野巫の祭 44
野巫の祭 44
「お茶、お持ちいたしますか?」
突然、真横から声がしたので驚いたが目を向けるとあの仲居さんだった。
「先ほどから湯飲みを持ち上げてそのままでしたので、お茶が無いのかと⋯」
自分の手先を見ると、確かに湯飲みを持ち上げたところで止まっていた。
「あぁ、いやいや、いいんです。そろそろ帰ろうと思っていましたので」
「お茶はよろしいですか」
「えぇ、もう結構。十分に頂きましたよ。お勘定は帳場へ行った方がよろしいかな」
「はい。帳場でお願いします」
「はいはい、ではどっこらしょ」
すっかり重たくなった腰を上げ、笑顔で元気な仲居さんに伝票を持ってもらい帳場へ案内される。
途中で振り返って三人組に目を向けたが盛り上がったまま話し込んでいるようだった。
帳場にて、お店としては格安の料金を支払い、出口を向くと後ろから元気の良い声で
「ありがとうございます。またお越し下さーい」
と、言われた。
「はい、今日はあなたのおかげで楽しいお昼になりましたよ」
「あらっ、本当ですか。それはよかった。途中は失礼いたしましたのに⋯」
「いやいや本当です。一人で食べてるのを忘れるほど楽しかったですよ」
ここまででも十分に自分ではないようなやりとりだが⋯
「まぁ、嬉しい!じゃあ今度はデートにでも誘って下さいまし」
「はっはっはっ、それでは次回寄らせてもらった時にはデートのお誘いも注文しましょうね」
「はい、本当にお待ちしております」
「はい、じゃあごちそうさまでしたよ」
暖簾をくぐり、また強い陽射しの照り返す通りへと出た。
しかし何だ?今のやりとりは?
たとえ相手が仕事柄こちらへ話を合わせてくれていたとしてもだ。
あれほど軽やかに「デート」の話題を交わすなんて、まるで違う誰かが言葉を発しているように感じた。
自慢にもならないが、こと女性に関しては妻の利与以外はどこかで苦手意識を持っていたので、先ほどのやりとりなどは自分でもあり得ない事だったのだ。
軽口を言ったことがない訳ではないが、初めて会った女性に対して相手が振ったとはいえあれほど淀みなく受け流せるとは⋯。
「次回はデートのお誘いも注文しましょうかね⋯」
だと?
どうしてしまったんだ、私は。
まるで遊び人の様ではないか。
自分の発した言葉と態度、それに刺すような陽射しと照り返しで、揺れるように見える景色の中を上野公園へ向かって歩いて行く。
広小路から桜並木へと入って行くと木陰でいくぶん風が涼しく感じられた。
上り坂に入って足取りは遅くなるが、頭は動きやすくなるのか先ほどのこのとを思い出していく。
一言一言、確実に。
さっきのことは私にとっては一大事だからだ。
やはり山口に言われたように「女」を求めているのだろうか。
心のどこかで何かを期待しながら食べ歩いたり飲み歩いたりしていたというのだろうか。
それが本音だったのか?
いや、それはそうか。
男ならばそれが本音だろう。
だけども、それを態度や行動に出来る者と、出来ない者とがいて私は間違いなく「出来ない者」だった。
はずだ。
それが。
先ほどのやりとりを考えても、自分らしくないとは思うのだが「恥ずかしい」という気持ちが感じられない。
今までなら、あんなことを言ってしまったら、まぁ絶対に言いはしなかったが、とてもではないが、その場にいるのも相手の顔を見るのも恥ずかしくて堪らなかったたことだろう。
それがどうだ。
涼しげな気持ちと、得意げな気持ちをほのかに感じているじゃぁないか。
なぜ、あのような台詞が自然に出てきたのだろう。
それも笑顔で、とても自然な笑顔で。
私らしくない⋯。
そう思っても後悔すらほとんど感じていない。
まるで頭と身体が別のようだ。
いや、別のようだった。
あれこれと考えながら桜並木を歩いてきたら、もう桜並木を抜けそうになっていた。
小松宮彰仁親王の騎馬銅像が見えている。
目の前には広場と広い空が見えてきた。
出来たばかりの広場脇の珈琲店からいい香りが漂ってくる。
視線を空から下げてくると正面には国立博物館の大きな建物。
そうだった、あそこに寄るためにまた上野の山を上ってきたのだったな。
ここへはごくたまにだが来ることがある。
とは言っても混んでいる特別展を見に来るわけではなく、いつも常設展をやっている正面の建物へ行くのだ。
向かって正面は年間通してあまり内容が変わらない常設展、右側の建物は文明が始まってからの日本とその関係国の展示、左側の建物は平成館と言って一番新しく特別展をやっている。
いつもは常設展の文明が始まる前の時代から出土した展示物をゆっくりと見ている。
とくに古い土偶や縄文土器など。
弥生時代以前の土偶は体の線が美しいと感じる。
そして表情も豊かだ。
土器も実用品にしては装飾が多過ぎるが不思議な世界観というか宇宙観のようなものを感じるし、土器も土器も見る角度によって印象がガラリと変わるのも面白い。
一つお気に入りの土偶があり小さく単純な形をしているんだが、何とも愛らしい顔で微笑んでいるように見えるし、片手を頭の上に、片手をお腹の前にして少し傾いている。
この埴輪がどうにも気になって、いつもこの前でしばらく眺めている。
さて、今日は⋯っと。
入口のチケット売場が見えてきたな。
そうだそうだ、今日は「出雲展」がやっているのだった。
国立博物館の前にある信号まで来て足が止まった。
赤信号だからではない。
これまたおかしいからだ。
今まで利与の出身地の出雲に興味を自分から持つことはなかった。
過去に行ったのは全て利与の家族達に挨拶に行っただけで、出雲大社へも一度行っただけだし、そもそも信心の無い私には興味がない場所なのであまり記憶にも残っていない。
それに利与の家族達には正直、良い記憶がある訳でもなく、出来ればもう係わりたくはないと思っていたし会うこともないはずだった。
次の旅行が出雲と聞いて本音では他の所にして欲しいとも思っていた。
それなのにさっき通った時に看板を見て何の戸惑いもなく「帰りに寄ってみよう」などと関心を持ったことがおかしい。
今までなら「ああ、そうなのか⋯」と素通りしていたはずだ。
どうして今日は何もためらわずにここへ来ようと思ったのか。
信号を渡るか渡らないか。
正面の常設展をしている建物に目が合った途端に全身が震えるような衝撃とともに胸が「ドクンッ!」と鼓動した。
何か得体の知れない大きな手に掴まれて引っ張られるようにフラフラと信号を渡っていた。




