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5.ライラック(友情)

 植物園に行くことを約束してから五日が経とうとしていた。本当なら、ピザを食べた次の日に行くはずだったが連日の雨の影響で行けずじまいになっていた。植物園は室内が一般的で、私たちが行く植物園も室内だ。

 ただ雨が降っていると外で鑑賞できる花に、コラボしているデジタル会社のライトアップが施されないようで全て満足に見れないのは勿体ない。と彼女の要望通り天候が良くなってから行くことにした。

 次の日の朝すっかり雨は上がっており、雲はなく太陽は元気に顔を出していた。

「真奈、起きて!晴れてるよ!」

まだ視界がぼやけている状態で時計をちらりと見ると朝の八時だった。


「おは・・・よ、芽依・・・」


「やっと今日行けるね!ほら、はやく準備しよ!」


「朝から元気だね」


「そりゃ、もう待ちに待った植物園ですから!」

いつ見ても変わらない彼女の賑やかさは、私の眠気をいとも簡単に吹き飛ばしていった。

 朝食はお互い食パンを焼いて食べた。それから歯を磨き、鏡に映ったぼさぼさの髪を解いてから着替えることにした。着替え終わった私は彼女の服が初めて出会った時の服しかないことを思い出した。

「芽依ってあれしか服持ってきてないよね?」


「うん!あれしかないかな」


「じゃあ私の服どれか貸してあげる。って言ってもオシャレな服は持ってないけど」


「全然あれでいいのに」


「雨降った後だから寒くてあれじゃ風邪ひくよ」


「分かった、じゃあこのパーカーとアウター借りるよ!真奈は何着るの?」

 

「私はいつものこのセーターとコートでいいかな」すると彼女が私の方を見て何か物足りなさそうにしている。


「んーなんか面白みがないなー」


「いつも通りって言って欲しいんだけど」


「そうだ!真奈って普段化粧しないよね?」


「え、普段は全然しないかな。一様道具とかはあるけど、あんまりやり方わかんないし」


「じゃあしようよ、私が教えてあげる!」


「いいよ、めんどくさいし」


「いいから、いいから。ほら、早くここ座って!」

二年程前に化粧をしない私を見て母が、メイクのやり方ぐらいは知っておいた方がいいと必要なものを一式買ってきたのだ。

もちろん、めんどくさがりやの私は今まで一度も手にすることはなかった。これからも使うことはないと思っていたがそうはならなかった。


「じゃあやり方教えていくからちゃんと聞いててよ!」

随分と気合が入ったように私の顔にあれやこれやとよく分からないものを塗りたくっていった。これを塗らないと紫外線や乾燥から肌を守れなかったり、肌がきれいに見えないらしい。

 けれど、どれが紫外線から守るものか、肌をきれいに見せるものか、メイク初心者の私には分からず全て同じに見えてしまった。目に何やら筆のようなものを近づけられたときはひやりとしたが、彼女に「動くと変になるから絶対に動かないでよ」と釘を刺された。

 最後にリップというものを口に塗られて彼女のメイク講座は終わりを迎えた。


「わっはっ、めっちゃ可愛いじゃん!私のメイクの腕もいい感じだけど、やっぱり真奈いい素材してるよ!」


「メイクするとこんな感じになるんだ」

鏡を見て自分が自分じゃないみたいに見える。なんだかちょっとだけ気恥ずかしい。


「ナチュラルメイクにしたから普段の真奈の良さは残しつつも、肌間を立体的に見せたから大人っぽくも見えるよ!」

私の事をいい素材だと言っても、それを生かす技術がなければ、こんな風にはきっとならない。彼女のメイク技術は相当高いのだろう。


「芽依は普段から化粧するの?」


「出かけるときは基本するかな!メイク出来ないときはマスクすることが多いかも」

なるほど、だから彼女は私のバイト先にマスクをして現れたのか。

 私のメイクを終えた彼女は今度は自分のメイクに取り掛かった。彼女から少しメイクを学ぼうと思ったが、慣れた手つきで早々に終わらせていく様子に学ぶ暇はなかった。


 互いのメイクが終わり携帯や家の鍵、チケットを持ち、忘れ物がないか確認して家を出た。チケットを忘れたなんていえばあれほど楽しみにしていた彼女が痛切な悲しみに取りつかれるのは目に見えて分かるだろう。

