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火曜日のお昼休みになると同時に、美鈴が輝く笑顔を浮かべて私の腕をまるで逃がさないとでも言うように掴んだ。
「んふふふふ。さくちゃん先輩逃がしませんよ」
……………やっぱり逃がさないつもりだったのか。
うん、言いたいことは分かってる。
説明しなきゃとも思ってるから、その笑顔やめて。
「風間さんとなにがあったんですかぁ?すっごく怪しいですよぅ」
そうだよね。朝から冬馬の顔が緩みっぱなしだもんね。
結局私は昨日会社に来れなかった。頬の腫れがひかずに、痛みもあってあげくに熱をだしたんだ。
貴重な有給を使ってしまった。
私はベットの中でまゆちゃんと『S』の記者会見を見ることになった。
緊張をしている、メンバーを眺めながら暗い顔をする拓海に胸が締め付けられたけれど、だからといって好きだとか怖いとか強い感情は浮かんで来なかった。
画面の中の人になってしまったんだとふいに思う。
少しだけ、自棄になってる気がするけれど冬馬と付き合う事にしたし。
だって、分かってしまったから。
今も昔も冬馬に対する想いは変わらない。拓海といても冬馬ならと思ってしまう事が沢山あった。
落ちんでいても、傷ついていても拓海ともう駄目だと言うことは変わらない。
自分に対してどちらかというと、腹がたつ。
泣いて、慰めてもらってまた泣いて。
私はそんなに弱くない筈だ。
そんな自分は嫌だ。そんな事しているよりも、より明るい未来に向かって気持ちを切り替えたい。
拓海と過ごした日々を思い出に変えてしまいたかった。
冬馬がいてくれて良かった。
本当に感謝しているし、私を想ってくれている。その優しさに応えようと思う。
まぁ今、ちょっと頭のネジが緩んでるみたいで心配だけど。
「さくちゃん先輩っ!!早く白状してください!」
そんな事を考えているうちに、いつもの定食屋に連れていかれ美鈴につめよられていた。
「なにがって、ただ拓海と別れて冬馬と付き合う事にしただけ」
何秒か黙った後に、美鈴はコップに入っていた水を一気に飲み干した。
「なんでそうなるんですかぁ?!美鈴としては、風間さんおすすめですけどぅ。さくちゃん先輩、拓海さんが浮気しても好きだって言ってたじゃないですかぁ!!一体どうしちゃったんですか?」
美鈴に隠し事はしないことにしたから、正直にこのたった二日間の出来事をかいつまんで話した。
話がゆいちゃんと浮気したところまで話すとボキッと音がする。
何事かと美鈴を見ると、割りばしを握りしめて折ってしまっていた。
「み、美鈴?」
「お気になさらずに、続きをどうぞ?」
いや、気になるよ?めっちゃ気になるから!!
それじゃ、御飯食べられないじゃん。
気になりつつも、魚焼き定食を頂きながら続きを話す。
美鈴の顔色がどんどん悪くなり、唇がワナワナと震え出した。
あちゃ、御飯食べながらする話じゃなかったか。今さら反省しても遅いけど。
「さくちゃん先輩が、どれだけ拓海さんのことを好きなのか分からないんですかね!!そのゆいって人も、許せませんっ!!そうだ、拓海さんの事は社会的に抹殺でどうですか??」
どうですかって駄目だから!
