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野巫の祭  作者: 凡栄
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野巫の祭 68

野巫の祭 68





妻と家族の写真に向かって手を合わせてから、茶碗の雑炊を豆腐を崩しながら混ぜ、塩を振ってゆっくり食べていく。


ラジオは朝から日中の電力消費量を心配する話が流れていた。


あれから一年以上経ったが、未だに混乱は続いている。


自然の力が凄いのか、コントロールできない放射能が恐ろしいのか。


19年前(1993)の奥尻島地震、17年前(1995)の阪神淡路大震災ですら、自分の人生の中でこれ以上のことは起きないだろうという衝撃だった。


いや、そうではないか。


必ず来ると言われていたものが来たのだ。

実際、仕事でも社会でも、日常生活でも備えなければならないと言われていたし、その後の社会は大きく変わった。


それが過去のことになりつつあった8年前(2004)に新潟中越地震、さらに4年前(2008)には岩手・宮城内陸地震と、想像を超える巨大地震が続き、列島各地は自然と文明が共存するための家庭内の個人的な事から、社会の仕組みまで変える必要を突き付けられた。


それ以外でも年々被害が大きくなる台風や大雨により、ダムや護岸整備の必要性も問われ、建築・土木はどこも人手が足りずにギリギリの調整で回す状態だった。


そこへ追い討ちの金融ショック。


天災の対応が追いつかないうちに資金が止まり、しなければならない整備工事が後回しになることも増えていった。


浮かれた80年代が終わると同時に崩壊したバブルの後始末は実に長い時間が掛かったが、悪くなることが確実だったために社会全体での流れは対策を講じていく動きに慣れていったと思う。


厳しい対応を迫られもしたが、向かう方向が決まっていたので華やかで無駄の多い時代だったバブルの整理として、無駄や必要度の高いものの集約、また、建築業界では地域の継続的な市民生活を作るためにも再開発が進み、防火防災に強い生活環境を整える動きが進んだ。


それなのに⋯


去年起きた東日本大震災は、それら全てを飲み込むほどのまさに天災だった。


いや、まだ過去ではない。

いまだ余震も続き、避難生活を余儀なくされている人たちが大勢いる。

都市部で生活するものも、その供給が永遠で「無限」だと思っていたエネルギーが限りあるものだと叩きつけられ、物資が有り余るものから考えて消費しなければならないものになった。


一体いつまで続くのだろう。


そんなことを考えながら食べていたら、残り物雑炊は最後の一口になっていた。








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