 植物園は私のアパートから電車で三駅行った後、違う路線に乗り換えて五駅、そこからバスで三駅行った場所にある。

 広い場所を必要としているのか都市部からはかなり離れており、目的地までは一時間程で着く予定だったが途中で降りる場所を間違えるというアクシデントに見舞わられた。

 けれど彼女は、こういうアクシデントもお出かけの醍醐味だよと笑いながら許してくれた。

 そしてなんとか無事に植物園についた。

 予定より三十分も遅れて。


「ついたーーーーー!真奈見て!ヤシの木あんなに高いよ!」

植物園の外観はドーム状になっており外からは内装が透けて見え、高さが二十メートル以上は優にあるヤシの木が顔を出し、中に入らなくても壮大感がひしひしと伝わってきた。


「こっちにはいっぱい花が植えてあるよ!」


「ほんとだ。これが夜になるとライトアップされて、もっと綺麗に見えるんだって」


「もちろん夜までいるよね?」

 

「帰るって言っても無理やり連れていくくせに」


「よく分かってるね!よし、じゃあはやく入場して中の植物見に行こ!」

彼女にとってはここは楽園のような場所で終始笑顔が収まらないようだ。

 入場するにはまず受付でチケットを渡す必要があった。スタッフの人に二枚のチケットを渡して紙のリストバンドを貰った。それを腕につけていれば外に出たとしても、もう一度中に入れてもらえるらしい。一度外に出れば、また料金を払わなければいけないという場合もあるがここは違うみたいだ。

 リストバンドを手首につけ、中に入るとそこには現実の世界とは切り離されたような植物の楽園が広がっていた。


「真奈、すごいよ見て!滝が流れてる!」

私達がまず入ったのは熱帯に生息する植物を展示しているエリアで、中央には音を立てながら流れる滝もあった。滝の流れる音はこの熱帯エリアに展示してある壮大な植物をより際立たせており、尚且つ耳に入ってくるその音は心を癒すのには十分すぎる音だった。

 そんな滝が流れる池に円形に切れ込みが入った珍しい花を見つけた。

 私は気になって彼女に聞く。

「この水に浮いてある花は何て名前なの?」


「これは睡蓮っていう花だよ!この熱帯性の睡蓮は紫とか青色が多くて水面から茎を立ちあげて咲くんだよ!」


「へぇーそうなんだ。睡蓮の花にも花言葉ってあるの?」


「睡蓮は信頼とか、優しさって花言葉があるよ!」


「良い花言葉だね」


「真奈こっちも見てよ!」

そう手招きしながら私を呼ぶ彼女の方に駆け寄った。


「フウリン・・・ブッソウゲ・・・?」

説明欄にその花の名前が書いてある。葉っぱの先から下に向かって茎を伸ばし花を咲かせ、その先端付近に筒状の雄しべがついている何とも珍しい花だ。なんとなくだが赤いフウリンのようにも見える。

 

「そう!フウリンブッソウゲ!ハイビスカスの一種なんだ!」


「ハイビスカスって沖縄とかハワイに咲いてるあの赤い花?」


「よく知ってるね!」


「それぐらいは知ってるよ」


「花は一日で落ちるが・・・次々に開花して・・・一年中咲き続けるんだって!」

花の説明をしているがちらちらと横目で何かを見ているのが分かった。


「今完全に説明欄読んでたよね?」


「え、読んでない読んでない。全然読んでない」

と分かりやすいように目線をそらした。


「それ絶対見てたやつじゃん。もしかしてさっきの睡蓮も説明欄呼んでたの?」


「あれはほんとに知ってたよ!」

あれは・・・ということはやっぱりそうか。名前は知っていたみたいだが花の特徴までは知らなかったみたいだ。


「この花はたまたま名前しか分からなかっただけ!」

彼女のあまりの必死さに思わず笑いが込み上げてきた。

 あの時、図書館で彼女が、私の必死さを見て笑った気持ちが少しは分かった気がした。


「ふふっ!そこまで必死にならなくても」


「なんだ、いい笑顔するじゃん!」


「え?」


「今の笑顔めっちゃ良かったから!」


「私だって笑うときは笑うよ」


「ふーん!そうやって笑顔でいるときはもっと可愛く見えるよ!」


「からかわないでよ」


「ほら、早く次のエリアも見に行こ!」

そう言いながら彼女に手を引かれ歩き出す。

 後ろから見ればこんなにも華奢なのに私にとっては何よりも大きい存在に感じた。


 熱帯エリアの一つ目を後にした私たちはカカオやヒスイカズラがある二つ目の熱帯エリアを観覧していた。

「カカオってこんなに大きいんだ!」


「カカオなんて私初めて見たよ。これがチョコレートの原料になるなんてすごいよね」


「こっそり持って帰って作ってみる?」


「そんなこと考えるの芽依か小学生だけだよ」


「中学生だって考えますー!」

大して変わらないと思ったのは私だけだろうか。


 すると、彼女が指をさして目を丸くしている。


「真奈、あれ見て!」

彼女が指をさしている方向に私はゆっくりと視線を向けた。そこには緑色の植物が支柱から茎をのばしてぶら下がっていて、まるでマンモスの牙のように緑の花は反り返って咲いていた。その様子は少しだけ奇妙にも見える。


