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白 桃   作者: 藍月 綾音
桃 25歳 Ⅵ
30/79

4

「桃、ごめん」


萎れた拓海の声におもわず笑いが出てしまった。


「ごめんって何が?」


「メールとか、俺気づかなかった。それに電話で……その」


「あぁ、実況生中継?あれはエグイよね。でも、こっちこそ酔った勢いでごめんね。拓海にそんな話するつもりなかったのに。お酒は駄目だね」


明るい声でいえば、拓海の腕に力がはいった。


「なんでこの間、言わなかったんだよ、桃の思ってる事聞かせてって言っただろ?」


………それ、聞いちゃうの?


「その話はしたくないんだけど?」


「なんでだよ」


少し怒ったような拓海は少し体を離して私を見た。


「いいの、拓海の前では可愛くしてたいの。拓海は知らなくていい事だってあるんだよ」


「風間には言うのに?」


思わぬ台詞に呆気にとられて思わず口を開けてしまった。

今、ちょっと間抜けな顔をしてる自信がある。


「桃が泣いてると、風間がいるよな?風間の隣だと泣けるのか?俺には言えない?」


拓海の表情は見えない。

けれど、怒っているんじゃなくてもっと静かな悲しみのような感情を受け取ってしまった。

思わず拓海の手を握っていた。

その暖かい体温に癒されるような気がした。


「私、拓海に嫌われたくないの。嫉妬とか束縛とか、嫌いでしょ?」


「今は風間の話」


低く言われて、私は溜息を吐いた。


「私は拓海の過去の恋愛話を聞きたいと思わない。良い気分じゃないから。だから、私も言いたくない。冬馬の話はこの間したからいいでしょ?」


拓海にゆいちゃんや冬馬の話なんかしたくなかった。

あの、言いようのない喪失感や、絶望感。

思い出すのは、頭の中だけで充分だ。


「そうじゃないだろ、風間には桃の気持ちが話せるのかって聞いてるんだよ」


少し苛立ちが含まれ、拓海の頬が頭に摺り寄せられる。


誤魔化したいわけじゃない。

冬馬の話をしたくないだけ。

それがどういう事なのか、解りかけているけれど、理解したくない。

本当に、今更だから。

凄く凄く好きだったんだ。

七年たったからって、なかった事のように出来ないくらいに好きだった。

解ってる。

冬馬には何でも話せる。七年たったって変わらない。

私の事を嫌いにならないって安心感がある。

反対に拓海は、いつか私を嫌いになるんじゃないかって不安が付き纏う。

その違いを、言葉にしたくない。

私の中でなにかが変わってしまいそうだから。


でも、今の拓海は私の曖昧な答えを許してくれそうにない。

黙ってしまった私を待っている。

少しだけ、本当の話をすれば満足してくれるんだろうか。


もう一度、溜息をついてから口を開いた。


「それだけだったら、冬馬には何でも話せるよ。友達だから。でも、拓海には知られたくないことが沢山あるから話したくないこともある。これでいい?」


拓海から離れようと腕をのけようと力をいれても拓海は放してくれなかった。


「なんでだよ。そんなに風間がいいのか?」


拓海の声が震えている。

怒ってる?それこそ可笑しいよ。


「ちょっと、待ってよ。そんな事言ってない。拓海が聞くから答えだけを言ったんでしょ」


「なんだよっ、俺は桃にそんなに信頼されてなのかよっ!!」


……………あっ、しまった。

プチンと何かが切れる音がした。


「放して。つーか、放せ」


ドスの効いた低い声が口から発せられている。

人がせっかく可愛くしようって努力してんのに。

それを無にしようとするか、この男は。

私の怒りが伝わったのか、拓海はぱっと両腕を放した。

後ろを振り返り拓海を睨みつける。


「自分の言ってること分かってるの?信頼されてない?!当たり前でしょうが、拓海の脳みそには皺がないの?何処をどう考えたら、自分が信頼されるって思えるのよ」


「え?桃?」


拓海は驚いたように一歩後ずさった。

あぁ、なんか、もう、別れるのかも。

もう、いいや。


「一週間や二週間ざらに他の女の子の家に行って連絡も無しに帰って来ない男の何処を信頼するのよ。毎晩毎晩夕飯作って待ってれば、他の女の子からメールが入ってくるのよ?今晩は拓海がお泊りですって!!一人でご飯食べて、拓海の分は朝ごはんにまわす私の気持ちがどれくらい解るっていうのよ」


