキルだ。……マイルドスクロールがなければ使用できないので現時点では意味はないが。
取得可能になるにはその取得条件を満たす必要があるはずだがネアにはその取得条件がよく分からなかった。経験スキルの取得条件はいろいろと検証されてはいるみたいではあったが、ガセなども多く存在しwikiの情報も結局は虫食いだらけでとても参考になるものではなかった。「自己回復」というのだから恐らくは体力が取得の条件の一つなのであろうことは想像がつく。ネアの起こした行動で体力に関係するものは岩と激突して死にかけたのが何度か連続して起こったことぐらいである。何が取得条件を満たしたのかは分らないが、岩にぶつかって死にかけたことに意味があったのだろう。そこまで考えたが検証材料が少なかったし、本人はそういったことにまで興味がなかったためそういうものだと納得して思考を中断し、再び川の流れへと身をくゆらせていった。
すんすんと鼻を動かすと湿ったような匂いが感じられます。田舎でよく嗅いだ森の匂いです。田舎へは一年に数える程度しか行きませんが長年繰り返し帰郷していることもあるので土と草の混じりあったこの匂いを嗅ぐたびに懐かしいものを感じます。兄さんはどうも海へ行ってみたかったようですけれど私は騒々しい海辺よりも穏やかな川辺のほうが好きです。川のせせらぎを聞きながら柔らかな風を感じる。そんな緩やかな時間がとても好きだったのですが、どうも兄さんは少し違ったようですね。
今、私たちはロマの森を抜けようと街道を南の町に向けて通っている最中です。街道と言ってもちゃんと舗装された道ではなく馬車や人の足で土が踏み固められただけの道です。ところどころに飛び出している木の根っこや枝に気を付けながらゆったりと進んでいます。昨日からパーティーのみんなと一緒にのんびりと歩き続けています。少し道を外れると昨日のようにヒクイドリや森ネズミに出くわしてしまいますが、街道を歩いている分にはそれほど気にする必要はないぐらいです。昨日のヒクイドリはイレギュラーみたいなものです。昨日の一件以来なるべく街道を移動するようにするだけでぱったりと戦闘をすることが無くなりました。逆に私たちのほうから獲物に会いに脇道へ逸れる必要があったぐらいです。モンスターの肉を調理器具で加熱調理すると特殊効果はほとんど付きませんが食材アイテムに変化するので薬草や木の実を採取しながら食糧節約のためにちょくちょく狩っていました。狩った獲物そのままでは食糧にはならないので困りましたが、何故かりっちゃんさんが「解体」スキルを保持していて手際よくヒクイドリを解体していました。唖然としている私たちに向かって「これも嗜みよ」と微笑んだりっちゃんさんのことが分らなくなりました。
「それにしてもあの鳥は美味しかったですね」
そう呟くと皆さんはうんうんと頷きます。どちらかというと大人しい部類に入るあやめちゃんが頬を染めながらこくこくと頷いていることからもその味がわかるでしょう。
「ああ、あれは美味しかったね。ただ焼くだけじゃ勿体無かったかもね」
「でも、ヒクイドリって珍しいモンスターだからそれほど簡単に出会えないわよ。βの時でも倒した人って少なかったんじゃないかしら?」
首を傾げながらりっちゃんさんがそう答える。
「そんなに珍しいのですか?」
思わず聞き返す。
「ええ、NPCに聞いたこともあるけれどヒクイドリはそもそもこのあたりにはあまりいないから滅多に素材は手に入らないって。でも、火属性耐性がとても高いからβ版の時ではとても人気があったのよ。一羽分でもかなりのお金になるわよ」
その答えを聞いてサクさんの顔に笑みが浮かぶ。ヒクイドリの肉は食べてしまったが骨や皮など取れそうな部位は根こそぎりっちゃんさんが剥ぎ取ってしまった。おっとりしている風に見えてこういったことも躊躇いなくやるのがりっちゃんさんの凄いところです。それにしてもそこまでヒクイドリが珍しいとは…。お肉もおいしかったですしもう一羽出てきて欲しいですね。
「そう言えばよく「解体」スキルなんて持っていたわね。スキル枠が圧迫しなかったの?」
そう、りっちゃんさんは「占星術師」という特殊な職業だけれどまぎれもなく魔術師の区分に入ります。魔術師として魔法スキルの使用に特化する構成の場合かなりの枠を圧迫することになります。必要なものを上げると魔術の同士討ちを防ぐ「魔力制御」、MPの自然回復を助ける「魔力回復」、詠唱文言を短縮できる「短縮詠唱」などがあります。私も「短縮詠唱」と「魔力制御」のスキルなら持っています。ただ、使用スキルとしてキャラメイク時に選択取得したスキルなので種族スキルでも職業スキルでもないんですよね。おかげで私のスキル構成は魔術系のみで埋まってしまっています。一人では到底行動できないでしょう。そういったことがあるので魔法特化の構成をする人は「魔術師」の職業を取るそうです。これらの欲しいスキルが職業スキルでいくつか手に入るだとか。りっちゃんさんは「占星術師」なので私と同じく魔法系スキルが多いはずなのですけれど「解体」を取得した意味がよく分かりません。そう思って聞いてみたら、「食料の確保に役立つのよ。獲物から肉だけとれるから」と笑顔で言っていました。β版をやっていたときに解体したほうがたくさんアイテムが持てたから、だそうです。確かに死骸のままではインベントリを必ず一つずつ圧迫しますから。素材ごとに分けられたほうが結果的にインベントリに余裕が出来るのでしょう。
「ふうん。よく考えてるのね。でもあなた小学生の時、カエルの死骸みて卒倒してなかったっけ?」
「ふふふ。女の子は強くなるのよ。時とともにね」
穏やかそうな微笑みが怖いです。目が笑っていません。サクさんも表情が若干強張っています。
「そう言えば、あとどれくらいしたらボスが出てくるすか?」
そんなやり取りをしているとみいこちゃんが声を挟みました。
「ええと。確か街道をまっすぐ行って…森を抜ける手前付近で出てくるって聞いたわ」
「……狼のボス」
「オルドウルフ・コマンダーね。チュートリアルボスって扱いでそれほど強くないそうよ。今の私達でも多少手こずるかもしれないけど問題なく倒せるはずね。ただ、ウルフが取り巻きで出てくるみたいだからそこに注意ってところかしら」
サクさんが皆に言い聞かせるように話す。
「このペースならあと一時間もかからないかしらぁ。戦闘もいい具合で回避できているし万全の状態で望めそうよ。「光魔法」を使わなくてもよさそう」
りっちゃんさんが光を透かして煌めく指先を顎にあてる。身にまとったローブがはたはたとひらめいて散乱光が辺りに散らばる。サクさんも涼やかな表情を崩さず笑みを浮かべている。みいこちゃんも元気よく耳がピンと立っているしあやめちゃんも落ち着いた様子で短剣に指を這わせている。私も調子がいい。むしろこれから初めてのボス戦だということで体が軽く感じる。少し興奮しているようです。
私たちの調子がいいとなるとふと気になるのは兄さんのことです。昨日から私達とは別ルートでロマの森に入ったそうですが果たして何をするつもりなのやら。今日まで一人で行動すると言っていましたけれど今頃どこにいるのでしょうか。
ふと脳裏にそんな思考がよぎったが、それはこれから起きるであろうボス戦に気を取られて頭のどこかへ飛んで行ってしまいました。
そろそろストックが切れてきました。




