第十四話 本心の、『ごめんなさい』
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(今日はいつもより少し早く退勤できたな⋯)
疲れた身体を引き摺って帰路についていると、自然と今朝のことが思い起こされた。
『いってらっしゃい』
昨日の食事の後から、そして今朝も、六葉さんはいつもの笑顔で俺に接してくれた。
(いつもの笑顔⋯に見えたけど、なんとなくどこか元気が無いように見えたんだよな。やはり、昨日のことを怒っているのだろうか⋯でも何に怒っているのか分からないんだよなぁ)
自分の何が悪かったのかもわからずに謝罪をするのも、誠実さに欠ける無責任な行動に思えて気が引ける。
(正直に「何が悪いかは解らないけどごめんなさい」とか言うのも呆れさせてしまうだろうな、流石に)
悶々と考えながら駅に続く道を歩いていると、ふと道路の反対側で看板を持って元気良く呼び込みをしている女性が目に入った。車の走行音で声は聞こえないが、どうやら花屋のようだ。
(そう言えば、ショッピングモールでは結局、買おうと思って買えなかったからな⋯六葉さんへのお詫びも含めて、買っていこう)
すぐ目の前にあった歩道橋を渡って反対側の歩道に行き、呼び込みをしている花屋の前まで来た。
「大切な人への日常のプレゼントに一輪、お祝いや行事で必要な花束、如何ですか〜?」
(花束のイメージだったけど、プレゼントって一輪でも良いんだ)
己の無知を感じながらも、思い切って入店した。
(うわ〜花屋に入るなんて初めてだな。おじさんが花屋⋯何だか自分で自分がいたたまれない)
「いらっしゃいませ〜」
「ごゆっくりどうぞー」
俺の胸中を他所に、呼び込みをしている女性と店内で仕事をしている男性店員が明るく声を掛けてくれた。
(考えすぎだったかな。同性の店員さんがいると少し安心するな)
大人としては恥ずかしい気もするが、初対面の異性との交流は⋯単なる店員と客という関係性であってもそうでなくとも、不慣れゆえに緊張するのだ。
(えっと、何がいいんだろう⋯というか、どうしたらいいんだ?)
初めての花屋に尻込みしていると、男性店員が俺の傍に来た。
「お客様、どういった用途のお花をお探しですか?」
「あっ⋯女性にプレゼントで、一輪が気軽で良いかと思ったのですが、よく解らなくて⋯」
六葉さんのことを“同居人”と言うか、“女性”と言うかで迷ったが、今、店員に伝える情報としては、女性人気と男性人気の花は異なるだろうからプレゼント相手の性別を伝えたほうが良いかと思い、先ほどのように答えた。
「素敵ですね〜女性の方へのプレゼントで一輪のお花でしたらこちらの薔薇が人気ですが、カジュアルなプレゼントでは、そちらのガーベラやチューリップもお勧めですよ〜」
「なるほど、ならガーベラかチューリップかな」
やはり、女性へのプレゼントだと伝えて正解だったようで、スムーズに会話が進んだ。
「チューリップは今、旬がギリギリで、もうすぐ終わってしまいますので、今は特にお勧めです。ちなみに、ガーベラや薔薇もそうですが、色によって花言葉が異なりまして、何か伝えたいことで選ぶか、お相手の好きな色を選ぶのが基本ですね」
「悩むな⋯どっちが好きなんだろう」
(チューリップは今しか買えないみたいだから惹かれるけど⋯六葉さんは、意外とヒラヒラしている服が好きみたいだし、ガーベラの方が見た目は好きそうな気がする)
「ちょっと、スマホで花言葉を調べてみてもいいですか?」
「もちろんです〜」
にこやかな店員に見守られながら、チューリップとガーベラの花言葉を検索した。
(なんか多いな⋯あぁ、本当に色によって違うんだな。それでこんなにあるのか。二種類とも、意外と花言葉が似ている色もあるな。⋯プレゼントというか、謝罪のためだしな⋯うーん、そういう意味の花言葉の花にした方がいいのかな)
じっとスマホの画面を見ていると、ふと一つの言葉が目に留まった。
「⋯!⋯あの、ピンクのガーベラ、ありますか⋯!?」
会計を終えて花屋を出ると、横隣の店が自然と目に入り、ケーキ屋であることに気がついた。
(駅の近くだからかな?こういうお店があったんだな)
ふと、自分が買ったガーベラを見下ろした。
(花を買ったし、ケーキまで買うのはやりすぎかな⋯)
いつも明るく笑っていた六葉さん。優しくて、可愛くて、いつも支えて、癒してくれる。
駄目な俺を見ても優しく微笑んで受け止めてくれて、同居を始めて一ヶ月弱の間、怒ったことなんか一度も無かった。
そんな、温厚で優しい人を怒らせてしまった。
心の底から申し訳ないし、謝罪したい気持ちは大きい。
けれど、それ以上に伝えるべきことがある気がするのだ。
(そうだ、何のためにピンクのガーベラを選んだんだよ)
ラッピングされたガーベラが入ったビニール袋の持ち手部分をギュッと握りしめた。
そして、ケーキ屋に足を向けた。
花屋とケーキ屋で買い物を済ませた後、いつも通りの帰路につき、ようやく自宅の目の前に辿り着いた。
仕事の疲れは勿論あるが、それが気にならないほど、頭は六葉さんに伝えたいことでいっぱいだった。
思い切り、かつゆっくりと深呼吸をした。
意を決して鍵を開け、玄関扉を開けた。いつも通り、家の中に入って鍵を掛け直している間に、パタパタと軽い足音が聞こえた。
緊張しながら顔を上げると______エプロン姿の六葉さんが顔を真っ赤にして俺の正面に立っていた。
普段から、家事をしている六葉さんのエプロン姿は見慣れているが、エプロンをしたまま出迎えられたのは初めてだ。
(何か、いいな。新妻みたいで可愛い⋯て失礼だろ!俺のバカッ今から謝罪するのに、なんてことを考えているんだよ!というか、顔が赤いし表情が固いけど⋯えっ、もしかして凄く怒ってる!?)
