7.ブライダルベール(幸せを願っています)
昨日の夜、芽依から【私に伝えなきゃいけないこと】を聞いた。それはずっと私が気になっていたこと。けれど、真実を聞いた時私は後悔した。この世界は二つに分かれていて彼女はもう一つの世界の私だという。向こうの世界で亡くなって気がついたらこちらの世界に迷い込んでいた。そして、自分と同じ結末を迎えない為に私を救うことを選んでくれた。
そんな彼女は、真実を告げた今、もうすぐ消えてしまう。
朝目覚めると不意にベッドの横で寝ている彼女に目をやってしまう。私が寝ている間に消えてしまうんじゃないかと思い、目が覚めると必ず確認してしまう。消えてしまうって言ってたけど、それはいつなんだろう。真実を知ったあの日から今日で六日が経とうとしていた。もしかしたらこのまま、彼女が消えないで済むんじゃないかとさえ思っていた。
横ですぅすぅと寝息を立てる彼女を見て一安心する。もうすぐ、消えてしまう人の寝顔ではないな。そう思えるほど、芽依の寝顔は穏やかだった。
いなくならないでよ・・・日に日にその思いが強くなっていく。
「んぅーー」と寝起きの声が聞こえてる。どうやら彼女が起きるみたいだ。ぼさぼさの髪の毛をしながら、声にならない声で「おはよー」と私の方を向きながら言う。
「おはよ、眠そうだね」
「りゃー・・・おき、だからね・・・」
まだ寝起きで口がスムーズに動かないらしい。私が「顔洗ってきたら?」と言うと彼女は寝起きの重い体を起こして洗面所へ行った。私もベッドから降り朝ごはんの支度をゆっくりと始めた。
冷蔵庫の中には昨日買っておいた卵とベーコンがあったのでそれを使ってベーコンエッグトーストでも作ろうと思った。フライパンに油を引きベーコンを焼いていく。その匂いが洗面所まで届いたのだろう。めっちゃいい匂いと洗面所の方から聞こえてきた。
ベーコンの上に卵を落とし焼いていく。ベーコンの塩っ気があるので塩コショウは少なめにかける。ベーコンが焦げない程度に火を強め、好みの肩さになるように卵を焼いていくのだけれど、私と芽依では卵の焼き加減で好みが違い、半熟がいい彼女と割としっかり目に焼きたい私で意見が分かれる。本当に彼女とは好みが分かれることが多い。けれど私は、それが嬉しく感じる。芽依と意見が分かれる度にそこに芽依がいることを感じられる気がするからなんだと思う。
ベーコンエッグが出来上がり、タイミングよくトーストが焼け芽依も洗面所から帰ってきた。
「うっわー、美味しそう!朝から真奈のご飯が食べられるなんて幸せだ~」
「大げさだよ。ベーコン焼いて、卵焼いただけだよ?」
「真奈が作ったって事実が大事なんだよ!あーいいな、将来真奈の恋人になる人は毎日真奈の料理を食べれるんだしー」
残念がる彼女の言葉の中に「将来」という言葉が重く感じる。芽依にはもう将来がないんだと改めて実感し、悔しさで心が張り裂けそうになる。私は芽依のおかげでこれからを生きていくことが出来る。でも、芽依に未来はやってこない・・・私じゃなく芽依だったら、笑った笑顔も可愛いしとても眩しい、性格だって愛嬌があって社交的、恋人の一人や二人簡単に出来る思う。やっぱり、私じゃなくて芽依がこれからを生きていく方が絶対にいい・・・
そんなことを考えていたら、こめかみを軽い痛みが走った。
「イタっ、何すんの」
彼女は突然私のこめかみに向かってデコピンをお見舞いしたのだ。
「そんな暗い顔して、まーたなんか思い込んでたでしょ」
「何も思ってないよ・・・」
「うそつけー。どうせ、『自分の代わりに芽依がこれからの未来を生きていった方がいい』なんて思ってたんでしょ」
なんで彼女はすぐに私の考えていることが分かるんだろう。やっぱり同一人物だからなのかな・・・
「でも、実際芽依が未来を生きた方が絶対明るいでしょ・・・」
