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野巫の祭  作者: 凡栄
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野巫の祭 40

野巫の祭 40




玄関に鍵をかけ廊下をエレベーターの方へと歩きかけた時に鳥の鳴き声が聞こえた。

聞き覚えのある鳴き声だったので、その時は何とも思わずエレベーターに乗って下まで降りて外へ出た。


今日も暑いが風は爽やかだ。


さて、今日はどこまで行くとするか。


昨日のことがあるので同じ場所へは行きたくない。

浅草寺に行くのも秋葉原や新宿だって行きたいとは思えない。


と言っても浅草寺に近寄らないと昼にやっている馴染みの店へは行けないし。

知らない街へ行って初見の店に入り博打をするような気分でもない。


そうだ、蔵前に寄ったところに美味いトンカツが食べれるお店があったな。

いや⋯今日の自分には揚げ物はつらいかな。

あの店には気が上がっているときに行きたいものだ。

では寿司はどうか。

これも生魚はちょっとつらいかな。

では蕎麦は⋯うん、蕎麦でもない。

蕎麦を食べるとなると浅草の雑踏へと入らなければならないし。

洋食屋も今日はつらいな。


さて困った。

外へ出てきたものの行くあてで詰まってしまった。

空はこんなに青く清々しいのに気持ちは重たいままか。


そうだ、このような時には気疲れ、暑気あたりに良いとされる鰻が良いだろう。

うん、そうだ、醤油の焦げる匂いというのは食欲をそそってくれるものだしな。

よし!そうしよう。


ではどこへ?


馴染みの店はみんな浅草寺に近いからな。

では北に向かって馴染みとは言えないが南千住の店はどうだ。

あ、そうか。

あそこはこの時期に行ったら並ぶな。

風が爽やかでもこの時期に外で並ぶのはつらいか。


さて困った。

どうしたものか。


んっ、そうだ上野があるじゃないか。

不忍池の畔りにいくつかあった。

上野なら昨日の秋葉原まで近寄らなくていいし、ここから歩いて行ける。


久しぶりに上野の西郷さんでも見るとするか。

上野の山を一回りして不忍池の畔りに降りてくればちょうど良い時間となるだろうしな。


どれ、陽射しと車の排気ガスを避けてこのまま菊水通りから合羽橋の道具街を横切って上野駅まで行こう。

ヨタヨタ歩いても30分弱では着くだろう。

問題はそこからだ。


上野駅にぶつかると左に200m行けば改札口だ。

右に行くと両大師橋へ登る坂道になる。

この坂道がいけない。

結構しんどいのだ。


駅の改札で入場券を買って、駅の中のエスカレーターを乗り継ぎ、坂上の上野公園口まで行くという手もあるが、仕事で急いでいるわけでもないし、むしろ時間がつぶせた方が都合はいいのだし、歩けばいいさ。


坂の脇には歩行者と自転車専用の登り道もあるのだが非常階段のようでクルクルと向きを変えねばならないのと単調で景色が良くないので、少し遠回りにはなるが車道に沿った歩道を登っていく。

こちらの道なら登り口さえ曲がってしまえば真っ直ぐだから途中で上を見上げれば一面が空の景色で気持ちがよい。

坂上まであとどれ位だかも一目でわかるし。


今日もヒィヒィ言いながら登りきった。


登り切ると道は90度曲がり上野駅を通る各路線を渡る橋になる。

山手線、京浜東北線、高崎線、東北本線などホームの数でも20近くある上野駅発着全ての路線を渡るので、橋も結構な長さだ。

冬の夕暮れ時にここから上野駅に発着する電車たちをボーッと眺めているのはわりと好きで何度かここへ来た。


渡りきった右側が橋の名前の由来である「両大師さん」の輪王寺山門だ。

天海と良源、すなわち慈眼大師と慈恵大師と二人の大師が祀られているので両大師と呼ばれている。


天海は徳川家康のご意見番であったということで、江戸の街づくりにも意見をし、家康の死後は日光東照宮の造営、建立に尽力したという。

良源は不思議な人物で疫病が流行ったときに二本の角を生やし骨と皮だけの鬼の姿になり疫病神を追い払ったとされて、その時の鬼の姿を描いたお札を貼ると商売で悪い気が入って来ず良客に恵まれるという。