せっかくメジャーデビューしてこれからなんだから。
「怒ってくれる気持ちだけ受け取っておく。ありがとう。拓海には『S』で成功してほしいからいいんだ」
美鈴だったらネットでなんでも出来そうで、怖い。
「えー人がいいですよぅ。美鈴にいってくれれば拓海さんの抹殺ぐらい簡単なのにぃー」
簡単なんだ………。それは、それですごいけど。
「そうだ美鈴、余計なこと言わないでよ?冬馬と付き合ってるなんて知られたら秘書課とか受付嬢とか怖いからさ」
いまだに何かと用事をつくって、冬馬に粉かけようとしてるからね。
この間なんか、ロッカーに悪戯されてたしなぁ。
絶対に顔しか見てないんだよ。あんなにヘタレなのに。
「あぁ、美鈴が話さなくても速攻で広がりますよぅ。風間さんがさくちゃん先輩にデレデレですもん」
新しく箸をもらって、美鈴は里芋の煮付けを口に運ぶ。
……………やっぱり分かりやすかったか。
会社では一応我慢してるみたいだけど、バカみたいに引っ付いてるしなぁ。
ちゃんとするように言っておかないと。
美鈴に報告も済ませたし気分的に楽になった私は午後に溜まった仕事を片付ける為に気合いを入れた。
◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇
『S』は信じられないほどヒットしていた。
やっぱりうちの会社のCMが良かったらしく、会社も商品の売れ行きが半端ないと嬉しい悲鳴をあげている。
格好良かったもんなぁ。CDが売れないと言われているこの時代に2位を大きく引き離して1位を連続六週間キープしていた。
私といえば、引っ越しも済ませ新しい生活を始めていた。
冬馬は気を抜くとどこまでも私を甘やかすから、私は怒ってばかりだ。
けれど、自分を飾らなくていいと言うことは幸せだった。
「なぁ、桃。明日からの夏休み温泉行こう」
自分の部屋で夕飯を片付けていると、ソファーでくつろいでいた冬馬が声をかけてきた。
「温泉?!なに馬鹿言ってるのよ。今から予約なんてとれるわけないじゃない」
それに、夏休み温泉に泊まりに行くことを約束したのは冬馬じゃなかった。
大部薄れた筈の痛みがチクリと胸をさす。気にしちゃいけない。忘れるんだ。
私はそう、言い聞かせながらタオルで手を拭いた。
「実はとっくに予約してあったりする」
楽しそうに言う冬馬に驚いた。私に黙ってそんな事したの?
「明日から二泊、隠れ宿だからゆっくりできるよ」
私に手招きをするから近づくと、引き寄せられて座らせられる。
後ろから抱きしめられながら、冬馬に体重をあずけた。
「最近、調子が悪そうだし二人でのんびりしようよ」
バレてたか。
最近胸焼けがひどくて、酷い時には匂いだけで吐き気が込み上げてくる。
実際、吐いてしまう回数も多くて少し辛くなっていた。
休み中に治らないようなら、病院にいって薬を貰ってこようと思っていたところだった。
温泉かぁ。お湯にゆっくりつかれば、気分転換にもなるしいいかも知れない。
だけど、冬馬には一言いわなきゃ気がすまない。
「冬馬、いくらなんでも明日は急過ぎるからねっ!!支度なんにもしてないし、どうせ温泉いくなら色々新調したかったのに!!」
体をひねって顔を見ながら言えば、緩みきった頬をさらに緩ませ私の腰にまわした手に力を込める。
「ん?下着とかって事?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・殺す。
なんか、すっごいっ下心が透けすぎなんだけど!!
睨みつけたってどこ吹く風な冬馬は、私の肩に顎を乗せた。
「だってさ、この家も俺の家も邪魔がはいりすぎなんだよ。俺もう我慢の限界」
確かに。付き合うってなってから夜になると何かしら邪魔が入ってゆっくり二人でって事にならず、今だキス止まりなんだよね。
何度か途中までってのは、あったんだけど、だいたい秋也が邪魔しにきて未遂に終わっていた。
秋也って、オリコン一位の超がつく忙しさの芸能人じゃなかったっけ?って感じだ。
まぁ、どうも『S』に一位を奪われ傷心みたいだから無下にも出来なかったんだけど。
流石にこうも続くと、冬馬に申し訳なってくる。いや、最初の方で何度か拒んじゃったからさ。
「桃とこうしてるだけで俺は幸せなんだけど、もっと幸せになりたい」
ちょっと熱っぽく囁かれて、一気に体中に熱が回る。
私だって、もう嫌じゃなくなっている。というよりもっと冬馬と近づきたい、そう思っているから。
いくら、昔から知っている相手といえど密着していたら胸が高鳴る。
冬馬の息遣いや、匂い、体温に眩暈がしそうだ。
「桃、好きだよ」
耳元でそう囁いて首筋にキスを落とす。
たったそれだけで、体が震えてしまう。溜まった熱が冬馬にもっと熱くさせられてしまって。
腰に回った冬馬の手をギュッと握って熱を逃すように微かに息を吐き出す。
冬馬は、毎日繰りかえし私に好きだと言ってくれる。
その優しい声音が好き。
壊れ物を扱うみたいに私に触れる大きな手が好き。
私に笑いかける笑顔が好き。
優しい眼差しが好き。
冬馬が私に好きだというたびに、私の中で好きが大きくなっていく。
七年間ずっと忘れる事のなかった想いが形を変えて大きくなって溢れていく。
「桃、いい?」
少し掠れた声で、私の首筋にキスを落としながらそう言うと、冬馬の指が重ねた私の手に絡んでくる。
「そーゆーことは確認しないの」
甘えるように私が言うと、一度絡まった指が離れると私の顎を後ろにむけさせ、冬馬の柔らかい唇が重なった。
明日の支度は、起きてからでいいか。
体をひねって冬馬に首に腕を回した。
ピーンポーン。
・・・・・・・・・冬馬が舌を差し入れる。
ピピピピピピンポーン
ピピピピピピピピピピンポーン
とうとう、冬馬の動きも私の動きも止まった。
しつこいっ!!今日は誰だっ!!
