第十三話 ヤキモチって、どうして妬くの?
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本作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは関係御座いません。
朝食のサクサクのトーストを食べ終え、身支度を終えて最後に革靴を履く。
俺にとっての日常そのもの。
いつも通りの流れだが、一つだけいつもとは異なることがあった。
(あれ?いつも玄関まで来て見送ってくれる六葉さんがいない)
六葉さんも先程まではいつも通りに家事をしてくれていた筈だ。靴を履き終えて振り向いてみても、六葉さんの姿は見えない。
(取り込み中かな?毎日お見送りしてくれるの嬉しかったけど、できない日だってあるよな)
「六葉さん!いってきます」
六葉さんに聞こえるようにいつもより少し声を張ってそう言い残し、会社に行こうと再び玄関の扉を振り向こうとした瞬間、「まっ、待ってください雄二さんっ!」
慌てていることがわかる、少し震えたその声の直後、パタパタと小走りで何かを大切そうに両手で持った六葉さんが駆け寄って来た。
「どうしたの?大丈夫?」
「こ、これっ良ければ!」
軽く息を切らせた六葉さんが、両手に持っていた物を俺に差し出した。
「これって、もしかしてランチバッグ?」
「は、はい!普段より早起きして急いで作ったつもりが、ギリギリになってしまいました⋯!お家を出られる直前の時間に、すみません」
「いや、時間は元々余裕を持って早めに出勤しているから大丈夫だよ。そんなことより、お弁当ありがとう!凄く嬉しいよ」
「⋯!お弁当は初めて作ったので自信はありませんが、しっかりネットで勉強して作りましたので、食中毒などの心配はご無用です!安心して召し上がってください!あっ、荷物が重くなるのは懸念点ですが⋯」
「元々、持ち物が少なくて鞄はそんなに重くないから大丈夫だよ。それにしても、流石だね。六葉さんのお陰でお昼が楽しみになったよ。それじゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい!もしお気に召したら、毎日作ります!」
太陽のように明るい笑顔で、興奮気味に手を振ってくれた。
(いつもは穏やかで優しい笑顔で控えめに振ってくれる手が可愛かったけど、今日の感じも可愛いな。俺もいつもより明るい気持ちで出社できそうだ)
この時、自然と口角が僅かに上がったのは無意識で。
それは、本心で喜びを感じているからこそ起こることなのだろう。
取引先にする営業スマイルでも、辛そうにする同僚を安心させるための作り笑顔でも、楽しそうにしている友人に合わせてする愛想笑いでもない。
きっと、どんな誰と、どこで何をしている時よりも、“この時”の俺は⋯六葉さんと一緒にいる時の俺は、自然で良い笑顔をしているのだろう。
理不尽に怒鳴るパワハラ上司、押し付けられた大量の仕事、俺と同じそんな環境に苦しむ同僚の暗い顔。
いつも通りの地獄なか、午前中の仕事を終えて待望の昼休みの時間、俺はランチバッグのファスナーを期待で心臓をドキドキさせながら開け、中の弁当箱を取り出して蓋を開けた。
(おおっ!凄い!)
二段弁当で、上段が大根おろしとポン酢の和風ミニハンバーグ、キャベツとしめじの和え物、ほうれん草入りの小さめな卵焼き、そしてヘタの無いミニトマトが二個!
(ギュウギュウだな!いや、それよりも凄く美味しそう!)
下段は全部米で、その半分にのみ、上に鮭フレークが乗せられている。
(半分はハンバーグと食べる感じか!魚と肉、両方食べられるのが良いな!にしても、これ全部、手作りか?鮭フレークとミニトマトは兎も角⋯)
以前、パワハラ上司が奥さんに作ってもらっている弁当の中身はいつも冷凍食品ばかりだの卵焼きが多いだのと同僚に愚痴を言っているのが聞こえたが、当時、それでも羨ましいと思ったものだ。
六葉さんは、今日はいつもより早起きをしたと言っていたが、この弁当を作るのにどれだけ睡眠時間を削り、頑張ってくれたのだろうか。
(俺だったら自分では絶対に作りたくないもんな⋯早起きして朝から弁当を作るなんて、面倒臭すぎる!それなのに、六葉さんありがとう⋯!)
