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2.ダリア(裏切り)

 私が人と一定の距離を保つようになったのは中学二年生の時に起きた、修学旅行の旅費が紛失した事件だ。

 私のクラスで集めた旅費がある日突然姿を消した。学校では大問題となりクラス中でも犯人は誰だという話題で持ちきりだった。ただこの事件になぜ私が関わってしまったのか、それはきっとクラスメイトの彼のささいな嫉妬がすべての始まりだった。彼の一言でやってもいない罪をきせられ、挙句の果てには小学生から一緒に過ごしていた友達にも裏切られた。クラスメイトからは「泥棒、略奪者、貧乏人」。ありとあらゆる非難の声が私に降りかかり、どれだけやっていないと主張しても誰も信じてくれなかった。修学旅行はもちろん、それからの学校生活も到底過ごせず気づけば私は不登校になっていた。

 

 「ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ」頭の片隅から機械的な電子音が等間隔に鳴り響いてくる。カーテンの隙間からは木漏れ日が差し込み、その光のせいでうっすらと体に感覚が戻っていき、ベッドの上の騒がしいそれに意識が向き始める。 

 必死に止めようと手を伸ばすも顔を枕に伏せた状態ではどこにあるのかすら分からない。なので私はこういう時潔く諦める。そして、もう一度意識を夢の中へ飛ばうとそするのだけれど、それをいつも許してくれないのが私の母である。


「バタン!」と勢いよく扉が開く音がした。けれど、意識を飛ばすのに必死にな私はそんなことお構いなしにまだ枕に顔を伏せている。

 すると母が「いつまで寝てるつもりなの」と目覚まし時計を止め、強引に私から布団を引きはがした。夢の中へ行く大切な必需品なのになんてことをしてくれるのだろうかと心の中で密かに反抗した。


「真奈、遅刻するわよ?」

 母が無理やり私の肩を揺らす。布団をはがすだけでは足りなかったようだ。

 さすがの私もここまでされてしまうと、どんなに眠くても起きなければと体が勝手に反応する。


「朝ごはん出来てるから早く食べて学校行きなさい」と下半身だけ起きあがろうとする私に言った。それに答えるように「・・・分かった」と声にならない声で返事をすると母は足早に階段を下りて行った。


 一日の中で、一番重く感じる瞬間の体を無理やり起こし、落ちないようにゆっくりと目を細めて私は階段を下りた。洗面所へ行き蛇口を少し捻り水で顔を洗う。ここまで来て初めて、私は目が覚める。それまでは自分の体が自分の物じゃないかのように重いのだ。

 顔を洗い終えた私はリビングへと向かった。そこにはせわしなく動き回る母の様子が目に映った。


 両親は二人とも共働きで仕事が早い父はもう既に家を出ており、その後に母が家を出る。そして学校に八時半登校の私が一番最後に出るというのがいつもの我が家の流れだ。朝早くから父と私の分のお弁当を作り、そして自分の仕事の用意もする母の朝はいつ見ても忙しそうだ。


「テーブルの上に朝ごはん置いてるからそれ食べて。後、お弁当はそこに置いてるから。じゃあお母さんもう行くから鍵はちゃんと閉めていってね」


「分かった。気を付けてね」

それだけ言うと母は仕事へ向かった。


 ふと、時計を見ると長針が五十分を指しており私も急がなければと焦り始めた。母が作ってくれた、トーストの上に目玉焼きを乗せたいかにもシンプルかつ最高に美味しい朝ご飯を食べ、身支度を済ませた私は誰もいない家に「行ってきます」の挨拶を交わし家を出た。


 学校は家から徒歩で行ける距離にあり通学に苦労することはなかった。学校から家が離れた子は自転車を使うことを許可されているのだが、徒歩で通える距離の人が自転車を使うのは禁止にされている。自転車での事故を出来るだけなくしたいという学校側の判断らしい。

 一回ぐらい自転車使ってもばれないかな、なんて軽薄な考えをしていると背後から「おはよー真奈」と自転車を漕ぎながら挨拶をしてくる声が聞こえた。 

 振り返ると、息を切らしながら自転車を漕いでくるのは、同じクラスの伊藤さやかだった。私の横に追いつくと彼女はひょいっと自転車から降りた。

「おはよ、真奈」


「おはよ」


「どうしたの、なんかテンション低いね」


「朝から無理やりお母さんに起こされたからね」


「それ絶対目覚まし鳴ってても寝たからでしょ」

目を細めながら的確に私の朝の行動を当ててくる。


「見てもいないのに人の素振りが分かるのちょっと怖いよ」と不服そうに言い返すと「そりゃあ、小学生以来の中だし、親友の事は何でも分かるよ」と丸め込まれた。

 さやかが言うように私と彼女は小学生から仲がよく、六回もクラスが変われば一度くらい違うクラスになることがあるはずなのに、偶然なのか一度も違うクラスになることはなかった。さらには、中学も同じところに通うことになり二年生になった今も彼女とは同じクラスで日々を過ごしている。


「・・・だからなー。真奈はどうするの?」


「え、何が?」


「またぼけっとして私の話聞いてなかったでしょ?」


「寝ぼけてるってことにしておいて。で、何が」

 