「何この緑色のバナナみたいなやつ」


「バナナじゃないみたいだよ。マメ科の植物で宝石の翡翠に似てるからヒスイカズラって名前がついたんだって。私も初めて知った!」


「へぇー宝石から取られた名前なんだ。それよりさっきもそうだったけど、芽依でも知らない花や植物もあるんだ」


「そりゃあ、そうだよ。だからこういう場所で新しい植物の事を知れた時はほんとに嬉しい。ここに連れてきてくれてありがと真奈!」


「どういたしましてって言いたい所だけどチケットをくれたのは祥子さんだから、次合った時にお礼言っとく」

こんなに喜んでくれる人にチケットが渡ったと知ったら、きっと祥子さんも嬉しいはずだ。

 

「よし、じゃあこの調子でどんどん見に行こ!」


「次はどこを見に行くの?」


「熱帯エリアは一旦このくらいにしておいて、外の庭園広場の花を見に行こうよ!」

彼女に言われるまま外に出ると、室内の熱帯系植物とは打って変わって、鮮やかな色がそこかしこに色めいており、まるで地上にステンドグラスが一面広がってるような感覚に陥った。中でも左側に見える無数の青色をした花がひと際輝いて見えた。


「ここ一面、青色ですごい」


「これはネモフィラだね」


「あ、その花の名前聞いたことあるかも」

昔、ニュースか何かで有名なネモフィラのスポットを紹介しているのを何回か耳にしたことがある。ネモフィラなんて見ることがないだろうと思っていたあの時の私が今を知ったらきっと驚くだろうな。


「ネモフィラって青い絨毯なんて呼ばれたりもするんだよ!」


「確かに、これは青い絨毯だね。この花の花言葉は何て言うの?」


「ネモフィラは可憐とか、成功っていう花言葉だよ。あ、真奈携帯貸して!」

何かを思い出したかのように彼女は私の前に手を差し出した。


「いいけど、何するの?」


「ネモフィラを背景に二人で写真撮ろうよ!」

突然の彼女の提案に少しだけ「えー」と言葉が漏れた。


「いいじゃん、せっかくの機会だし!」


「恥ずかしいから私はいいよ、そのかわり芽依のこと撮ってあげる」


「それじゃ私が一人で来たみたいになって意味ないじゃん!」

写真を撮りたがらない私をみかねて彼女は、私の服の袖を掴んで引き寄せる。携帯を横にして内カメにし、画角に収まるように私たちは肩を寄せ合った。

「ほら、真奈笑って!」


「こ、こう?」

最後に人と写真を撮ったのは多分さやかが最後だった気がする。もう随分と写真とは縁がなかったので、どんな笑顔をすればいいのか分からず不自然になってしまう。


「ははっ、なんでそんな顔になるの!」


「だって、人と写真とかもう何年も撮ってないから」


「もうしょうがないな」

そう言いながら彼女は、突然私の脇腹を遠慮なく擽ってきた。いきなり擽られた私は耐えることが出来ず、笑顔にならざるを得なかった。


「ほら見て、いい写真撮れたじゃん!」

撮れた写真を見ると確かにお互い笑ってはいるけれど、私の笑顔と彼女の笑顔は少しだけ笑顔の種類が違うようにも思えた。


「ほとんど無理やりだよ」


「でもこうやって写真に残しておけば、後から見返したときにいい思い出になるでしょ?」

 

「それはそうなんだけど、擽らなくてもいいじゃん」


「ははっ、だってそうしないと一生笑わなさそうだったから!さっきみたいに自然に笑ってくれたらよかったのに」

そうは言ってもあの時の笑顔は不意に訪れたもので、写真に映るときの笑顔はまだまだ思い出せそうにもなかった。



 ネモフィラを堪能した後はすぐ側に咲いてあった、少し聞き馴染みのあるスミレという花を見ていた。


「芽依これ見て。このスミレって花めっちゃ綺麗だよ」

その花は紫色で、花から延びる一本の茎は、控えめな五枚の花びらを懸命に支えてるような外形だった。風がなびけば、すぐに飛んで行ってしまいそうな、そんな花に見える。


「おースミレか、ほんとだめっちゃ綺麗。和名で一夜草ともいうんだよ!」


「ひとよぐさ?」


「そう、花の寿命が短いからそう呼ばれるようになったんだよ」


「へぇーそうなんだ」


「スミレの花言葉は知ってる?」


「ううん、知らないかも」


「じゃあここで私から問題です!次のうち、スミレの花言葉はどちらでしょうか?一つ目(謙虚)二つ目(愛)」

 急遽始まった彼女の問題に困惑したがスミレの外形からするに間違いなく一つ目の方だと思った。けれど、あえてひっかけとして二つ目の方なのかとも思い、悩んだ末に私は一つ目の方を選ぶことにした。