解る訳がない。

そして、理解をしようとも思っていなかった筈だ。


「人がせっかく笑って済ましてるのに、なんでそう表面上だけで私の気持ちを判断するのよ。平気なわけないでしょ?拓海だって相手の女の子だって殺していいってんならとっくに殺してるわよ?」


気が狂いそうになって、疲れ果ててしまって、その状況に見ないふりをして、蓋をするしかなかった。


「なんで、そんな思いまでして、笑ってるんだって少しは考えなさいよ。私の事、本当に好きだって言うなら自分の事ばかり考えてないで私の事も考えてっ!!」


私は拓海に嫌われたくなかった。

例え、毎日帰ってこなくても、ただいまと家に帰ってきてくれる人でいて欲しかった。

一人になんかなりたくない。

拓海が好きだから。

好きだからこそ、見ないふりをしたんだ。

私の事なんか、欠片も考えてくれない非道な男なのに。


「そんな事一言も言わなかったじゃないか」


呆然と呟く拓海にそばにあった布巾を投げつけた。


「普通は言わなくても解るのよっ。いつまでも子供みたいな事言わないで、馬鹿っ!」


気づけば、ぼろぼろと大量の涙が頬を伝っていた。

もう、今日は踏んだり蹴ったりだよ。

やっぱりゆいちゃんは厄病神なんだ。厄介な事ばっかりつれてくる。

とうとう、言っちゃったじゃないか。どうしてくれるんだ。

もう、ホントについでだ。


「他の家の柔軟剤の匂いさせて帰ってくるわ、女の香水の匂いがすることもある。終いには私が水かけられて、怒ってるにきまってるでしょ。聞きたいなら教えてあげるよ」


とうとう、嗚咽がでそうになってそれを堪えるてから、まだなにが起きているのか理解してなさそうな拓海を見る。


「他の女の子に優しくしないで。触らないで。私だけを見て。本当は拓海をこの家に閉じ込めておきたい。そうしたら、他に目移りしないでしょ?私だけを見てくれるでしょ?それが私の考えてること。重たいでしょ?拓海そういうの嫌いだよね?これで満足した?私の事嫌いになれたでしょ?解ったらもう帰って来なくていいから、出て行ってよ、これ以上私を惨めにしないで」


悲鳴のように、一息で捲くし立てた。

拓海の顔がどんどん歪んでいく。

今の私はただ、嫉妬に狂って醜い感情を発露させているだけだ。

酷い顔をしてるし、言葉遣いだって悪い。

拓海も呆れて出て行ってしまうだろう。

呆然と私を見ている拓海が無性に可笑しかった。

拓海には可愛いって思われていたかった。

本当の気持ちなんて知られたくなかった。

どこにでもいる、普通の女。

ううん、もっと悪い。嫉妬まみれの汚い気持ちが一杯つまった女なんだ。

流れ落ちる涙と鼻水がみっともなくて、拓海に背を向けて洗面所にタオルを取りに行く。

こんなに汚い顔も見せたんだから幻滅されて当然だ。

頼むからさっさと出て行って欲しい。

期待なんてもうしないから。

拓海はもっと自由になればいいんだ。

私なんかと付き合ってたほうが間違いだったんだから。

今日は泣いて、明日も泣けばきっと気が済むから。


タオルを二、三枚乱暴に取り出して顔にあてた。

そのまま、気が緩んで座り込んでしまう。だけど、突然ふわりと、体が宙に浮かんだ。


何事かと思えば、拓海に抱き上げられていた。

今日は何回抱っこされんだ私。


いや、いや、いやそうじゃなくて、なんで拓海は私のトコにいるんだ?


そのまま、拓海は寝室に入るとと、私を抱っこしたままベットに腰掛けた。

おそるおそる拓海を伺いみると、さっきと違って驚くほど上機嫌なのが見て取れる。


なんで?

今度は私が驚く番だ。

なんで拓海は上機嫌なの?


