第三話 お出迎えって、ロマン
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本作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは関係御座いません。
数日後、俺達二人は不便なく同居生活を送っていた。
男女二人ということで色々と問題があるかと思いきや、風呂、トイレはセパレートのお陰で特に問題なく、洗濯物の下着は、それぞれ別の洗濯用ネットに入れて、自分のものは各自、自分でやることになった。(下着以外は俺の分も六葉さんが洗濯して干したり畳んだりもしてくれて非常に楽で助かる)
六葉さんの布団と一部の食器類は初日にネットで速達指定で購入した。
更に、俺が譲ったほとんど使っていなかったノートパソコンで六葉さんは一般常識や家事など、人間のことを色々と調べ、吸収し、早くも生活に馴染み始めている。
そんな平和な日々のなか、突然、問題が生じた。
給料が多くはないとは言え、家賃や光熱費等において節約を頑張ってきた俺には、それなりの貯金があるし、人一人を養うくらいはギリギリ可能だった。
それゆえに、六葉さんに働いてほしいとは思わなかったし、何より、彼女は家事をしてくれるようなので、それが凄くありがたかった。なぜなら、仮に家政婦サービスを利用したとしたら、住み込みなら一日につき最低でも二万円はするのだと耳にしたことがあるからだ。
それを考えると、むしろ俺のほうが得をしているのかもしれない。
そうでなくても、六葉さんは本当に美人で優しくて…とにかく、癒される。
だから、本当に!働いてもらうつもりはなかったのに…!
彼女は、実に嬉しそうに一枚のチラシを俺に見せてきた。
「これを見てください!買い出し先のスーパーでいただいたんです!」
「きゅ、求人募集⋯だね⋯?」
「はい!学歴不問だそうで!面接を受けてみようと思います」
「うーん⋯無理してない?一人養うくらいなら大丈夫だから、気にしなくていいのに。それに、その⋯六葉さんが急に人間の仕事をしても難しいんじゃないかな?大変だと思うよ」
求人の内容は、よくあるただのスーパーの品出しやレジ員で、パートとアルバイトの両方を募集している。
人間にとっては簡単な仕事だろうが、人間社会を知らなさそうな葉女さんにできるかは、失礼かもしれないが疑問だし不安だ。
「自分で言うのも変かもしれませんが、料理だって初めてにしてはそれなりにできましたし、お仕事も精一杯、頑張りますから!」
「確かに料理や掃除はむしろ天才的だったし、洗濯機の使い方を覚えるのも早かったけど⋯」
「て、天才的は⋯嬉しいですが、褒めすぎです」
六葉さんは頬を赤く染めて恥ずかしそうに目を伏せた。
(うっ⋯可愛い!可愛さのあまり、つい『いいよ』と頷いて終いそうになるけど、可愛いからこそ俺は彼女に働いて欲しくないんだ!)
俺が一人で葛藤していると、六葉さんは俺の目を見て申し訳なさそうな表情で話し始めた。
「私は人間ではないため、お恥ずかしながら学がありません。たくさん努力していらっしゃる雄二さんほどの収入は望めませんが、雄二さん一人だけに働いていただくわけにはいきません!」
近年、日本では夫婦の共働きも増えているし、キャリアウーマンの方も少なくない。実際に俺の職場にも凄く優秀な女性専務がおり、彼女は厳しいが結果を出せば認めてくれる実力主義者で、ブラック企業唯一の光であり、俺も尊敬している。
それに、俺はべつに、女性は家を守っておけなどと昭和の古い考えを押し付けたいわけではないし、本人が働きたいのなら、その意思を尊重するべきだ。
(⋯ブラック企業で自分の意思なんて無視されてきたからなおさら、他人には同じ惨めな思いはして欲しくない。でも⋯)
「⋯働き始めたら、きっと残業をすることもあると思うんだ」
「それでも途中で投げ出したりせずに頑張りますから!」
葉女さんの決意は素晴らしいし、人(?)として立派だ。そんな彼女に、俺の我儘なんかを押し付けるのは酷いことだ。
ゆえに、押し付けるのではなく、一度、自分の考えを伝えて話し合ってみよう。
「俺が言いたいのは…俺が帰ってきた時に、毎日、六葉さんが家でお出迎えしてくれたら凄く嬉しいなって思ったから…残業で遅くなったら家に六葉さんはいないのが、その、寂しいな…なんて」
(うう…寂しいってなんだよ!俺は子供か!)
自分の意見を口に出すのが恥ずかしいと思ったのは学生以来だ。社会人になってからはプレゼンやらなんやらで慣れていた。
(自分勝手なことを言ってしまった…嫌な気分にさせてしまったかな?折角、六葉さんが頑張ろうとしてくれたのに…)
「なら、取り敢えず日中の単発バイトなんかはどうでしょうか?」
「…!良い解決策…というか折衷案だね!」
「それで、いつか私にも得意なことができて、お家でもできるお仕事ができるようになれば理想的…ですかね?」
「リモートワークか、確かにそれも良いね。動画編集とか、大変だけど家でできるから比較的、気軽に始められるって聞いたことあるな」
「なるほど!」
(…ん?待てよ…)
葉女である六葉さんが、人の言葉を話せる時点でずっと不思議に思いつつもスルーしていたが、バイトや学歴等の単語や、リモートワークのことまで知っている。スーパーにカレーの材料の買い出しに一緒に行った際はレジに戸惑っていたし、料理をする際、最初は火に怯えていた。
この知識の偏りはどういうことだろうか?