浅草に住んでわかったが、浅草から日本橋にかけて商売屋、とくに物売り店では多く見かける。

八百屋の一番奥の壁に黒い鬼の札を見つけると慣れない頃はギョッとしたものだ。

仕事で建築関係だったことあるのだろうが、世の中にはこの手の験担ぎや願掛け、まじないなど驚くほど多くの生活に根付いた風習や習慣が存在する。

信心のない私にとっては壁の飾り程度にしか思えないが、信心のある人たちにとっては他のものに変え難いものであることも知っている。


お祭や行事を見てもわかるように、下町と言われる地域では人々の暮らしの中で当たり前のように染み込んでいるのだろう。


さてと、輪王寺の通り向かいには国立の科学博物館だ。建物は小さな国会議事堂のようで素敵な建物だ。

入口には迫力あるクジラの模型がある。

模型といったって高さはゆうに10mを超しているので相当に巨大だ。

一番高いところは弓なりになった体の背びれのところ。

水面で息をして、これから一気に潜っていこうとしているような姿だ。

いつ見てもすごいなぁと思う。


さらに進むと左に噴水広場、右に国立博物館。


今日の国立博物館は何をやっているのかな。

チケット売場のポスターを見に寄ると


東京国立博物館140周年

古事記1300年・出雲大社大遷宮

特別展「出雲―聖地の至宝―」

東京国立博物館、島根県、島根県立古代出雲歴史博物館

神話の国、出雲。

荒神谷遺跡や加茂岩倉遺跡で発見された大量の青銅器や、出雲大社のそびえたつ社殿の姿は私たちを神話の世界に誘います。

今年は出雲ゆかりの神話が記された『古事記』が編纂されて1300年の記念の年にあたり、来年は出雲大社の大遷宮が60年ぶりにおこなわれます⋯


ほおぉ⋯


出雲か⋯。


次に利与と行くはずだった場所じゃぁないか。


今さらだが鰻を食べた後に腹ごなしでまたここまで戻ってみるかな。

戻るかどうかは食べてから決めればいい。


あまりいい思い出があるとは言えない出雲だが、利与の実家をとんぼ返りで行っただけでほとんど何もわからないからな。

あぁ、出雲大社にはお詣りに行ったか。

気にはなるが、気にしたくない場所でもある。


身体をスゥ〜っと回して噴水広場へ向かって信号を渡り、そのまま真っ直ぐ噴水の脇を抜けて桜並木の方へと進む。


途中で久しぶりに西郷さんの銅像を眺めたが、西郷さんが連れている犬の名前が思い出せない。

何だったかな〜とまた上を向くと今まで気が付かなかったが、この西郷さんの銅像は浴衣姿なのに帯には刀を差している。

最後の最後まで武士であったということなのだろうかな。

個人的には、こんな浴衣姿になってまで刀を持たされているのを知って、何とも切ない気持ちになってしまうがね。

武士とは窮屈なものだったのかと考えさせられる銅像だな。


桜並木へ戻りそのまま坂を下り広小路へ出て、不忍池に沿って右へ曲がる。


桜並木の途中で不忍池の畔りに降りる手もあったが、不忍池には弁天様がいる。

昨日一日中、女で大変なことになったので弁天様には近寄りたくなかった。


弁天堂の橋のたもとに屋台のおでん屋があり、そこは昼から飲ませてくれるのでどうするかチラと迷ったが、昨日のことが気になりやめた。


素直に鰻を目指すことにする。


信号を曲がると湖畔の道沿いに有名店がある。

その先に一本裏通りではあるが鰻懐石のような料理を食べさせる店もある。


夜に来て一杯やりながらなら鰻懐石もいいが、あまり食欲のない状態では相手のいない独り身には手に余る。


湖畔の有名店で一番安い鰻重でもいただくか⋯と、薄笑いとともに決心をしたときに足元が目に入った。


「いけない」


サンダル履きで来てしまった。


あぁ⋯どうしよう。


考えても仕方がない。

お店に入って聞いてみるかな。







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