第10棟 プリム編⑦ ヤマトの計画
あらすじ
契約書・利用規約はちゃんと読みましょうね。
「それじゃ、行ってくるよ」
月明かりに照らされ、ヤマトは扉を開ける。今日はいつものベルトははずし、書類が入った工具箱を持っているだけだ。
「あの……大丈夫ですか?一人で」
仮眠明けでやや眠そうに呟くカレン。今日の作戦はヤマトが提案したものだ。色々と不安要素があり、その一つがソロで動くヤマトのことだった。
「たぶん大丈夫じゃないかな、俺の読みだと」
疲れを見せながらも笑うヤマトが手を振る。彼曰く、敵はプリムと裁判所には警戒しても、自分の動きは予想していないだろうとのことだ。
「そっちこそ、危険な仕事させてごめん……プリムさん達も」
「アタシらのことは任せな、あの人の敵討ち、しっかりやらせて貰うよ」
カレンの隣にいる小さなドワーフが左手でガッツポーズをする。右肩にはカレンの背丈程もある巨大なハンマーが担がれ、後ろにも長物の工具や様々な道具を持った職人達がいた。今日はプリム工房にとって一世一代の大勝負なのだ。皆士気は高い。
(私は……)
カレンは空気を乱さないように内心溜め息をつく。自分の尊厳も掛かっているというのに、どうしても前向きになりきれない。進むか堕ちるか、そういう人生の岐路に立たされていることは理解しているのだが……。
「カレンちゃん」
「え?あ、はい」
そんや彼女の心境を知ってか知らずか、ヤマトに声をかけられ我に帰る。
「君の力が鍵だ、頼んだよ!」
その言葉をわざわざ口にするのは、カレンへの発破なのか、本当に信頼しているのかは分からない。ただヤマトは一人、夜の闇へと消えていった。
(何か声をかけた方が良かったのかな?)
少しばかり後悔するカレンだったが……
「ヨッシャ、アタシらもいくよ!」
「「「応!」」」
女ドワーフと鍛治師達の威勢に流され、その場を離れるしかなかった。
〜〜〜〜〜〜
― ゴルトー商会事務所 ―
「これで準備万端だな」
部下から受け取った書類を眺め、ニヤリと笑うボイル。役所での名義変更を終わらせたカレンの身分証明書だ。
「この書類がある限り俺はカレン・コーネリアの主人だ。奴の使役であるあの転生者含めてな」
奴隷契約を盾にとればかなり強引な手段も使えるし公的な支援も受けられる。あの二人からの妨害はもう考えなくて良い。
「あとは裁判で勝つだけだが……おい、あのドワーフ達は何をやってる?」
プリム工房の監視を命じていた部下に尋ねる。だが部下達は少し困った様子だった。
「そ、それが……夕方早々と店を閉めたと思ったら、工房含め誰もいなくなってまして」
「ほう?」
別に考えなかった訳ではない。ドワーフの器用さやこれまでの連中の追い詰められ方を考えれば、店の外からでは分からない秘密の出入口の一つや二つは作るだろう。
気になるのは何処へ行ったかだ。
「夜逃げでもしたんでしょうか?」
「有り得るな」
相手は裁判資料を失い明日が公判日だ。負けを予感して全員で逃げ出していたとしても筋は通る。だが……、
「犬どもで探させますか?」
「……やめておけ」
暫し考え制止するボイル。既にこちらの手札は十分だ。この上で魔犬に頼るのはリスクが高い。
「奴らにとって唯一の勝ち筋は俺達と犬どもの関与を裁判で疑わせることだ。こちらが犬に接触するのを待っているやも知れん」
だから今夜は動くな、と部下達に釘を刺す。