「修学旅行、自由行動でどこ行くか今日までに班で決めないとって話」

 そういえば今日までだった。うちの学校は三年生の受験シーズンを避けて二年生の時期に修学旅行に行くことになっている。場所は確か京都でどうせなら、北海道か沖縄がいいという声がクラスに舞っていたのを思い出した。中には海外がいいと突拍子もないことをいう子もいた。


 日本の由緒たる歴史を学べる京都は個人的に胸の内が熱くなった。パンフレットで見た嵐山の竹林には目を奪われた。空の青さを覆い隠すほどの長い竹。 

 さらに竹の葉の隙間からは太陽の明かりがこぼれ落ちており、それはまるで自然にかけられたオーガンジーのような景色だった。

「私、嵐山に行きたいんだよね」


「竹がいっぱい生えてるとこ?」

そうそうと彼女に相槌を打った。


「東京とは違って空気が美味しそうだし、何より京都の風情ある景色に包まれたい」

そう言うと我慢しようとしてしきれなかったのか、横にいる彼女が「朝から急に黄昏れるのやめてもらっていい?」と笑いながら吹き出した。笑い続ける彼女を見ていると自分で言ったことが段々恥ずかしくなってくる。私は逃げるように学校へ向かったが自転車に乗る彼女にはかなわなかった。


 学校に着いてからはいつも通り廊下側の自分の席に座り、机の中に教科書やら筆記用具などを入れる。一時間目は私の嫌いな国語だ。国語が嫌いだと言えば、以外だねとさやかに言われたことがある。

 国語が嫌いな人は漢字や古典の文法を覚えるのが苦痛だという意見が多い。   

 けれど、私が国語を嫌いな一番の理由は物語の答えを強制的にこうだと押しつけてくるとこだ。物語のいい所は答えがないからこそ人それぞれ違う考えを持って解釈出来るところなのに。

 特に【作者の意図を答えなさい】というあの質問。テストで出るたびに思ってしまう。教科書に載っている有名な話を書いた人物は大方、一昔前の人間で今はもうとっくに亡くなっている。にもかかわらず【作者の意図を答えなさい】。亡くなっている人に意図を聞くすべなどないのに正解を分かるはずがない。それはきっと作者の意図ではなく、問題を作った人の意見を答えなさいと言われているみたいで癪に障る。

 そんな嫌いな教科の授業を一時間目に受けるのは中々身に応えた。それから、昼休みまでの授業は先生の唱える睡魔の言葉を聞きながら黒板に書いてあるものをノートに書き写した。

 四時間目が終わるチャイムと共に窓際の席にいるさやかが勢いよく私の席に飛び込んできた。

「やっと前半の授業終わったよー。眠すぎて意識飛びそうだったー」

私の机に倒れこむ彼女を見ながら、「三時間目の途中でがっつり寝てたじゃん」と心の内でつっこんだ。


「お疲れさま、ほらはやくご飯食べに行こ」

言いながら私は母が作ってくれた弁当を持って、彼女と一緒に校舎の広場へ足を向けようとした瞬間、クラスの男の子が話しかけてきた。もちろん用があるのは私ではなく隣にいる彼女に対してなのだけれど。


「さやかちゃん、このプリントさっき先生が渡し忘れてたみたいで」と一枚のプリントをさやかに渡した。

そう言ってさやかにプリントを渡したのはこのクラスで皆から親しまれている、スポーツ万能で頭もよく、さらには顔だちも整っているというまさに三種の神器が揃っている人物だった。


「あ、ありがと。優しいね」

少し顔を伏せながら彼女は答えた。何やら色気づいてるのが私に伝わってきた。「人が困ってたら、自分に出来ることなら何かしたいんだ」と爽やかな感じで答え、彼はそのまま去っていった。そのセリフに私は背中が少しむず痒くなったが彼女は違うみたいだ。


「ねぇ、蓮君ほんとにかっこいい」

頬に手を当て赤らめながらさやかは言った。あーもしかして・・・中学生の思春期によくあることだ。きっと彼女は彼に恋をしているのだろう。


「佐々木君のこと好きなの?」とさやかに直接的に聞くと「好きじゃないけど、かっこいいっていうか黒髪が似合ってて瞳が透き通ってるとこもいいし、サッカー部の練習見てるといつも手振ってくれるんだよね」と照れ隠しながら、それはもう好きだと言ってるのと何も変わらなった。


「告白してみたら?」


「そんなの恥ずかしくて出来ないよー」と情けない声で言いながら私に抱き着いてきた。歩きづらいと彼女の体を離して、「じゃあ、告白されるまで待つの?」と彼女に問いかけた。

 すると「降られたらいやだから待つ・・・」とさやかは自信なさげに答えた。なよなよする彼女にため息がこぼれ、活を入れるため私は右手を大きく振りかぶり彼女の背中におみまいした。