「そんなことはないよ。きっと真奈のこれからの未来は今まで以上に明るくなると思う。と言うかそうなってもらわないと私が困るんだけど!それともまだ何か不安でもあるの?あるんだったら、私が全部持っていってあげる。だから話して」
優しい声で話す彼女に私は我慢することが出来なかった。
「やっぱり私は芽依がいないこの世界で生きていくのはどうしようもなく辛いの。だから、私も芽依と一緒に消える・・・」
そうすれば芽依と一緒にいられるかもしれない。芽依がいない世界で生きていくよりも、芽依と一緒にいられるかもしれないという方を選んだ方が私は良かった。
けれど、彼女に私の思いは届かなかった。次の瞬間、私の頬に強い衝撃と熱が走った。
「そんなこと言わないで!それって真奈も死ぬって事じゃん!なんでそんなこと言うの!どうして私が真奈の事救ったか分かる?」
私はあまりの衝撃に言葉が出なかった。
「これからの未来を精一杯生きて欲しいからだよ。私が生きられなかった分も真奈には生きて欲しい。見ることがなかった未来を見てきてよ。それで、真奈が生き抜いた人生を私に教えてよ。こんなことがあったんだよって」
彼女の言う通りだ。私は芽依と一緒にいたいという気持ちが先走り過ぎて芽依の気持ちを一切考えれていなかった。芽依がどんな思いで私を探し、見つけ、芽依自身も経験したあの過去から必死に救ってくれたというのに。それなのに私は彼女の思いを踏みにじって自分の願いだけを叶えようとした。それで本当に友達と言えるだろうか。言えないに決まっている。私は心の底から、自分が吐いた言葉に後悔した。
「ごめん・・・そんなつもりじゃなった」
私が言うと彼女はそっと近づき柔らかく私の事を抱きしめた。
「分かってる。そうやって思ってくれるほど、私を必要としてくれたんだよね。嬉しいけど、もう二度とあんなことは言わないで」
優しい声で柔らかい肌で私を包み込む。私はぎゅっと、彼女を抱きしめた。
すると、「ほら、せっかく真奈が作ってくれたのに冷めちゃうよ!はやく一緒に食べよ!」
そう芽依に促され私達は朝食を共にした。
朝食を取った後は芽依の提案で私達が初めて出会ったときに訪れた花屋に行くことになった。花屋はスーパーの先にあり途中で芽依が好きな、あの桜の名所を通った。満開になってからそろそろ一週間が経とうとしている。
ふと、桜に目をやると少しづつ花びらが風で散っていく様子が目の奥に飛び込んできた。それは彼女の目にも同じように映っていた。
「桜散り始めてるね・・・」
その声は少しだけ哀愁を帯びていた。
「ほんとだね」と私も続く。
「でも、寂しくはないかな。真奈が前に言ったように、来年も会えるようにっていう約束を今してると思うから。だから、寂しくはない・・・」
その言葉の裏には何かが隠れているようにも見えたが今はまだ、それに気づかないようにしよう。気づいてしまうと私は涙が止まらなくなると思う。
花屋に着くと外にはシクラメン、パンジーやビオラという花のネームカードが刺された花が花屋の玄関を彩るように飾られていた。パンジーやビオラは紫や黄色、ワインレッド、さらには白色といった様々な色で咲いていた。
花屋が遠くに見えたときから彼女の興奮が収まらず花屋に着いた今は、さらに生き生きとしていた。何度見ても花を見る時の彼女が一番輝いて見える。
「真奈見てめっちゃ綺麗~」
花屋の玄関に飾られた花達を指さし、笑顔になる彼女。
「ほんとだ、すごい色とりどりだね。シクラメンに、パンジーにビオラ。私どれも初めて見た」
「この花達はどれも冬の寒さに強い花達なんだ!三つとも冬の寒さに強くて春頃まで咲くんだ」
「花言葉は何ていうの?」
「シクラメンは全体的なテーマだと、【はにかみ】とか【遠慮】って言うの」
「色ごとに花言葉も変わっていくんだよね」
「お、よく覚えてるね!」
そりゃあ、今までどれだけ芽依から花の知識を教えてもらったと思うの。私はその思いを表情に込めて彼女に微笑みだけを返した。