「仕込みは済んだ。後は手札をオープンにするだけさ」
仮に奴らが逃げたとしても自分はあの土地と建物さえ手に入れば自分達の目的は達成される。ボイルは逸る気持ちを抑えながらも、勝利を確信していた。
〜〜〜〜〜〜
「……まだ諦めていなかったのか」
ギルドマスターが白髪の片眉を上げてこちらを値踏みする。
「諦めたらそこで試合終了、俺の世界の格言っすよ」
おどけた調子で返す金髪の若者の顔と、ランプの灯りで照らされた書類を見比べるマスター。ページを捲る音が二人きりの店内に響く。
深夜と早朝の狭間の時間。冒険者ギルドの酒場では、いつもならば仕事終わりの荒くれどもが派手に宴を開いている頃合いだが、今日はイベンターズが朝から騒いだため皆疲れて2階の宿で休んでいる。テーブルは暗く静まり返り、唯一の灯りはバーカウンターに置かれた一つのランプだけだ。その光を頼りに書類を眺めながら、マスターはカウンター越しに向き合う勇者に口を開く。バーの仕込みの時にヤマトが駆け込んできたのだ。普通の店ならば非常識だが、冒険者の宿は対応してくれる。
「魔法学校卒業歴を持つ魔法使いカレン・コーネリアが召喚した転生者か……なるほど、審査は即日だな」
「良くできてるでしょ、頑張ったんすよそれ」
目の下に深い隈を作りながらもヤマトは笑う。
よほど自信があるらしい。
「書類は良くできちゃあいるが……お前がやりたい手順ならこれからが大一番だな、大丈夫なのか?」
書類を精査して纏めたマスター。ややその目が険しくなる。
「個人的感情としてはお前達のことは嫌いじゃない。だがギルドマスターとしても、元冒険者としても、依頼や犯罪が正式に認定されないうちは、俺は絶対中立だ」
その言葉をわざわざ告げる時点で、彼のスタンスや理解度は概ね把握できた。ヤマトは満足げに頷く。
「その方が安心するっすよ。さ、じゃあ早速向かいましょうか」
ランプの灯りに照らされて、疲労しながらも熱を帯びた不敵な笑みを浮かべる勇者。
「ヤマト建設の仕事場へ」
〜〜〜〜〜〜
(おい、音立てるんじゃないよ)
小声で指示を出すプリム。暗闇に僅かなランプが照らされた洞窟内に、男達がそろりそろりと忍び足をしながら行き交い、鍾乳石の岩肌に何かを取り付けていく。
(犬に見付かったら一目散に逃げるんだよ)
屋内班に声を掛けると、女ドワーフは洞窟を出る。小山の中腹にある洞穴を改造した魔犬の飼育場だ。
(あの子、良くこんなところまで一人で来てくれたもんだ)
ハンマーを担いだまま、プリムは洞窟入り口を避けて横の斜面を登り始める。小柄ながらもドワーフらしい膂力で、片手でハンマーを担ぎ、もう片方の手で器用に岩肌を掴んで体を引き上げていく。
二、三十秒で洞穴の真上に到達する。そこにもロープやバケツを持った職人達と、不安そうに杖を握りしめるカレンがいた。
木々がないこの区域は朝焼けに染まり始める空の光が入り込み、皆の顔がよく見えた。
「首尾はどうだい?」
話し掛けるプリムに職人の一人が緊張と興奮の入り交じった様子で答えた。
「ヤマトさんが言ってたやり方で行けそうっすよ、あの人天才ですって!」
「そいつは何よりだ」
彼らが立つ高台の周囲には杭が打たれ、いくつか四角くロープで囲われた区域で分けられていた。
「安全地帯とキルゾーン……もしこれを完璧に予測出来てるなら、天才なんてもんじゃない」
ドワーフ鍛冶とも、魔法使いとも全く違う異能。その予感にプリムは興奮を隠せずにいた。と……