「いったああああああ。何すんの!」


「そんなになよなよしてたら告白されないかもよ」


「だからって叩かなくてもいいでしょ!」と面くらった顔をする彼女は中々に面白かった。

 広場についた私達は昼食を取り、午後の授業のために体力を回復させた。といっても六時間目は、さやかが登校するときに言っていた通り、修学旅行についての取り決めなので五時間目を乗り越えればあとはもう気が楽だ。

 さやかとの他愛ない話を繰り返していると、昼休みが終わるチャイムが鳴り響き私達は急いで教室へ戻った。

 五時間目が始まり、再び先生の呪文を聞き流がらチャイムが鳴るのをひたすら待った。五時間目は英語で、他の国の言語を聞くとより一層睡魔に襲われる。なんとか私は睡魔に飲み込まれはしなかったが、窓際をちらりと見ると睡魔に負けた彼女の姿が映った。

 けれど、六時間目が始まると同時に彼女は息を吹き返し、私を含める四人グループのメンバーをさっそうと集めた。

「で、どこ行く。真奈は嵐山がいいんだよね」 


「絶対って程じゃないけど、嵐山の竹林は行ってみたいかな」

 さやかが他の二人にも希望を聞くと二人ともどこでも大丈夫とこだわりのない様子だった。私達のグループは他のグループから溢れた、いわば寄せ集めのメンバーが揃っていた。周りのグループとは少しだけ空気が沈んでいるようにも感じたのか、さやかがパンフレットを見ながら必死に盛り上げようとしていた。彼女なりに盛り上げようとしたのだが結果は変わらず、特に盛り上がることもなく嵐山に行くということだけが決まった。


 チャイムが鳴り各グループがどこに行くか書いた紙を担任に渡すと、そのまま放課後にあるホームルームが開かれた。「連絡事項は特にないので終わり」という担任の言葉を聞き、終わりの挨拶を終えた瞬間、絶え間ない声が教室に響き渡る。ここから先は帰路につく人もいれば、部活に行く人、そのまま教室で喋る人と皆それぞれの時間を過ごしていく。私は部活に入っていないが図書委員の仕事があるため、図書室に向かおうとすると「一緒に帰ろ」とさやかが後ろから抱き着いてきた。抱き着き癖があるのか、さやかはすぐに抱き着いてくる。

「今日は図書委員の仕事があるから無理、それと早く離れて」


「えー帰ってくれるまで離れない」と口を尖らせる彼女の体を無理やり引きはがすと、ふと思い出したように口を開いた。


「図書委員の仕事って何するんだっけ?」


「本の貸し出しの受付とか返却された本の整理とか。あとは埃が溜まらないように掃除もよくする」


「なら私も暇だし手伝うよ」


「暇なら佐々木君に告白でもしに行けばいいのに」と冷やかしながら彼女に言うと顔を真っ赤にしながら「からかわないで」とさやかは答えた。


 図書室に着いて中へ入ると本を物色する人がちらほら目に映った。「いつ来ても静かだねー」と感心する彼女。結局彼の所にはいかず、私の仕事を手伝いに来たのだ。

 さっそく返却された本の整理をしようと返却口に目をやると四、五冊程度の本しか返却されていなかった。せっかく仕事を手伝いに来た彼女だがこれなら私一人ですぐに終わるだろう。私はすぐに本の整理に取り掛かり、軽く掃除をして自分の読書の時間を確保しようとした。私が図書委員に立候補したのはこの静かな空間で読書が出来るというメリットがあるからだ。教室では何かと話し声が聞こえてくるので中々本に没頭することが難しい。


 図書委員の仕事を速やかに終わらせ途中まで読んでいた文庫本を手に取った。彼女はというと本には目もくれずブラインダーの隙間からこっそりサッカー部の練習をのぞき込んでいた。他の人が見れば覗き魔と何ら変わらない。そんな彼女を図書室の景色の一部と思い込み、私は文庫本の世界に身を投げた。

 本を読むと物語の中にまるで自分がいるかのような感覚に陥るあの瞬間が私は最高でたまらない。けれどその代償としていつも時間を忘れてしまう。気がつけば今回も、後三十分で下校時間というギリギリの時間まで読んでしまっていた。

 本から目を離し周りを見ると本を物色する人はもういなかったが、窓際には相変わらずサッカー部の練習を見守るさやかの姿があった。余程彼の事が好きなのだろう。私は本をカバンにしまい、そのまま彼女に話しかけた。

「ずっと見てたの?」と聞くと「そうだよ」と口元を緩めながらさやかは答えた。けなげな姿を見ると微笑ましくもなり、彼女の恋が叶って欲しいと心の中で思った。


「さやか、そろそろ帰ろ」

 

「うわ、もうこんな時間じゃん」と時計を見て驚く彼女。鍵を返しに行かないといけない為しっかりと戸締りをして職員室へ向かった。

 

「サッカー部まだ練習してたんだ」


「大会が近いんだって」


「応援しに行くの?」


「一人じゃ心細いから真奈も一緒に来て」と頼まれたがサッカーのルールも知らないし、特別彼女みたいに応援したい人がいるわけでもない。かといって長年側にいる友達の頼みをないがしろにするのはいたたまれなかったので、お昼を奢るならという交換条件にさやかのお願いを聞くことにした。