俺は覚悟を決めて口を開こうとしたが、それよりも先に六葉さんが口を開いた。
「っ⋯雄二さんっ!ご飯にしますか?お風呂にしますか?そ、それとも⋯!」
(えっ!この流れって⋯いやいや落ち着け俺!?!!)
「葉女に⋯しますか?」
「えっ?」
(ん?葉女?どういうことだ??それは六葉さんにとって、お決まりのセリフである『私にする?』と同じ意味なのか!?それとも別の意味があるのか!?)
「えっ?⋯ネットで見て実践してみたのですが、何か違いましたか?実際にしてみると結構、恥ずかしかったのですが、どこか間違えていたせいでしょうか⋯?」
「あ、いや⋯その、最後の“葉女”の部分ってどういう意味なのか教えてもらっても⋯?」
「はい」
六葉さんは、首筋から生えている二枚の葉のうち、一枚をおもむろに自らの左手で「プチッ」ともぎ取った!!
「ええっ!?」
驚きのあまり、声を上げてしまった。
「ちょっ、大丈夫!?痛くないの!?」
「大丈夫ですよ。私は特殊な体質なので、このくらいなら痛くありませんし、明日か明後日にはまた生えてきます」
「えー!?そ、そうだったんだ⋯でもどうして急に?」
「あっ、私の葉はハーブティーに使われるようなハーブに似ていて、いい香りがして多少のリラックス効果もあるので⋯その⋯昨日、幼稚な態度を取ってしまったお詫びにお渡ししようと思いまして。それで、ネットで見た同居男性が喜ぶことと合わせてみました」
「あっ、つまりオリジナルで『葉女にしますか?』に最後の台詞を変えて、その流れでハーブをプレゼントしてくれようとしたんだ?」
(と言うか、またネットで変な情報を⋯!)
「はい!そのとおりです!⋯改めて、き、昨日はすみませんでした!あんな態度を取るなんて⋯ご不快でしたよね」
六葉さんは勢い良く、深々と頭を下げた。
「いや、少し驚いたけど、俺が変なことを言って嫌な思いをさせてしまったから⋯でしょう?ごめん、俺、実はどうして六葉さんに嫌な思いをさせてしまったのかはハッキリ解っていなくて⋯でも、とにかく怒らせてしまってすみませんでした!」
俺は先ほどの六葉さんと同様に勢い良く、かつ深々と頭を下げた。
すると、お互いが向かい合って綺麗に九十度のお辞儀をしているという珍妙な光景が誕生した。
「「⋯」」
たまたま、二人共、黙ってそっと同時に顔を上げて目が合うと、今度は二人同時に吹き出した。
「あははっ!六葉さん、そんなに申し訳なさそうな顔なんてしなくていいんだよ、俺は気にしていないから!」
「ふふっ、雄二さんこそ!凄く真面目なお顔でしたよ。それに、そのお荷物はもしかして私にですか?二つもありますが⋯」
「あぁ、謝罪と⋯俺から六葉さんへの“感謝”を込めてガーベラを買ってきたんだ。ケーキは二種類買ってきたから、六葉さんが好きなほうを選んで、一緒に食べよう」
「わぁっ、そこまで⋯ありがとうございます!お荷物が多くて大変でしたよね、お持ちしますよ」
「ありがとう」
ビニール袋からラッピングされたガーベラを取り出し、ケーキの箱と共に六葉さんに手渡した。
「綺麗なピンクのガーベラ⋯!ありがとうございます!沢山の小ぶりな花弁がヒラヒラしていて、可愛いです」
「喜んでもらえて良かった。ケーキは食後にする?折角だから食前でもいいし⋯六葉さんはどっち派?」
「どちらでも構いませんが、折角ですから今日は食前にいただきましょうか」
「そうだね」
六葉さんがケーキの箱をテーブルに置き、皿やフォークを用意している間に、俺は手早く鞄を床に置いて上着を脱いでハンガーに掛け、カーペットの上に座った。
「お花、先に花瓶に挿してあげますね」
「よろし⋯あっ!ごめん、花瓶が無い!」
「大丈夫ですよ。明日、私がお買い物のついでに一輪挿しを買って来ますし、とりあえず、今は空のペットボトルか瓶に水を入れて挿しますから」
「あー、なんとかなって良かった⋯花瓶のこと、気がつかなかったな。次からは気をつけるよ」
ラッピングを外し終え、花を大切そうに両手で持った六葉さんが俺のほうを振り向き、この上なく優しくて綺麗な笑顔を咲かせた。
