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第七話 春の終わりに春の予兆!?

無断転載・複製・商業利用禁止。

本作品の著作権は作者個人のものとする。

本作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは関係御座いません。

六葉さんと同居生活を初めて、一週間が経った朝。

梅雨の時期が近付いてきた五月中旬、空気に湿気は感じられず、天気も晴れているため、爽やかだ。

この一週間は、以前の孤独で暗い生活とはまるで違った。六葉さんに出会えて良かったと思えている。

(いつまで同居生活を続けられるのかは解らないけど、六葉さんさえ良ければずっと…なんて、迷惑だよな)

一週間、六葉さんは家事をこなしつつ、日雇いのバイトを色々と頑張っていたし、何やらノートパソコンで勉強もしているようだった。その姿はまるで、一人立ちしようと意気込む若者のようだった。

(きっと、俺みたいな冴えない三十路のおじさんと一緒に住み続けたいだなんて思っていないだろうし、一人で生活しようと頑張っているんだろうな)

もしくは六葉さんが他の男性とルームシェア…なんて想像をすると気が重くなるので、考えないようにしている。

特に、若いイケメンが相手だと思うと、正直、妬みマックスでイライラしてしまう。

(俺にとっては六葉さんが居ないと困るけど、六葉さんは自分で稼げるようになって、人間の一般常識も概ね学び終えたら、俺なんかが居なくても困らないだろうしな…いつかお別れするのかと思うと、大人気ないくらい寂しいな)

洗面台の前でそんなことをしんみりと思いながらハンガーに掛けられたスーツのジャケットを横目にシャツを着たを瞬間、パタパタと小走りをする軽い足音が聞こえた。

「ゆ、雄二さんっシャツを着終えましたら、少しだけお時間をいただけませんか?」

「え?うん。丁度、着終わったからそっちに行くね」

シャツを着終えた後は当然、ネクタイを締めてジャケットを羽織らなければならないのだが、なぜこんなにもピンポイントなタイミングで六葉さんが俺に用事があるのだろうか?

ネクタイは手元にあるし、洗濯で問題があった訳でも無さそうだが、六葉さんの声に少々、焦りを感じたので洗面台の前から足早に彼女のいる居間へ移動した。

「六葉さん、どうかしたの?」

居間では、両手を後ろに隠して立っている六葉さんが恥ずかしそうにモジモジとしていた。

「お忙しい朝にすみません」

「六葉さんのお陰で時間なら余裕があるから大丈夫だよ。遠慮しないで」

「ありがとうございます…で、では、もし良ければこちらを受け取っていただけませんか?」

そう言って差し出されたのは、細長い箱だった。

プレゼント用だと一目で解る少し高級感のあるダークグレーの箱の質感とネイビーのリボンのラッピングは男性向けらしくシックな雰囲気だ。

「これって…」

箱を受け取ってみると、軽い。

中身が気になり、尋ねようと六葉さんのほうをみると、彼女の顔は少し赤かった。

「バイト代で買った、雄二さんへのプレゼントです。家に置いていただいて、生活費も負担していただいてしまっているので…」

「そんなの気にしなくていいのに。俺だって凄く助かっているし」

「ありがとうございます…でも、それだけではなくて、雄二さんは人間さんのことを教えてくれたりもしました。何より、いつも私に優しく接していただいたのが嬉しくて、ありがたくて…だから、そのお礼です」

ぱぁっと明るく笑う六葉さんに対して、いつも以上に大きく心臓が跳ねた。

優しくて可愛い六葉さんにドキドキするのは個人的には当然のことだ。そう、もはや、おきまりとなっている。心臓が余計に煩く鳴るのはいつものことだ。

でも、どうしてだろうか?