「本当に、出来るんですか?」
周りの狂奔についていけずついにポツリと漏らすカレン。
「何いってんのさ、発破の後はアンタがアタシらの命握ってんだからね、しっかりおしよ!」
渇を入れるプリムだったが、体育会系ではないこの魔女には逆効果だったらしい。
内心溜め息をつき、話題を変える。
「魔法には疎いんだけどさ、転生魔法って自分の願いを叶えてくれるよう勇者を召喚するんだっけ?」
「え?……まあ、はい……」
バツが悪そうに頷くカレン。原理はそうだが、自分のはデタラメで不完全だ。ヤマトに説明もろくに出来ないまま強制的に召喚しておきながら、勇者への転生スキルを付与させられなかった。ただ自分が助かりたいばかりに彼の人生を滅茶苦茶にしただけ……
その罪悪感と不安を吐露すると、女ドワーフは優しく笑う。
「出来はどうあれ、アイツはあんたの勇者なんじゃないか?」
「どこがですか?」
「知らない世界の法律必死に勉強して、時間も金も足りない中でもやれることを捻り出しててさ」
「あの人は自分の夢を追いかけてるだけですよ」
見知らぬ世界で、その身一つで、最早その夢に共感を示す者など誰一人として居ないのに……
「そんな奴がアンタを自由にする為に頑張ってるんだろ?自分の夢も諦めずにね。中々居ないよ、あんな甲斐性持ち」
何かを羨ましがるように微笑むプリムの顔が月明かりに照らされる。未亡人の言わんとすることを予想して反論しようとカレンが口を開いた時、事態は動いた。
「うわっ!出た!」
ガタンと木製の板が倒れた音に男の悲鳴、ついで洞窟側から獣のけたたましい咆哮。
「姐さん!犬が起きて騒ぎだした!1匹抜け出してる!」
最深部で仕込みをしていた職人達があわてて逃げ出してきて叫ぶ。聞けば先程の音は飼育場エリアから逃げ出し、通路との入り口に木材の板を立て掛け簡易なバリケードとしたものらしい。だが魔力で並みの犬よりも膂力がある魔犬どもならすぐに板をぶち破るだろう。もう猶予はない。
プリムは穴の上から身を乗りだし叫ぶ。
「火経絡は?」
「繋いでます!」
「よっしゃあ!」
ハンマーを担いだまま岩肌から飛び降りる。
「アタシはぶっ壊したあと登る!あんた達も上でカレンを援護しな!」
男衆の威勢の良い返事を背中で受けながらプリムは穴に戻る。入り口から入ってすぐに奥の状況が見えた。立て掛けた木材の隙間から牙と爪がガリガリとはみ出し、抜け出そうとしてる。
「ハッ」
もう遅いとばかりに鼻で笑い、ドワーフは作業着のポケットから一枚の札と緑色の石……一族秘伝の魔石を取り出すと、重ねて洞窟の壁際に放り投げた。よく見ると壁に這わせる形でこよりのような細長い紙が何かに濡れながら洞窟の要所に張り巡らされている。職人達が仕込んだ導線だ。
「父にして母なる巨人よ、我等に炎の加護を与えたまへ!」
一族に伝わる呪文と共に、緑色に光る魔石にハンマーを叩きつける。衝突面から激しい火花を散らしながら、魔石が一瞬で砕ける。
直後、周囲の壁のこよりに火が灯り一斉に壁を伝い燃え出した。
「ドワーフの身内に手ぇ出したこと、地獄で後悔するんだね、畜生ども!」
巨人の血管を模した導火線が、次々に要所に仕掛けられた魔法具の心臓のようなからくり……火経絡に近づくのを見て、プリムは急いで穴から退避する。最初の魔犬がバリケードを食い破るが、敵を追うより先に火が火経絡に到達した。