「一つ目の(謙虚)かな・・・」


「正解は!」と言った後にドゥルルルとセルフで行われたドラムロールは五秒ほど続き、少しの間緊張感がその場に張り詰めたが正解を聞いた瞬間、真剣に悩んだ時間を返して欲しいと思った。


「ははっ!正解はどっちもでしたー!」


「・・・」

花の外形だけでなく彼女の性格も考慮して答えを出せばよかったと後悔した。


「あれ、真奈?おーい」


「その正解のパターン絶対嫌われるよ」


「ははははっ!でも真奈は私の事嫌いになったりしないでしょ?」

自信満々に言う彼女に「なるよ」と言おうとしたが、それはそれで彼女に「とか言ってー」などと笑われそうだし、素直に「ならない」なんて言えば彼女の思惑通りいくのでここは曖昧に「どうかなー」と曖昧な返事をして逃げることにした。

 とはいえ、やられっぱなしは癪なので私からも問題を出すことにした。花に関するクイズだと簡単に答えられてしまうので彼女が絶対に答えに迷う問題を出すことにした。


「じゃあ今度は私が問題出すね」


「いいよ!どんな花の問題でも答えれるから!」

彼女は私が花の問題を出すと思っているみたいだ。けれど残念、出すのは私自身についての問題。


「私は今、芽依の事を友達だと思っているでしょうか?」


「え、花の問題じゃないの!」


「誰も花に関する問題なんて言ってないよ」


「真奈が私の事を友達だと思ってるか・・・」

あまりの意表を突いた質問で焦っている彼女を見るのは面白かった。


「じゃ、じゃあ思ってるで・・・」

そう言いながら彼女は、顔を赤らめて視線を斜めに落とした。彼女の照れた顔は私が異性なら恋に落ちてしまいそうなほど可愛かったと思う。

 「正解は」というと彼女は息をのみ少し心配そうな面持ちで答えを待っている。彼女みたいに口でドラムロールはしなかったが少し間を溜め、そしてさっきの仕返しをここで決行することにした。


「そんなの内緒に決まってるでしょ!」


「え、何その答え!ずるいよ」


「ずるくない」


「私の事どう思ってるの!」

 

「さっきの仕返しだから教えない!」


「ねぇ、教えてってばー!気になって今日眠れないよ!」


「いつか教えてあげるよ」

その後もしばらくは彼女からの教えてという言葉が鳴りやむことはなかった。


 いつか教えてあげる。そう答えたのだけれど、本当は答えが用意出来ていなかった。この質問は彼女に出したようで本当は自分自身に問いかけているような気もした。彼女と過ごしてもう一週間以上たっただろう。一緒にご飯を食べて、自分の過去を打ち明け、こうして休日に植物園に出かけたりもしている。

 もうそれは友達と呼べる関係になっているんじゃないかって。

 彼女と過ごす日々は楽しい。

 でも、私は自信をもって彼女の事を友達と呼べる気がしなかった。友達と呼ぶことが不安で怖くて。私はまだ過去にとらわれているのかもしれない。




 花を見ることに夢中になっていたせいかすっかりお昼時を迎えており、私たちは一度昼食を取るため市街地へと歩いていた。市街地へ出るとお昼休憩に昼食を食べようと店に並ぶサラリーマンの人や、多数の車が信号を待っている風景は先程私たちがいた楽園とは違い、これまで過ごしてきた現実の世界に引き戻されたような気がした。

 昼食に何を食べるか話し合った結果、彼女はラーメンが食べたいと言った。

 大方目の前にあるラーメン屋の排気口から流れてきたスープのかぐわしい香りにつられたのだろう。その店の外壁には大々的にお品書きまで書いてあった。

 丁度他のお客さんが食べ終えたタイミングで来たためすぐに、店の中に入ることが出来た。

 ここのお店では食券を買って渡すタイプのお店らしく、案内されたカウンターに荷物を置き私たちは食券を買いに向かった。ボタンを見ると看板ラーメンからつけ麺、まぜそばもあり悩んだ末私は看板メニューである特製チャーシュー麺、彼女はつけ麺を頼むことにした。席に戻ると彼女が訝しげな顔をしながら作る様子を見ていた。