今日の胸の高鳴りは、ただ可愛いからドキドキしただとか、そんな単純な感覚ではなく、もっと特別な感覚だった。

(六葉さんのことが好きなのかな)

出会ってまだたったの一週間しかたっていない相手に恋をしただなんて、誰かに単純な人間だと思われるだろうか。

マトモに女性と関わってきたことの無い自分には、自分の感情にすぐにハッキリとした答えを出せない。

美人にドキッとするのは当然で、それは恋だの愛だのとは別だ。ゆえに、六葉さんのことが異性として好きなわけではないと、今までは思っていた。

そもそも、狭いひとつ屋根の下、同居人相手にそういった感情を抱くのは不純だし、失礼だと思った。

今はまだ自分の気持ちは解らない。

しかし、今後が怖くなった。

もし…俺が六葉さんを好きになってしまったら?

軽蔑されるかもしれない、嫌悪されるかもしれない、もう一緒にいられなくなるかもしれない。

(…それは、凄く嫌だ)

俺は自分の正体不明の感情に蓋をして、彼女を見本にして優しく微笑んだ。

「ありがとう、プレゼントなんて久しぶりに貰ったよ。開けてもいい?」

「もちろんです!」

六葉さんの返事を受けて、リボンを解いて箱を開けた。中身は読者さんもお察しであろう、ネクタイだ。

グレーを基調に若葉色が差し色になっているシルクのネクタイ。

「ネットで人間さんが喜ぶプレゼントを調べてみたんです。植物のように、日光やお水をあげる訳にはいきませんからね」

照れ隠しなのか、そう冗談を言った六葉さんはおどけて笑った。

「ネクタイだ…ありがとう。スーツにも合うし、今使っている物がもう古くなっていたから丁度良い。本当に嬉しいよ」

「カフスボタンやネクタイピンなど、いくつか候補があったのですが…私がやりたいことがあって、ネクタイを選びました」

「やりたいこと?」

「は、はい。もちろん、実用性なども考えてネクタイを選んだので、私情で雄二さんへのプレゼントを決めたわけではありません!」

俺が、六葉さんは俺の気持ちを考えずに自分勝手なプレゼントを選んだのだと誤解してほしくないようだ。彼女は慌てた様子で早口で捲し立てた。

「うん、解っているよ。六葉さんはいつも俺のことをしっかり見てくれているし、尊重してくれているからね」

六葉さんにも食事の好みがあるだろうに、いつも俺のリクエストを快く聞いてくれたり、味付けを俺好みに合わせてくれている。

そんな風に日々、俺のことを気遣ってくれている六葉さんが相手のことを考えずに自分勝手な理由だけでプレゼントを渡すわけがない。

「それで、やりたいことってなんだろう?遠慮なく言ってみて」

六葉さんが緊張している様子なので、圧をかけないように優しい声色を意識した。ちなみに、今回は感情的に怒鳴りながら理不尽な説教をしている時のパワハラ上司を反面教師にした。

「ありがとうございます…その、私…」

六葉さんが恥ずかしそうに俯き、軽く呼吸を整えているのを、俺は静かに待った。

(六葉さんって、恥ずかしがっていることが多い気がするな…もしかしたら、人間とのコミュニケーションの経験が無くて、その不慣れさから焦りや緊張、羞恥心がくるのかもしれないな)

仕事の営業で培われた精神分析が合っているかは解らないが、とにかく、彼女が自力で落ち着く様子を見守った。

そして、一分も経たないうちに六葉さんは意を決した様にパッと顔を上げ、まっすぐ俺を見た。

六葉さんは女性にしては背は少し高めだが、俺という高身長でもモテない悲しい男と向き合うと、彼女の真っ直ぐな瞳は綺麗で、そして自然と上目遣いのようになっている。

(可愛いな)

単純に、素直にそう思いながら六葉さんと目を合わせた。

必然的にこちらは彼女を物理的に見下している形になっているのが、なんだか少し申し訳ない。

「雄二さん、私…よろしければ、お仕事の日、毎朝、雄二さんのネクタイを結ばさせていただけたらなと思ってネクタイを買ったんです!」

(プロポーズみたい!!カッワイイ!!これは胸キュンというか胸ズキュン不可避だわ!流石に!!)

