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うん、最終兵器だね、確かに。
入れ違いにお風呂に入りに行った冬馬を待つはずが、落ち着かなくて部屋をうろうろしてしまう。
なんだか、緊張しすぎてこんなんだったらお酒飲むんだったと後悔してしまう。
お酒の勢いが欲しいっ!!
少し頭がボゥってするくらいが丁度いいのかも。
私、拓海以外の人知らないしっ!!
うわっ、やっぱ駄目だ。
拓海の顔がちらついて、大きく溜息をついた。
別れたと思ったら、毎日のようにテレビや、雑誌や広告で顔を眺めるようになってしまった。
テレビの中の拓海は私の知らない拓海で、日がたつ程やつれていくのが分かった。仕事が忙しくて充分体を休めていないのかも知れない。
そう思っても、もう私が出来ることはなくて。一緒に暮らした日々が情に変わっていることに気づいたんだ。
恋人としての好きはもうないのに、あんな事されたのにふいに心配になるんだ。
これは多分情というものなんだろうと思う。時間がたてば拓海を憎みきれない自分がいる。
かといって、よりを戻す事はないけれど。
立ち止まって部屋の中から、暗い海を眺める。
拓海と付き合っていた、三年間、いつでもどこでも拓海の事を考えていて未だにその癖が抜けない。
近頃ようやく、冬馬の事を考える時間のほうが長くなったのだけど。
ちょっと暗い気持ちになったから持ち直そうともう一度気合を入れようとしたら冬馬の気配が後ろでする。
もう出たの?
後ろを振り返って、私はそのまま壁に背中を貼り付けた。
何してくれちゃってんのっ?!
一気に熱が頬に集まった。
しっとりと髪が濡れていて、お風呂上りだから頬がほんのり上気している。浴衣が上手く着れなかったのか前がはだけて鎖骨があらわになっていた。
ゴクリと自分が唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。
それだけでも色っぽくて、目のやり場に困るのに・・・・・。
困るのにっ!!
口元を吊り上げて、流し目を送る冬馬の顔には、眼鏡がかけられていた。
駄目っ!!無理っ!!私の馬鹿っ!!
冬馬が眼鏡をかけたら反則なんだってっ!!
テンパリすぎて、挙動不審になるでしょっ!!
しかも、濡れ髪っ鎖骨っ眼鏡っ!!
私のツボ三点セットが、惜しげもなく披露されている。
頭に血が昇って、声がでないよ。
最終兵器ってこれかよっ!
いつもは私の前で眼鏡かけないのにっ!!
いや、もう、ホント眼鏡をかけた冬馬はドストライク過ぎて返ってなんにも反応できなくなるんだよ。
憧れの芸能人に会いました的な。
かっこよすぎるっ!!
色気ありすぎるっ!!
お姉さんたまりませんっ!!
一歩前に冬馬がでるから、後ずさりしようかと思ったら背中に壁がある。
仕方ないからじりじりと横移動するとすぐに部屋の隅にぶち当たってしまった。
心臓が五月蝿いくらいに、大きく速く鼓動を打ち始める。
「やっぱり、桃の眼鏡フェチ度はすごいよね?」
蕩けそうな笑顔を浮かべて、また一歩冬馬が歩みを進めた。
「顔が真っ赤。桃は俺より眼鏡が好き?」
あぁ、強気な冬馬が目の前に迫ってきてしまった。
そんな事言われたって。
心臓が五月蝿すぎてなにも考えられない。
魅入られたように、冬馬を見つめるだけだ。
くすりと私の頬に手をあてながら冬馬が妖しく笑った。
「どんな顔してるか、自覚ある?」
・・・・・・きっと馬鹿みたいに惚けているに違いない。
「だって、冬馬が冬馬じゃないみたい・・・・」
「もう一度、桃のその顔がみたかったんだ。脳みそ溶けてそうなその顔」
溶けてるかも。
眼鏡が好きっていっても、誰にでもこうなるわけじゃない。
でも冬馬の眼鏡は魔力のように私をおかしくさせる。フェチってこうゆもの?
目が離せないし、近づかれたら体が動かなくなってしまう。
冬馬の濡れ髪から雫がぽたりと落ちた。
眼鏡の奥の冬馬の瞳がスッと細められて顔が近づく。
もっと奥に揺らめいている熱に、体の奥が刺激されて一気に全身に熱が駆け巡る。
冬馬の唇を受け入れながら、私は心に刻んだ。
冬馬の眼鏡、要注意。
なにも抵抗できなくなるし、一気に熱が立ち上る。
「桃、桃が好きだ」
さっきまでの余裕のある声じゃなくて、掠れて途切れたように呟く冬馬に胸が締め付けられた。
激しく繰り返される冬馬のキスにどんどん足の力が入らなくなってしまって私は壁に背中を預けて床へと座りこんでしまう。
私の両頬に手をあてた冬馬は、キスを止めずに屈んでいく。
いつもより情熱的で強引なキスに体が痺れていった。
唇が離れると名残惜しいような、寂しいような感覚に襲われる。
吐息が自分の口から漏れ、羞恥にさらに頬が熱くなった。
「なんか、眼鏡してキスってもっと眼鏡が邪魔になるかと思ったけど結構イケルんだな」
自分の唇をペロリと舐めながら冬馬が呟く。
何を悠長な事言ってるんだよ。私それどころじゃないのにっ!!
