※番外編 鍋パーティー
時期的には卒業式後です。
ちーちゃんが、タラバガニを懸賞で当てた。ちーちゃんはああ見えて、宝くじは欠かさず買うし、葉書やネットでの懸賞の応募を良くやっている。
大量のタラバガニ、嬉しいけど困ったちーちゃんにお呼ばれ。有岡先輩と水原と私とちーちゃんでカニ鍋をすることになった。
「卒業めでたし。カニ娘、カニ眼鏡。これは俺からの卒業祝いだ。謹んで受け取りたまえ」
時間よりも少し遅れてやってきた先輩の手には、エビやらホタテやらの魚介が入った発泡スチロールの箱が握られていた。
「おぉ! 豪華~ありがとうございます。で……なんですか。その呼び名は」
カニ娘って嫌だ。カニ眼鏡よりもマシかもしれないけど。
「先輩は何なんです?」
カニ娘役をやる気はないけど、恒例のやり取り上先輩の配役を聞く。
「カニ岡」
「何ですか、その適当な設定」
意味が分からん。
「俺はカニが好きだから。カニに集中したい」
「じゃあ、やらなきゃいいじゃないですか」
「カニ女神はキッチンか?」
カニの出資者であるちーちゃんは、格が高い。
女神扱いされたちーちゃんが呆れた顔をしながら、先輩から魚介を受け取っている。ちーちゃんは手際よくエビやホタテや貝を食べやすいよう処理を始めていた。
役に立たない私は、ひたすら灰汁を取る係。
ぐつぐつと煮え立つ鍋が噴きこぼれないように温度調節しながら、野菜を投入。
「言っとくけど、一度箸で取ったものを鍋に戻すのはなしだからね」
隣でタラを投入している水原を肘で突く。
「失敬だな。俺はそんな非常識なことはしない」
何言ってんだかと視線を返されたが、やりかねない。お菓子は除き、水原の偏食はお子様レベルだ。
「この辺、もう煮えてるわよ」
ちーちゃんがひょいひょいと、皿に移してくれたのでワクワクしながら箸をつける。こんな豪華な鍋はそうお目にかかれるものではない。
「ってか、先輩。本当にカニ好きなんですね……」
先輩は黙々とカニの殻から中身を取り出している。先輩のそんなシリアスな表情は、空手の試合以外見たことがない。
むしろ今まで一番精悍な顔をしている。
カニ岡の名はだてじゃないらしい。
「……水原。人の皿に入れるのもなしだから」
カニについてきた白菜に顔を顰めた水原は、そのまま私の皿にイン。白菜美味しいのに。
「野菜も食べなよ。春菊とか」
ぽいぽいと体に良さそうな、野菜を水原の皿に突っ込む。
「さーちゃん、親切ぶって嫌いなもの水原君のお皿に入れないの」
ちーちゃん、目ざとい。ばれたか。
野菜は大抵好きだけど、春菊の苦味が受け付けない。好き嫌いするとちーちゃんに怒られるので、見てない隙に水原の白菜と私の春菊をトレード。
鍋の残し汁にご飯を投入し、カニ雑炊まで食べつくした私たちは、かなり満腹になった。
「あー凄い食べた~」
ぽこっとなったお腹を摩りながら、後ろ向きに転がる。
ちーちゃんは、ちゃっちゃと鍋を片して、テーブルを拭いている。
手伝おうとしたけど、お腹が苦しい。食べ過ぎた。
「さーちゃん、消化に悪いわよ」
「だって、お腹がぱんぱんなんだよ。ちーちゃん、手伝わないでごめん~」
「良いわよ。一人でやる方が早いから」
「ちーちゃん、酷い……って先輩。また大人しいと思ったら…」
ちーちゃんが日本茶を入れてくれたので、食後のまったりムードに突入。
先輩はどこから持ってきたのかアルバムを見ていた。先輩が大人しいと碌な事をしていない。
「千里さんの許可は取ったぞ」
「ちーちゃん~……」
「良いじゃないの」
小さい頃の写真は、私とちーちゃんが良く二人で写っている。小さい頃からちーちゃんは私の面倒を見てくれたし、私もちーちゃんに懐いていた。
七五三や入学式、卒業式、正月、クリスマスなど主だったイベントに、私とちーちゃんが揃わないことはほぼない。