「パンジーとビオラの花言葉はー?」
あとの二つも気になり芽依に聞いてみた。
「パンジーとビオラの花言葉はどっちも似てるの」
へぇーそうなんだと相槌を交わす。
「花言葉は真奈が聞いたら絶対重いって言うよ」
ん-どうかな?と首をかしげながら彼女に答えた。
「パンジーもビオラも花言葉は【もの思い】とか【私を思って】とか後は、【思い出】っていう意味も込められていたはず」
重いねと一言返す。
「ははっ、絶対言うと思った!」
「クリスマスローズの花言葉と同じ感じがするよ」
「それも覚えてるんだ!じゃあ、クリスマスローズの花言葉は?せーのっ」
芽依の言葉の後に二人で一斉にクリスマスローズの花言葉を言い合った。けれど、やっぱり私達の意見が合うことは無いみたいだ。
「私の不安を和らげて!私を忘れないで!」
「なんでそっちなの!クリスマスローズと言えば【私を忘れないで】でしょ」と芽依が答える。
「いや、絶対こっちの方がそっちより儚くていいって!」
ことごとく合わない意見に私達は顔を見合って笑い合った。
すると、店の外が賑わっていることに気づいた店員が中から出てきた。出てきたのは、あの時花をプレゼントしてくれた女性の店員だった。
「いらっしゃいませ、ってあれ?君達・・・」
言われると社交的な芽依がすぐさま返事を返す。
「はい、あの時はどうもありがとうございました!フリージアとっても可愛かったです!」
私も芽依の後を追うようにお礼を言った。
「やっぱり、そうだよね。あの時フリージアを渡した子達だ。レジから見ててほんとに仲良く見えたから、フリージアの花言葉が似合いそうだなって思ってプレゼントしたの」
女性店員は嬉しそうに話すがあの時の私はまだ、芽依の事を友達と思っていなかった。似合うどころか、相応しくないとさえ思っていた。
けれど今は、フリージアの花言葉【親愛の情】が私達にぴったりかと言われれば、少し大袈裟で恥ずかしいのだけれど、決して相応しくないとは思わないし、思いたくもなかった。
「それで今日は何を見に来たの?」
女性店員が軽やかな声でたずねる。
「これっ!っていう目的があったわけじゃなくて、ただ花が好きで見に来たんです」
「そうだったんだ!もし気に入った花があったら言ってね。特別にプレゼンとしてあげる」
いいんですか!と目を輝かせながら振り返り、急に私の手を彼女は握りしめた。
「じゃあ真奈、お互いに花を送り合おうよ!」
「でも、私まだ花の知識ちょっとしか知らないし・・・」
芽依の持つ花の知識に比べれば私なんてまだひよっこだ。
どうしようか悩んでいたら、女性店員が「花の事で困ったら教えて。私も花の知識には自信があるの」と静かにそして優しく私に耳打ちをした。良かった、私にも芽依に似合う花が見つけれそうだ。花の雰囲気だけで選んでも良かったのだけれど、どうせなら花言葉も意識してプレゼントしたいと思った。
ここからは芽依と少し離れお互いに似合う花を探し始めた。
店内には花の下にネーミングプレートがあったので初めて見る花でも、困ることは無かった。
目を転がしていくとランナキュラスやカスミソウと書かれた初めて見る花やアネモネ、バラ、チューリップと言った聞いたことがある花もちらほら置いてあった。けれど、花言葉については芽依から教わったものしか分からなかったのでその度に女性店員に助けを求めた。そして、さすがは花屋の店員だ。私が聞くたびにすらすらと出てくる花言葉や花の知識は芽依と同じか、はたまたそれ以上かと思うほど詳しかった。
探し始めてから気づけば一時間以上が経っていた。
けれど、未だに彼女に似合う花は見つかっていない。花の雰囲気と花言葉が彼女になかなか一致しない。私はどれを送ったらいいのか分からなくなり再び女性店員に助けを求めた。
「あ、あのすみません」
私が言うと「何かお困りのようだね」と微笑みを見せながら駆け寄ってきた。