拓海が愛おしそうに私を見つめている。どうしてこの流れでそうなるのかが解らなくて、戸惑いながら、私も拓海から目が離せなくなってしまった。


「落ち着いた?」


涙で張り付いてしまった髪の毛をスッと取り除きながら私の頬に大きな手をあてた。


「桃が好きだよ?愛してる」


上機嫌な拓海に意味もわからず、少し腹がたつ。

どうして、私はこんなに悲しいのに拓海は嬉しそうなんだ。


「愛してるって気軽に言う男は信用できない」


ムクれて顔を背ければ、拓海の大きな手に引きもどされ、さらに笑みを深める拓海の顔が見えた。


「そっか、桃はそんなに俺の事好きだったんだ。あんまりにも焼もち妬かないから、その程度なんだと思ってた」


焼もちって、そんな可愛いものじゃないと思うけど。


「こんなに可愛い桃、初めて見た」


かぁぁぁと頬が熱くなる。

なんで、こんな涙と鼻水だらけで喚きちらした後で、可愛いとかいわれちゃってるの?

あり得ないでしょ。

タオルで顔を隠すと、力任せに奪いとられてしまった。


ちょっと、なにするのよ。


抗議の視線をおくると、真剣な顔をした拓海に心臓がトクンと波打った。


あぁ、これでお終いか。

ストンと何かが腑に落ちた。

なんか、優しいこと囁いといていっきに地獄に落とすパターンだよ。

あれだけ言いたい事言っちゃったんだから、しょうがない。

覚悟を決めて、ごくりと喉を鳴らした。


「あのね、俺をドンだけ酷い男にするつもりなんだよ。なに、その悲壮感漂った顔」


拓海は眉尻を下げて情けない顔をしていた。


「今俺が言ったことちゃんと聞いてたか?俺は桃が好きだって言ったんだけど」


「だって」


「今から、正直に言うから。頼むからこれ以上怒るなよ?」


正直にって、なんの告白?怒るなよって、私が怒るような内容って事だよね。


「最初は桃の気を引きたかったんだ。仕事が忙しくなってあんまり一緒に居られなくなったから、浮気でもすればもっと俺の事考えてくれるかな、なんて」


予想外の言葉に耳を疑った。

気を引くって子供じゃあるまいし。だいたい、仕事が忙しいんじゃなくて、学生から社会人になっただけなんじゃ……。


「それが、桃全然平気な顔して知らないふりするし、その内に自棄になって、気づけば色んな子と遊んでたというか。俺、桃にどれくらい好かれてるのか知りたかっただけなんだけど…………って、待った、桃っ待った!!泣くなよっ」


待てるかっ!!涙は自然に出てくるもんだ!!

ちょっと、勘弁してよ。

なにそれ、私が拓海の事ないがしろにしてるみたいな言い方。


家賃もとらずに生活費だっていれてもらった憶えもない。それに関して拓海になにかを言った憶えもない。料理だって掃除だって洗濯だって、身の回りの事して、浮気されたって見ないふり。自分で言うのもなんだけど、かなり都合のいい女だと思うんだけど。

普通ソコまでするのは好きだからでしょっ!!違うの?!


私の気持ちは何一つ届いていなかったらしい。

どちらかというと悔しくて涙がでてくる。

浮気は病気のようなものだと、思い込んで我慢してたのに。


焼もち妬いて欲しかったってなによそれっ!!

完全に間違ってるからっ!!

やっぱり拓海、駄目男じゃん!!


夜中だというのに、子供のように泣きじゃくってしまった。


どうにも止まらず、あんまりにみっともなくて嫌だと思いつつも拓海は私を抱き寄せ、ごめんと好きだを繰り返し言ってくれて、三年以上の付き合いの中で初めて私は、拓海が私を本当に好きだという事を知った。


私達はお互いが子供で、恋愛の仕方をよく分かっていなくて、とんでもない遠回りをしていたんだ。

この何年か、私が経験した不安や孤独感がぜんぶ空回りの取り越し苦労だったなんて。

嬉しい反面、自分と拓海の馬鹿さ加減に笑ってしまう。

キチンとお互いの気持ちを話さなければ、分からないものなんだ。

実のところ私は拓海に別れるといわれるのが嫌で逃げていたのかもしれない。


きっとそれは、拓海も同じで。


私は泣きつかれて眠ってしまうまで泣いてしまい、拓海の腕の中にやっと自分の場所を見つけた、その幸福感に酔いながら、久しぶりに何も考えずに眠りに落ちた。


だから、すぐソコまで迫る嵐の存在を忘れてしまっていた。

近づく足音に気づいていたはずなのに。


ひと時の甘い時間は、さらに私を追い詰める。


そんな簡単な事に私は気づいていなかった。


読んで頂きありがとうございます。次話からは拓海との出会い編です。

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