何度もキスしてるのに、今日の冬馬はおかしい。いや、おかしいのは私かな。
緊張と、眼鏡とで頭がおかしくなってるんだ。
冬馬が欲しいって思ってる。
もっとって思ってる。
やめないでって思ってる。
冬馬の浴衣を握って引き寄せて自分からキスをけしかける。
最初は驚いて戸惑っていたのを感じたけれど、すぐに深いキスになって私の腰を引き寄せた。
冬馬のキスはいつでも優しくて私を安心させてくれる。
何度も何度も角度を変えて繰り返すキスに溺れて、縋って、冬馬の手に指に口にすべてを委ねて。
「・・・・・・・ごめん桃、俺加減がきかない」
そんな事を囁きながらも冬馬の手はドコまでも優しくて。
もうこの手を離したくない。
強く想いながら、一生忘れる事のない夜を冬馬と過ごしたんだ。
◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇
・・・・・・・・・いたしてしまった。
障子を通して柔らかい光が、部屋を照らしている。
目が覚めた私の感想がそれ。
昨夜のことなど思い返したら憤死する。やめておけ、やめておくんだ自分。
いや、なんだアレ?なんだったんだいったい。
自分が自分じゃないみたいで、まるで何かから解放されたような爽快感があるんだけど。
新たなる自分発見。
いや、だから思い返すなって。
両手で顔を隠して、もんもんとしていると腰にまわった冬馬の腕に力はいって冬馬が起きたことが分かった。
「おはよ、桃」
「ん、はよ」
体制をずらして、冬馬は私を後ろから両腕で抱きしめた。
「桃が俺の腕の中にいるって夢みたいだ。桃?どうしたんだよ」
そんな事言われたら、余計に恥ずかしいじゃないかっ。
「恥ずかしいの。しばらくほっといて」
「なにを今更。思いのほか大胆だったけど?恥ずかしいとか同じ桃の台詞とは思えない」
だっ大胆ってっ!!
「えっ?ええ?大胆って!!アレ?私普通じゃないの?!」
焦って、冬馬を振り返ろうとしたら腕に力が込められて動けなくなってしまった。
「今更だけど、悔しいな。俺が桃の最初の相手だったら良かったのに。てか、俺的にはオッケーだけどびっくりはするかな?」
たーくーみーっ!!人がなにも知らないと思ってっ!!
てかっ、どれだっ!!どれがびっくりなんだっ!やだっ勘弁してよ。私のイメージ大崩壊?!ってこと?
だって、拓海がアレしろコレしろって。
そんでもって、あんなことやこんなことしたら気持ちいいからしてってっっ!!
普通ってなに?!
びくっりって、どうして?!
聞きたいけど、聞けない。
なんか聞いたら立ち直れない気がする。
「まぁ、桃のファーストキスは貰ったってことで納得するしかないよなぁ」
首筋に頬を摺り寄せながら、冬馬が呟く。
驚いて、私は身を起こそうとして冬馬の頭と思いっきりぶつかった。
「・・・・・・・ってぇ」
「・・・・・・・痛い・・・ってそんな事言ってる場合じゃないっ!!ファーストキスって、私、冬馬とキスした事ないよね?」
起き上がって、冬馬を見下ろすとしまったと目をそらした。
「ん?ん~。・・・・・・・うん?」
「なにその疑問系っ!どーゆー事?!」
睨みつけると、今度はへらっと笑って私の腰に腕を巻きつけた。
「もう時効な?お袋達と京都に旅行いっただろ?あの時寝てる桃があんまりにも可愛かったからさ」
可愛かったって!寝込み襲っちゃ駄目でしょう?!