「まだ彼女に似合う花が見つからなくて。どの花をプレゼントすればいいのか分からなくて・・・」
「んーーー」と考えた末、少し間を溜めて口を開いた。
「あんまり深く考えすぎなくてもいいんじゃないかな。芽依ちゃんはきっと真奈ちゃんが選んでくれた花だったらどんな花でも喜んでくれると思うよ。それに普段の芽依ちゃんをよく見てる真奈ちゃんなら、おのずと見つかるよ」
そう言われ、ふと私の目に留まった花があった。そして、その花の花言葉を聞いた時私はそれを彼女にプレゼントしようと思った。
お互いに送り合う花を選び終え、別々にラッピングしてもらい帰り道も芽依の提案でバラバラに帰ることにした。お互いの選んだ花が何なのか気づかれないためということだった。私は女性店員にお礼を言い、帰路についた。
芽依は一体どんな花を選んだのだろう。
その花にはどんな花言葉があるんだろう。
いくら考えても全く想像がつかない。
私が選んだ花喜んでくれるかな・・・
そんなことを考えていたらいつの間にか家に着いていた。ドアを開けると玄関には芽依の靴があり既に帰ってきていたみたいだ。
「ただいまー」と声をかけるといつもみたいに「おかえりー」と声が帰ってきた。良かった、彼女はまだ存在している。
私は持っている花を背中に隠し、ゆっくりと部屋の中へ入った。
すると「おーもしや、その背中には私に送る花があるんじゃなかろーか」といつものおどけた口調で言う彼女。人に花など送ったことがない私は、照れくさい表情をなんとか誤魔化して芽依に花を贈った。
「わぁぁぁぁぁぁ!すごい、サイネリアだ!」
浅く切れ込みが入った葉に十三枚の花びらを持つのが特徴的な花で色はピンクと白を選んだ。「真奈のセンスいい~」と褒めてくる彼女に余計照れくさくなる。
「芽依はサイネリアの花言葉知ってる?」
彼女にその質問は愚問だったか。
「サイネリアの花言葉は【快活】【喜び】【希望】そして、色がピンクであれば【明るい笑顔】白なら【悩み】かな」
やっぱり芽依の花の知識は計り知れない。一瞬で見た花の名前とその花言葉が分かってしまうのだから。
「店員さんからサイネリアの花言葉を聞いた時、この花しかないなって思った。私の目に映る普段の芽依にそっくりだったよ」
サイネリアは元気に咲いているようで冬の寒さに必死に耐えるという困難に悩まされている花だと教えてもらった。その様子が本当に芽依にそっくりだった。私に真実を伝えなきゃいけない。けれど、それをしてしまうと自分は消えてしまう。そんな思いに悩まされながらも私の前では明るい笑顔を作りながら私に希望を与えてくれた。この花以外に芽依に合う花はないと思った。
「そっかー私はサイネリアみたいなのか~」
顔を綻ばせながらラッピングされたサイネリアを芽依は優しく抱きしめる。
「今度は芽依の番だよ。私にプレゼントする花見せてよ」
聞くと彼女は「今はダメ~時が来たら見してあげる」と誤魔化した。けれど、今すぐ気になった私は「今、見せてよ」と言い寄ったが「ダメなものはダメだよ」と念押しされたので仕方なく折れることにした。
朝早くから起きていたためお昼ご飯を食べた後、私達は突然の睡魔に襲われいつの間にか二人とも眠りについていた。
目が覚めた時にはもう夜の八時だった。いつものように芽依が存在しているかの確認をする。そこには寝ていたはずの芽依は居なかった。
芽依・・・鼓動が一気に早くなる。心臓が自分の物じゃないみたいに息をする。今度は「芽依どこ・・・」と口に出して呼ぶと「どうしたの・・・そんなに叫んで」と慌ててテーブルの方から顔を出した。良かった、まだそばにいる・・・いつか来てしまうその時を私はまだ受け入れる覚悟が出来ずにいた。
「ごめん、なんでもない・・・」
私が俯くとそれをみた芽依が「真奈、桜見に行こうよ!」と言い出した。きっと私を元気づけるためだろう。私は首を立てに振り桜を見に行くことにした。
