第十五話 平和な休日…?
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「ふんふんふふ〜ん⋯ふふっ⋯」
一人の美女が、爽やかな風が吹く晴れの日の住宅街で、つい先ほど購入したばかりのプレゼントが入ったエコバッグを大切そうに、落とさないようにしっかりと持って歩いていた。穏やかに微笑みながら無意識に口ずさんだ鼻歌は今時の曲調ではないが、彼女の微笑み同様に穏やかで美しい。
ニヤけるのを誰かに見られないように俯いた途端に漏れ出た笑い声には、喜びが滲んでいた。
何かを企んでいそうな、少々、悪戯っぽさを感じるニンマリとした笑顔すら可愛らしい。
「雄二さん、喜んでくれるかな⋯」
浮かれた様子で小さな独り言を呟いた数分後、彼女は自身が居候している家に帰り着いた。
「ただいまです!」
明るい声を同居人に届けると、普段通り優しい声が返ってくる⋯はずが、家の中は静まり返っていた。
「お出掛けでしょうか⋯?」
もしくはお手洗いかもしれないし、彼女の外出前には今日は家で帰りを待ってくれると彼は言っていたが、急用で出掛けていてもおかしくはない。
そう思い、特に慌てることもなく居間に足を踏み入れた⋯瞬間、目が開いており、寝ているわけではなさそうだが布団でグッタリと横たわっている同居人が目に入った。彼は明らかに顔が異常に赤く、辛そうな様子だ。
「ゆ、雄二さんっ!」
「ゲホッゲホッ、六葉さん⋯ごめん、急に体調が悪くなって⋯」
「謝らないでください、貴方は何も悪くないのですから」
六葉さんは、帰って来てからすぐに薄手のタオルで保冷剤を包んで俺の額に乗せたり、収納棚から体温計を取り出して熱を計ってくれたりした。
「三十七度六分⋯」
「風邪だね⋯伝染ると悪いから、六葉さんは離れていて。俺は念のためにマスクをするよ」
暑くて、寒くて、喉が痛い。頭がボーっとする。
(辛い⋯けど、六葉さんがいてくれるから、なんか安心する⋯以前、一人暮らしを始めてから体調を崩した時は、凄く心細かったのにな⋯休みを取るのが許されなかったうえ、独りでは家事とか何もできずに、マスクをして無理矢理出社したっけ⋯)
「私のことなんていいですよ⋯!確かに、私が体調を崩してしまえば雄二さんにご迷惑をお掛けしてしまうでしょうから、なるべく伝染らないように気をつけますが⋯とにかく、まずは雄二さんの回復です!ゆっくり休んでください」
「うん⋯ありがとう。ゲホッ⋯今日が休日で良かったよ⋯」
「今、ほしい物はありますか?お水とか⋯」
「今は大丈夫だよ。寝れば治ると思うし、気にしないで⋯」
「⋯では、お邪魔しないようにしますから、ゆっくり寝てください。今から少し出掛けますが15分ほどで帰宅しますので、そうしたら、いつでも、なんでも仰られてくださいね」
「うん⋯解ったよ」
そう言うと、俺は睡魔に抗いきれずに、意識を手放した。
⋯数時間後。
目が覚めると、天井が目に入った。
「おはようございます。市販の風邪薬を買ってきましたので、起き上がれそうでしたらお飲みください」
優しい声が、先ほどよりは意識が明瞭になった頭を癒す。
「ありがとう⋯」
「今、丁度お昼の時間なのですが、お腹は空きませんか?食欲が無ければ、林檎を買ってきたので、私が切るか、すり潰しますよ。もしくは、ゼリーも買ってきましたし、お粥も作れますよ」
「お粥もいいけど、林檎か⋯懐かしいな。すり潰した林檎をお願いします」
「わかりました」