「そんな顔してどうしたの?」


「あごだし?って何の出汁なの?」 


「確かトビウオの事だったと思うよ」


「トビウオってあの魚の?」


「そう。九州の方だとトビウオの事をあごって言うんだって」


「あのつけ麺、鶏白湯とあご出汁をかけ合わせてるって書いてあったんだけどあごが何か分からなかったんだよね」


「分かんないまま注文するって怖くないの?」


「怖いというよりわくわくの方が強いかな!ほら、私って冒険するタイプだからさ!」

その気持ちに共感してあげられないことを少し残念に思った。


 植物園に戻った後、何を見るか話し合っていると二人が頼んだものが到着した。到着するや否や写真に絶対残しておいてという彼女に、私の食欲は一時中断する羽目になった。ラーメンの写真なんているのかと思ったが撮らないといつまでも食べられないとさとり渋々撮ることにした。

 撮り終えた私はまずスープをひと口飲んだ。口に広がる鶏白湯の濃厚さと後から鼻に抜けるあご出汁の香りは私の食欲をさらに加速させた。麺は平打ち太麺で濃厚なスープに負けず存在感を放ち、チャーシューはとろけるような味わいだった。

 あまりの美味しさに無言になって食べていたがふと横を見ると私が食べているラーメンを食べたそうに見ている彼女が目に映った。一度は気にせず食べ続けたがちらちらと視界に入るので、もういっそ私の方から聞いてみることにした。

「こっちも食べる?」


「え、いいの食べる!」

そっちも食べたいと素直に言えばよかったのに。彼女なりに遠慮していたのだろうか。「こっちもめっちゃ美味しいね!」と言いながら彼女はラーメンをすすり、私も彼女が食べていたつけ麺を少し貰った。彼女と交換してよかった。つけ麺も中々に美味しかった。



 ラーメンを堪能した私たちは再び現実の風景を見ながら植物園に戻った。

 次に訪れた場所は庭園広場の横にあるハーブ園だ。一概にハーブといっても食用や薬用、香辛料に使用される様々な種類のハーブが育成されている。このエリアでも彼女の植物に対する探究心が収まることはなかった。

「真奈、見てよ!この花めっちゃいい匂いするんだよ!」

花の説明欄にブルボン・ゼラニウムという名前が記載されてあった。その花はピンク色の五枚の花びらが特徴的でそれに加え、花としての色気が前面に押し出されているような花だった。

「どんな匂いなの?」


「それは匂ってみてからのお楽しみ!」

初めて見る花を匂うのは少し抵抗があったが、彼女からの熱烈な勧めにより戸惑いながらもその花に近づいてみると、フレグランス調なローズの香りがした。

「すごくいい匂いがする」


「でしょー、私この花の匂い結構好きなんだ!」


「てっきり匂いも、桜が好きなんだと思ってた」


「桜って一般的にはあんまり香りがすることがないから香りだけだと、ブルボン・ゼラニウムの方が好きかな」


「そうなんだ。ねぇ、こっちの白いハーブは?」


「これはカモミールだね!」

そこにはカモミールという名前のハーブが植えてあった。その外形は軽やかなフォルムで白い花びらと中心の黄色のコントラストが印象的な花だ。


「カモミールって入浴剤によく使われてるやつ?」


「そうそう!フルーティーで温かみがある香りだからリラックス効果としてよく使われてるんだ!」


「カモミールの花言葉は?」


「またクイズ形式でやってみる?」


「茶化すからもうやんない」


「ははっ、よく分かってるね!カモミールはあなたを癒すだったり、逆境に耐えるって花言葉があるんだ」


「逆境に耐える?なんか他の花とはちょっと違った花言葉だね」


「カモミールはどんな環境であっても咲くことからそんな花言葉がついたんだって」


「へぇーそうなんだ。カモミールの見た目からはちょっと想像しにくいかも」


「そこがこの花の魅力でもあるんだ。ギャップってやつかな!」

花にも人間と同じようにギャップがあるのだとこの時知った。もちろん人にギャップがあることを知ったのはフィクションの世界に足を踏み入れていたからで現実では見たことがない。

 なんて思ったがつい最近、それを見たことを思い出した。そう、彼女が私に普段見せているこの笑顔とは裏腹で悲しげなあの表情を。おそらくこれもギャップなのだろう。私が彼女に伝えたい事を聞こうとすれば、あの時と同じように憂わしげな表情をされるに違いない。病気で寿命が残り僅かなのかもしれない、なんて考えたが普段の彼女の様子からしてそれはないと思った。どれだけ考えてもこれという答えにはたどりつけなかった。いつか話すとは言っていたけれどそれはいつなんだろう。 

 

「・・・なんだって!」


「え、なにか言った?」


「聞いてなかったでしょ。また考え事してたの?」


「うん、ちょっとね・・・」


「お姉さんに言ってごらん。どんな悩みでも解決してあげる!」

一瞬本当のことを言おうと思ったがせっかくの楽しい雰囲気を私の質問一つで壊したくはなかった。あの質問をすればきっと彼女の顔からは笑顔が消えてしまう。私は咄嗟に嘘をついた。