「先に外で待ってて!」と言われたので靴を履いて彼女の言う通り外で待つことにした。数分も経てば「お待たせ、では行きますか!」と彼女らしいいつもの元気を私も貰いながらあの場所へ向かった。
冬の冷たい風が今日はなんだか落ち着いている。そのせいで静かな緊張感のようものが私の中を駆け巡る。きっと、今日なんだろう・・・私はぎゅっと自分の拳を握りしめた。覚悟をしなくては・・・芽依が・・・いなくなる覚悟を・・・。
名所に着くと満開の時に来た時よりも少しだけ桜が少ない気がした。地面に目をやると散ってしまった桜が無残にも道に広がっている。その光景から目を逸らす様に私の前をゆっくりと歩く芽依の背中を見つめた。静寂すぎる空間に私達だけの足音が響く。まるで今この空間には、私と芽依と桜しか存在していないような気がした。
すると静寂を言葉で割るように芽依が話し始めた。
「桜、段々散ってきてるね」
か細い声で話す彼女。
「満開から一週間で散り始めるんだよね」
「そう、もうすぐ一週間」
芽依が、私に真実を伝えてから経つ日にちも、明日で一週間。止まらない震えと恐怖を必死に押し殺し、勇気を出して芽依にたずねた。
「今日だよね・・・多分芽依がいなくなるの・・・」
もうちょっとだけ側にいれるよなんて言葉は帰ってこなかった。
芽依は笑顔を作って「そうみたい」と答えた。
けれど、その笑顔は自然に出たものではなく、明らかに無理やり作られた笑顔でいつもの芽依の笑顔ではなかった。きっと芽依も、どうしよもなく怖いのだろう。
「なんか今朝、起きたときから体の感覚がないんだよね。多分、明日が私の死んじゃった日だから、前日の今日に消えるんだろうね」
芽依が消えてしまうのに私は何も出来ない。底から湧き上がる自分の無力さを痛感する。
「ごめん、何も出来なくて・・・」
「なんで真奈が謝るの。私は真奈から色んなものを貰ったよ。友達として一緒に過ごした時間も、植物園のチケットも、サイネリアの花も、それに真奈の笑顔だってそう。写真を撮るとき、ちょっぴり笑顔が下手になるのも知れた!」
それは今言わなくていいよと心の内で思う。
「もう十分すぎる程、貰ったんだよ。真奈、ほんとにありがと」
そう言いながら笑顔を見せる。今度はいつもの芽依の眩しい笑顔だった。
「ねぇ芽依・・・いくつか質問していい?」
「いいよ」と柔らかな声が帰ってくる。
私は芽依から真実を聞いてからずっと気になっていたことがある。それは名前だ。向こうの世界では芽依は私と同じ、樋口真奈という名前だったはず。
「なんで吉野芽依って名前にしたの。なんとなく?」
「なんとなくではないよ。ほら、私は桜が好きって言ったことあるでしょ」
桜が好き・・・吉野芽依。ヨシノメイ、メイ・・・ヨシノ・・・
「もしかして、ソメイヨシノから取ったの?」
「せいかーい!気づくの遅かったね」
そうか、初めて桜を一緒に見に行った時、芽依が桜に触れながら言ったあの言葉。
「桜は長く咲いてられないんだよ。春の訪れっていう大事なことを告げて散っていく。まだ咲いていたいとどれだけ願ったとしてもそれが叶うことはない」
あの時芽依は、自分のことを桜に例えていたんだ。
「自分を桜に例えるなんてあの時実はセンチメンタルみたいなこと言ってたんだ」
「悪かったね、センチメンタルな人間で!真奈だって、ロマンチストなんだし私と大して変わんないからね!」
指を差し合いながらちょっぴり恥ずかしい内面をお互いにからかい笑い合う。明日からは、こうしてお互いにふざけ合いながら、からかったり、からかわれたりすることもなくなるんだ。あぁ、必死に我慢していたものが溢れそうだ。
すると芽依がすぅ、と息を吸い込み深呼吸し「よしっ」といい桜の木の下で立ち止まった。
「真奈、写真撮ろう、写真!桜を背景にしたら、絶対いいのが撮れるよ!」
「私が写真映り悪いこと知ってるよね」
そう言うと「大丈夫だって、誰に見せるとかでもないんだから!」と芽依に手を引かれ、私は桜の木の下へ連れていかれた。
