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白 桃   作者: 藍月 綾音
桃 22歳
31/79

背伸びをして大きく息を吸うと、冷たい風が肺に吸い込まれ、頭がシャキンと冴えるような気がする。

リクルートスーツに身を包み、真昼間の公園でサンドイッチをほおばっていると少し目立つ。

もう、一時を過ぎていて会社員の人たちは会社に戻っている時間だから。

公園にはのんびりと散歩をする老夫婦やベビーカーに子供を乗せた若いお母さん達が多い。

気分が少し沈みがちだったから、気分転換に公園でお昼をと思ったんだけどスーツは思いのほか目立つから、道行く人は怪訝な顔でちらりと私を見て足早に通りすぎていった。


あぁ、スーツだからじゃなくて、私が落ち込んだ顔してるからかも。


記念すべき四十社目の面接が終り、あまりの手ごたえのなさに溜息しかでてこない。

就職氷河期って抜けたっていってなかったけ?若者を就職させろやこら。

不採用通知が届くたびに、最初は次があるなんて前向きだったのに、今では自分が全否定されていらない人間だという思いが強くなっていた。

不採用だといわれるたびに私の中の自信とか、希望とかそういうものが一つ一つ消えていく。

それでも、就職をしなければ生活が今よりもっとつらくなる事が分かっていた。

もそもそとサンドイッチを再度口にいれながら、目の前に広がる長閑な風景にここが都心だという事を忘れそうになる。


大学に入ってから、あまりに忙しくて実家に一度も帰っていなかった。

また今度、また今度と先延ばしにしているのには、理由があって。

まぁ、万が一冬馬に会いたくないというか。

ホント、未練たらしくて嫌になる。

道すがらバッタリ会っちゃいました、なんて事があったら絶対に嫌だった。

あれこれ、理由をつけては実家に帰っていなくて気づけば3年経ってしまった。

まだ、当分先だけど今度のお正月には帰ろうと決めていた。


就職出来たら、お正月だって休めるか分からないからさ。

お正月までに、勤めるとこ決まるといいんだけど。

いい加減に、都心にこだわらずに地方にも目を向けなきゃいけないだろうなぁ。

そうしたら、実家に帰りたくても帰れなくなるかもしれないという思いもあった。


「おっ、うまそう。俺にも少しわけてよ、お金なくてさ」


知っている声に顔を上げれば、この間まこさんが連れてきた未成年だ。


「こんなトコでなにしてるの?仕事は?」


「あぁ、今はここの清掃員してるんだよ。まこに紹介してもらった。なぁ、マジで少しわけてよ」


「別にいいけど、名前なんだったっけ?」


隣に腰を下ろした未成年に、封をあけていないサンドイッチを投げて名前を聞く。


「酷いなぁ、ピー。俺の名前まだ憶えてないのかよ。拓海だってば、いい加減憶えろよ」


眉をしかめて、私を睨むけれど、綺麗な顔をしてそんな顔をしてもあまり恐くはなかった。

しかも、年下だし。


「ごめん、ごめん。今日はこれから仕事なの?」


「ん?違う。終わったトコ。ピーはこれから面接いくのか?」


サンドイッチをあっという間に食べ終わると拓海は私のコーヒーを物欲しげにみている。


………どんだけ、お金ないのよ。


なんだか、あげないわけにいかなくてコーヒーを差し出すと嬉しそうに啜った。


「サンキュ。助かったよ。お腹空きすぎて倒れそうだったから」


あっ!!全部飲みやがった。

遠慮って言葉しらないのか、この男はっ。

なんて思ったら、拓海のお腹が大きな音をたてた。


「…………いや、一昨日からなにも食べてなくてさ」


恥ずかしそうに片手で口を押さえた。

確かまこさんとこに居候してるとか言ってた筈なんだけど。


「まこさんはどうしのよ。食事とかけっこう面倒見いいとおもってたけど」


不思議に思って尋ねると、拓海は赤い顔をしたまま公園の池を見て小さい声で何かを言った。


「ん?なに?聞こえない」


耳を近づけると、拓海は先程より少し大きな声で話した。


「女が泊まりにきてて、一昨日から部屋追い出されてるんだよ」


あぁ、ふぅちゃんか。地元に住んでる彼女でちょっとした遠距離恋愛なんだよね。

そりゃ、愛しの彼女が来てるなら追い出されるわ。


そう、納得していれば拓海が私を心配そうに見ている。


「なに?どうかした?」


「え?あっあぁ、ピー結構平気そうだよなと思って」


と、訳のわからない事をいう。


「なにが平気そうなの?就職なら相変わらず落ち続けて泣きそうだけど?」


「いや、ほら、ピーってまこの事好きだろ?」


…………そんな気遣いいらないし。


私は一拍置いて、大きく吹き出してしまった。


「ないないないない。まこさんは好きだけど、恋愛感情全くないし、彼女にも何度かあったことあるよ?」


なにを見てそう思ったんだか。

だからさっき言いづらくて、小さい声だったのか。

可愛いトコあるんだね。

またもや大きくお腹が鳴る。

しょうがないなぁ、もう。


「仕事終わったんでしょ?じゃぁ少しつきあってよ。私も面接が終わったとこだからさ」


「俺、お金もってないよ?」


分かってるさ、そんなこと。


「いいから、ほら行こう」


立ち上がって歩き始めると、追いかけてくる。

隣に追いついたと思ったら、腰に手がまわってきた。

なぜに、こんな密着して恋人のような歩き方をしなきゃいけないんだか。

まわされた手の甲をつねった。


「イッタ。いいだろ寒いんだよ。暖めてよ」


