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白 桃   作者: 藍月 綾音
桃 25歳 Ⅹ
55/79

2

◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇


車に乗って約二時間半。

海沿いにある、どっしりとした門構えの宿に冬馬の車は止まった。

ところどころ休憩をはさんでくれて、今のところ私は気分が悪くなることもなく此処までやってこれた。

久しぶりのドライブは楽しかった。冬馬と思い出話をしたり、ラジオに耳を傾けたり。

冬馬といると、喋らなくても横にいるだけでホッとできるんだよね。


だけど、宿の門構えを見て冷や汗が吹き出てきた。


「とっ冬馬!!どうやって此処の予約とったのよっ!!」


そこは、隠れ宿で有名な老舗の旅館だった。

敷地が凄く広くて、その敷地の中に点々と部屋が立っている。和風のコテージと言えば分かりやすいかな?

すべての部屋から海が一望できて一部屋ごとに海が見える露天風呂があるのも有名だった。

決して安くはない高級宿なのに、予約が一年先まで埋まっていることで有名な宿なんだよね。

・・・・・・・すっごく憧れてた宿なんだけど、ここは高すぎて諦めたんだ。


「ん、此処は親父たちが常連なんだ。事務所でもよく使うから、ちょっとだけコネが効いたりする」


格好いいよっ!!三割増しだよ冬馬っ!憧れの宿に泊まれるなんて考えもしなかった。

それに、今夜は・・・・・。

駄目だ、急に恥ずかしくなってきたぞっ!!こら、生娘じゃあるまいしってどこのおばさんだよ私っ!!

完全にテンパリ始めて、一人乗り突っ込みまで始めちゃってるよ。


ふいに冬馬が私の手を握った。


「桃、顔赤くなってきた。なんの想像してるの?」


・・・・・・・口が裂けても言いません。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!冬馬っ!!凄いよっ!海が海がっ海がっ!!!」


一面の海に感嘆の声を上げる。

まるで子供に戻ったみたいに嬉しくなってきてしまった。

ここの宿は完璧に他のお客さんと会わないように設計されていて、ここの部屋に案内されるまで誰ともすれ違わなかった。

綺麗に整えられた庭の小路を通り、歴史を感じさせる佇まいの離れへと案内されてきた。

部屋は三部屋あって、和室が一部屋、板張りの床に大きなオリエンタル風のベットが置いてある部屋が一部屋。

そして、海が一望できる和室が一室。

すべての引き戸が開け放されていて、部屋に入って一番最初に飛び込んできたのが大きくどこまでも続く海だった。

仲居さんが冷たいお茶を淹れてくれて、退室した途端に私は縁側に駆け寄り、さっきの台詞を吐き出した。

海風が入ってきている事と離れの周りは緑が沢山植えられていることで、気温は高い筈なのにとても涼しく感じる。


私は目の前に広がる絶景を食い入るように見つめた。


「桃こっち、ほら、露天風呂があるよ。海が一望できる」


奥から冬馬がそういうから、そそくさと行ってみると檜で出来た大きな浴槽と、そこに広がる海が見えた。

海を遮るようなものは何もない。

ただ、見惚れるような景色が広がっている。


「・・・・・素敵」


溜息をつくようにそう言うと、そっと冬馬が後ろから抱き着いてきた。


「気に入った?」


「もちろん。すっごく素敵、ありがとう冬馬」


「どういたしまして。桃の喜ぶ顔が見れたから俺も嬉しい。後で一緒にお風呂に入ろうな」


・・・・・・・ん?んんん??

さりげなく、レベルが高い要求してきたね。


「いきなりレベル上げないでくれる?」


怒ったようにそう言うと、冬馬は腰にまわした腕に力を込めて私の肩に頬を摺り寄せた。


「なんで?全然高くないだろ?桃の裸何度も見てるし、今夜は隅々まで堪能するし。問題ないじゃん?」


すっ隅々って!


「馬鹿っ!!離れろっ!ヘタレの癖に生意気だっ!!」


恥ずかしさのあまり叫んで身をよじると冬馬は可笑しそうに笑って体を離した。

両手を挙げてホールドアップすると、まるで悪戯をした子供みたいに目を輝かせる。


「俺、いいもの持ってきてるんだ」


冬馬の頭を叩こうと手を振り上げた状態で私は動きを止めた。


「いいもの?」


とても楽しそうな冬馬に首を傾げる。あんまり私にとって良さそうなものじゃない気がするんだけど。


「うん。最終兵器。後で楽しみにしてるから」


・・・・・楽しみにしてるから?

楽しみにしていてじゃなくて?