閃光、衝撃、轟音、震動……一瞬の間に連鎖爆発が起こり、洞窟内から爆煙が吹き上がる。
「きゃあ!」
事前に聞いては居たが、足元での大爆発と揺れにカレンは悲鳴を上げる。だがまだ終わらない。
「来るよ、全員踏ん張りな!」
退避し、再び崖上に登ろうとするプリムの叫びのすぐあと、地響きが小山全体を揺らす。地下水脈による侵食とミネラルが凝固して柱となった鍾乳洞……その構造的要所を爆破、破壊したことで支えを失った天井部分が崩落したのだ。
「ギャオオオオン!」
轟音が鳴り響くなか獣の咆哮が悲鳴に変わる。岩盤の薄いポイントが崩落し大量の地下水と土砂が洞窟を埋めつくしていく。水が充満するなかでもドワーフが使う魔法の火は消えることなく、次々に定められたポイントを連鎖爆発していく。そして……
― ボゴォン! ―
地響きと爆音がなり響き、カレンの立つ囲いの
すぐ先の斜面が陥没する。
「ひゃああああ!」
間抜けな悲鳴を上げる魔女だったが、頭の中で逃げ出さない自分を褒める。背後の囲いの先でも土煙が上がったからだ。
「さあ!道が出来るよ!総員構えな!」
地響きの中再び斜面を登ってきたプリムが叫ぶ。草に覆われた薄い土が滑り落ち、岩肌が朝焼けに曝され始める。
カレンや職人達がいる木の策で囲まれたエリアはしっかりした岩盤が残っているが、その外側は崩れ落ち瓦礫のスロープが出来ている。そして……
「来たよカレン!一番!」
プリムの掛け声に合わせるかのように、瓦礫の下から慌ただしい物音がする。小さな土砂を掻き分け、真っ黒な毛並みと赤い瞳の魔犬が駆け上がる。
「うわわっ……せ、石化!」
杖を両手に構え、カレンは1番と番号が振られた穴に向けて魔力を解き放つ。瓦礫から脱出し地下水で濡れた魔犬の身体が石の膜で覆われ、穴から首を出したくらいで身動きが取れなくなる。
『水分を多量に含んだ土砂を石化させる』という唯一にして極めて限定的なカレンの錬金魔法。その御膳立てのためだけに、これだけの大規模な準備がなされていたのだ。
「そいさっ!」
そこにプリムが即座にハンマーを振り、魔犬の頭を潰す。
「ひぃぃえぇぇっ!?」
魔物と判っていても犬の形をした獣の死は衝撃が強い。カレンはドン引きするが、すぐに近くの職人達に我に帰らせられる。
「カレンさん!こっち!」
そちらを見ると2番と書かれた穴だ。ブラックドックが抜け出そうとしているが、想定よりも水の量が少なく濡れていない。職人達がバケツに入れた泥水をかけつつ、大型工具で無理やり獣の身体を押さえつけている。急がなければならない。
「せ、石化!」
急いで魔法をかける。数百体いた魔犬の内大半は爆発と崩落で仕留めただろうが、それでもかなりの数がこの意図的に作られた出口から逃げてくるはずだ。全てを仕留めなければならない。
(私の負担多くない!?)
バケツに泥水をかけるのも、固めた敵にトドメを刺すのも複数体制だが、肝心要な石化要員は自分一人だ。間に合わなければ死ぬ。
「うわあああ!」
半ば自棄になりながら、カレンは魔法を撃ちまくっていった。
〜〜〜〜〜〜
裏山の地響きと爆音は、ゴルトー商会でも聞こえていた。
「何事だ!」
居住エリアの寝室からボイルが顔を出す。慌てて黒スーツを羽織りながら、1階で集まり始めた部下達に尋ねる。
「裏山から……飼育場の辺りから煙が上がってます」
外の見晴らしのいい所から眺めたらしい部下が報告する。
