第84話 長老の血筋というのも大変じゃの
わしがマスター室の扉をノックすると、
「どうぞ」
中からゼノスの声が返ってきた。
扉を開ける。
「おかえりなさい。おや?」
ゼノスはわしらの姿を確認すると、すぐに椅子から立ち上がった。
「お久しぶりです。フレイン”様”」
その一言で、空気がわずかに変わる。
「“様”?」
ドランが思わず呟き、アリアもフレインの方を見る。
当の本人はというと、特に気にした様子もなく一歩前へ出た。
「……お久しぶりです、ゼノス。
全く森に帰ってこないので、どこにいるかと思っていましたが……」
フレインは室内を一瞥する。
「このような場所にいらしたのですか」
「まぁ、今ではギルドマスターなんていう職業までしてますからね」
ゼノスは肩をすくめた。
「あなたには人間社会の方が合っていたのでしょうね」
「えぇ、自分でもそう思います」
あっさりと肯定する。
アリアとドランは、完全に置いてけぼりじゃ。
「……なぁボニフ」
「なんじゃ」
「この二人、どういう関係だ?」
「さぁの」
(フレインはファルネスの血筋じゃからのぅ)
わしは顎をさすった。
「ではこちらでは、あなたが私の人間社会で言う上司、という形になるのでしょうね」
フレインが淡々と言う。
ゼノスはわずかに苦笑した。
「長老様の血筋にそう言われても、どういう顔をしていいか分かりませんね。
まぁ、冒険者になったのでしたら立場上はそうなりますか」
「では、ゼノス様とお呼びすべきでしょうか」
「それはやめてください」
即答じゃった。
「……そうですか」
フレインは素直に引き下がる。
ドランが小さく吹き出した。
「なんかお前にも苦手なもんあるんだな」
「勘弁してください」
ゼノスは軽く手を振った。
****
「で、エルフの国ではどうでしたか?」
ゼノスが本題に入る。
「フレイン様がここにいるということは、何かしら事態が動いたのでしょう?」
「うむ」
わしは軽く経緯を説明した。
森での一件。
教団の影。
そして、フレインの同行。
「……なるほど」
ゼノスは静かに頷く。
「エルフの森を守っていただき、ありがとうございます。
一応私もエルフの端くれなので、お礼を」
「成り行きじゃ。気にするでない」
「そう言っていただけると助かります」
「そして──神聖教国アグリス、ですか」
ゼノスが地図に視線を落とす。
「正直、私は名前しか知りません。
ギルドマスターとはいえ、辺境の支部ですしね……」
「お前がそう言うなら、俺たちはもっと知らねぇよ」
ドランが肩をすくめる。
「な?」
「わしは直近五百年間を全く知らんから論外じゃ」
「私はそこまで詳しくは……」
「人族の世界は、あまり……」
三者三様の答え。
ゼノスが苦笑した。
「つまり、誰も知らないと」
「そういうことじゃな」
「困りましたね」
ゼノスは再度地図に視線を落とす。
「位置としてはここですね」
指がラグナールを示す。
「ここから──こう、帝国を通って、川を越えた先になります」
「遠いのぅ」
「ですね」
フレインが続ける。
「帝国を通ります。そして帝国で情報を得て、アグリスへ向かいます」
「なるほど」
ゼノスは頷いた──が、
「……帝国、ですか」
わずかに言葉を濁した。
その変化を、わしは見逃さん。
「何かあるのかの?」
「いえ、帝国内がどうこうという情報は知りません」
ゼノスは一度区切る。
「ただ……」
「帝国へ護衛依頼に行った冒険者パーティーである《三つ葉の盾》が帰ってきておりません」
「《三つ葉の盾》?どっかで聞いた名だな」
ドランがわしらに聞く。
「そうじゃったか?」
「あれですよ、私たちとドランとミナちゃんが最初に会った乗合馬車の──」
アリアがそう言うとわしとドランが「あぁ」と声を上げた。
「名のある冒険者なのですか?」
唯一知らんフレインが聞く。
「えぇ、ラグナールギルドでは中々に評判の高いパーティーです」
「冒険者じゃから帝国でも依頼を受けたりしとるんじゃろう」
わしはそう言ったが
「そうだといいのですが──」
ゼノスはそこで言葉を切った。
そして視線が、わしらの装備へと向いた。
「ここ半年で、入国審査が異常に厳しくなっていると聞きます」
「厳しく?」
アリアが首を傾げる。
「一般的な入出国許可証で、武器を携えての入国は――難しいかもしれません」
わしら四人を見る。
武装しておらん者など一人もおらん。
「……面倒じゃな」
「えぇ、正直に言えば」
ゼノスは苦笑する。
「つまり、《三つ葉の盾》のパーティーが帰ってこないのも帝国に何かがある、と」
わしは眉を顰めながら問うた。
「いえ、ただの杞憂ならいいのですがね」
****
「許可証に関してですが」
ゼノスは指を立てて続ける。
「手がないこともありません」
その言葉に、三人の視線が集まる。
わしは顎をさすった。
「ほう」
「いくつか、方法があります」
ゼノスは静かに言った。
「ただし少々、手間はかかりますがね」
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