しかも最終兵器だし。なにが兵器だよ。子供じゃあるまいし。なにを言っているかよく分からない。

さらに首を傾げると、もう大丈夫だと思ったのか、冬馬が私の腕をとった。


「せっかくだから、一部屋一部屋見てみようよ。行こう?」


そうして、私達は一部屋ずつ見て周り、自由に歩いていいといわれた離れの周りを散歩して夕飯までの間の時間をすごした。


だんだん辺りが暗くなっていくと、燃えるように赤い夕日が海へと沈んでいく。

なんとも贅沢な眺めに、隣に座る冬馬に腕を絡ませ肩に頭を預けた。


「綺麗。こんな綺麗な夕日、一生忘れないね」


「あぁ、俺今めちゃくちゃ幸せ。桃、毎年見にこよう」


「毎年?」


「そう、毎年。来年も、再来年もその先もずっと」


優しく紡がれる冬馬の声音に、私も夢を見る。

そうだね。冬馬と一緒か。

来年も、再来年もその先もずっと。


くすりと笑いが漏れた。容易く描けてしまうその夢に、隣にいるのは冬馬なのかと妙に納得してしまった。


「そうだね。ずっと毎年この夕日を見に来よう」


そう言ったのに、冬馬が何も返してこない。不思議に思って夕日から目をそらして冬馬を見上げると、不機嫌そうに眉をしかめていた。


え?なに、どうしたのよ。

私今、怒らせるようなこと言った?!言ってないよね?


慌てて冬馬の肩から頭を上げると、グイッと頭を掴まれて元通りの体制に戻されてしまった。


「冬馬、どうしたの?私なにか変なこといった?」


「なんでもない」


「えぇー、なんでもなくないよ。いきなり怒らないでよ。理由も分からなきゃどうしたらいいか分からないじゃない」


肩から見上げるように冬馬の顔を伺うと、冬馬は子供のように口を尖らせた。

そして、小さく何かを呟く。

なんでこの兄弟は、都合の悪いことになると声が小さくなるんだよ。

ちょっとイラッとして咎めようとしたら、冬馬が勢いよく私を抱きしめた。

あっけにとられたけれど、冬馬の背中に腕を回す。


怒ってはないのかな?

そう思ったら、冬馬がとんでもないことを口走った。


「桃は察するって事が出来なさ過ぎる!!いいよ、もう。俺が悪かった」


察するってなによ。


「ちょっと、聞き捨てならないっ!!なによその、察するって意味分からないし、冬馬のほうがよっぽど空気読めないじゃんっ!会社で手を繋ごうとするし、キスしようとするし、どこが空気読めてるのよっ!!」


あぁ、もうっ!さっきまでのいい雰囲気が台無しだ。なによ、コレっ!!喧嘩なんかしたくないのに。


「っっそれは、話が違うだろっ。しょうがないんだよ。桃が可愛いんだからっ」


・・・・・・・くらっと眩暈がする。全然しょうがなくないからそれ。ホントに馬鹿なんだから。


あれ?あららら、ホントに眩暈がしてるかも。


「だいたい、桃は・・・・・桃?おいっ、大丈夫か?」


くったりと冬馬に全体重をかけてしまう。うわぁ、気持ち悪いよぉ。

最近あんまり食べてないから貧血だこりゃ。


「大丈夫。ただの貧血だから、ごめん。少し横になっていい?」


「当たり前だろ。ほら、連れてってやるから。まだ、少し時間があるから少し眠れよ」


私を抱き上げて、ベットにゆっくりと降ろしてくれる。

最後に額に小さくキスを落とすとベットに腰掛けてゆっくりと私の頭を撫でてくれていた。

その大きな手に安心しながら、少し笑いが漏れる。

喧嘩はドコ行っちゃったんだろ。

心配そうに私を覗きこむ冬馬に、心の奥がじんわりと暖かくなった。


そうして、そっと目を閉じた。


軽く体を揺すられて、目が覚めた。見知らぬ部屋に一瞬ドキリとして、そうだ旅行に来たんだと思い出した。重い体を無理矢理起こす。


「大丈夫か?夕飯たべられる?」


心配そうな冬馬の表情に、心配かけちゃ駄目じゃんと思う。せっかくの旅行を台無しにしちゃうよ。


「ん、ゴメン一人にして。もう大丈夫だから」


「別に、桃の寝顔見てたから退屈しなかったし」


……………恥ずかし過ぎる。


「なに勝手に人寝顔眺めてるのよ!!私の寝顔は有料だからねっ!」


あまりの恥ずかしさに、そう言うとさっと冬馬がキスをする。止める間も無かった。


「じゃ、代金コレで。減る物じゃないんだからおおめに見ろよ」


最近、冬馬に敵わないよなぁ。いつもニコニコして私が怒ったってキスとかで誤魔化すんだから。そう、絶対誤魔化してるんだよなぁ。


「ほら、仲居さんが待ってるから」


今度は額にキスを落とすと、冬馬は立ち上がった。

私もベットから抜け出して、冬馬に続いて和室へと向かう。

既に机の上に所狭しと、豪勢な食事が並べられていた。

座椅子に腰掛けると、襖がスッと開いて着物姿の年配の仲居さんが一人鍋を持って入ってきた。

笑顔で会釈するとてきぱきと鍋をセットし、火をつけてくれた。


「お飲み物はいかがいたしますか?」


そう、冬馬に聞いている。


「桃は?ビール?それとも日本酒にする?」


「今日は調子があまり良くないから、お酒はやめておくよ」


体調があまり良くないし、美味しそうな食事が食べれるかも怪しかった。


普段なら、絶対っ残さず食べるのにっ!!新鮮そうなお刺身やら、煮付けとか天ぷらとかっお鍋とかっ!!

