野巫の祭 39
野巫の祭 39
このアザ、すでに血豆のようになっているが、これ以上消えはしないのだな。
昨日一日のこともこれと同じように消えはしない。
これからずっとこれらのことに振り回されて生きるのか。
嫌だ
どうしてかこの時強くそう思ったのだ。
誰の目も気にしたくない。
残りの人生を考えれば当たり前のことなのだが、人に観察されることに怯えながら時間を消費している余裕など無い。
怒り
確かにそうだが、相手に対してぶつけると言うよりも、何もできない何もできなかった、今まで気が付かなかった自分にイラついていた。
昨日、目の前で起こったことに受け身でいた自分にも。
誰が何のためにしているのか一人でも見つけたら捕まえて絞り上げてやる。
かつて感じたことがない乱暴な感情でいっぱいになっていた。
元々それほど短気な性質ではない。
争いや競争は自分からは近づかないし、ケンカもしたことがない。
子供達が高校生の頃、三者面談などで先生から注意や指導を受けているときなど相づちを打つだけで、後で「何で先生にちゃんと説明をしてくれなかったのか」と子供達から文句を言われたものだった。
そう、今更だがなぜだったのだろう。
決して怒りが無い訳ではなかったし、競って勝ちたいという気持ちが無かった訳でもなかった。
学校の先生にも言いたいことはあった。
相手が怖かった?
いや、そうではなかった。
ではなぜ?
いや、そうだ。
怖かった。
相手ではなく、自分の感情が怖かった。
自分の気持ちを話すことは苦手だったが、感情にまかせて話すことも行動することも怖かった。
苦手というのとは違う。
してはいけないと心のどこかで引っかかるものがあったのだった。
いつから?
ずいぶん前、中学に入る前にはそうなっていたか。
出来るだけ目立たず、出来るだけ人に嫌われず、出来るだけ人の感情に入らず。
そう⋯してきたはずだ。
だからこそ、なぜ?
人から監視されるようなことになるのか。
わからない。
ピーーーピーーーピーーー
突然の電子音に体がビクッとする。
甲高い音は耳の奥まで直接入って来られたように感じた。
がしかし、音の元は洗濯機が止まったのを知らせる音だった。
「ふぅ〜ぅ⋯」
わかった途端に大きく息をつく。
まだ心臓が少し暴れているな。
いつもなら食事をしながらや、ラジオを聴きながらでも、洗いから濯ぎ、脱水など洗濯機の音を気にしていたので電子音が鳴るのも「そろそろかな」と意識しながらいたから驚いたことはなかった。
それが今朝は他の事を考え、さらに不安いっぱいでいたものだから音がするまで洗濯機を回していたことを忘れていた。
てもまぁ、おかげで張り詰めていたものが少し緩んだか。
さっきは食べ物も喉を通らなかったが動けば食欲も戻るかもしれないな。
まずは洗濯物を干すとしよう。
洗濯というのはいい。
とても建設的だと感じる。
洗濯機で洗われた衣服は、濯ぎ、脱水にかけられ先ほどのピーピー音が鳴るときにはクシャクシャになっている。
まぁもっとも最新の洗濯機ならばそんなことにはならないのかもしれないがね。
このクシャクシャになった衣服を叩きながら干していくのだが、量こそ一人分で少ないが洗濯物がズラッと(そんな量ではないのだか)青空の下に並んだ姿はとても気持ちが良いものだ。
私はこの作業がとても気に入っている。
意識してするようになったのは妻が亡くなってからだが、家事といわれるものの中で、この作業だけは自分から進んでやっている。
もっとも、洗濯物を取り込んで畳んでしまう⋯という作業はなかなか好きになれてはいないのだか。
洗濯物を干すためにアルバムのある部屋を通ったのだが、別に通れないという訳ではないが何となく出しっ放しが気になったのと、朝の続きを陽の光の下でやる気になれないのとで掃除をしながら片付けることにしよう。
台所の脇へ置いてある掃除機を久しぶりに出してコンセントにつなぐ。
久しぶりなのは、ほとんど箒とちりとりで足りてしまうのでしばらく使っていなかった。
出してあったアルバムを段ボール箱へ戻して押入れへ入れ、襖を閉じようとしたとき一瞬手が止まる。
誰もいない部屋の中で、この箱の存在はあまりに不気味だ。
いやっ、おかしいか。
本来なら家族の思い出が詰まったもので、ページをめくれば楽しい記憶が蘇るものなのだから。
次に出すのがいつになるかはわからないが、今はこれ以上見ていても何も変わりはしないのだろう。
指先に力を入れなおして襖を閉めた。
掃除機のスイッチを入れると必要以上と思える音を出して動く。
こんなに喧しい道具だったかな掃除機って。
この部屋中の空気を変えるように派手な音を鳴らし続ける。
隅から隅まで掃除機をかけたってさほどの時間はかからないが、どうも掃除機を動かすのは億劫に感じる。
甲高いモーター音もそうなのだが、何より年寄り一人の部屋でこの音を聞くと「そんなに必死に動かんでいいから⋯」と言ってやりたくなってしまうのだ。
妻が、利与が掃除機をかけている時にそんな事を考えたことはなかったな。
どちらかといえば「よく働くな⋯」と思っていたものだ。
仕事場での片付けでも同じようにしか思わなかった。
それが今はそう感じないのは、おそらく自分自身の心の在りようなのだろう。
この部屋の中では、我のことながらひっそりと暮らしている。
その中で、この掃除機だけが「力んだ」ように、何ともリズム感というか熱量というか生活に合っていないように感じることがあって、この音が気持ちを急かすようなのだ。
ともあれ一通り掃除機をかけてスイッチを切り、コンセントを抜き片付ける。
「ふぅ〜やれやれ」
そのまま洗濯物を見にいくと青空に昇っているお日様の陽を浴びて気持ち良さそうに泳いでいた。
暑くなるのを覚悟でベランダへ出る吐き出しのサッシを開けると、確かに暑いが湿気の少ない風が入る。
空気替えもしようとベッドの部屋の窓も開けてエアコンを止めた。
もういい時間になっている。
着替えて少し散歩をすれば時分どきになるだろう。
肌着を脱いで、そのまま顔を拭き新しい肌着を着る。
椅子に放りっぱなしのズボンを履いて、靴下を出そうとして面倒臭くなり今日はサンダルで行ってしまうことにする。
シャツを着てズボンのポケットを叩いて中身を確認する。
サンダルを履いて左前のポケットから部屋の鍵を出して扉を開け、振り返って扉を閉める時にベッドの部屋と押入れの部屋の両方が目に入ったが射し込む光が強すぎるのか、押入れの所が妙に暗く見えたが、それを振り払うように急いで扉を閉めて鍵をかけた。