「飼育場は見たのか?」
「いえ、……今日は見るなとのことだったので……」
「馬鹿どもが!」
思わず罵倒してから後悔する。臨機応変という概念を知らない馬鹿とはいえ、昨夜指示を出したのは自分だ。
「……様子を見にいくぞ。何人かはここを守れ」
念のため、愛用の小型杖とカレンの奴隷証明書
を持っていく。
(あの転生者、何をしやがった)
急いで店を出る悪徳商人の顔に、初めて焦りが浮かんでいた。
〜〜〜〜〜〜
爆発から数十分が経過した。朝日が完全に上り、山の惨状がはっきりと映し出され始めていた。
「もう一丁」
「カレンさん、こっちも!」
「こいつ……さっさとくたばれよ!」
監視、発見、拘束、石化、駆除……徐々に効率的になり流れ作業のように魔犬が屠られていく。
付近には数十体の死骸から流れる緑色の血が地下水と混ざり小さな緑色の川が出来始めていた。
「はぁっ、はあっ……石化……」
息を切らし額から玉のような汗を流しながら、カレンは何十度めかも忘れた魔法を放ち、魔犬を石化させてくる。汎用性が無さすぎて魔法を連発することが無かった彼女にとって初めての魔力切れだった。
(こんなに……キツいんだ……)
肉体的な疲労とは少し違う、脳が焼ききれそうになる感覚。集中力を手放して楽になりたいが、そうすれば命の危険がある。その緊張感が、魔法のクオリティを維持させ続けていた。
「もうそろそろ打ち止めだ。気合い入れな!」
返り血まみれのハンマーを振り抜きながらプリムが檄を飛ばす。確かに犬の出現ペースは落ちている。頭を潰しても石化した身体は残るためどんどん脱出できなくなるのだ。そうして生き埋めにして餓死させれば楽が出来る。
ならば最初から全て崩落で全滅させれば良いのではとも思いはするが、計画を考えるならばそういうわけにはいかない。第三者から見て自分達が倒した証が必要なのだ。と……
「貴様らぁ!」
ドスの効いた声が響く。最後の犬を処理してから、カレン達は汗だくの顔を声のする方に向ける。
「ボイル・ゴルトー……」
部下を数人引き連れた黒スーツの男。街の方角から来た彼らの目には、崩落し塞がれた洞窟の入り口と、その瓦礫の上で魔犬を屠り見下ろしてくるカレン達の姿が見えているのだろう。
「遅かったじゃないか」
カレンを庇うようにプリムが前に出る。額に青筋を浮かべる悪徳商人を前に、未亡人ドワーフは勝ち誇ってみせた。
「見ての通り、あんたのわんちゃんはみーんなあの世行きさ。これでこそこそ悪事は出来ないねぇ」
「クソ土人が……覚悟出来てるんだろうな」
震える手でボイルは懐に手を入れ小型杖を取り出す。その目は本気の殺意を湛えていた。カレンは疲労を圧し殺して叫ぶ。
「正当性の無い魔法行使による殺傷は重罪ですよ!」
「黙れクソアマ!てめぇはもう俺の奴隷なんだよ!」
化けの皮が剥がれ凶悪さを隠さなくなったボイルが魔法を唱えようとするが……
「いやあ、ちょうど良かった♪」
急にボイルから見て左方から声がしたのでそちらを向くと、木陰から2人の人物が姿を現す。正確には元々そこにいたのだろうが……
「こんなところでゴルトー商会の会長さんにお会いできるとは、手間が省けたっすよ」
「てめぇは、転生者の……」
白々しい猫なで声をあげるヤマトに杖を向けようとするボイルだったが、転生者の隣に知っている顔があり踏みとどまる。
(ギルドマスターが何故ここに?)