そういえば、まだまだ皆、薄いコートを羽織る時季なのに所々破けた長袖のTシャツ一枚だ。


嘘じゃなく寒いのかもしれない。


「あのねぇ、そんな格好してるからじゃない?」


「だって、服持ってないんだよ」


懲りずに体をすりよせる拓海に、腕をからめた。


「これで少しは違うでしょ」


腰を抱かれるなんて、真っ平ごめんだ。歩きにくくて敵わない。


「ピーって名前は?」


上機嫌で拓海は私の顔を覗きこむ。その仕草に年齢に合わない女馴れを感じる。

全く初々しさがないんだよ。


「桜田 桃。この間名前言わなかったんだっけ?」


実のところ、拓海に会うのは三度目だったりする。「S 」のメンバーは私の事はピーとしか言わないからなぁ。初めて会った人にくらい、本名言わせろって話だ。


「じゃ、桃。何処に付き合えって?」


即、呼び捨てかいっ!私、かなり年上なんだけど?


「ご飯食べさてあげるよ。お腹空いてるんでしょ?サンドイッチだけじゃ足りないみたいだもんね?」


拓海の顔が輝き始めた。すっごく嬉しそうな顔をするから、思わず犬を連想してしまった。


「ヤリィ!!サンキュ、すっげー嬉しい!!」


ガッツポーズまで決めて喜ぶ姿に、私まで笑顔になってしまう。

喜んで貰えるっていいよね。


「ただし、私も親の仕送りとバイト代で生活してる身だから外食は無理だからね。家においでよ、ご飯作るから」


「手作り?!いいねっ!!俺、お腹空いてるから、今ならなんでも食べれるよ」


「なんでもって、失礼ね。そんなに不味い物作らないわよ」


「そんな事言ってないだろ。楽しみだっていってるんだよ」


屈託なく笑う拓海に、弟がいたらこんな感じかなと少しだけ冬馬の弟を思い出した。

よく懐いてくれて、めちゃくちゃ可愛かったんだよね。


ここから、私のアパートまで電車で二十分程度で、私はそれまでにいくつか拓海に確かめたいこともあった。どう考えても、家出少年だったし自分でも未成年っていってたし。

拓海について知っているのは、まこさんが拓海を拾ってきた事と歌が半端なく上手くて、丁度やめてしまったヴォーカルの代わりに拓海が歌う事になったというだけだった。

私は、ついお腹を空かせた動物を家にいれてしまう感覚で拓海を家に迎えてしまった。

冗談じゃなく、可愛い動物とはかけ離れたどっちかって言うと肉食系だと気づくのにそんなに時間はかからなかったけれど。


私はアパートに着くと、拓海を座らせて自分は冷蔵庫を開いた。


さっき嫌いなものは無いって言ってたし、親子丼でも作るか。


卵と玉葱、鶏肉を取り出すと玉葱を切る。


あっ、そうだった。先にお茶ぐらい出してあげなきゃだった。


そう、思って包丁の手を止め振り返ると、すぐソコに拓海がたって私の手を除きこんでいた。


「へぇ、実は桃、料理うまいんだ?」


「実はってなに?上手かどうかは分からないけど、一通りは出来るよ。自炊が一番お金がかからないし、拓海待ってる間になにか飲む?お茶かコーヒーか紅茶があるよ」


電気ケトルに水を入れながら聞くと、拓海に後ろから抱きつかれた。


「…………なに?寒いなら毛布だそうか?ソコまで寒くない気もするけど?で、なに飲むの?」


全く、料理の邪魔するなってんだ。

更に腕に力が込められ、溜息をつくと後ろにたつ拓海を斜め下から見上げた。


「もう、しょうがないな。ちょっと待ってて」


私は拓海の体を押しのけると、クローゼットからストールを取り出した。

流石に、毛布じゃ暑い時季だからね。

拓海に渡すと、拓海は目を丸くして驚いている。


やっぱり毛布のほうが良かったかな?


ワンルームの私の部屋は狭い。

ただ、ロフトがあるので、私はソコに布団を引いて、下の六畳には小さなラブソファを置いていた。


「邪魔だから、それ羽織ってここで座って待ってて。飲み物はなに飲むの?って聞いてるんだけど?」


ソファを指差せば、拓海は今度は大きな声で笑い出した。


なによ、意味分からないし。


「マジかよ。家に連れてくるから、てっきり桃は俺に気があるのかと思ったんだけど?」


笑いながらも。言われた通りにストールを羽織り、ソファにどかりと腰を下ろした。


「お腹空いてるんじゃなかったの?ご飯作ってあげるっていったじゃない。変な勘違いしてないでおとなしくしててよね。ほら、これリモコン」


テレビのリモコンを拓海に渡すと、私は料理に戻った。


…………びっくりした。

気があるのかって、そんな風にとられるとは思っていなかったから。

じゃぁ、あれか、さっきのは寒かったとかじゃなかったのか。

今更のように顔が一気に火照ってくる。あんな風に抱きつかれたのは冬馬以来だったから。


冬馬は兎に角スキンシップが激しかったから平気で私に抱きついてきたりしてたけど、アレは友達としてだったしなぁ。男の人にそういう対象でみられた事ないし、仲が良かったのも冬馬だけしか思いつかないんだよね。


しまった、冬馬の事を思い出したら胸が痛くなってきた。


卒業式のときの冬馬の悲しそうな傷ついたような瞳が頭に過ぎる。

………あれ、忘れられないんだよね。あんな顔をさせたかったわけじゃなかったのに。


一度頭を振って、気をとりなおす。忘れなきゃ。

拓海がつけたテレビの音を聞きながら料理を再開する。


私は自分で拓海の事を弟のような子から男の人だと認識が変わっていることに気づいてなかった。


読んでいただきありがとうございます。

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