「ほらはやく、携帯出して!」
芽依は写真を撮る気満々だったので、もう流れるように私は身を任した。
「行くよ、はいチー・・・真奈もっと笑って!」
「こ、こう?」
「んーなんか笑顔が不自然なんだよねー」
それは私が一番思っている。写真の時に上手く笑えないのは自分でも分からない。おそらく撮られているという緊張からくるものなんだろう。
「あ、そうだ!」と何かを思い出したかのように芽依がはっとした。そして「真奈、ちょっとだけ耳貸して」と言うと何かをこそこそと私に耳打ちし始めた。
そして、その瞬間私は「ははっ!」と笑顔がこぼれた。その自然な笑顔を芽依は取り逃さずしっかりシャッターに収めた。
「真奈、見て!めっちゃいい写真撮れた」
その写真には芽衣のおかげで自然に笑う私と、芽依らしいいつもの眩しい笑顔が映っていた。この写真は、私にとって宝物になるだろう。
「もし寂しくてどうしようもなくなったら、私と撮った写真を思い出してね」
「毎日見ると思う」
芽依に向かってそう言うと「それは嬉しくて泣いちゃいそう」と笑いながらそう言った。
そして、芽依のその言葉と同時に静かだった空間に冬の冷たい風が何度も何度も吹き始めた。その影響で桜の花びらが散り、桜吹雪となって辺りを舞う。
私達は身に染みるように「すごい・・・」と二人で言い合う。そしてその桜吹雪はまるで時が来たと告げるようだった。
「もう時間みたいだね」と芽依は胸を撫で下ろす。
「芽依・・・行かないでよ・・・」
本音を隠し切れない。
「ごめんね。それは出来ないみたい」
「やっぱり私は芽依と一緒にいたいよ」
私もだよと芽依も答える。
「真奈、最後に二つだけお願い聞いてくれない?」
なんでも言って。芽依が後悔を残さないために私は大きく頷いた。
「一つ目は最後はお互い笑い合ってお別れしよ!」
私は涙をぐっとこらえ、「分かった」と芽依に言う。
「二つ目は私の事抱きしめて!」
その願いを言われた瞬間に私は迷わず芽依を抱きしめた。芽依の温もりを感じられるのも本当にこれが最後。私は強く、けれど優しく、芽依の事を抱きしめた。
桜吹雪が二人を包み込むようにさらに舞い上がる。
「真奈、短い時間だったけどほんとにありがと。真奈と過ごす時間は私が生きた人生の中で一番大切なものになったよ!笑顔になってくれてありがと!私と友達になってくれてありがと!」
芽依の温もりが段々と感じなくなっていく。抱き合っているはずなのに芽依から感じる肌の感触が遠ざかっていく。
「私の方こそありがと。私の中にあった暗闇を芽依は晴らしてくれた!そのおかげで私は一歩を踏み出すことが出来た!芽依がいなかったらこんなに笑えなかったよ!私と友達でいてくれてほんとにありがと!絶対に芽依の事を忘れない!」
「バイバイ真奈!」
「バイ・・・バイ・・・芽依」
最後は笑ってお別れしたいという芽依の願いを聞き入れ私は笑顔で感謝の気持ちを伝えた。けれど、体は正直だ。芽依の願いを聞き入れても涙を止めることが出来ない。泣きながら、でも笑いながら。芽依に私の思いをぶつけた。きっとこの時の顔はもう泣いているのか、笑っているのか分からないぐらい、ぐしゃぐしゃになっていたと思う。
桜吹雪がやむと同時に芽依は私の前から散ってしまった。私は膝から崩れ落ちた。さっきまで抱きしめ、感じていた芽依の温もりも肌の感触も何もかも感じなくなっていた。顔を上げてもそこには誰もいない。目の前にあるのは散ってしまった桜の花びらだけ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、芽依・・・・・行かないでよ・・・」私は感情が抑えきれなかった。地面に這いつくばり、泣いて、泣いて、泣きまくった。
けれど、どれだけ泣いても芽依は戻っては来ない。体が勝手に涙を止めるまで私は泣き止むことが出来なかった。