冒険者を支えるため宿屋等を営む冒険者ギルドのマスター。その大半は経験豊富な元冒険者の実力者であることが多い。
ボイルの僅かな躊躇の間に、ヤマトは会話の主導権を握り畳み掛ける。
「いや〜朝から済みませんね、早速ですけどゴルトー商会さんとウチとで取引しませんか?」
「……何を言っている?」
何もかもが分からない。主ごと奴隷落ちしたこいつに何が出来るというのか。
「プリム工房に肩入れするつもりならてめぇらはもう俺の……」
「ああ〜申し遅れました」
ニコニコとした笑みでヤマトは会話を遮りながら、何やら一枚の紙を取り出してボイルに示す。
「本日をもって、我がヤマト建設は冒険者パーティ兼冒険者ギルドとして登録されました」
「はぁ?」
いきなり予想外の言葉を告げられ、ボイルの思考がフリーズする。
「冒険者登録要件の一つ、魔法学校卒業資格があるカレンちゃんと、その転生勇者である俺は冒険者になれるんすよ。
んで、昨夜プリム工房さんから依頼されたこの山のブラックドッグ討伐案件を受諾して、契約させてもらいました」
「アンタ達が一昨日夜の事件を別口にしたみたいだから、ここのを討伐依頼を出しても文句は無いよね」
いつの間にやらプリムも瓦礫から降りてきており、ヤマトとボイルの間に立った。未亡人ドワーフは愉快そうに笑う。
「しっかし思ったよりも魔物が多くてねぇ、ヤマト建設さんに依頼料払えないから、店を担保に出しちまったよ」
勿論実際はヤマトとプリムで契約済みの書類をヤマトが一人で酒場に持ち込み、冒険者登録と並行して契約した形だ。詭弁極まりないがギルドマスター立会いのもと順序だてて行っているため、違法ではない。
「ふ、ふざけるなよ……」
だが当然、ボイルがそれを認めるわけがない。
「冒険者登録を利用して店を売り渡しただと?そんな口約束みたいなもので借金を無かったことに……」
「……なるわけはないっすよ。確かにウチは債権ごと引き受けます。ゴルトー商会様への300万ゴールド」
ただの転生者に払える額ではない。だがヤマトは、目の前の転生者は手品の種明かしをするようにボイルに告げる。
「そこで、業務の一貫で魔物素材の売却権を300万でお譲りしたいと思います」
「何をデタラメな、テメェが冒険者になったからと勝手に売れるもんじゃないだろう!」
「いやだなあ、冒険者だからとは言ってませんよ、これは冒険者ギルドとしての業務です」
ヤマトは別の書類を提示する。
「冒険者ギルドは冒険者として様々な功績がいるから普通は一朝一夕じゃできない……けどね、1個だけ抜け道があったんすよ」
ヤマトの言葉に、やれやれと側に居たマスターが口を開く。
「ギルド登録要件にはいくつかあるが、魔物討伐数50体というのがあってな。こいつを満たせば長期の経験はいらん。とはいえ審査は厳格にしなけりゃならんから俺が直々に視察しに来たんだが……」
マスターは瓦礫の上に転がる半石化した死骸の山を見上げる。ヤマト達が補足する。
「見える数が足りないなら、掘り起こして生き埋めにした数も数えましょっか?」
「やり方が気になるならこいつが作った図面と計画書も見るかい?」
カレンも図面と爆破計画をまとめた冊子を取り出しパラパラと捲る。図面部分は折り畳んであるだけでかなり大きく、爆破手順等はかなり細かく書かれており相当な頁数だ。ヤマト達とプリムが接触したのは一昨日が初めてだというのに、何時作られたものなのか。
(まさか……これがこいつの転生者スキルの一端か!?)