私、食べるの大好きなのにっ!


そう思って料理を眺めていると、仲居さんが部屋を出て行ってしまった。


「あれ?冬馬、お酒頼まないの?」


首を傾げると、いつもの優しい笑みを浮かべた。


「いいよ。今日は勿体ないからやめておく。せっかく桃と二人きりだしね」


その意味をなんとなく理解して、頬が赤くなるのが分かった。

張り切り過ぎだよ、馬鹿。


「さっ、食べよう」


そう、誤魔化すように冬馬が言ったので早速お箸をもって手を合わせる。

自分で言ってて恥ずかしくなったに違いないと私は心の中で笑ってしまった。


まぁ、ね。心は冬馬とそーゆー関係になりたいと思っていても、仕事やら、邪魔が入ったりでなかなか進展しなかったから。


冬馬が今日こそはと、気合が入る気持ちも分からなくはない。そんな様子も分かりやすくて可愛いしね。

少し、私が本調子じゃないんだけどさ。今日ばかりはそんな事いったら冬馬が立ち直れなくなりそうだよね。

けれど、やっぱり箸が進まずすぐにペースが落ちてしまい、なんとか食べやすい、おひたしやら、酢の物やら、漬物やらを細々と食べる。


すると、急に冬馬が目を見開いた。


「桃、お前っ!!」


その勢いに、びっくりしながら冬馬を見ると、本当に驚いたように私の手元を凝視している。


え?なに?


「好き嫌い撲滅キャンペーンして、余計に嫌いになったんじゃなかったのか?」


私は自分の手の中には酢の物の小鉢がある。冬馬はコレを見てたのか。


「なんだか最近急に食べれるようになったんだよね。めちゃめちゃ嫌いだったんだけど、胸焼けが酷い時にはこのさっぱり感が丁度いいみたい」


私は酢が大嫌いだったからね。果物の酸っぱさは平気なんだけど、酢の喉が熱くなる感覚が駄目だったんだ。


「へぇ、昔は全く食べられなかったのにそんな事あるんだな」


冬馬は感心したように頷くと、私に酢の物の小鉢を差し出した。


「あんまり食が進まないみたいだからこれ食べていいよ。お浸しも食べる?」


ありがたく受け取って、お浸しも貰ってしまった。


「ありがとう。さっぱりした物がいいんだ。あんまり食べられないから冬馬が好きなものなんでも食べてよ」


「桃が食べられるだけ食べて、余ったら貰うから、少し無理してでも食べろよ」


心配気に私を見る冬馬に、私は微笑んでみせた。気持ちが嬉しかったから。


「うん。ありがとう。美味しいよ?」


結局、私は新鮮なお刺身も、お鍋も、天ぷらも、一口づつしか食べれなかった。

悔しいけれど、食べれないものはしょうがない。

気持ち悪いくせに目が欲しがるんだよねぇ。


あぁ、食べたい。

早く治して、食べれるようにならなきゃなぁ。


「それだけ食べたそうだと、かえって可哀想だよな。ごめんな、具合が良くないのに連れてきて」


冬馬に申し訳ないと思いつつ、首を振った。


「そんな事ないよ。憧れの宿に泊まれてすっごく幸せなの。ありがとう冬馬」


微笑みあいながら、やっぱり冬馬が好きだと改めて思った。



◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇

あぁ、気持ちいい。

うっとりと私は目を細めた。

食事を終えて、私は露天風呂に浸かっていた。

お湯がトロリとしていて、肌がツルツルになりそうな気がする。

海岸沿いにいつの間にか松明が燃やされ、目の前に幻想的な風景が広がっていた。夜の海を赤い炎がゆらゆらと照らし、遠い地平線には、漁り火が浮かび上がっている。

波の音に耳をすませながら、贅沢すぎる景色に感嘆のため息をもらした。


なんだか、このところの疲れがゆっくりとお湯に溶けていく気がする。

やっぱり冬馬に感謝だよ。


さてと、あんまりゆっくりして湯中りを起こしても迷惑かけるからもうそろそろ上がらなきゃ。

全く、冬馬の馬鹿が一緒に入ると言い張るから、後から入ってきたら今夜別々に寝ると脅してお湯に浸かったんだけど何となく落ち着かない。

原因はあの、捨てられた子犬のような目なんだけどね。


あぁ、緊張してきた。

どうしよう。

冬馬と……………って恥ずかし過ぎるんだよ!!

普段は考えないようにしてるけど、冬馬は私の初恋の相手なんだよね。

初恋で初失恋の相手と、こうして一緒にいるってなんだか不思議だ。

終わったはずの恋が目を覚まして花開くようにほころんでいく。

最初に再会した時は、まずいとしか思わなかったのに。


よしっ、緊張とか言ってられないからねっ!ファイトッ自分っ!!


パンと両頬を叩いて気合を入れると私は露天風呂を後にした。


その時はまさか、冬馬の言う最終兵器がアレだとは想像すらしていなかった。


読んで頂きありがとうございます。

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