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野巫の祭  作者: 凡栄
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野巫の祭 45


野巫の祭 45



心臓だけでなく胸の周り全体で鼓動しているような、別の生き物が動いているようだ。

その中心、赤い血豆のような部分の熱が上がっているように感じる。


ただ⋯


今朝までのような怖れや不安は感じないな。

逆に昂ぶるような気分だ。


頭の中は混乱でいっぱいだというのに。


昨日からわからない事だらけだな⋯


頭とは裏腹に足はフラフラと前に進んで行き、信号を渡りきりチケット売場の前で止まった。


脇には大きな看板が貼り出してあり出雲展の内容が描いてある。


発掘で出土した朽ちた杉の木。

巨大な杉の木を三本まとめて一つの柱として使っていたというが、地中に埋まっていた部分が残っていたらしい。

それで高くて巨大な神殿があったことや、数百本もまとまって出土した青銅製の剣など、古代日本に知られていなかった大きな国があったということが描かれていた。


一体、これのどこに惹かれたというのか。


とりあえず特別展の料金を払ってチケットをもらい門を抜け、特別展のやっている左側の平成館へ向かう。


ここへ来て、今日は感じていなかった違和感を感じる。

また居るのだな。

何者かわからないが、また監視をしているのだな。


昨日までとは違って不安は感じない。

もういちいち気にしていても仕方がないしな。

こちらがいくら気を揉んで不安でいたって奴らがそれを止めることはないのだろうし、それがもう何十年も続いていたのだから。

いくらでも見ているがいいさ。


あの冷たく、感情の無い「目」でな。


おそらくキツイ目つきになっていただろうが足を止めて、そのままグルリと周囲を眺めてからまた歩き出した。

どうせ向こうは見つかるようなことはするまい。

「ただ見ている」だけの奴は、こちらが探した時には表情を元に戻すのだろうしな。


平成館の前には入りきれない人達が列を作っていた。


特別展では珍しい光景ではないが、さすがに暑いので早く中へ入りたいが仕方がないな。

少々⋯なのかな⋯待つとしよう。


待ちながら、さっき鰻屋で聞こえた三人組の会話を思い出していた。

側から聞いていて楽しい年寄りの会話だったと思うのだが、途中で妙に気になるところがあった。

それが一部の会話なのか、流れとしてだったのかがあの時はわからなかったし、今も自分が何を気にしたのかがわからない。


またもや会話を思い出す作業になるのか。

まっ、作業と言っても仕事ではないからな。

待ちながらゆっくりと思い出してみよう。


あの三人組がしていた会話はとても楽しそうで、聞いていてクスッと笑えるほどだったと思うのだけど。

はじめは仕事を終えて気ままな生活も楽しいけど退屈だ⋯という事を話していて、そのうちに鰻の話になったな。

あぁ、そうだ「土用の丑」の由来がどうとかって話になったな。


えぇと、平賀源内が鰻屋に相談されて売上が下がる夏に何かお客さんを呼ぶ手立てはないものかと考えたのが「丑の日」だったとか、万葉の時代の歌人で⋯えぇと何とか言ったな、あぁ大伴家持だったかな、友達に向けて詠んだ歌が鰻が夏バテにいいぞって内容だったとか、あともう一つあったが思い出せない。


それからの会話は⋯何だったか。


鰻が旨いって話だったかな。


いや、それだけではなかった。

何か引っかかることがあったと思う。


ゆるゆると人の列は前に進み、それに合わせて少しずつ足を前に出していく。

頭の中では鰻屋で聞いた話を必死で思い出していた。


何と言っていたか細かいところが今ひとつ思い出せない。


胸のあたりがトクン⋯と脈打った。


血豆の所だが、熱くも感じず、心臓の鼓動とも違う。

何だろう。


そうだ、旨い旨いって皆が認めた後でもう一度「丑の日」の由来に話が戻っていたな。

その時に妙な方向に会話が行ったんだ。


あの時「丑の日」の話を振った男が由来を考えるのは「損」だと言っていた。

本人も話をまとめられていなかったが、由来や言われがあった方が良いとか悪いとか?

何と言っていたかな。


トクン⋯


また胸が脈打った。


その波動は胸から広がり手足の指先、頭の天辺まで伝わるが衝撃というものではなく、温かい風のような、体の表面を柔らかい手で揉まれているような、不思議と高揚感に包まれるようにも感じる。


指の先が痺れるようで、頬や首筋、腕などはこれから流れてくる空気の方向さえわかるかのようだ。


トクン⋯

まただ。

やはり今朝までのものとは違う。

逆に強い陽射しも辛くなくなっていた。






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