商売人としても経験したことがない手際と用意周到さにボイルは発言に詰まる。ヤマトは当然その隙を逃さない。
「犬達の住み処だった洞窟が鍾乳洞だったので、水脈が通っていることが予想できたんすよ。あとは図面に起こして薄いポイントを崩して、わざと生き残りが出来るようにしてキルゾーンを作る」
ボイルとマスターに手順を説明していく。生き埋めもある程度の素材が残るだろうが、何より石化して仕留めた個体は傷が石で塞がれており、体液等が相当質が良い状態で採れることが期待できるという。
「素材を全部自分等で捌いて売れば、400万を優に超える売却利益になりますよね。もちろんそのお金でも借金は返せますけど……」
ヘラヘラとした笑いでボイルにすり寄る。
「ゴルトー商会さんが自分で加工して売却すれば、そちらに入る利益は更に増えるっすよね。どうです?悪い話じゃないとおもうんすけど」
「ふっ……」
明らかに皮肉を込めた意味にこめかみに青筋が浮かぶボイル。
「ふざけるな!大体てめぇらが潰したのは俺の……」
「おやぁ?」
わざとらしく聞き耳を立てるジェスチャーをするプリム。
「俺の……何だい?まさか俺の魔犬とか言うんじゃあ無いだろうね?」
ハッとして口をつぐむボイル。失言に気付いた。
「裁判じゃあんた使い魔の登録は無いって話じゃなかったかい?もしそうなら裁判所と魔法局に届け出ようかねぇ?ここには第三者のマスターもいるし、発言には気を付けなよ?」
ニヤリとする未亡人に冷や汗を流す。
(嵌められた)
ここで魔犬は自分の所有物だと宣言すれば冒険者としての依頼は無効、ヤマト達のギルド登録も無効で、文無しの奴らは登録料も払えず冒険者と認められない。身分証明書が有効となりボイルの所有物になる。だが代わりにプリムが魔法局に届け出て先代の死に対しての疑惑が発生する。裁判に不利になる上にガサ入れをされれば余罪を追及されかねない。
「ボイルさん、俺らは何もあんたと潰しあいたい訳じゃないんすよ」
ヤマトが切り出す。飴と鞭、言いたいことは判っている。だがボイル側にはその選択肢をのむしかないことも、また判っていた。
「商売人同士、仲良くやりましょう」
ボイルは生まれてはじめて、商人の笑顔に敗北感を覚えていた。
〜〜〜〜〜〜
マスター立会いのもと、魔犬の売却契約が交わされた。書面上としてはプリム工房がヤマト建設に吸収され、その債権をヤマトが売却益をもって返済することになっているが、実態としては何も変わらない。ただゴルトー商会が使い魔達を屠殺して金に変え、プリム工房を諦めた形だ。
「後の手続きは書面を送る。銀行で振り込んでおけ」
そう吐き捨て、ボイルは足早にその場を立ち去った。
(さっさと帰って契約書を作らないとな、こいつを呪殺してやる)
帰り際に勇者と魔女を睨み付ける。
(覚えておけ、カレン・コーネリア、勇者ヤマト!)
……だが、彼に呪う余裕は訪れなかった。ザクバの死に関連して魔法局の支部が参考に接触をしてきたのだ。プリム工房に書類が届く頃には、ゴルトー商会は健在ながら会長であるボイル・ゴルトーは失踪扱いとなっていく。
一方、プリム達はというと……
「こ、怖かった……」
恐る恐る、瓦礫の斜面を降りてくるカレン。ボイルとの問答では彼が漲らせる殺意と魔力の波動、そして自分が奴隷堕ちさせられるかもという恐怖で何も出来なかった。
「やったよカレン、アンタ達のお陰だ!」
小さな身体を飛びはねさせながらプリムが喜ぶ。カレンに遅れて降りてきた職人達も、思い思いに身体を伸ばしていた。
「これで、大丈夫なんですね」
実感はないが、話を整理すればプリムも自分も救われたことになる。流石に礼をしなければならない。
「あの……ヤマト社長……ありが」
「あ、ううん……」
― バタン ―
話を聞いていた男が突然倒れ付した。
「えぇ!?」
仰天して駆け寄るカレン。プリムも心配する。
「大丈夫かい?まさかボイルの奴が魔法で……」
不安がよぎるが、すぐに間違いだと悟る。何故なら……
「すぴー……すぴー……」
抱き起こしたカレンの膝の上で、可愛らしい寝息が聞こえている。
「え、寝てる……?」
唖然とするカレンの横で、ドワーフがポンと手を叩く。
「あっ、こいつ二徹してたわ」
「な、何なんですかこの人〜」
せっかく勇気を出して言おうとした感謝の言葉を邪魔され嘆くカレン。
だが何はともあれ、こうしてプリム工房を巡る危機はさり、同時に冒険者ギルド『ヤマト建設』がこの世界に誕生したのだった。
これからこの会社がこの世界に何を成すのか、安らかに寝息を立てているヤマトには知るよしもなかった。
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