 職員室に鍵を返した後、昇降口で靴に履き替えグラウンドの横を通りながら正門へ向かっていた。その時もさやかは、彼の姿を目で追いかけていた。

 するとさやかに気付いたのかグラウンドの方から彼が走ってきた。


「あれ、二人とも今帰り?」

彼に話かけられているのに顔を下に向ける彼女。


 彼だって私じゃなくさやかと話したくて走ってきただろうに。

 肘で彼女を小突くと、戸惑いながらさやかは口を開いた。


「そ、そう。真奈の図書委員の仕事を手伝ってたの」


「そっか。さやかちゃんは友達思いだね」

にこやかに笑う彼に分かりやすく照れる彼女。ボールを触りながら続けて彼が口を開いた。


「あ、さやかちゃんこの後時間ある?」

その言葉にさやかはドキッとしていた。私もあぁこの展開どっかの青春小説で読んだなと頭の片隅で思い出す。


「私は大丈夫だけど・・・」


「じゃあ、もうすぐ練習終わるからちょっとだけ待っててくれない?」

言葉にうなずく彼女。「よかった」と一言いうと彼はそのまま練習に戻っていった。


「真奈、どうしよ!うんって言っちゃったよ」


「良かったじゃん。もうすぐ付き合えるってことで」

誰がどう見たとしてもこの後の展開は容易に想像できる。


「そんなの分かんないって!横に真奈もいて―」

このお願いだけは聞いてあげれそうにない。きっと彼も勇気を出して言ったのだから。その気持ちを尊重してあげようと思った。結果はまた明日聞けばいい。

 少し強引だったがさやかに「またね」といい私だけ先に帰ることにした。

 

 翌日、今日もいつもと変わらない朝のやり取りを終え制服に袖を通し学校へ向かった。

 通学路を歩いているといつも通り自転車で登校するさやかに出会った。あれからどうなったのか聞こうとしたが彼女の顔から隠しきれていない微笑みを見るに私の想像通りになったのだろう。


「なんでにやけてるのか気になる?」と彼女の方から聞いてきたので「大体想像つくよ」と返した。

 私がさやかを置いて帰った後、案の定校舎裏で告白されてそのまま付き合い、帰り道を一緒に帰ったそうだ。

「蓮君と付き合えるなんて夢みたい」


「友達の恋が実って私も嬉しいよ」


「ふふっ、このまま結婚とかまでしちゃったりしてー」と舞い上がりすぎる彼女に「気が早すぎ」と念押ししておいた。

 学校に着いてからは退屈な授業をいつも通り四時間目まで受けて昼休みに入る。さやかが彼と付き合ってからは一緒にお昼を共にすることが少なくなった。

 けれど、不思議と寂しいという気持ちはなく、どちらかというとさやかの恋が叶っていつも以上に幸せそうな彼女を見るのは私にとっても嬉しかった。

 そのまま午後の授業を受けて六時間目のチャイムが鳴り響くとやっと勉強から解放された気分になる。終礼の挨拶を終え帰る準備をし始めると、先に帰り支度をし終えたさやかがやってきた。

「一緒に帰ろ!」


「佐々木君はいいの?」

てっきり彼の部活を応援でもして、終わり次第一緒に帰るものだと思っていたので少し驚いた。


「さすがにずっと一緒にいようとしたら重いって思われるよ」

付き合う前の彼女の雰囲気的に「一緒に入れる時はいたい」なんて言うと思っていたのに案外あっさりとしたその答えは意外だった。


「それに自分の恋にうつつを抜かして、真奈の事ほったらかしにするなんて出来ないよ」

時々、彼女のこういう友達思いの部分に心が温まる。


 それからの日々も昼食や休み時間は恋人との時間を優先していた彼女だが下校するときだけは私と一緒に帰ることが多かった。部活がない日も彼と帰るのではなく私と帰ることをさやかは優先した。

 その度に少しだけ、私は誰かの視線を感じていた。気のせいだと思って過ごしていたけれど、もっと早く気を使って気付いていたら、あんなことにまで発展することは無かったのかもしれない。


 とある昼休みの時間、今日は久しぶりにさやかと昼食を取っていた。さやかの恋人は部活のミーティングがあるため彼とではなく私とお昼を過ごすことになったのだ。

「最近、佐々木君とはいい感じなの?付き合ってから結構経つよね」

弁当を食べながら近況報告を聞くことにした。


「うまくいってると思うけど・・・」

何か心に引っかかるのか懸念しながら彼女は答えた。


「けど?」

 

「最近、妙に縛られるというか。束縛とまではいかないんだけど部活が終わるまで待ってて欲しいとか、あんまり他の男子と喋らないで欲しいって言われることが多くて」


「愛が大きい人だね」

友達の恋人を傷つけずないように丁寧に言葉を選んだ。


「でもそれって捉え方を変えれば真奈と帰るんじゃなくて、俺と一緒に帰って欲しい、俺以外の男子とは距離を取って欲しいってことじゃん?」


「まぁそう捉えれたりもするね」


「なんか窮屈だなって思うときがあるんだよねー」とさやかはパンを口に放り込みながら彼に対する思いを走らせる。彼がそう思ってしまう程、彼はさやかの事が好きなのだろう。