「だから桃のファーストキスは俺が貰ってる」
馬鹿っ!と叫ぼうと思ったのにすかさず冬馬は私を引き倒して覆いかぶさってきた。
言葉は冬馬の唇に閉じ込められてしまう。
そして、唇をなぞるように親指が触れる。
「ん、やっぱりいいね。明るいトコで桃の乱れたトコみたいな」
どうやら、最近の冬馬は強引になってきてる気がする。
時々勝ち誇ったような、満足そうな笑みを浮かべるんだよ。
今もそう、私を見下ろしながらそれはソレは嬉しそうに勝ち誇った笑みを浮かべている。
「いやだよ。なにが普通か知らないもん」
びっくりするとか言われたら、どうしたらいいのか分からない。拗ねたように布団にくるまろうとした。
けれど、覆いかぶさる冬馬が許してはくれない。
両手に冬馬の片手が絡みついてきて、布団に縫い付けられてしまう。
結構力を入れているのに、頭の上で押さえつけられている両腕はビクともしない。
冬馬の力が強い事に驚いた。
やっぱり、ヘタレって言ってもちゃんとした男の人なんだからあたり前なんだけど。
悪戯する子供のように、目を輝かせて私の肌に手を滑らせる。
震える私の体に、さらに満足そうに目を細めた。
「だから、俺的にオッケーだって言っただろ」
もう、その声には艶が混じっていて冬馬が何をしたいのかは明らかだった。
滑らす手は、的確に私の弱いところを掠めていく。
たった一晩で、まるで何年も前からこうしていたような感覚になってしまっている。
冬馬の手を感じて、甘い吐息を漏らしながら、私はこの後すぐに迫ってきていた悪意の事を忘れたふりをしていた。
なにも解決していない。
悪意も、拓海の事も。
そんな風に思ってもいなかった。
そう、終わったと信じていたかっただけだったんだ。
◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇
二日目の朝、爆弾発言をしてくれちゃった仲居さんの目の前で私は固まってしまっていた。
・・・・・・・すいません。もう一度。
りぴーとあふたーみー
片言英語が脳内に甦る。
だって、今、なんて言った?
あんまりも調子が悪くて我慢できそうにないからフロントに胃腸薬を譲って貰えないか聞きにきたんだ。
そうしたら、部屋付きの仲居さんが呼ばれて私に向って・・・・・・今、何ていった?
「あらあらあら。まぁぁぁぁ、いやだわ。お客様のことに口を出すべきではないのは分かっているんですよ。けれど、どうしてもお節介の虫が騒ぎまして」
うん、それでなんだって?
驚く私に仲居さんは労わるような視線を投げかけてくる。
「気づいてらっしゃらなかったんですね。大きなお世話ですけど、お客様恐らくおめでたではないかと。ですから、念のために薬は止めておいたほうがよろしかと存じます」
・・・・・・・・・・おめでたって?
おめでた?
赤ちゃんって事だよね。
だってちゃんと避妊してた筈。
とソコまでボンヤリと考えて、稲妻の様に閃きが襲った。
あの日だ。あの日はそんな事気にするような状態じゃなかった。
拓海はいつも気をつけていたけれど、あの日は感情をぶつけられていただけだから。
・・・・・・そんな馬鹿な。
ぐるぐると嘘だという想いと、確かめなきゃという思いが頭の中をまわり始める。
「私が妊娠した時と同じような状態ではないかと感じました。よろしければコレを。サービスですから」
ボンヤリと受け取ったのは、炭酸飲料だった。
「私はこれで悪阻がスッキリして少し収まりました。良かったら試して下さい。薬を飲む前に病院に行かれたほうがよろしいですよ」
後半の仲居さん言葉は耳に入っていなかった。
拓海と私の?
今更どーしろっていうんだ!
それからの事はあまり覚えていない。
気づいたら自分のマンションの前だった。冬馬が心配そうに私を見ている。
「具合がだいぶ悪そうだけど、大丈夫か?ほとんど上の空だったろ」
「えっ?あっ、うん大丈夫。ごめん冬馬。あんまり調子が良くなくてさ。今日はゆっくり寝るよ」
頭の中は妊娠検査薬のことばかりだった。
普段から不定期だから、妊娠なんて想像すらしていなかった。また、遅れてるんだろうくらいで。
「おいっ!桃ってば。本当に大丈夫か?俺のマンションに泊りに来たほうがいいんじゃないか?」
冬馬の?イヤ冬馬の部屋になんか行ったら妊娠検査できないじゃんっ!!
「ううん。今日は帰るよ。どうせ明日も休みなんだから明日冬馬のマンションに行くから」
慌てて鞄を掴んで車を降りようとすると冬馬が運転席から私の腕を掴んで引き寄せられた。
冬馬に抱き締められる。
「離れたくないんだけど。休みの間はずっと一緒にいる予定だったのは俺だけ?」
……………そりゃぁね。
この件がなけりゃ私だって。
そっと冬馬の胸を押し返す。
「ごめん。今日は本当に具合が悪いの。また明日ね」
両頬を包んでそっと冬馬にキスをした。まいったな、子供が出来てたら冬馬と別れなきゃいけない。
こんなのナイよ。
そして痛み始めた胸を冬馬に気付かれないように無理矢理笑って車を降りた。
読んで頂きありがとうございます。