すると、ぽつんと私の手の甲に桜の花びらが落ちてきた。桜吹雪はとっくに止んで、風も吹いていない。けれど、たった一つの桜の花びらが確かに落ちてきた。木の枝に乗っていたやつがたまたま、落ちただけかもしれないけど。私はその花びらが芽依自身のように感じた。
「いつまで泣いてるの!ほら、風邪引いちゃうよ!」と私に語り掛けてきたように感じた。
そうだよね、いつまでも泣いてたら芽依が安心できないよね。私は足に力を込めて立ち上がった。そして、喪失感を抱きながら寂しさで崩れないように一歩づつゆっくりと私は家に帰った。
家につき携帯の時刻を確認するともうとっくに日付がまわっていた。玄関には芽衣の靴はない。当たり前だ。
でも、もしかしたら何かの間違いで芽依が家にいるかもしれない。そう思い「ただいまー」と奥まで届くように声を張る。帰ってくるのは静けさのみだった。
そんな静けさの中、部屋に入ると窓から月の光が仕込んでいた。そうだ、カーテンも閉めずに出てきたんだった。そう思いながらふと、月の光が一直線にテーブルに向かって伸びているのに気づいた。なんだか芽依が指を差しているようにも感じた。
そこにあったのはラッピングされている花とその下に白い手紙のようなものだった。私は息つく間もなくテーブルへ駆け寄った。きっと芽依から私に向けた花のプレゼントだ。花は木で出来たフラワーベースに入れられており、濃緑色の葉と暗紫色の茎に1cmにも満たない白い小花があちらこちらに咲いている。
私が見たことのない花だ。きっとこの手紙にこの花の名前が書かれているはず。私はすぐに手紙を読み始めた。
真奈へ
さっきぶりだね!
これを読んでる頃には私はもう消えちゃってるよね。ってなんか物語によく出てくる手紙の始まり方になっちゃった。だいたいこういう始まり方だよね(笑)私もそれに便乗して書くことにしました!
まずは真奈、私はあなたと出会えてよかった。真奈に勇気を出して「友達になって」って言った時、何度も何度も断られたよね。それでも友達になろうとする私に「私は友達なんていらない。友達なんか作ってもいいことなんて一つもないから」真奈は私に向かってこう言った。これを聞いた時、やっぱりこっちの世界の真奈も中学生の時に合った過去を引きずって生きているんだなと思った。
このままいくと私と同じ運命にあってしまう。そう思うと私自身怖くなってこっちの世界の真奈は絶対に同じ目に合わせないし、私が救って見せる。過去を乗り越えさせるって気持ちになった。
でも最初は全然ダメだった。からかってるんですかって怒らせたり、真奈の気持ちも考えずにあけすけと言葉を言っちゃったよね。本当にごめん。もっと上手なやり方もあったかもしれないけど、私にはあんなやり方しか思いつかなかった。
ただ、粘りに粘って私の不器用なやり方が功を奏したのか真奈と友達になることに成功しました!よくやった私!
でも、あの時友達になれったって思ってたのは多分私だけだよね。真奈が本当に私の事を友達として認めてくれたのはもっと先だった。
真奈のバイト先に行ったとき久しぶりに祥子さんに会えたのは感動したなぁ!相変わらず美人でびっくりした。あんなに美人だったら、さぞかし人生楽しいんだろうなー。あ、ちなみに真奈もめっちゃ可愛いからねもっと自信もって!(付け足す様に言わなくていいよ。私より芽依の方が可愛い)
ちょっとだけ祥子さんが私の事を覚えていないかなって淡い期待したけど世界が違えば、そりゃあ初めましてになるよね。悔しい!(どこかで会ったことあるようなとは言ってたよ)
ここで私から突然のクイズです!この日、夜に食べた夜ご飯は何でしょう!(ピザでしょ。ちゃんと覚えてるよ)
ちゃんと考えたー?(ちゃんと考えた)
正解はマルゲリータピザと、ハワイアンピザでした!真奈の事だろうからどうせ「ピザ」ってまとめて言ったでしょ?それはちゃんと考えてないので不正解にします!