 すると、何かを思い出したのか急いでパンを飲み込みさやかは口を開いた。


「あ、そういえば話変わるけど修学旅行の旅費ちゃんと持ってきた?」

 

「もちろん持ってきたよ。確か今日までだったよね」と彼女に言うと「おー、さすが真奈だ」と感心した様子だった。


「さやかは持ってきたの?」


「さすがの私も忘れなかったよ。今日忘れたら修学旅行いけなくなっちゃうからね」

 自信ありげな彼女の言葉と同時に昼休みの終わりのチャイムが鳴り響き「えーもう昼休み終わりー」と惜しがる彼女と共に教室へ戻った。


 午後の授業を無事受け終わりホームルームが開かれる。クラスメイトの交じり合う声の中、旅費の回収が行われようとした時、先生が深刻な表情で話し始しめた。その張り詰めた空気を感じると徐々にクラスメイトの声が落ち着いて行った。

「大変言いにくいんだが、今日佐々木の持ってきたであろう修学旅行の旅費が紛失した」

先生の告げた言葉にクラスがざわつき始める。そしてそれを聞いた、さやかの顔には心配の表情が浮かび上がっていた。


「一様自宅の両親にも連絡を取って確認したんだが今朝ちゃんと佐々木が鞄に入れたのを見ているらしい。つまり学校で紛失した可能性が高い」

 

「それってこの中の誰かが盗んだってことですか?」

クラスの一人が訝しげに質問した。


「先生も君たちの事を疑ってるわけじゃない。ただ紛失したとなれば必然的にこのクラスが一番怪しい。この件はみんなが思っている以上に由々しい事態だ。そのため他のクラスにも協力してもらって机の中やロッカー、それと鞄のチェックも行ってもらってる。もちろん女子は、女性の先生に確認してもらうからそこは安心してくれ」


 言い終えるとすぐにクラスでロッカーや机の中、そして鞄の荷物検査が始まった。中には「めんどくせー」と言いながら鞄を見せる生徒もいた。

 名前順で荷物検査が行われていく。こういう時、やましいことがなくてもついつい胸の中が重くなる。

 そして、ついに私の順番が来た。文庫本やら筆記用具、教科書などを出していき鞄の中を見せる。私は盗みなどそんな倫理から背いたことをするわけがない。鞄の中にはそれらしいものは見つからなった。心の底にあった重みがすぅーっと取り除かれていく気がした。


 けれど次の瞬間、教科書の間から「パタっ」と茶封筒が一枚床に落ちた。

 床に落ちた封筒には【旅費】と書かれた文字、そして学年と【佐々木】の苗字が書かれていた。女性教師がそれを拾い上げ、問いただす声で「これは一体何ですか?」と私に追求した。見覚えのないものを突き付けられ狼狽して言葉が出てこない。

 その様子はクラスの視線を刹那に集め、背中からにじみ出てくる冷や汗を感じる。


「私、盗んでないです!こんな封筒昼休みが始まる前までは鞄に入ってなかった・・・」

 狼狽しながらも、なんとか喉の奥に精一杯の力を込めて答える。


「では、なぜあなたの鞄から佐々木君の旅費が出てきたんですか?」

女性教師が間を置かず、冷徹な声色で私の事を詰問する。教室のあちこちから「やばくない」「マジで盗んだのかな」という疑いの声が鼓膜に流れ込み頭の中が真っ白になっていく。

 誰か助けて欲しい。私はこんなことやっていないのに。お願い、誰か、誰か助けて。

 怖くて決して声には出せなかった。けれど、彼女にだけは私の悲痛な叫びが届いたのかもしれない。私の前に女性教師ではない影が映った。俯きながらこぼれ落ちそうな物を必死に我慢しているせいで目の前に誰が立っているのか分からない。

 けれど、その声を聞いた時すぐに彼女だと分かった。


「ちょっと先生待ってください!真奈は人の物を盗んだりする子じゃないです!」


「さや・・・か・・・」

不安と安堵が混じり合い、言葉に詰まりながら彼女の名前を呼んだ。


「では何故、樋口さんの鞄の中から佐々木さんの旅費が出てきたんですか?」


「それは・・・」

私の鞄から出てきたという事実を突きつけられると、さやかも言い返せず、不服にも黙ってしまう。


「十分すぎる証拠だと思いますが」

女性教師の鋭い口調にさやかの後ろにいる私は委縮して何も言い返せなった。


 ただ、彼女だけはそれでも立ち向かっていった。

「休み時間も昼休も私は真奈といた!真奈はそんなことやってません!絶対にやってないから!」

教室中に響き渡った彼女の声はそこにいた全員の不信感を無理やり断ち切ったことで、ほんの数秒、沈黙が流れた。


 すると男子の鞄チェックをしていた担任の先生が私の席へ近づいてきた。そして私に向かって「とりあえず話を聞くから後で校長室に来なさい」と言い放ちホームルームは続けられた。