手首等に絡みついた蔦、頭から生えている先端がピンク色の白色を基調とした大きめの花弁の、謎の花。彼女の耳は一部が肌色だが全体的にはほぼ緑色で、かつ厚い葉で形作られており、形だけが人間の耳のようだ。
彼女が葉女という存在であるのは事実だ。
雪女のような妖怪の類いなのか何なのかは解らないが、彼女の存在がファンタジーすぎるのも確かだ。
つまり、何も解らない。
(まぁ、俺は人種差別とかしない主義だし、美人で、何より優しいのが全てだから良いんだけどね)
六葉さんは俺のお下がりのノートパソコンで単発バイトを調べているようだ。
その姿を見て、姿勢が綺麗だとか後ろ姿は人間とほとんど変わらないななどと下らないことを考えていると、パタンとノートパソコンを閉じた音で、ハッとした。
六葉さんが俺のほうに振り向いて、優しく微笑んだ。
「早速、日中の単発バイトに応募してみました!私、頑張りますね」
「うん…応援しているよ」
六葉さんの労働意欲に対して否定ばかりしてしまったが、やっと前向きな言葉を伝えられた。
「ありがとうございます」
六葉さんは無邪気な笑顔でお礼を言ってくれた。
その笑顔のあまりの可愛さに未だに慣れない俺は、ドキッと大袈裟に反応した心臓を軽い深呼吸で落ち着かせた。
「どういたしまして…あっ、今更なんだけどさ、六葉さんも気軽にタメ口で話してよ」
六葉さんは気を遣って初日に言ってくれたことを、自分はつい言い忘れていたのを思い出し、慌てて口にした。
「実は私、敬語が落ち着くんです…変でしょうか?雄二さんと仲良くなりたい気持ちは、とてもあるのです。しかし、敬語のままだとよそよそしいですし、私だけ敬語で雄二さんはタメ口だと、雄二さんのほうが気まずいですよね…?それでは、仲良くなんてなれませんし…」
「いや、無理にとは言わないよ。敬語の六葉さんは丁寧で上品な感じで…い、いいと思うし」
“素敵”だとか“可愛い”といった言葉を言えなかった自分がダサくて情けないが、他人を本心から褒めたのは久しぶりだったため、なんとなく恥ずかしくて、先程ので精一杯だった。
そもそも、独身非モテ男性には、美女とただ会話をするのもハードルが高いのだ。
「本当ですか…!?ありがとうございます!」
「いつか、仲良くなってタメ口で話したくなったらその時そうすればいいしね」
敬語の六葉さんもタメ口の六葉さんも、どっちも可愛いと思うので、正直どちらでも良い。
(それにしても、六葉さんが俺と仲良くなりたいと思ってくれていたなんて嬉しいな。まぁ、単純に同居生活をするうえでお互いに不便を感じないようにするためだけとかかもしれないけど…何にしても、俺も六葉さんと仲良くなりたいな。会社の後輩とは飲み会でとにかくたくさん、話をして少しずつ打ち解けるけど、流石に六葉さんに対して同じ方法を提案するのは…違うよな?葉女である六葉さんが飲酒をしても大丈夫なのかも解らないしな)
会ったばかりの女性と親しくなる方法として、王様ゲームや山手線ゲームがまっさきに思い浮かんだが、下心盛り盛りの合コンかよ!と脳内で己に素早くツッコミを入れた。
(でも、ゲームか…ファミリー向けのテレビゲームとかは良さそうだけど我が家には無いし、PCで何かできないかな…いや、もっと直ぐにできて葉女でも親しみやすいシンプルなゲーム…)
「あっ!そうだ、ババ抜きしてみない?」
「えっ、ババ抜きですか?トランプの?」
「あっ、知っているんだね」
「はい。お互いに相手に見えないように持ったカードを交互に引き合って、最後にババ…つまり、ジョーカーを持っていた人が負け、というゲームですよね?」
「そう!今時なパソコンとかのゲームよりも、六葉さんがやりやすいかなって。今の若者にとってはレトロかもしれないだけど、俺は結構好きだし…仲良くなるには、まずはシンプルなゲームがいいかなって」
「良いですね、やってみたいです!雄二さんの好きなゲームを実際に体験することで、雄二さんの好きなこととか、人間さんのゲームというものについて私自身の気持ちで理解したい…って、上手く言えないのですが…」
「分かるよ、ただ話に聞いただけではわからない楽しさとか、自分が実際に体験してどう思うかは自分にしかわからないからね。じゃあ、早速やってみようか」