渋々大きな溜息をつきながらインターホンに出れば、画面に映るのは怪しい男だった。
「すいませーん。○×新聞です。今月だけでいいからとってくださいよぉ」
新聞の勧誘があんなチャイムの押しかたするなよっ!!
「新聞は読みませんので、お断りします」
そう言って切ろうとすると、相手は慌てたように言った。
「ここのマンションの方は皆○×新聞なんですよ。とってないのはお宅、えーと、桜田さんのお宅だけなんですよ。この間引っ越してきたばかりでしょ?御願いしますよぅ。皆と同じ○×新聞にしましょうよぅ」
サングラスかけて、ひげも剃らないで営業が勤まるかっ!
「いりませんっ!!失礼します」
ブチンとインターホンを切ってしまった。
最初にいらないって言ったのに!!シツコイんだからっ。
腹がたって勢いよく振り向くと、真剣な顔をした冬馬が何かを考えるように顎に手をあてて立っていた。
しばらく無言でいたけれど、ポツリと私に問いかけた。
「なぁ、表札だしてないよな?」
・・・・・・・・そうだ、表札は出してないんだ。誰に嫌がらせされているのかも分からないから郵便物は私書箱を借りていて会社帰りに取りにいっている。
だから表札は必要がない。
何故、今の○×新聞の営業は私の名字を知っていたんだろう。
ゾクッと悪寒が走る。
冬馬がはっとして、私を引き寄せた。
「ごめん。変なこといった。大丈夫だよ、俺がついてるから。桃は余計な心配をしなくていいんだ。ほら、明日の旅行の準備をしよう」
誤魔化すように冬馬は慌てて、笑顔を浮かべて私の手を握る。
私は無意識に、強く握りかえしていた。
◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇
次の日は朝から快晴で、結局あれからすぐに自分の家に帰った冬馬は朝早くに車で私のマンションに迎えにきてくれた。
あまりの暑さに、キャミソールとサブリナパンツにした私を一瞬眩しそうに眺めた後に、冬馬が口を曲げる。
「そんな格好じゃ、余計に具合が悪くなるだろ。ちゃんと袖のあるものにしろよ」
「えー、暑いから嫌だよ」
「そんな下着みたいな格好で歩いたら駄目。風邪引いたら困るし、他の男に見られるのも嫌だ」
しまった、不意打ちだった。
露出が多い服装を拓海にとがめられたことはなかった。
そういえば、高校の時も冬馬は嫌がったかも。
変な独占欲に思わず笑いが漏れる。でも嬉しいかな。
しょうがない、ここは冬馬の言うとおりにしておこう。
私は一旦部屋に戻って、花柄の半袖シャツに袖を通す。
さっ、これで文句はないだろ。
出掛けようと、さっきつけ忘れた香水を手にとる。
持っただけで香りが鼻をかすめ、すぐに吐き気がせりあがってきてしまった。
不味い。
これは来た。
慌ててトイレに駆け込むと、無理やり摂取した朝ごはんがすべて吐き出されてしまった。
・・・・・最低。やっぱ、帰ってきたら病院行こう。
下で待たせている冬馬に心配かけるのも嫌だから、もう一度歯磨きをして口をゆすぐ。
最近、吐く回数が増えている。胃潰瘍だったりして。そのわりにキリキリと痛まないんだけど。
そんな事を思いながら口紅を引きなおしてから家を出た。
読んで頂きありがとうございます。