 翌日の連絡事項を伝え終わりホームルームが終わると私は二人の教師と共に教室を出た。

 その時、偶然だが佐々木君と目が合った。一瞬でよく分からなかったが彼がにやりと笑ったような気がして全身が凍るような感覚に陥ったのを今でも覚えている。

 校長室に連れられた私はまず、どうして私の鞄から彼の封筒が出てきたのかを質問された。「身に覚えがないです。私はやっていません」普段から本を読んでいるのにこういう状況に陥ると人は言葉が浮かんでこないみたいだ。私はその二言しか話せなかった。

「事が事だから今から親御さんにも来て事情を話すね」と担任の先生は母に電話をかけ始めた。

 三十分程過ぎた後、校長室の扉が開けれ目を向けると息を切らしながら母が現れ先生方から事の事情を聞かされた。

 内容が内容だけに母の表情は硬く、それを見た私はそれ以降まともに母の顔を見ることが出来なくなった。

 先生の話を聞いた母はまず謝ると思っていた。「うちの子が誤解されるようなことをしてすみません」って。そうすれば穏便に事が運び、学校側ともぎくしゃくした関係にならずに済む。世間体を気にすれば当たり前のことだ。

 けれど母の対応は違った。「うちの子はそんなことをする子ではありません。慎重になってこの話を進めて頂きたいです。お願いします」ときっぱり否定し母は深々と頭を下げた。

 母は私が考える世間体など気にもしなかった。

 その様子を見た教師陣も「え、えぇ・・・我々も事情を聴くために娘さんをお呼びしただけでこのようなことを彼女がするとは思っていません。お母様の言うとり、我々も事を慎重に進めながら解決に導きたいと思っています」と真摯に向き合ってくれた。


 それから私は今日の朝からの行動を包み隠さずに話した。

 ただ教室を後にする時、目に映った佐々木君のあの表情のことは話せなかった。きっと私の見間違いだろうし、彼が自作自演までして私の鞄に封筒を入れる理由が分からなかった。それに何よりも友達の恋人を疑いたくはなかった。

 話し終える頃には下校時間をとっくに過ぎており、母と二人で頭を下げ校長室から出ると「仕事がまだ残ってるから先に帰ってて」と母はもう一度仕事場へ戻った。

 靴を履き替え正門に向かうとそこにはさやかが一人で立ちすくんでいた。

「さやか・・・」

 私はそっと声が漏れた。すると私に気付いた彼女が駆け寄ってきた。


「真奈、大丈夫?」

 

「うん、今日一日の私の行動を詳しく話しただけ」

 はぁ、よかったーとさやかが安堵の声を漏らす。

 

「真奈があんなことするはずないもんね。それに先生達も、いかにも真奈が取ったんじゃないかみたいな雰囲気出してたし・・・」


「そこはお母さんが慎重に進めてくださいって念押ししてくれた。それと、ありがと。教室で私の事をかばってくれて。私怖くて、もうどうしようもなかった。私一人じゃ耐えられなかった。本当にありがと」


「お礼言われるほど大したことしてないよ」と微笑みながら彼女は続けた。


「私も助けてもらったから。小学生の時、私がクラスの子からいじめられてるのを見て真奈は何の躊躇いも助けてくれた。あの時の真奈、本当にかっこよかったんだ!」 

 そういえばそんなこともあった。クラスの子からいじめられているのを助けたあの日から、私とさやかは仲良くなったんだ。


「だから、親友が疑われてるのを見てられなかった」

その言葉に、抑えていたものが込み上げ涙の粒が私の頬を伝った。


「えーちょっと泣くのは聞いてないよ!」

私の涙に驚きが隠せず慌てた様子で彼女は私に寄り添う。


「私はずっと真奈の味方だから」

そう言いながら彼女は私を抱きしめてくれた。

 中学生にもなってこんなに泣いて、情けないかな。泣きながら言ったせいで彼女に伝わったかどうかは分からない。きっと自分の泣き声でかき消されたかもしれない。それでもこれだけは言いたかった。

「親友がさやかでよかった」

 私はさやかにそう伝えた。


 翌朝、目が覚めると母から「学校行けそう?無理しなくていいからね」と言われたが気丈に振る舞い「大丈夫だよ」と答えた。

 私は彼の封筒を決して盗んだりしていない。その事実だけは変わらない。それにもし今日登校しなかったら、自分がやりましたって認めていると同然だ。それだけは嫌で、私はなんとか踏ん張って学校へ登校した。

 けれど、この日に学校へ行こうが休もうが、いずれにしてもこの先私が一人になることには変わらなかったと思う。


 少し早めに家を出たのでさやかとは途中で合わずに学校に着いた。昇降口で上履きに履き替え、自分の教室に向かう。いつもはそんなことないのに今日は妙に生徒の視線を感じる。きっと私の鞄の中から封筒が出てきたことがもう他のクラスにも知れ渡っているのだろう。

 自分の教室の目の前まで来たとき鼓動が早まる感じがした。深く息を吸い込み、何とか自分を落ち着かせ教室へ入った。

 すると私だと分かった瞬間、軽蔑の眼差しで見つめてくるクラスメイト達。

その眼差しに私は今にも押しつぶされそうだった。ただ、一つ救いだったのはさやかがいたこと。彼女だけはいつもと変わらずに私に話しかけに来た。

「おはよ、真奈!なんかめっちゃ視線感じるね」

 