「は、はなって世界に何種類くらい生息してるのかなーって?」


「植物の種類を数える方法によって違ったりするから一概に何種類とは分かんないけど、約二十万種の花があるって聞いたことある」


「そんなにあるんだ、すごいね・・・」


「考え事ってほんとにこれ?」

訝しげな表情で私を見つめる彼女に「そうだよ」と真実を隠した。嘘をつけば相手が問い詰めない限りそこで真実を知ることはない。それに話したくなったら話して欲しいとあの時言ったので、私はただ彼女が自分から話すのを待てばいい。きっとそれがどんなことだったとしても私は受け入れる。

 ハーブエリアを満喫した私達は、植物園の中にあるカフェで一呼吸置くことにした。ここのカフェの最大の魅力として店内には熱帯エリアで見た壮大な植物達を鑑賞することができ、さらにはあの優しい滝の音も聞こえてくる植物園らしいカフェだった。

 店内には私たちと同じような目的を持った人がちらほら見え、空いていた一番端のテーブルに座ることにした。

「ふぅーさすがに歩き疲れたね!」


「結構な距離歩いたからね」


「でも、この滝の音聞くと癒されるよー。それに景色も最高だし、いっそここに住もうかな」


「家が静かになりそうでよかった」


「こいつー遠回しにうるさいって言ってるなー?」


「ふふっ、にぎやかだって思ってるよ」

不服そうな顔をしながらテーブルの上のメニューを彼女は開いた。メニューには定番のオレンジジュースやマンゴージュースがあり、少し聞き馴染みがないグァバジュースや小笠原レモンサイダーという、いかにも爽やかな味わいが楽しめそうな名前のジュースまであった。

「グァバジュースって美味しいのかな?」


「どうだろ。私も飲んだことない」


「こっちは小笠原レモンサイダーだって、絶対美味しいじゃん!どっちにしようか悩むなー」


「じゃあ飲みたいほう飲んだら?もう一つは私が飲むよ」


「え、ほんと、じゃあグァバジュースのほう飲む!」

彼女らしい選択だった。きっと冒険心を擽られたのだろう。


「分かった、なら私は小笠原レモンサイダーね。デザートもあるけど食べる?」


「このストロベリー&ハートチップス味のカップアイス食べたい!」

 

「私はこっちのベルギーダークチョコレートにしよ」

何を頼むかある程度決まり店員を呼ぼうと視線を向けると、それに気づいた店員が向こうから注文を取りに来てくれた。笑顔で段取りよく注文する彼女の社交的さは相変わらずだった。

 待っている間、今まで見た花の感想や私がまだ知らない花の知識なんかを彼女は教えてくれた。これから春にかけて咲くつつじという花は、気候の変動などにより秋や冬に再び花を咲かせることもあるそうで、これを返り咲きと呼ぶみたいだ。

 返り咲きする花は他にもバラやリンドウ、彼女が好きという桜なんかも返り咲きをする花らしい。私が知らない花の知識を知っていく様子が嬉しいのか彼女は楽しそうに語っていた。もちろんそれを聞く私も楽しかった。

 話に夢中になっていたせいか気づけばすぐに頼んだドリンクとアイスがテーブルの上に到着した。

 彼女が気になっていたグァバジュースは綺麗なピンク色をしており氷の上には何枚かのミントが添えられていた。


「これがグァバジュースなんだ。すごい色だね」

そういうと彼女は躊躇わずにストローでグァバジュースをぐいっと飲んでいった。私なら初めて飲むジュースに一瞬、躊躇する場面だが彼女には関係ないらしい。

「美味しい?」と聞こうとしたが私の質問よりも先に彼女からの感想が飛んできた。


「これめっちゃ美味しいよ!甘くて、でもちょっと酸っぱくて、なんか口の中が複雑だけどとにかく美味しい!」

ピザの時と同じようにやっぱり複雑な味が好きみたいだ。


「こっちのレモンサイダーも爽やかで美味しい」

二口程飲んで私たちはお互いに飲んでいたジュースを交換した。どちらも飲んだうえで彼女はグァバジュースの方がどちらかと言えば好みだと言っていた。ちなみに私は彼女とは反対でレモンサイダーの方が口に合った。

 味覚へのご褒美はまだまだ続いた。丁度いい感じに溶けてきたアイスが食べごろとなり手を伸ばした。ひと口目を食べ、自然と二口目に手が進むほど味は美味しかった。

「んーこのアイス最高ー!」


「冬に食べるアイスは夏とは違った美味しさがあって良いね」


「お、分かってるねー!」

ちょっとした背徳感があるのがまたいい。


「この後はどうするの?」


「そうだなー。丁度今、十六時半だから外のライトアップまで時間あるし、そこのショップでお見上げでも買おっか!」

 