瞬間的に自身の脳内がお花畑になったが、六葉さんの言葉に返事をしなければならない、と己を律した。

「ぜ、是非!正直、ネクタイを結ぶのって得意じゃなくて…六葉さんにやってもらえたら、凄く助かるよ!」

「本当ですか!?無理していませんか?」

「いや、本当に助かるしむしろ嬉しいよ!」

「良かった〜…!」

六葉さんは「ふぅ」と安堵の溜息をつき、そっと自身の胸を撫で下ろした。

「あっ、実は…雄二さんに謝らないといけないことがあるんです」

「えっ!?なんだろう…?えっと、大丈夫だから言ってみて」

「ネットで見ながらネクタイを結ぶ練習をしていて、最初はタオル等を使っていたのですが上手くできなくて…雄二さんがいない間に、勝手にネクタイをお借りして練習に使わさせていただきました…サプライズにしたくて、ご許可を取ることもせず…うぅ、すみません」

「そんなこと、全然、大丈夫だよ!何も困るようなことではないし!むしろ、俺のために練習してくれてありがとう」

「そんな、普段、お世話になっているお礼ですし、私はお礼を言われるほどのことはしていませんよ!」

「いや、俺が嬉しかったから…お礼を言いたいんだ」

(俺のネクタイをこっそり使って練習している六葉さんを想像すると、なんか可愛くて癒されるしな)

「優しいですね」

ふわり、と柔らかく微笑む六葉さんのほうが優しいと感じたが、それを口にするとお互いに褒め合う堂々巡りの予感がしたので胸の奥にしまっておいた。

「では、早速、結ばさせていただいてもよろしいですか?」

「うん」

六葉さんが一歩前に出て、俺のすぐ目の前に立った。

密着しているわけでもないのに、なんとなく人肌の温かさを感じた。

六葉さんの細くて白い腕が俺の首に回された。

胸の前でネクタイを結び始めた彼女の頭が、見下ろした俺の目の前にある。

同じ洗剤、同じシャンプーを使っているのに、何故かとても良い匂いがした。

(なんでだろう?俺のネクタイのついでに、自分の香水でも買ったのかな…)

知らない香りだ。ほんのり甘くて、ほど良く爽やかで優しさも感じる香り…。

ゆらり、微かに揺れた花弁が俺の視線を奪った。

六葉さんの頭から生えている綺麗な白と薄ピンク色の花。改めて近くで上から見てみると、雄蕊や雌蕊が無いことに気が付いた。植物に詳しいわけではないが、蒲公英の綿毛のように解りやすい種らしきものも見えない。

(あっ、でも薔薇とかもこんな感じか…俺が無知なだけだろうし、六葉さんは…この頭の花の妖怪とか妖精みたいな感じなのかな?…って、雪女に引っ張られて妖怪かなとかいつも思っていたけど、こんな天使みたいな人に妖怪はなんか…解らないけど、もしかしたら失礼かもしれないな。今度からは植物の“妖精(仮)”ということにしよう)

とにかく、先ほどから感じる心地良い香りはその花の花弁から漂っているようだ。

とても心が落ち着くような、癒される香りだ。

「――できました!どうですか?綺麗にできたと思うのですが…あっ、駄目でしたら全然、お手数ですがやり直してください!」

ネクタイを結び終えた六葉さんがあたふたと慌ててそう言いながら、手鏡をこちらに向けてくれた。

「おぉ、俺より綺麗!六葉さん器用だね!ありがとう」

「えへへ…練習した甲斐があって良かったです。では、明日からも私にお任せしてもらえますか?」

「もちろん!お願いします!」

病は気から、とはよく言うが、六葉さんのお陰で心が軽くなった今、以前のような身体の重さが無く、寧ろ、まるで内側から力が湧いてくるようだった。

「それじゃあ、仕事に行ってきます」

「はい!いってらっしゃい!無理せず頑張ってください!…えっと、絶対に頑張り過ぎないでくださいね!」

「ハハッ、うん!ありがとう」

六葉さんの必死な気遣いが嬉しくて、その姿が可愛くてなんとなく笑いが零れた。

それは、小さなことかもしれない。

けれど、笑うことすら無くなっていた俺にとっては、それこそが幸せの一つだった。

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