「大丈夫ですよ。二人なら大体のことはなんとかなりますし、なんとかならなくても一緒に乗り越えましょう」
「⋯!」
「なんて、大袈裟ですかね?でも、私はそういうつもりでいますよ」
「いや、六葉さんとなら、俺も頑張れるよ。そう言ってくれて嬉しい」
俺の言葉に嬉しそうにニコッと笑いかけてくれた六葉さんが可愛くて、ドキッとした心臓を抑えようと目を逸らし、目に入ったケーキの箱を開けた。
「あっ」
「どうしましたか?」
「これ⋯」
俺は、中から瓶に入った白色のプリンを取り出して六葉さんに見せた。ケーキ屋の店員が、ビニール袋の隙間から見えたのか、『お花を買われたんですか?ケーキと一緒にプレゼントとか素敵ですね〜無料でオマケも入れておきますね!』と俺が何も言わなくても的確に察し、上機嫌に入れてくれたオマケがこのプリンだったようだ。
「可愛いデザインの瓶ですね!プリンの瓶にしては高さもあって、一輪挿しに丁度良さそうですね」
四百円したプリンの透明な瓶はエキゾチックな柄入りで高級感があり、確かにオシャレで可愛い。
「じゃあ、早速食べて空の瓶を洗って使おう!」
「ですね!」
「六葉さん、プリン食べる?」
「色が白いので、ミルクプリンでしょうか?いただきます!」
「ケーキは明日でも良いしね」
六葉さんがキッチンの棚からスプーンを持ってきてカーペットの上に座り、「ありがとうございます」と言って俺からプリンを受け取った。
「六葉さん、チョコレートケーキとショートケーキなら、どっちがいい?」
「ショートケーキです!」
「なら、俺はチョコレートケーキを食べようっと」
箱の中からチョコレートケーキを取り出し、六葉さんが用意してくれた皿に乗せて、早速フォークで食べ進めた。
「ん〜!ミルキーなプリンの上に甘さ控えめの生クリーム、底にはほろ苦いカラメルソース⋯!美味しいです⋯!!」
うっとりとした表情で幸せそうにスイーツを食べている六葉さんはとても可愛い。
「あの⋯どうして怒っていたのか聞いても良い?」
「あ⋯そう見えましたか?その⋯怒っていたと言うよりは⋯」
六葉さんは顔を赤らめて顔を逸らし、チラリと上目遣いで恥ずかしそうに俺を見た。
「⋯雄二さんと美人専務さんが恋人同士なら、私はお邪魔だと…そう思うと、何だかショックで⋯」
「えっ!?いや、俺も専務も独り身だよ」
「でも、水族館に二人で行くんですよね⋯?仕事ができる美人だと褒めていらっしゃいましたし」
「いや、専務が自分は独り身だから、って水族館のペアチケットをくれたんだけど⋯専務を褒めたのは独り身だからと言って変な人ではないというのが言いたかっただけで⋯俺は人として専務を尊敬はしているけれど、異性としては見てないよ。烏滸がましいけど、個人的にはタイプではないし!」
「そ⋯そうだったのですね!?す、すみません、早とちりをしてしまいました!」
「いや、俺もあの時、浮かれて説明の順番とか、あまり良くなかったし⋯」
「いえいえ!私が勝手に⋯!」
「あ〜、もうお互いに水に流そう!二人共、何も悪くなんかないんだからさ」
「は、はい⋯!」
六葉さんは早とちりしたのが恥ずかしいのか、先ほどよりもさらに顔を赤くしていた。煙でも出そうなほどだ。
「⋯そ、それでさ。六葉さんを誘いたかったんだ。水族館⋯嫌いかな?」
「あっ、水族館⋯少しだけネットで調べてみたのですが、お魚さんが沢山いるんですよね?楽しそうだと思います!」
「なら、一緒に行ってくれる、かな?」
「はい!もちろんですっ」
とても明るい無邪気な笑顔に、心から安堵した。
長い時を共に過ごせば、お互い今日のように、勘違いをしてすれ違ったり、もしかしたら喧嘩をすることもあるかもしれない。
それでも、お互いに相手を思いやる気持ちがあれば、譲歩し合って、きっと和解できる。
(少なくとも、俺と六葉さんなら話し合えばわかり合える気がする)
ピンクのガーベラの花言葉の『思いやり』と『感謝』を大切にしよう⋯大切な六葉さんに、これからは、しっかりとそれらを伝えよう。