「もうそんな時間経ってたんだ。時間過ぎるの早いね」


「楽しんでるって証拠だね!」

彼女がいうように私はきっと今日という日を楽しんでいると思う。今まで一人を選んできた私の世界に、突然咲いた一凛の無邪気な花はそんな世界の中で眩しすぎるほど輝いている。その花を見るたびに笑顔がこぼれてくる。私は彼女に「そうだね」と笑顔で返した。うまく笑えていたかは分からないけど。


 ショップに足を運んだ私達はお土産に何を買うか悩んでいた。ショップには植物園で見れる花のポストカードや花のイラストが入っているトートバッグ、さらにはキーホルダーなんかも置いてあり規模は小さいながらも何を買うかで迷える程、品揃えが豊富だった。

「品揃え多くて迷っちゃうねー。真奈は何買うの?」


「んー考え中だけどキーホルダーは買おうかな」


「じゃあ、せっかくだしお揃いにしようよ!」


「えーもういい大人だよ?」


「お揃いに年齢なんて関係ないよ!ほら、どれにする?」


「じゃあこの睡蓮が描かれてるキーホルダーにしようかな」


「ふーん、睡蓮か!」


「なんでそんな、にやけてるの?」


「いやー別にー」

彼女がにやけている理由が記憶を遡ると容易に見つかった。睡蓮の花言葉は信頼。なんとなく睡蓮のイラストが良かったから選んでみたけど、花言葉に詳しい彼女にはすぐに分かったらしい。


「そういえば睡蓮の花言葉って信頼だっけ?」


「そうだよ、真奈が私をそんな風に思ってるなんて嬉しいなー!」


「花の形が気に入ったから選んだだけ」


「ほんとかなー?」


「ほんとです」


 他にも詰め合わせのクッキーを買うことにした。ここの植物園限定のハーブ入りクッキーが人気と店員におすすめされたので、それを買うことにした。一方彼女はポストカードに目がないみたいで手には十枚以上握りしめていた。

「そんなに買うの?」と聞くと「当たり前じゃん!」となんの躊躇いもなく自信満々に言う彼女に気圧された。

 お会計を済ませ外に出るとすっかり日は落ちていた。気づけば外の花にライトアップされるまでは残り三十分を切っていて、私たちの他にもイベントを楽しもうと沢山の人が人だかりを作り今か今かと待っていた。

 冷たい夜風を感じながらどんな風に照らされるのか想像を膨らませ、二人で話しているとあっという間に三十分は過ぎた。

 ライトアップがされる十八時に、スタッフのアナウンスでカウントダウンが始まりそれを聞いた彼女も隣で同じようにカウントダウンをしていた。

「三、二、一・・・真奈来るよ!」

一の合図で一斉に外の花にライトアップが施され、そこには昼に見た可憐さはもちろんのこと、光が当たることによって神秘的で幻想的な雰囲気もただよわせていた。

「うわーすごい、花が光ってるよ!」


「お昼に見たネモフィラも照らされるとまた味が変わっていいね」


「青がより際立つというかすごくたくましく見える!」


「なんかここにいると現実を忘れられそうでいい」

そう思ってしまうほど今見ている景色は美しかった。


「現実は嫌い?」

あまりに静かで落ち着いた彼女の声は私の耳にすっと入ってきた。


「うん・・・人が人をどう思っているかなんて分からないし、それを考えて生きてると息が詰まりそうになる。過去の事が原因で私は人と親しくなることをずっと拒んできた。人と深く関わらなければあんなことを経験することもなかったわけだし」


「そんなの私だって分かんないよ。そんなこといちいち考えてたら、それこそ息が詰まっちゃうよ。それに私と関わったからこんなに楽しい思いも出来たじゃん。真奈はそう思わないの?」

その場に腰を落とし花を撫でながら彼女は私に問いかけた。


「それは・・・」

確かに芽依と過ごしていると昔の自分を思い出してくる。さやかと友達だったあの頃の自分を。でもそれと同時に裏切られたことも鮮明に。やっぱりあの過去がある限り私はもう友達を作ろうとは思えない。


「正直、芽依と過ごす日々はほんとに楽しい。芽依といれば毎日笑えると思う。でも、やっぱり怖い、友達を作るのは。本当は私、芽依のことまだ心の底から友達だって思えてない。もし、また裏切られたらって思っちゃう。前に進めないの、あの過去があるかぎり・・・人は簡単には変われない」