(子供のころ、風邪をひいたときに一度だけ、母さんがすり潰した林檎を食べさせてくれたんだよな⋯まぁ、面倒くさかったから二度とやらないって言って、実際に二度とやってくれなかったけど)
まだ少し頭がボーっとしているからか、普段は思い出さないようなことを思い出したり考えたりしていると、「できましたよ」と六葉さんの声が聞こえた。
「起きれますか?手をお貸ししますよ」
「大丈夫だよ」
こちらに来て起きるのを手伝おうとしてくれている六葉さんを静止し、自力でゆっくりと起き上がった。
テーブルの上に置かれた深皿に入っている、すり潰された林檎。
六葉さんの、優しくも俺を心配する気持ちが滲んだ微笑み。
それらは俺の視界を癒してくれた。
「いただきます」
食欲はあまり無いが、これなら食べられそうだ。
スプーンを手に取り、林檎を一口。
「あっ、スポーツドリンクもあるので良ければ⋯」
六葉さんが冷蔵庫から買ってきてくれたのであろうスポーツドリンクを取り出してテーブルの上にそっと置いてくれた。
「助かるよ」
キャップを開けてスポーツドリンクも一口飲むと、久しぶりの味だ、と呑気な感想を抱いた。
(⋯⋯六葉さん、相変わらず手際がいいし気が利くな⋯)
食事の手を止めてボーっとしていると、「大丈夫ですか?」と少し焦燥感を感じる六葉さんの声が聞こえた。
「お身体を動かすのが辛いなら⋯もし良ければ、私が食べさせましょうか?」
彼女は、少し恥ずかしそうにそう言った。
(⋯⋯⋯“あーん”してくれるということか??)
「え、えっと⋯」
頭が回らず、答えに詰まっていると、六葉さんがハッとした表情をした。
「さぁ、遠慮せずスプーンを貸してください」
「あっ」
俺が何かを言う前に六葉さんはスプーンを取り、すり潰された林檎を掬った。
(遠慮したわけでは⋯いや、本音ではあーんしてほしいのを堪えて遠慮したんだけど、なんと言うか⋯身体が辛くて食べるのが止まっていたわけではなく、ただボーっとしていただけで、別に自分で食べられるから勘違いしている六葉さんを騙すみたいで気が引けるんだけど⋯)
六葉さんは、俺の邪な欲望とは正反対の純粋な目をキラキラさせながらスプーンを俺の口元に運んだ。
「ご遠慮せず、どうぞ」
(⋯そう言いながら、そんなに柔らかい笑顔を見せられたら断れないよ)
少し霞む視界に、彼女の美しい笑顔が少し眩しい。
素直に口を開けると、当然だが、自動的に口の中にスプーンが侵入してきた。
胸がドキドキして、元々暑かったのに、さらに暑くなった気がする。
(すり潰した林檎は正直、子供のころから美味しいとは思わなかったけど⋯食べやすいし、懐かしくていいな)
過去が懐かしい。
六葉さんの優しさが沁みる。
風邪で心身が弱ったのか、目頭が熱くなる。
(六葉さんがいてくれて良かった)
単に世話をしてくれる人がいて良かったという意味だけではない。
優しくて、俺のことを心の底から心配してくれる人が傍にいてくれたお陰で寂しくないから、そう思ったのだ。
「ごめん⋯今週末の休みは水族館に行こうって言っていたのに、明日も無理そうかも⋯」
「チケットの期限はまだまだ猶予がありますから大丈夫ですよ」
いつもより遅いテンポでそんな会話をしながら林檎を食べさせてもらい、全て食べ終えた後、風邪薬を飲み、その後は一日のほとんどを寝て過ごした。俺が迷惑を掛けてしまっているにも関わらず、六葉さんは文句の一つも言わずに額の上の保冷剤を替えてくれたりと、甲斐甲斐しく看病をしてくれた。
心配そうにしながらも、時折、俺を安心させるかのように優しい笑顔を見せてくれながら。