「私の鞄から封筒が出てきたんだもん。仕方ないよ・・・」


「ここじゃなくて朝礼が始まるまで別の場所に行こ」とさやかが言った。彼女に言われるまま私は教室を出ようとした時、突然彼の声が教室に響いた。


「人の物盗んどいてよく学校来れたな」

クラス中に響き渡るその声の正体は佐々木君で、私は後ろから鈍器か何かで殴られたような感覚が体中に流れた。


「ちょっと蓮君・・・真奈は盗んでないよ」

さやかが必死に否定する。私は怖くて何も言い出せなかった。


「さやかちゃん、それは無理があるよ。鞄から出てきた時点でそれがもう疑いようのない証拠じゃん」

 佐々木君の声に「確かに」、「そうだよね」と他の皆もあやかり始める。彼の普段の行いから誰も彼が間違っているとは思わなかった。

 人は目の前にある証拠を見てしまうと、それが真実なんだと思い込んでしまい、それ以上は疑うことを辞めてしまう。だって自分の前にはもう答えが用意されているのだから、考える必要なんてないと勝手に思ってしまう。中学生なんてそれが顕著に出る年頃だ。

 しかもクラスで人気者の子が筆頭になってそうなっているのだから、おのずと流されてしまうのもしょうがないのだろう。ただ、もう少し踏みとどまって考えて欲しかった。自分の考えを疑って欲しかった。そんな淡い期待を皆に持った私は傲慢だったのだろうか。


「というかさやかちゃんは俺と樋口さん、どっちを信用するの?」

苛立ちさえも見せ始めた彼がさやかに不躾な質問を投げかける。さやかも「私は・・・」と言葉に詰まる。自分の恋人と親友を無理やり天秤にかけられすぐに答えられるはずがない。

 私はもう何もかもが嫌になりそうで教室から逃げようと思った時、担任の先生が教室に入ってきた。教室の空気を察知して「何かあったのか」と聞いても皆黙り込むだけ。先生はそのまま朝礼を行った。

 朝礼の際、「昨日の事で、樋口の鞄から封筒が出てきたが誰かが故意に入れた可能性もある。だから、むやみに樋口の事を疑うことはしないでくれ」とクラスメイトに伝えたが、それはもう既に手遅れだったことを先生は知らなかった。

 その日を境に徐々に私に対する嫌がらせが増えた。最初は些細な事だった。廊下ですれ違うと私の方を見ながら「泥棒猫」「貧乏人」と小さな声で囁かれたり、目が合うと逸らされる程度だった。私一人なら到底耐えれなかったがいつも隣にさやかがいたから何とか乗り越えれた。

 触れればすぐに崩れてしまいそうな心を保てていたのは紛れもなくさやかのおかげだった。休み時間や昼食、放課後も私の隣にいてくれることが増えた。さやかは自分の恋人よりも私を優先してくれたみたいだ。けれど、それが良くなかった。

 ある日、学校へ行くとロッカーにある私の上履きが見当たらなかった。辺りをよく見まわすと昇降口にあるゴミ箱に私の上履きが捨てられていた。

 それだけでは収まらず、教科書が一冊無くなったり、ノートにはご丁寧に油性ペンで貧乏人と書き記されていたこともあった。

 私はさやかに心配をかけまいと身に起きたことを言わなかったが、ふとしたタイミングでそれが彼女に見つかった。

「え、なにこれ・・・こんなことされたの?」とノートを見る彼女。

 私が「何でもないよ」というと彼女は何も答えずに慄いた様子だった。彼女の首元をよく見ると冷や汗が出ているようにも見えた。


 きっとこれがきっかけでさやかは私との距離を置き始めたんだと思う。

 次の日、逃げたくなる気持ちを押し殺し私は学校へ行った。あの事件の後、私は自分からさやかを誘って時間を共にすることが増えた。さやかがいないと今にも崩れそうだったから。机に教科書をしまいさやかのもとへ駆け寄った。

「さやか、朝礼始まるまで外行こ・・・」

 出来るだけ教室にはいたくなかったので最近は毎日、さやかと朝礼が始まるまで人がいないところで過ごすことが多かった。

 すると「ご、ごめん。私これから職員室に行かないといけなくて・・・」と答えた。

 今の私はさやかがいないと不安で押しつぶされそうだったが、彼女にも予定がある。

 ずっと側についていくのは悪いと思い「そっか。じゃあまた後で」と伝えると「うん、また後でね」と言い彼女は教室を後にした。


 昼休みが始まり私は再び、さやかを誘った。

 けれど「ごめん、今日は蓮君と食べる約束しちゃってて・・・」と先約が入っていたため「うんん、大丈夫。楽しんできて」と気丈に振る舞い彼女を送り出した。

 少し変だと気付いたのはそれから何度かさやかを誘ってみたのだけれど、何かと理由をつけて私を避けるようになっていた。

 目を合わせてもどこか気まずそうにする彼女。彼女が私を避けだした原因はきっとノートに書かれた文字を見たからだ。

 あれはただの嫌がらせじゃなく、いじめという文類に足を踏み入れていたことを気づかせる瞬間でもあった。

 私と過ごしていればあのいじめが自分にも降りかかってしまうんじゃないかと危惧したんだろう。それはきっと彼女じゃなかったとしてもそうする。クラスメイトに避けられても耐えられたのはさやかがいたから。

