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着替えに付き合う気はなかったので控室を出ようとすると後ろから腕を掴まれた。
振り返ると、まこさんが腕を掴んでいた。
「どうしたんですか?」
不思議に思って聞くと、まこさんは苦笑いを浮かべる。
「ピーがいないとあいつら機嫌悪くなるからここにいて欲しいんだけど」
「だって、これから着替えでしょ?」
「マッパになるわけじゃないから。今更、パンツ一枚ぐらい大丈夫だろ?」
いや、まぁ、どこかの誰かさんは夏はパンツ一枚で家の中うろついてますけど。
「だいたい、なんで私がいないと機嫌が悪くなるんですか。意味が分からないんですけど」
「言わないだけで、それだけピーの事を頼りにしてるんだよ。こんなにトントン拍子に話が進んで感情が追いついていってないんだ。どうせ今日だけなんだから付き合ってやってよ」
まこさんにそんな事を言われちゃったら部屋を出るわけにも行かないじゃないか。
「分かりました。ここにいればいいですよね」
「そうそう、顔を見せてやっててよ。俺たちが安心するから」
俺たち?ってまこさんも?ヤバイ顔がにやける。
大好きなまこさんに安心するとか言われたら嬉しくて舞い上がっちゃうよ。
けれど、ゆいちゃんが満面の笑顔で近づいてくるのが見えた。
距離が縮まるほど、緊張で私の体が強張っていくのが分かった。
「やっぱり、桃ちゃんだよね。憶えてない?私、ゆいだよ。うわぁ、久しぶり」
あぁ、天国から地獄につきおとされた気分だ。
私は精一杯の笑顔を顔に貼り付けて、ゆいちゃんを見た。
思い出さなくていいのに。
「あぁ、久しぶり。さっきからどこかで見た事ある人だなって思ってたの。ゆいちゃんだったんだね。ごめん思いだせなかった」
言外に会いたくないんだよと言ってるつもりなんだけど、ゆいちゃんは気にする素振りも見せなかった。
「うわぁ、本当に懐かしい。元気だった?」
人懐こい笑顔を浮かべて、ゆいちゃんは私の手をとった。
「うん、ゆいちゃんこそ。メイクさんになったんだね」
「そう、あの後すぐに勉強の為上京したのよ。学校は向こうで卒業してたんだけど、就職がなかなか出来なくて、 桃ちゃんは?」
ゆいちゃんの表情は、本当に懐かしい、嬉しいっていう表情で、七年前のことなんか忘れてしまったようだった。それに少し気後れをしながら、愛想笑いを浮かべる。
「私は、大学をこっちで卒業して就職したの。今日は担当者として、『S』の世話係なんだ」
そういうと、ゆいちゃんはさらに笑顔を深める。
「それにしては、『S』のメンバーと随分仲が良さそうじゃない?メイクのみんなピーって誰?って言ってたのよ。まさか桃ちゃんのことだなんて思わなかったよ」
ん?あれ?
棘が出始めた?