今ごろ、六葉さんも昼食を食べているか、家事やバイトをこなしているのだと思うと、本当に尊敬できる。
(六葉さんは、いつも俺を労わったり、たまに仕事の愚痴を聞いて「お仕事、とても大変なのに毎日凄いです」とか言って感激してくれたりするけど、大変なのはお互い様だよなぁ)
食中毒の心配は無いと言っていたが、確かに和え物に余分な水気は無いし、見た目においてはどの食材もしっかり火が通っていそうだ。
(にしても、このランチバッグや弁当箱って⋯俺は元々持っていなかったし、どう見ても新品だよな?六葉さんがバイト代で買ってくれたんだろうな)
現在、彼女は自分が光熱費や家賃を負担できていないことを気にかけているようだが、最近は二人分の食費を出してくれているし、ネクタイや弁当箱などのプレゼントもくれている。そして、お茶入りの水筒まである。
(家賃のこととか、そんなに気にしなくてもいいのにな)
そう思いながら、弁当箱と共にランチバッグに入っていた箸を手に、卵焼きを一つ食べた。
(美味しいっ⋯!)
「堀田さん」
「はいっ!?」
感動に打ち震えて完全に油断していたところに声を掛けられ、卵焼きをゴクンと勢い良く飲み込んだ。
一歩間違えたら噎せていただろうが、セーフだったようで、仕事モードの真面目な顔で声の方を見上げた。
「すみません、お食事中でしたか。向こうからは見えなくて⋯いつもはデスクで召し上がらないので、まだお仕事中かと思って声を掛けてしまいました」
我がブラック企業で数少ない常識人である美人専務が申し訳なさそうに書類を差し出してきたので、会釈してそれを受け取った。
「お疲れ様です、尖崎専務!全然、大丈夫ですっ」
(それよりも、何で専務が直接?重要書類だからか?)
「それと…こちら、良ければ水族館の入館無料ペアチケットです。先日、気になる人と行くようにと母に無理矢理押し付けられたのですが、私には相手もおらず不要なので⋯ところで、お弁当ですか。珍しいですね」
書類を弁当箱の隣に置き、チケットを受け取った。
「あ、ありがとうございます。弁当は丁度、今日からです」
(思わず受け取っちゃったけど、六葉さん、水族館に興味あるかな?)
俺と歳が近いらしい専務の尖崎楓は、迫力があり怖いが美人だと社内で密かに人気だが、仕事一筋らしく、独り身らしい。
そんな彼女が、六葉さんが作ってくれた弁当を見て、いつもは鋭い目を少し丸くした。
「以前は屋上で栄養食品のバーを召し上がられていて、たまに私とお会いしていましたよね。最近は社食を食べるようになったため、急務であれば食堂にいる⋯と私の部下が言っていたので、以前、一度だけこのように突然、食堂に伺ったことがありましたが⋯とうとうお弁当ですか。社食よりも美味しそうですし、素敵なお弁当ですね。もしかして、彼女さんが?」
「いえ、彼女ではなくて、同居人です」
「!⋯すみません、今のはセクハラでしたかね⋯ただでさえ頭の固い人が多いこの会社で、せめて私くらいは気をつけようと思っていたのですが…本当に申し訳ないです」
いつも気を張って仕事をしていて、The・格好良いキャリアウーマンの専務が、困り眉で珍しく慌てた様子だ。
「ハハッ、俺はそのくらいは気にしないタイプなので大丈夫ですよ」
「そ、そうですか?次からは気をつけます。お詫びに今度、珈琲を奢りますよ。堀田さんは優秀で、いつも助かっていますし、そのお礼も兼ねて」
「いえ、お気遣いなく」
「尖崎専務!」
少し離れた所から、専務を呼ぶ声が聞こえた。
「あっ⋯呼ばれているみたいですので、失礼します」
「はい、承知致しました」
専務と俺はお互いに会釈をして、専務はその場を去った。
その後は、時間が許す限り、ゆっくりと弁当箱の中身を味わい、至福の昼休憩を過ごすのだった。
完全に日が落ち、外は真っ暗な時間。自宅の目の前でカバンの中から鍵を取り出しながら、深呼吸をした。
(今日も疲れたな。でも、お弁当のお礼はしっかり言わないとな)
決心して鍵を開け、扉を開けて家の中に入った。
いつも通り鍵をかけて靴棚の上に鍵を置くと、六葉さんの足音と気配を感じた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
家の中、居間の方向⋯六葉さんがいる方を向くと、普段通り六葉さんが温かい笑顔で出迎えてくれた。
(癒される〜!)