(今度会った時、絶対からかってやる。ってもう会えないか・・・)視界がぼやけて、文字が見えにくくなる。
もう真奈とピザ食べれないの悲しいなぁ。
真奈が祥子さんから植物園のチケット貰ってきた時、本当にテンション上がったよ!私にとっては天国みたいなところだからね。祥子さんと真奈に感謝してもしきれません!本当にありがとう!
植物園で色んな花を見たよね。フウリンブッソウゲは実はあんまり知らなかった。(知ってる)植物園の醍醐味はそこなんだよねー。自分の知らない花を知れてまた一つは何詳しくなる。ちなみに後で調べたんだけど、フウリンブッソウゲの花言葉は【繊細な美】【淑やかな愛】なんだって。真奈の心に似てる気がする。派手過ぎない奥ゆかしさがある感じが特に(本気で言ってるのかな)
そして私にとって、そんな天国みたいな場所で真奈が自然に笑ったあの笑顔。ずっと私の記憶に残ってるよ。真奈があんな笑顔をしてくれて私もすごく嬉しかった。だから、これからもあの素敵な笑顔をして生きていってね!
寂しくなったらネモフィラの前で撮った写真も見返していいからね!というか見返せ!(ふふっ、分かったよ)
真奈と見に行った私の大好きな桜を見れる場所。一緒に行ってくれてありがと。あの日ぐらいからかな。もう私に時間が残されてないって感じがしてきたのは。真奈に真実を伝えなくちゃいけない。でも、伝えてしまうと真奈と過ごす時間がもう終わりだと自分で言うみたいですごく辛かった。もっと真奈と一緒にいたいって思っても神様はそれを許してくれそうにはなかった。
せっかく真奈に「芽依と友達になれてよかった」って言ってもらえたのに私はまた自分を一人にさせてしまった。ほんとにごめんね真奈
(手紙に書かれてあるその文字が少しだけ滲んでいた。きっと芽依が泣いた証なんだろう)
真奈に真実を告げた時、私はてっきりまた冗談言ってるんだ。ぐらいの感覚であしらわれると思っていたよ。そしたら、あんな真剣な眼差しで信じるよって言うんだもん。嬉しくて、本当に泣くの我慢したんだから。あんな現実離れした話を信じてくれてありがと。
真奈に真実を告げた次の日、一緒に花屋に行って花をお互いに選び合ったよね。店内で真剣に悩む真奈を見て、これは私も全力で選ばないとなって思った。それが誠意ってもんだよね。真奈が私にくれたサイネリアの花、本当に嬉しかった。色んな事を思って選んでくれたのが伝わってきた。ありがと。
私はとにかく真奈に一番届けたい気持ちを優先して選んだよ。テーブルの上に置いてある花を私は真奈に送ります。
花の名前はブライダルベール。名前からして幸せそうでいいでしょ!小さな白い花がいくつも散りばめられて、その一つ一つが幸福を呼んでくるの。
ブライダルベールの花言葉は【あなたの幸せを心から願っています】
私は真奈の幸せを心から願っています。
いつかまたどこかで会えたらいいね!
じゃあ、またね私の一番の友達!
追伸 頬っぺた叩いてごめんね
収まっていた涙と感情がまた溢れ出す。
「芽依・・・出てきてよ・・・いつもみたいにあの笑顔私に見せてよ・・・」
辛くて寂しくて苦しくて、どうしようもない。芽依の声が聴きたい。芽依の笑顔が見たい。「寂しくなったら一緒に撮った写真を見返してね」私は芽依のその言葉を思い出した。私はポケットにしまい込んでいた携帯を取り出す。写真のアプリを起動させる。芽依との思いで・・・お願いあって・・・
携帯の画面に涙の雫がぽつぽつと落ちていく。ネモフィラで撮った写真も桜の前で撮った写真もフォルダには残っていた。
けれど、そのどれも芽依の姿だけが映っていなかった。写真の中に映っているのは私がたった一人だけ笑っている写真のみ。
「これじゃあ、写真撮った意味ないよ・・・」
私は床にうずくまり何度も、何度も声がなくなるまで泣き続け、そんな私を月明りが無慈悲に照らし続けた。