「やだ、ゆいちゃん分からないの?一緒によくライブに行ったじゃない。彼、『リージー』のまこさんだよ。上京して新しくバンド組んでやってるの見つけて追っかけやってるの」
まこさんの腕を組んで、自分のほうへ引っ張るとゆいちゃんは大きな口を開けて、呆然とした。
「あっ、えっ?あぁぁぁぁ!!本当だ!!私、『リージー』のライブ何度も見にいっていたんですよぉぉぉぉ」
うん、冬馬と私がファンだったんだけどゆいちゃんもライブ一緒にきてたんだよね。
「それは、ありがとう。このCMの曲でデビューするからこれからもよろしくね」
まこさんが右手を差し出すと、ゆいちゃんは両手で握り返した。
「うわぁ、感激です。風間 結奈です。よろしくお願いしますね」
……………いや、なんて突っ込めばいいのやら。
どうしたらいいのか。
多分、聞いてほしいんだよね。
一気に頭が冷えてしまった。
強張っていた体から一気に力が抜けていく。
「あれ、さっき白石って言ってなかった?」
「さっきのは旧姓なんですよ。仕事は旧姓なんです。本名は風間で三年前に結婚してるんです。でも仕事場には内緒なんで黙っててくださいね。桃ちゃんは特別だから」
「おめでとう。風間っていうと………」
わざと濁して言うと、ゆいちゃんは食いついた。
「そうなの。冬馬と結婚したのよ。今度一緒に会いましょうよ」
「え?と……っっててってっ。ピーっ!!」
まこさんが冬馬の名前をだそうとしたから私は思いっきり手の甲をつねりあげた。
まこさんを無視して話を進める。
「そうなんだ、冬馬は元気?」
「えぇ、おかげさまで。あっ、呼ばれてるから行かなきゃ。また後でね。」
ゆいちゃんは、慌ただしくまこさんに頭を下げると智の衣装を取りにいった。
「なぁ、冬馬ってアイツだよな?」
「うん、共通の友達だったから」
「アイツの奥さん?てか、しれっと嘘つくピーを初めて見たんだけど」
私はまこさんを見上げた。困惑したような顔をしていて、なにをどう聞いたらいいのか分からないという顔をしていた。
「冬馬の奥さんな訳がないじゃん。多分、拓海に目をつけてるんでしょ。自分には相手がいるって言って、恋愛相談ついでに付き合いにもってくのが上手みたいだから」
あぁ、自分でも分かるほど言葉に棘がある。顔もこわばっているに違いない。
「おい、ピーらしくないぞ」
まこさんの表情が心配そうに曇った。
「拓海には黙ってて。あんな嘘に騙されるようなら、もう何を言っても無駄だろうから」
例えば、拓海がゆいちゃんと浮気もしくは本気の付き合いをするようだったら私はどうなるか、分からない。怒りの矛先が、拓海にいくのか、それともゆいちゃんにいくのか。
それとも、自分にむくのか。
ゆいちゃんは、今まで通りに我慢できる相手ではないことが確かだ。
まこさんは、それ以上なにも聞かずに私の肩を慰めてくれるように何度か叩いた。
「まっ、話したくなったら、家に来いよ。ふぅちゃんが美味しい飯作ってくれるから」
ふうちゃんというのがまこさんの奥さんだ。
「ん、ありがとう。なにかあったらお願いするかも」
いつもだったら大丈夫だよと、笑い飛ばすトコなんだけれど今日はそんな気分になれない。
素直に申し出を受け取っておきたかった。
また、ゆいちゃんが私の前に現れた。
七年前とは違う。
拓海は私の彼氏だ。
もちろん、ゆいちゃんが拓海を狙うとは決まっているわけじゃない。
だけど、ゆいちゃんが拓海に話しかけ、さりげなくボディタッチを繰り返すたびに、胸にもやもやと重たい凝りが溜まっていく。
拓海を信じきれない自分の自信のなさを笑うしかなかった。
それから、CMの撮影は長い時間をかけて丁寧に撮影された。
まゆちゃんはまるで、女王様のように拓海達にエスコートされている。天女が着るような純白の着物に白いレースを纏ってとても綺麗だ。
拓海達はピッタリとした黒の上下に女物の豪奢な着物を纏い、繊細な紋様の帯を締めておおぶりの細かい細工のなされたアクセサリーを沢山身につけていた。
どう見ても、主役級の衣装なのにまゆちゃんは全然霞むことなくむしろより一層華やかに見えた。
流石だよね。二十年たってもオーラが衰えることがなく、迫力のある目力を発揮している。