 けれど、その彼女に避けられていくのは何よりも苦しかった。


 さやかと過ごさなくなって二週間程が経っていた。私はこのまま気まずい関係を続けていたくはなかったので、勇気を振り絞りさやかに「話があるから来て」と言った。

「分かった・・・」彼女はその言葉以外、口には出さなかった。

 放課後誰もいない校舎裏で私達は話し始めた。なんとなくだが、さやかと話せるのはこれで最後な気がした。私は精一杯、声に力を込めて口を開いた。

「なんか久しぶりにちゃんと話すね」


「そ、そうだね・・・」

私の顔を気まずくて見れないのか下を向く彼女。


「なんでそんなに下向いてるの?あ、佐々木君とはどうなった。うまくいってる?」

大丈夫、うまく笑顔作れてる。


「最近別れた・・・」


「なにやってんの。せっかく恋が実ったのにもったいない。じゃあ今好きな人は?」


「今はそんな気持ち、湧いてこない・・・」


「まぁ、そうだよね。恋人と別れた後はすぐにそんな気持ちにはなれないよね!そういえばさ・・・」

 最後まで聞く前に彼女は私の言葉を遮った。


「真奈!これ以上はもう・・・」

 唇を噛みしめて悔やんでいる様子が目に映った。


「私は真奈を裏切った・・・味方でいるって言ったのに・・・真奈がいじめられてるって知った時怖かった。次は私がいじめられるんじゃないかって」

さやかも過去にいじめを受けている。それがフラッシュバックしたって仕方がない。


「さやかは悪くないよ。誰だってあんなもの見たら怖くなっちゃうよ」


「ほんとにごめん、ごめん」

何度も何度も謝る彼女。


「大丈夫だよ」

私の言葉の後、お互いに言葉が詰まった。あぁ、もうすぐ終わってしまうんだろな。


「ねぇ、さやか。最後に質問していい?」

聞くと彼女は泣き崩れた顔で「なに?」と答えた。


「明日からまた一緒に過ごせないかな?」

私はずっと真奈の味方でいる。あの言葉を最後の希望にして私は彼女に質問した。


「一緒にいる。これからもずっと真奈と友達でいたい」

そう答えて欲しかった。嘘でもいいから私を一人にしないで欲しかった。


 彼女の答えに私は涙がこらえきれなかった。どれだけ長く積み上げたものでも崩れるのは一瞬。時間をかけて築いたからといってそれが壊れない保証はどこにもない。私は親友に裏切られて、それを学んだ。


 彼女と話し終わってから涙が止まらない。こんな状態で正門から帰ったら悪目立ちをしてしまう、そう思い私は反対の裏門から帰ることにした。心に空いた穴を涙で埋めることも出来ず、一人で裏門を出ると何人かの話し声が部室から聞こえてきた。裏門から帰ったことがなかったので運動部の部室が近いことを初めて知った。

「いやーほんとにお前最低だよな」

 

「そこまでするって感じだわ」

その声はサッカー部の部室から聞えてきた。


「さやかちゃんが一緒に帰ってくれないからって自作自演までして、友達の樋口さん陥れるとか。佐々木お前、悪魔過ぎだわ」


「いやいや、そもそもさやかちゃんが俺と帰らないのが悪いし。あの事件の後少しは距離置くかなって思ったけど。むしろ逆効果だったわ。だからちょっとイラッてきて樋口の物隠したり、ノートに落書きしたんだー」


「そんなことまでしてたのかよ。ってかそんなことしといて結局さやかちゃんと別れてるし」


「顔だけで全然性格合わなかったわ」

大笑いする声に私は目の前が見えなくなった。

 やっぱり全部、佐々木君の仕業だった。私が見た彼のにやりとした表情は見間違いなんかじゃなかった。自分の思い通りにならないからといって・・・

 そんなくだらないことで私とさやかの関係を引き裂いたの?


 彼に対する嫌悪感と憤りが涙と共に込み上げてくる。私は道端にあった石礫をサッカー部の部室に目掛けて投げ、喉の奥から熱い塊が出るのを我慢して逃げるように帰った。

 家に着き、急いでトイレに駆け込む。口から溢れるのは熱い塊と「さやか・・・」という悲痛な叫び。どれだけ叫んでも、もう元には戻らない。

 それから私は学校へ行けなくなった。


 毎日布団の中で、クラスメイトが私を罵る声や彼の悪魔みたいな笑い声、そしてさやかの顔を思い出すだけで吐き気と涙が押し寄せてくる。

 それは今でも、悪夢となって私の前に現れる。

 この事件以来、さやかとは音信不通のままだ。




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