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電車の時間が迫る中、私は高台にある公園で町を見下ろしていた。
生まれた時からこの町で過ごしてきた。
小さい頃から、少しずつ町の風景は変わっていくけれど、ここから見下ろす景色はあまり変わらない。
この町が好きだった。
産業といえば車の部品工場があるくらいで、ほとんどの住人がその工場に勤めているような小さな町。
都心から電車で二時間。毎週帰ってこようと思えば帰ってこれる距離だ。
けれど、これからの生活を思えばそれが無理だということは分かっていた。
仕送りしてもらえる生活費はわずかで、アルバイトをしながらの大学生活になる。
長い休みも帰ってこられるか分からなかった。
深呼吸をして、町の空気をめいいっぱい吸い込んだ。
春の訪れはまだもう少し先のようで、公園の桜はつぼみが今か今かと開花を待っているような状態だ。
この公園の満開の桜並木を見てからこの町を出て行きたかったけれど今年の桜は少し遅いみたいだった。
娘が東京に出ていくといっても、日常に変わりがあるわけでもなく、この間の日曜日に荷物だけ運んでしまったので、両親は仕事に行ってしまった。
自分で望んで、都内の国立大学を受けたのだけれどギリギリ合格できたとはいえ、レベルをかなり上げての受験だったから今から不安だけが心を占めている。
これからは、なんでも一人でやらなくてはいけないのかと思うと気が引き締まった。
「おいっ、やっぱりここか。電話にぐらい出ろよ」
聞きなれた声が聞こえて振り向くと大学にいった筈の兄貴が立っていた。
階段を駆け上がってきたのか、上着を脱いでいて、しかも息が上がっている。兄は所謂ガリ勉くんな容姿だったのに、大学に行ってから垢抜けて普通に爽やかなイケメンになってしまっている。茶髪にピアス、黒いカットソーに洗いざらしにジーパン。ごっついアクセサリー。全て彼女のお見立てらしい。うん、一見イケメンに見えないことはないけれど。うん、兄だし。正直昔の真面目そうな兄の格好のほうが好きだ。今のスタイルは中味がまったく伴ってないから違和感があるんだよね。彼女はギャップ萌えを狙ってるんだと言ってたけど。
「うわぁ、オヤジだ。運動不足なんだよ」
隣に膝を曲げて両手を着いて、ハァハァと息を整える兄に言うと、キッと睨まれた。
携帯を取り出して着信履歴を確認すると、兄貴と出ている。
あれ?気づかなかったなぁ。
「いいんだよ。俺はインテリで売ってるんだから」
あぁ、自分で言っちゃったよ。自分でインテリ言うなっての。
まぁ、頭は悪くないけどね。悪くないのにボケっとしてる雰囲気が抜けてるように見えるんだよねぇ。
「どこがインテリよ。それよりどうしたの?大学は?」
「いくらなんでも、見送りが一人もいないんじゃ可哀想だからな。来てやったんだよ」
悪かったな。友達いなくて。
「お前、いい加減そのなんでも自分で解決しようとする癖なおせよ。人を頼る事を憶えろ。じゃないとその内、にっちもさっちも行かなくなって苦しくなるからな」
…………最後に説教されるの?
まぁ、ありがたく拝聴させていただきますか。
めずらしく兄心発揮してくれてんだから。
別になんでも自分で解決しようとかいうんじゃない。常に自分で出来るところまでは自分でやりたいだけだ。人を頼るのは一番最後の手段でいいと思っているだけなんだけどなぁ。
でも、東京に行ったらたった一人だ。人を頼るにも、知り合いがいないから頼りようがないじゃないか。と、思うのはちょっと弄れているかもしれない。
「いいか、心配してるんだぞ。人は一人じゃ生きていけないんだ。駅のトイレで一人で泣くような妹を都会にだすなんて、俺はしたくないんだからな」
兄から飛び出したのはできれば触れて欲しくない事柄で。
まだ憶えてたのか。
頼むからそれは記憶から抹消して欲しい。
どうもトイレで泣いていた事が久しぶりに兄心というのものに火を点けてしまったらしい。あの日以来ちょっとどころかかなり過保護になっていると思う。
けれど、これで兄貴が私が町を出て行くことを反対した理由が少し分かった。
最後まで私の受験を反対していたから。私に頼れる友人がいない事を心配していたのか。きっと高校生活でまともに友人関係築けない私が、都会で友人が作れるのか心配してくれているのだろう。
「本当はおふくろ達も、見送りに来たいんだぞ。ただ、見送ると辛いからいつもどおりがいいんだって言ってた。ちょっと変わってるけど、しょうがない」
あらら、お父さん達にフォローまで始めちゃったよ。
思わずくすりと笑いを漏らしてしてまった。今朝の両親は仕事に行く前にいつも通りにといいながら、いつもより豪華な食事を作ってくれて、甲斐甲斐しく世話をやいてくれた。大サービスぶりだったのだ。
お父さんなんか顰めっ面しながらも、ほんのり目元が赤いし、潤んでるし。娘が家を出る事を悲しんでいることが丸わかりだった。いつもどおりでいつもと違う食卓に、自分がどれだけ大切にされているのかを再確認してしまった。潤んだ瞳のお父さんを見るなんて人生初で、ちょっとだけ可愛いと思ってしまったのは心の中にしまっておくことにする。お父さんに言ったらしばらく立ち直れないほど落ち込みそうだからね。
だから両親が見送りに来ないからって、気になどしていないのに、兄は気にしてくれたらしい。
「兎に角、辛い事があったらいつでも帰ってこい。長い休みもできるだけ帰ってこいよ」
そう言って、めちゃくちゃに私の頭をかき回す。
「ちょっと、やめてよ。これから電車乗るのに。でも、来てくれてありがとう」
手を払いながらそういうと、兄貴は私の背中を押して、公園の外へ連れ出そうとする。
「ほれ、電車遅れるぞ。せっかくの特急券無駄にするな」
「うん。兄貴は車?」
「おう、駅まで送ってっちゃる。急げいそげ」
どうやら、本当に心配をかけたみたいで申し訳ない気持ちになると共に心の底が暖かくなってくすぐったい。何度も何度も友達いないのかって聞かれたし、冬馬と仲直りしなのかって聞かれた。
何度か遠目で冬馬と一緒にいるところを目撃されていたらしい。
いやだね、出現場所が同じ兄妹って。
ほかに行くトコあるだろ、大学生。
だけど、心配をしてくれる人がいる事が私に安心感を与えてくれていた。
一人暮らしをしていても一人じゃないと思えそうだし。
兄に背中を押されながら、もう一度だけ町並みを見下ろす。
これが私の育った町。
ここが私の帰ってくる場所。
しっかりと目に焼き付けておく。
寂しくなったり、帰りたくなった時に思い出せるように。
兄や両親には絶対に言わないけれど、私は心から感謝をしていた。
慈しみ、思いやり、導いて今日まで育ててくれた事に。
照れくさいし、感謝の言葉なんていつでも言えるから今は言わないけれど。
今度帰ってきた時に言えばいいのだから。
だけどこの時の、これが最後だなんて。
神様は不平等だ。
私の大事なものをすべて連れて行ってしまったのだから。
読んで頂きありがとうございます。すいません今日は凄く短いです。