伝説と呼ばれた理由は、そこにあるのだろうと思った。
けれども、それは『S』のメンバーも一緒だった。
目を奪われる。
そこにいるだけで、空気がピリリと引き締まってドンドン透明感を増してゆく。
引きつけられて魅せられる。
スタジオの中で幾人もの人が息をのんで見つめていた。
例えようのない緊張感の中で、先ほどまで緊張して顔が強張っていた智達も綺麗に笑っていた。
現実感がどこかへいってしまい、スタジオの中はもう神崎 すみれと『S』の世界だった。
皆が見蕩れる中でとなりに立つ、冬馬パパは満面の笑顔で私に言った。
「すみれがこの世界に戻る事は考えてなかったんだよ。でもやっぱりあぁしてライトを浴びているといつにも増して綺麗だ。『S』は売れるよ。間違いない。すみれに負けてないからね」
新しいスターの誕生の場にいる事をその場の誰もが感じていた。
そんな空気の中で漠然と、自分とは違う。
そう、思った。
撮影が終わると同時に、まゆちゃんが私に飛びついてきた。
「桃ちゃぁぁぁぁんっっ!!どうだった?変じゃなかった?」
受け止めながら、抱きしめ返す。
「すごく綺麗でしたよ。感動しました」
「こらこら、抱きつく相手を間違えてるでしょ、奥さん」
両手を広げながら、眉を垂れ下げて冬馬パパが悲しそうにしていた。
そうだよね、奥さんが駆け寄ってきたら普通旦那さんだよね。
久しぶりの撮影で不安だろうからって、自分のスケジュールを空けて、付き添っているのだと冬馬が言っていたし。
「いいのよ。夏樹さんとはいつでも会えるけれど、桃ちゃんとはたまにしか会えないんだから」
そういいながらも、冬馬パパに抱きついた。
「ふぁぁぁぁ。緊張したぁぁぁ。久しぶりのライトは気持ちよかったわよ?」
「お疲れ様でした。今日はありがとうございました」
いつの間にか『S』も全員揃って近くに来ていて、冬馬パパ達に頭を下げる。
私も一緒に頭を下げた。
「んふふふ。楽しかった。たくちゃんは相変わらず可愛くないけど。ねぇ、みんなでお食事に行きましょうって。監督もプロデューサーも社長さんも良い作品が出きたって大喜びよ」
「「ありがとうございます」」
さらに全員でお辞儀をする。
まゆちゃんには返しきれない恩があるからね。それに、今日の撮影を見ていれば分かる。
紛れもなく、まゆちゃんは神崎 すみれというプロなんだ。
撮影前とは違う尊敬の念が皆に込められていた。
だって、いつものまゆちゃんからは考えられないほど、凄かったんだもの。
「私はここの片づけが終わったら、会社に帰って報告書を書かなきゃならないので」
「駄目よっ!そんなの明日でいいじゃないっ!桃ちゃんも一緒に来てくれなきゃ嫌だもの」
間髪おかずに言ってくれるのは嬉しかったけれど、今日中にやらなくてはならない本来の仕事もあった。
「気持ちは嬉しいんだけど。ごめんなさい。また、今度こちらに出てくる時に電話頂戴?もう、拓海も文句いえないから」
私は皆に聞こえないようにまゆちゃんに耳打ちした。
冬馬のお母さんってポジションと社長の奥さんのポジションは全然違う。
今の拓海は、私がまゆちゃんから誘われてどこかへ行く事を駄目といえる立場ではなかった。
唇を尖らせてまゆちゃんは、残念そうに上目遣いで私を見る。四十代にはまるで見えない。
今日のお化粧のせいもあるんだろうけど、せいぜい二十代前半だよ。
うらやましい。しまった本音が。
「わかったわ。今日は我慢する。今度は絶対よ。この間とっても楽しかったんだから」
「うん。ありがとう、今度は秋也くんや、春臣くんにも会いたいな」
「秋くんも春くんも今はこっちにいるからすぐに会えるわよ。でも今度田舎に帰ってくる時は家に遊びにいらっしゃいよ?絶対よ?子供達いなくなっちゃって寂しいんだもの」
私は笑顔で頷くことしかできなかった。
もう、私の家はアソコには無いと何故か言い出せなかった。
私は片づけを終えた後に、会社へと戻る。
沈んで行く夕日を電車の窓から眺めながら、遠い故郷を思いだしていた。
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