両家合同の夏の旅行は、小さい頃の恒例イベントだった。
「この写真は傑作だな! ミニ野田が三輪車でウィリーしている」
自分で言うのもなんだけど、三輪車を乗りこなしている感がありありの写真。危なげなく後輪のみで、方向転換している。
「俺はこの写真の方が良い」
いつの間にか先輩の隣に移動し、水原もアルバムを見ていた。水原が良いと指さしたのは、私が三輪車で車を追いかけている写真だった。
「何これ?」
記憶が曖昧にしか残っていないので、何をしているのか自分ながら分からない。
「これはね、さーちゃんが私と離れるの嫌がって三輪車で追いかけようとしたの。私の両親も、叔父さんたちも焦っちゃって。止まりなさーい、狭霧っ! って叔父さんの声が聞こえたから、何かと思ったらさーちゃんが三輪車で並走していたのよ。たかが三輪車って思うけど、さーちゃんのスピードは凄かったわ。みんなが将来、この子は競輪選手になれるって絶賛するくらい」
「それってさ……でもまだ車のスピード出てない時だよね?」
普通の走行速度でそれが出来たら、都市伝説になっていると思う。
車から降りてきたちーちゃんの足にしがみ付いて大泣きしている私のアップ写真が、次に貼られていた。
何故か大泣きしている私の眉毛がぶっとい。先輩も水原も、そこに注目している。
「……あのさ、覚えていたら教えて欲しいんだけど。この眉毛……何?」
自分ながらこれも覚えていない。でもこれは多分、太いマジックで眉毛をなぞっている。
「叔父さんたちが目を離した隙に描いてしまったそうよ。強く見えるって本人はご満悦だったらしいけど、叔父さんは落とそうと色々苦心したらしいわ。叔母さんは、そういうことやりたいお年頃だよねって笑ってたけど」
何を考えていたんだろう…小さい頃の私。
「油性でやるとは、小さくても野田だな!」
「額がほぼ眉毛になってるぞ」
「先輩も水原もうるさい」
帰ったらアルバムを確認しよう。
眉毛塗ったのこの日だけなら良いんだけど。この日だけだと思いたい。
「しかし妹キャラとしての残念さよならクォリティーはさておき、ミニ野田の容姿だけは世間の理想に適っているな」
「でしょう! さーちゃんは、それはもうっ可愛かったんだから」
思い切り身内贔屓な発言をしたちーちゃんは、嬉々として別のアルバムを取り出した。
もう止めて欲しいんだけど……。過去の過ちほど、恥ずかしいものはない。
「水原君。その写真、そんなに気にいったんならあげるわよ。データ化してあるから」
「ちーちゃん……いらないって」
水原はまださっきの、眉毛の写真を見ていた。困った顔をしているちーちゃんと、眉毛ぶっとい顔で大泣きしている私の二ショット。
「ありがとうございます。出来ればこれも」
「いるのかよっ!」
水原はアルバムから例の写真を引っ張り出し、別のページの写真も指さした。何かと思って覗き込めば、幾分大きな鍋つかみをはめて、オーブンからクッキーを取り出している私の写真。
この日のことは覚えている。
ママの誕生日に初めて一人でクッキーを作った。
小麦粉で顔を汚しながら、どこか誇らしげにも満足げにも見える私の顔。
確か、小学二年生の時だった。パパが後ろで見ていてくれて、私はママと一緒に作るのと同じ手順で頑張った。
クッキーの厚みがまちまちで所々焦げている。バターが多すぎたのか、綺麗に型抜きされていない。多分焼くときの温度も適温じゃない。
写真を見る限り美味しそうではないけど、ママが凄く喜んでくれたのを覚えている。
この日を境に、お菓子作りがもっと好きになって、一人でも作れるようになった。
眉毛さえマジックでなぞられていなければ、とても良い思い出だ。
完結です。
長くお付き合い下さいまして、ありがとうございました。