六葉さんは気遣いや優しさで精神的に癒してくれることが多いが、笑顔だけでも疲れがいくらか緩和される。
靴を脱いで居間に行き、鞄を置いてから上着を脱いでいると、六葉さんがテーブルの上に手際良く夕飯を用意してくれた。
(いつお礼を言おうかな⋯食べる前に言おうかな)
先に座ってオレを待っている六葉さんの反対側に座り、顔を正面に向けた。
「?」
六葉さんは微笑んだまま、キョトン、と不思議そうに目だけ丸くした。
「今日は、お弁当をありがとう。美味しかったし、食堂に行く手間も省けて楽だったよ」
「どういたしまして!そのように仰っていただけると、私も作った甲斐がありました。自己満足かな、とも思っていましたが杞憂でしたね。さて、お腹が空きましたよね?お夕飯を食べましょう」
「うん。いただきます」
「いただきます」
しめじ、ほうれん草、ベーコンの炒め物と米を一緒に口に入れると、ベーコンの塩味とほど良い濃さの醤油やみりん等といった調味料が米に良く合って美味しい。
葱と玉子入りの鶏がらスープやミニトマトとキャベツのサラダも楽しみだ。
一人暮らしのときの自分には考えられなかった素晴らしい食卓に感動し、さらには昼食の弁当が嬉しかったこともあり、上機嫌で口を開いた。
「そう言えば今日、お弁当を食べようとした時に専務が来てね、六葉さんのお弁当を褒めていたよ」
「わぁ、それは嬉しいです!専務さんとは仲が良いんですか?」
「まぁ、常識的な人だから、他のパワハラ上司よりは仲良しかな」
(と言うか、仲は普通かな。仕事と関係のない雑談とかはあんまりしたことが無いしな)
「そうなんですね」
弁当を褒められたからか、六葉さんは嬉しそうに声を弾ませている。
「俺も久しぶりに仕事を褒められて嬉しかったな」
(あっ、ついでに専務から貰った水族館のペアチケットの話もしよう)
「そうだ、尖崎専務って仕事ができるし美人で社内で人気のある人なんだけど、水族館のペアチケットを⋯」
俺が話す途中、唐突に六葉さんの笑顔がスっと消え、さらに空気がピリついた気がして言葉に詰まった。
(水族館、嫌いだったのかな!?)
「失礼ですが、雄二さんは尖崎専務さん⋯と、特別な仲なのですか?」
「えっ!?いや、そんなことないよ!?」
(何でそう思うんだ!?特別な仲って⋯尖崎専務は仕事一筋だし、社内人気の高い美人と言えど俺は別に異性として好きなわけではないし⋯というか、それで言うと個人的には六葉さんのほうが______)
「⋯そうですか。すみません、無粋なことを聞いてしまいました」
六葉さんはそう言いながら、いつものパッと花開くような笑顔とは違う、作り笑顔を浮かべた。
(えっ______?)
「えっと⋯気にしないで。冷める前に食べようか!」
何となく気不味さを感じ、そこで話を終わらせ、そのまま本題の水族館のチケットの話もできずに食事を終え、その後はいつも通りに過ごして一日を終えた。