これが私の本音なのだろう。どれだけ時が経っても私の中に絡まったものはそう簡単にはほどけない。

 さっきまでは視線の中にたくさんの光輝いたネモフィラが映っていたのだけれど、もう今は黒く塗りつぶされたアスファルトしか見えない。

 すると私の肩に優しく頭を乗せた感覚が伝わってきた。横を見るとそれは彼女だった。


「人は簡単には変わらないっていうけど、私はそうは思わない。勇気を出せば人は変われるし、前にだって進める。時間はかかるかもしれないけど。ただ多くの人はその勇気が出ないだけ・・・みんな怖いんだよ。苦しいんだよ。真奈だけじゃないよ」

そして彼女は私の手を握ってこう言った。


「私の事を友達と思わなくてもいい。ただの知り合いとかそんな風に思うだけでもいい。真奈が前に進めるように私に手伝わせて欲しい。そのために私がいるんだから」

彼女の言葉を聞くたびに思ってしまう。どうしてそんなに強くいられるのか。私とは正反対だ。             

 でも、本当はそうじゃないのかもしれない。真奈だけじゃない・・・もしかして芽依もなの?芽依にも聞いてみたかった。


「芽依も何かに苦しんでたり怖かったりするの?」

すると、少し間を置いて彼女は答えた。


「そうだよ、私もそのうちの一人。未だに真奈に伝えなくちゃいけないことを伝えれてない。怖くて苦しい・・・」 

 彼女が最後に言った一言は泡沫のように淡く消えてしまいそうで、その様子はまるでしおれた花みたいだった。彼女もまた勇気を出せずにいた。私だけじゃなかった。

 なら私も、私に出来ることなら。彼女はこんな私が前に進めるように手伝うって言ってくれた。彼女が私の力になってくれるなら私も彼女の力になりたい。

 

「いつでも・・・いいから・・・」


「え・・・」

か細い声で彼女は驚いた。


「芽依の勇気が出るまで待ってるから」


「優しいねー。一年後とかになっちゃうかもよ」


「一年なんてあっという間だよ」

彼女と過ごしていれば退屈な日々も塗り替えられそうだと思った。一か月なんて言わずにもっと彼女と過ごしていきたい、そう思った。


「そうだね・・・ありがと」

おもむろに立ち上がる彼女はどこか吹っ切れた表情をしていた。


「なんか元気湧いてきたかも!よし、記念にここでも写真撮ろう!」

 

「何の記念?」


「真奈が私を元気づけてくれた記念!」


「それを言うなら芽依が私を元気づけてくれた記念でもあるよ」


「じゃあ、ダブル元気づけ記念ってことで!」


「ふふっ、なにそれ」

 彼女に言われるまま、その場でライトアップされているネモフィラを背景に私たちは写真を撮った。お昼に彼女とここで撮った写真とはまた少し違っていた。今の私はきっとうまく笑えていると思う。

 

 その後も私たちは閉園時間ギリギリまでイベントを楽しんだ。終了のアナウンスが聞こえると他の人たちは続々と駅の方をへ向かい出した。

 けれど、人がいなくなっても彼女は「もう少しだけ!」と花に未練を残していた。それからスタッフに「閉園時間ですのでそろそろ・・・」と言われ、さすがの彼女もこれ以上は迷惑がかかると思ったのか素直に植物園を後にしバス停へと向かった。


 閉園時間ギリギリまでいたこともあり、最終のバスに乗り遅れるかと思ったが何とか間に合った。そこからは同じようにバスに乗り、電車で自宅へと帰った。電車の中では今日の感想を二人で話していた。

「今日楽しかったね、知らない花も見れたしお土産も買えて最高だった!」


「私も楽しかった。芽依のおかげで花の知識がまた増えたよ」


「それはよかった。世界にはもっともっと知らない花があって、そこでしか見れない花もあったりするんだ」


「へーそうなんだ」


「見に行ってみたいな」

電車に揺られ流れゆく街並みを見ながら彼女はそうつぶやいた。


「じゃあいつか行こうよ、二人で」


「お、いいねー!どこ行くー?南極とかー?」


「花咲いてるの?」


「分かんない!」


「じゃあ、北極!」


「行く気ないじゃん」

 

 そんな会話をしていると自宅の最寄りの駅に着いた。朝みたいに降りる駅を間違えることはなかった。家につき手洗いをして戦利品をテーブルの上に置いた。夕食は食べていないのだけれど、二人とも歩き疲れているのか空腹よりも睡魔の方が襲ってきていた。入浴を済ませると、彼女の提案で「今日は二人ともベッドで寝よう!」と言い出した。ベッドといってもシングルサイズ、狭いのでもちろん断ったが彼女の猛烈なアプローチにより私の意見はなかったことにされた。

 ベッドの上で目をつぶると瞬く間に私は夢の中に落ちていった。夢の中でも彼女とは花を見ていて、その花の知識を楽しそうに話していた。それを聞いている私もどこか楽しそうで、こんな日がいつまでも続けばいいと思っていた。



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