野巫の祭 41
野巫の祭 41
さてさて、聞いてみなければわからないが、サンダル履きの爺様を入れてもらえるだろうか。
恐る恐るお店に入って
「あの〜、一人なのですが⋯」
「はーい、いらっしゃいませ〜おひとり様、こちらへどうぞ〜」
「あの〜、サンダルで来てしまったのですが⋯」
「えっ?あぁ、構いませんよ〜、どうぞ〜」
あっさりと入れてやれやれ、というか、ひやひやというか。
しかし店内に入るなり鼻の奥に鰻の焼けるいい香りが充満する。
これこれ。
これですよ。
いつもの馴染みの店のように煙モクモクという気安い店ではないがすんなり入れてよかったな。
昼時だが運が良かったのか、それほど混んではいない。
とはいえ時間がいいので一階席の八割方は埋まっていて、奥の方にある二人掛けの席に案内された。
窓際ではないが窓が広く大きいので通り向こうの不忍池が見られる。
明るく広々として独りの年寄にはもったいないかな。
歳はいっているが明るく無駄のない動きをする仲居さんがおしぼりとお茶を持ってきた。
「ご注文がお決まりでしたら伺いますね」
「あぁ、じゃぁこれを⋯」
と言いながらお品書きの一番安い鰻重を指さす。
「はい、では焼けるまで少々お時間頂きますがよろしいですか」
「結構ですよ。池を眺めてゆっくり待ってます」
そう伝えると笑顔を返して注文を通しにいった。
こちらの注文を復唱しなかったのは安い鰻重だと周りにしれてしまうのを避けてくれたのかな。
はじめから決めて入ったとはいえ少し気恥ずかしくなってきた。
足元のサンダルがお店に合っていないので余計だな。
しばらく店内や不忍池を眺めていたが、周りの人達が食べている鰻の匂いで腹の虫が騒ぎ出した。
「はっはっ、お前が騒ぐということは身体も少しは調子を戻したかのかな」
小さな声で呟きながら腹をさする。
鰻ざくでも頼んでおけばよかったかな。
いやいや、それでは酒が欲しくなる。
今日は食べるだけにしておこう。
そんなときに私の席の斜め前に同年輩の男性三人が座った。
こちらは人数もいるしでお重の他にそれこそ鰻ざくに鰻巻き天婦羅も頼んでいた。
と、ビールとお酒。
まぁそうだよなぁ〜。
乾杯から楽しそうに飲み始めていた。
窓に目を向けてボォ〜っと外を眺めていたら鰻がやって来た。
「お待ちどうさまです」
「やぁありがとう」
「ごゆっくりどうぞ」
さてさて鰻とご対面だ。
いつ以来かな。
あぁ嬉しい。
口の中がつばきでいっぱいになる。
ゆっくりと重の蓋を持ち上げると湯気とともに焼けた鰻の香りが立ち上がった。
すぅ〜
あぁ、いい匂いだな。
重を覗き込むと思ったよりも鰻が多いのでさらに嬉しい気持ちになる。
米粒が見えないほど⋯っという訳にはさすがにいかないが結構かくれている。
さっそく箸を割り手を合わせ、重の角から箸を入れた。
貧乏臭いが、はじめはタレが染みたご飯だけ。
それでも口の中に香ばしい香りが広がり、間違いなく鰻を食べるのだと頬が緩む。
次の箸では鰻もしっかり乗せてハムリと頬張った。
う〜ん、鰻だ!
当たり前すぎて可笑しくなり緩んだ頬が一層緩む。
噛みながら
「ほっほっほっ⋯」
と、中途半端な声を出していたら先ほどの無駄なく動く仲居さんがこちらを見ていて右手を口元に当てながら「くっくっ」といった具合で笑っていた。
途端に目が合い、お互い無意識に頭を下げ会釈のような形になった。
気恥ずかしいったらありはしないが仕方がないし、こちらの笑顔も止まりはしない。
照れ隠しも兼ねて粉山椒を振ろうと容器を重の上に持って来た途端に鰻の端にドバッと塊で出て来てしまった。
「あっあ〜ぁ⋯」
慌てて塊になった粉山椒を箸で鰻に塗りたくるように広げていると、向こうから吹き出す声がした。
目を向けるとさっきの仲居さんだった。
しっかりと見られていたようで、今度は背中を丸くして肩を揺らしていた。
もう美味しくて楽しい思いをしているのか、恥ずかしくてみっともない思いをしているのかわからない。
慌てて粉山椒を塗りたくった鰻を口に頬張ると、今度はむせてしまった。
「ご⋯ごほっ、ごほほっ⋯」
胸を2〜3度叩いてお茶を一口。
気管には入らなかったようでお茶に押されて鰻も米も落ちていった。
ふぅ〜
やれやれと思った時、さっきの仲居さんが新しいお茶を持って来てくれた。
「見られてましたか」
と言うと
「はい。先ほどからしっかりと。ゆっくりお召し上がりください。また見てますからね」
笑顔で言われた。
正直に答えてくれたおかげでこちらも気が楽になった。
次の箸を口に入れるときにまた目が合ったので箸をくわえたままで頭を下げると向こうも頭を下げてまた笑顔になった。
なんとも奇妙な昼食になったな。
あの仲居さんと一緒に食べているようにも感じてしまう。
そうだな、利与がいたらこんな感じだったろうな。
また楽しい気持ちに戻り、美味しく鰻を食べることができた。
最後の一口はゆっくり噛みながら鰻の味と香りを忘れないようにした。
手を合わせてからお茶をすすると彼女が器を下げに来た。
「いかがでしたか」
やはり笑顔で尋ねてきた。
「いや、美味しく、そして楽しく頂きましたよ」
そう答えると笑顔で新しいお茶を置いて食べ終わった器を下げていった。
楊枝をくわえながらお茶をすすり窓の外を眺めていると先ほどの同年輩三人組の話が聞こえてきた。




